AFTER STORY01 君の手、僕の手
Real≠Answer最終話とアフターストーリーの後半部分がリンクしています。
最終話を読んでからこちらを読むことをお勧めします。
2017年7月10日午後四時、藤川市総合病院内リハビリセンター。
翔大「お前な、まだギプスも取れないんだぞ?いいのか」
未咲「うん」
翔大「速水先生はまだ安静にしてろって言ってたぞ…いくら術後の経過が順調といえどまだ重体の身だからな」
未咲「そうなの?」
翔大「知らなかったのか。あの大怪我じゃ真実は告げなくて正解だったな」
未咲「目が覚めたって伝えたの?」
翔大「親父には」
夕焼けが室内を照らす。車椅子に乗った少女とそれを押す青年が浮かぶ。
僕の名前は桐谷翔大、藤川市総合病院で医師をしている。場合によって救命救急士として日夜忙しい日々を送っている。
目の前にいるは桐谷未咲。現職の警察官でありながら一人の警察官によって事件の黒幕に仕立て上げられたうえ、
一斉射撃により体中に消えない傷跡を背負った僕の実の妹だ。
未咲「…どうしてお兄ちゃんは人を助ける仕事を?」
翔大「母さんの事と祖父ちゃんの事、未咲は祖父ちゃんの事は分からないかもしれないけど母さんの事は分かるよな?
心臓が弱くて未咲が小学生に上がる前に死んじゃった事」
未咲「…うん」
翔大「その時に医師になりたいって思ったんだ。未咲は?」
未咲「私は分からない。ただ誰にも知られずに生きたかった、明日香が犯罪に手を染めていなかったら…ね」
翔大「父さんは未咲が警察組織にいても大丈夫な環境にしてはくれてたんだろう?小池さんだって素敵な人じゃないか」
未咲「…会ったんだ」
翔大「面会謝絶の時に黒い薔薇を届けに来たんだ。その時にね」
小池幸人-わが妹の婚約者で警視庁交渉課課長代理。出会ったのは7年前、付き合い始めたのは3年前で父さんの許しは貰っているそうだ
翔大「結婚式は着るんだよな?ドレス-」
未咲「着ない」
未咲が背中に背負った傷は酷く、今でも大量のガーゼを包帯で固定している。車椅子に乗っているのもそういった事が背景にあり、
リハビリ担当の久瀬先生や執刀医兼主治医の速水先生からもリハビリについてはOKが出ていない。
それでも―と言う未咲に気おされ、初日の今日は室内でキャッチボールをする事になった。
キャッチボールを提案したのは久瀬先生、肩の具合を見るのはこれが一番分かりやすいという事だった。
翔大「退院しても一つだけ守って欲しい約束がある」
未咲「何」
翔大「左目の眼帯を外さないでいてもらえるか。速水先生からの伝言なんだ」
未咲「…何かあるの?外すと変な線が見えるとか」
翔大「…似たような感じかな。医学的にも説明がつかないんだって」
骨折だろうと癌だろうと必ず「医学的根拠」あるいは「医学的説明」がついて回る。それは大本が明確になっているからだ。
「階段から落ちた」「仕事先でストレスが…」「酒の飲みすぎ」と患者本人が原因を理解しているから。
但し未咲の場合は違う。執刀医兼主治医の速水先生いわく「金属片を摘出した」と証言が残っているのだが、
当の本人は撃たれた感覚さえ覚えていないという。さらに未咲の発言を裏付けるかのように篠崎さんや父さんまでもがそう発言した。
翔大「あ、そういえば」
未咲「…何」
翔大「来週の土日、母さんの7回忌があるんだ、行くなら外出届を二人分出すけど」
未咲「私はいない方がいい」
翔大「あの時の事は忘れろって父さんもいったじゃないか。まだひきずってるのか」
未咲「7回忌ってことは親戚一同来るんでしょう?」
翔大「そうだけど…」
未咲は親戚一同に“認められていない”。と言うのも俺たち兄妹の母・真咲は未咲が小学校に上がる前に亡くなっている。
俺と未咲の間は6つ離れている。葬儀の時親戚一同が「未咲ちゃんが殺したも同然よねぇ…心臓が弱いなら真咲さんも諦めればいいのに…」と話しているのを
未咲が聞いてしまい、俺と父さんで必死に慰めた記憶がある。
その時のことがトラウマとなったのか未咲は感情を出さなくなっていった、まるで人形のように。
未咲「私が警察官になった時だって、死ぬほど反対した人たちなのに」
そう。俺が医者を目指した時は一同賛成したのに、未咲が成り行きで警察官になった時は「母親を殺して生まれた子が犯罪者なんて捕まえられるわけがない」と
一同そろって未咲の存在を否定したのだ。
今までどんな残酷な言葉をかけられても沈黙を守り通してきた未咲が言った。「そこまで否定するなら私は貴方達の前には現れない」と。
