暗黒の中、貫く秒針
「ねえコオウ」
一切の光が入って来ない窓際で、少女が言った。
距離感はおろか、その空間に何が存在するのかすらほとんど分からない濃密な闇に「そこ」は包まれていた。空気の淀み具合から「そこ」が室内だということだけは辛うじて分かる。それ以外「そこ」については一切不明。吐き気がするくらい不気味なところだった。
「なんだい、クロム」
クロムという名の少女に答えるは、その腕に大切そうに抱かれている、呆れんばかりに精巧な人形だった。
少女と人形は、フリルをふんだんにあしらったお揃いの漆黒のドレスに身を飾っていた。
「さっきここに迷い込んだ人間の言っていた『ふろーふし』ってなに?」
発声器官を持たないただの人形が喋っていることをちっとも気にすることなく、少女は手元のそれに質問する。
「ああ、不老不死ね。歳を取ることもなく死ぬこともないってこと」
「ふーん」
「なんでも、人間の悲願らしいよ」
「ひがん?」
「そ。昔から強く願っていること」
「そっか。人間ってすぐ死んじゃうもんね」
「壊れて動けなくなってもクロムに直してもらえるボクと違って、人間はたったひとつの命しかないから、当然といえば当然かな」
「いのち?」
「命っていうのは、失うと死んじゃうものだよ。まあ、これはこの間迷い込んだ『イシャ』っていう人間の受け売りなんだけどね」
「それくらい、わたしでも知ってるよコオウ」
「じゃあなんでいちいち訊いてくるのさ?」
「だってコオウがイシャから取り込んだ知識がどういうものか知りたかったんだもん」
「ならそう言えばいいのに……でもイシャの知識は深遠精緻にして神妙不可思議なものだったから、また別の時に覚悟をもって聞いてよ」
「うん、そうする」
クロムはコオウとの会話を休めて窓の外を眺めた。
室内と同じくらい気色の悪い暗黒が、遥か遠くで揺らいだように見えた。
「どうして人間は胸に秒針を刺したりしないの? そうしたら死なないで済むのに」
「それで死なないのはクロムがクロム自身に『心秒絶対同期』の術を施してるからだよ。人間が同じことしたら死んじゃうよ」
「それもイシャの受け売り?」
「どうかな?」
「死んだらどうなるのかな」
「身体がバラバラになっても意識が常にあるボクに訊かれても困るね。そういうのは外にいる死神さんにでも頼んでみたら?」
「嫌。だってあのおばあちゃん意地悪だもん」
「なら別にいいんじゃない? 今のままでも苦労してないし」
「そうだね」
どこもかしこも闇の中、一人と一体が果てることなく駄弁の続けていく。