その言葉を聞いた父さんは「未咲は何があっても俺と真咲の子だ。警視庁内は俺が何とかする、お前は兄として守れ」と。
そして未咲が望んだ結果はあまりにも絶望だらけ、その結果が今だった。
翔大「…お前はそれでいいのか。壊れるぞ」
未咲「…いいよ、壊れているのはずっと前から分かってるから」
翔大「知っていたのか」
未咲「そうじゃなきゃ警察官なんか務まらない」
翔大「それはそうかもしれないけど…」
無機質な声に俺は心臓が痛くなった。全てのはじまりを知っているのはきっと俺と未咲だけなんだ。
俺達が卒業した中学にまつわる不可思議な現象であることを―
俺達が卒業した中学-夜見川中学校には不可思議な現象があることは夜見川中学の卒業生であれば誰でも知っている。
今から27年前、「夜見山岬」という男子生徒が事故で亡くなった。
彼が在籍していた三年三組の生徒は亡くなった彼を「いないもの」ではなく「いるもの」として卒業までの間扱っていた。
その結果、三年三組は「死」に近づいた-極論を言うなれば死んでしまった者を「いるもの」として扱ったが故に「いるもの」である生徒やその関係者が次々と不幸に見舞われる事となった。
それ以降、三年三組の「特別な事情」として三組だけの「特別なシステム」として毎年度クラスの誰か一人を「いないもの」として扱う“おまじない”が実行されることになった。
H15年度-未咲が三組となったこの年、クラスにもう一人「ミサキ」がいた。それが見崎明日香。
本来であれば御崎町に住んでいる見崎明日香がいないものとなるはずだったが、妹が卒業までの一年間「いないもの」として扱われることになった。
そして迎えた卒業式に未咲は出席しなかった、最後まで「いないもの」の役割を全うしたのだ。
ちなみに僕は三組ではなく二組でした。
翔大「…戻ろうか」
黙って頷く。夕焼けに染まった廊下にキコキコという車椅子から発せられる音が響く。
静かな廊下を過ぎ、エレベーターで病室へ戻る途中で田口先生とばったり出会った。
田口「こんにちは。今戻りですか?」
翔大「はい。今日はキャッチボールだけでしたけど」
田口「未咲さんの具合は…」
翔大「速水先生も驚いています、術後の経過があまりにも良好過ぎるって」
田口「あれだけの銃弾を受けても涙一つ見せなかった事、何かあるんでしょうか…」
翔大「田口先生、誰にも言わないと約束できますか」
田口「え…?」
翔大「未咲が感情を出さなくなった日の事、俺でいいなら話します」
田口「…わかりました」
未咲は疲れて眠ってしまったのだろう、さっきから舟を漕いでいる。
田口先生は病室まで付き添うと、未咲の体に布団をかけてくれた。
速水先生と田口先生は昔から未咲を知っている、保育園の時からの顔見知り。だからこそ全てを打ち明けようと。
翔大「未咲が感情を出さなくなったのは、俺のせいでもあるんです。母さんの葬式の時に未咲が母さんを殺したも同然だって親戚みんなから言われて…。
まだ5歳の未咲に聞かせるべきじゃなかったんです、それでも未咲は黙って親戚中からの誹謗中傷に耐えた。相当苦しかったと思います。
その時の事が決定打になったのか分からないですけど、それから泣きも笑いもしなくなって…いつもどこか遠いところを見てるようなそんな目をして…」
田口「そんな過去が…」
翔大「俺は同じ母親から生まれた子供なのに、ずっと未咲だけ責められているのが我慢できなくなって。だって、未咲だけなんですよ。
正月もクリスマスも未咲の分だけなくて…一人部屋にいる未咲が可哀想だっておばさんに言った事あるんです。
その時おばさんが言ったんです、「妹を殺してまで生まれてきた子でしょ?悪いけど可哀想だと思った事もない」って。その人母さんの姉にあたる人で…
未咲が生まれてくる事、ずっと反対してたんです。自分の命を優先しなさいって母さんに言ってた。けれど母さんは嫌だって」
田口「…どうして真咲さんは未咲さんを生みたかったんでしょう」
翔大「俺が“妹が欲しい”って母さんに言ったんです、子供の願いを叶えるのが親の務めだと思ったんでしょう」
田口「でも未咲さんは一度として翔大さんを責めた事はないんでしょう?」
翔大「はい…」
田口「きっと分かっていたんじゃないですか、翔大さんがずっと守ってくれていた事。篠崎さんから聞いたんです、今回の事件の事を」
翔大「…え?」
田口「今回の事件は篠崎さん達がそれぞれの部署にいた時に起きた事件の続きだと。見崎明日香さんをご存じですよね」
翔大「はい」
田口「未咲さんが警察官になった背景―7年前の北品川連続予告殺人事件と繋がりがあると」
翔大「どういう事ですか」
田口「未咲さんは実の兄である貴方を守りきるために、父親である直人さんにも相談せず黒幕として動くことを選んだ。桐嶋前統括官が真の黒幕である事に気づきながら。
未咲さんの右手に切り傷があったでしょう。あれは見崎明日香さんがつけた傷じゃないんです。きっと未咲さんが自分で自分の手を切った」
翔大「…どうして誤解を招くような事を」
田口「そうでもしなければ守ってもらった分の恩返しが出来ないと思ったんでしょう」
田口先生は白衣のポケットからメモ帳を取り出した。
田口「一斉射撃を受ける前、未咲さんが貴方に送ろうとしたメールの写し書きです」
一礼し、病室から出ていく田口先生の後ろ姿に頭を下げた。
メモ帳には田口先生の字でこう書かれていた。
“お兄ちゃんへ。
お父さんから全て聞きました、お兄ちゃんが私の事を小さい時から守ってくれていたこと。
今まで気づかなかったのは私の責任かなと思います。
でも、もう大丈夫だよ。
私の事を必要としてくれる大切な人ができたから。
今度会う時に紹介するね”
翔大「…ごめんな、未咲。何一つできなくて」
真咲「翔大、未咲をよろしくね。翔大はお兄ちゃんなんだから守ってあげてね」
ふと母さんの声が聞こえた。そうか、母さんはずっと未咲の側にいたんだ。
俺たち兄妹がそれぞれ一人で歩いていけるまで、ずっと…
それから数日後。
無事に面会謝絶が取れ、父さんが見舞いにきた。
直人「そうか…真咲が…」
翔大「多分未咲にくっついてたんじゃないかと思うんだけど…どうなんだか」
直人「未咲にその感覚があればな。お前、ここに残るのか」
翔大「いや…戻ろうと思ってる。未咲の事もあるし」
直人「そうか」
その時―
篠崎「あ…」
翔大「篠崎さん…小池さん…」
直人「何でお前たちまで来ている。特に篠崎、お前は今本部長だろうが」
篠崎「そうですけど。今日は会議もお休みですし」
翔大「未咲なら病室です。案内しますか?」
篠崎「場所はコイツから聞いている。桐谷課長は?」
直人「もう会った。思ったより元気だぞ」
小池「…予想がついた」
篠崎「…俺も」
翔大「早く行かないと大変なことに―」
篠崎「じゃあ行こうか」
小池「そうだね」
3Fの端、314号室が未咲の病室だった。待合室からそう離れていない所にある
警視庁刑事部には約6年振りに交渉課が設置され、新しい課長として未咲が抜擢された。
警察庁情報通信局に一年間研修に行っていた頃を篠崎が知り、上層部にかけあったということだ。
未咲にとっては思い出したくもない過去で、きっと激怒するだろうなぁ…と思いながら病室のドアに手をかけたその時―
未咲「遅い!」
怪我人とは思えない声が響いた。
小池「すみません!」
未咲「…待ってたのに来ないから」
篠崎「そんなに怒鳴らんでも…」
未咲「うるさい!お前には関係ない…」
篠崎「同期なのに何で差があるんだ」
小池「それはこういうことかな?」
上着のポケットから小さい箱を取り出す。
空気を読んだのか篠崎が出て行った。
未咲「…?」
小池「受け取ってくれるよね…?」
手が震えて開けられない代わりに幸人がその上蓋を開く。
その中には小さなハートのリングがあった。
未咲「…え?」
小池「僕と結婚、してください」
まさに直球勝負ってこの事。嬉しくて涙が落ちた。
小さな片想いが大きな両想いになった瞬間だった。
5月上旬の風の中で、初めて未咲の小さな泣き声を聞いた。
上下する肩をそっと抱きしめた。
僕よりも細い身体にびっくりした。
6月24日。
梅雨も終わりの晴天。
妹の結婚式は順調に進み、新たな門出を祝福した。
翔大「それにしてもあっつい…」
直人「真咲が生きていれば見れたのにな」
翔大「それを言ったら終わりだって」
直人「そういや未咲からこんなもの預かってる」
翔大「へ?」
父さんの手から1通の便箋を受け取る。
直人「俺は親父として読んだ。未咲なりの感謝だろうな」
翔大「…」
直人「読んだらお前が持っておけ。俺は職場で会えるしな」
翔大「それってある意味、職権乱用…」
去っていく後ろ姿にそう言ったけど聞こえてないみたい。
渡された便箋を開く、そこにはこう書いてあった。
“お兄ちゃんへ。今までありがとう。大好きです”
そして―
“妹なのに先に結婚してごめんなさい”
翔大「そんな事謝る必要ないのに。真面目だなぁ…」
6月の青空を見上げた。
そこには雲一つない見事な青空が広がっていた。
以前3話構成で投稿した「Real≠Answer」のアフターストーリーになります。記念すべき第一話は兄と妹に焦点を当ててみました。
相変わらずの脚本仕立てですが何卒ご容赦を。