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樺原の独白

樺原視点の話です。彼が香織と出会ってストーキングを始め、交際に至るまでの独白です。

あの時は熱でどうにかしていたのだと思う。

初めは乾燥の為、喉が少し痛いと感じてマスクをつけた。

陽気な天気だったのに、肌寒さを感じて厚手のコートを引っ張り出した。

目がぼやけるのは視力が突然落ちたせいだと思い込み、家にあった父の度の合わない眼鏡をかけた。

そしてそんな中フラフラと意味もなく散歩をしていたら道端で倒れた。

「気がつきましたか?」

やっとはっきりと意識が戻って初めに目が入ったのは白い天井と点滴袋だった。

側から声をかけられ、そちらに目をやると少し若い看護師がカルテを片手に立っていた。

「酷く高熱で道端で倒れたそうですよ。点滴をしておいたので少し熱が下がっていると思います」

そういって体温計を差し出してきたので、ぼんやりとしながら受け取ると何故か軽く手を握られた。

身体を起こそうとすると、背中を支えてくれたのでさすが看護師だなと思った。

熱を測っている途中で色々なことを話しかけられたが、あまり覚えていない。

看護師の女性の頬が少し赤くなっていたので、もしかしたら私の熱が移ったのかも知れない。

何故か何度か私の手を握ってこようとするのでさりげなく逃げていると仕切りのカーテンを開けて男性が入ってきた。

白衣を着ているので医者なのだろう。

彼は一言「風邪です」と言った。

まだ熱が少し高いので、お家の方に迎えに来てもらったほうが良いと言われたので立ち上がろうとすると、看護師の方に止められた。

曰く「私が電話するので、電話番号だけ教えて欲しい」と言われたが、丁重に断った。

先程より大分軽くなった身体で電話を目指していると、待合室で座っている少女が目に入って突然思い出した。

そうだ、彼女だ。

待合室にいたのは私が道路で倒れた時に真っ先に駆けつけてくれて、タクシーを手配してくれた少女だった。

少し俯きがちにしている頭からさらりと黒髪が肩へと落ちる。

顔ははっきりとは見えないが、凛とした瞳から目が離せなかった。

しばらく呆けた後、私は本来の目的を思い出して公衆電話へと向かった。

電話をするとお手伝いの田中さんが出たので状況を伝えると酷く心配されたが、大丈夫と答えてすぐに車と手土産の手配を頼んだ。

彼女は何のお菓子を好むだろう、彼女にお礼を言おう。

様々な事を考えながら、少し勇気を出して先程彼女がいた待合室まで戻ったが、辺りを見回しても彼女はいなかった。

彼女の近くに座っていたおばあさんに尋ねると、つい先程出口へと向かったので帰ったのだろうと言われ、出口へと向かって探したがもう誰もいなかった。

それからすぐに手土産を持った執事の前田が迎えにきたので、薬を貰ってそのまま帰った。

車に乗ってからも私の頭の中は助けてくれた彼女の事で一杯だった。

倒れたときの事はぼんやりとしか覚えていないが、それでも心配そうな表情をした彼女ははっきりと覚えている。

私には友達がいなかった。

内気な所があり、小さな頃から1人で過ごすことの多かった私を心配した両親が幼稚園から大学までエスカレーター式の学校へと入れてくれた。

そして何かと世話好きな女の子達が小さな頃から私に気を掛けて話しかけてくれていたお陰で1人で過ごすことは少なくなったが、同じくらいの年頃の男の子達からは敬遠されていた。

女の子達に囲まれている私が女々しいと思ったのだろう。

確かに話しかけてくれるし、一緒に遊ぼうと誘ってくれる女の子達は多かったが、それでもその子達は友達とは言えなかった。

未だに学校から帰ればうちで過ごすことが多い私には本当の友達はいなかった。

少し勇気を出して男の子達に話しかけようとしたが、何度も無視されたり、邪険にされてきた。

女の子の友達も作ろうと話しかけたこともあった。

その度にどこからか女の子達がやってきて私を庇い、相手に散々罵声を浴びせていたので益々険悪な雰囲気となり、今では話しかけることすらしてはいけないと思い込んでいる。

確かに友達が欲しいと思い、行動したこともあったが、今日助けてくれた彼女ほど強く惹かれた人物はいなかった。

真っ直ぐな瞳の彼女とどうしても知り合いに、ひいては友達になって欲しいと強く思った私は風邪が完治してから行動を始めた。

私が倒れた時と同じ大きなマスクに眼鏡をかけた格好で、倒れた路地付近をとにかく歩いた。

ある時は時間帯を変え、ある時は勇気を出して人に尋ねたりした。

ある日、夕日が沈みそうな時間帯に彼女が現れた。

彼女を視界に入れた瞬間、私は思わず目は逸らさずに側にあった電柱へと隠れた。

彼女はあの日と同じように真っ直ぐと前を見つめて、少し速い歩調で歩いてきた。

バクバクと心臓が鳴っているのを聞きながら、手土産を持ったほうの手をぎゅっと握り締める。

彼女が近くまできたら話しかけよう。

あれ、どうやって話しかけたらいいのかな。

まずは挨拶をしたほうがいい。

それから名前を名乗って、お礼を言って。

それから。

ハッと気がついた時には、もう彼女は通り過ぎていた。

考え込んでいる内に完全に話し掛けるタイミングを逃してしまった。

慌てて電柱から飛び出して、彼女の後を追いかけるも、未だにどう話しかけて良いのかわからず、話し掛ける勇気も出せなかった私はただ彼女の後をついて家までついて行くことしか出来なかった。

それから毎日のように彼女が通る路地へと向かったが、相変わらず私は話し掛けることが出来ず、いつも家まで見送っていた。

どうやら今日は友達の「由香利」さんといつものファミレスで会うらしく、彼女の数メートル後をつけていた私もそのままファミレスへと入った。

何か少し怒っているような声しか聞こえず、内容は分からない。

けれど、こうして彼女を見るたびくるくると変わる表情は見ていて飽きず、益々友達になりたいという思いだけが膨らむが、現実は未だに声をかけることさえ出来ていなかった。

こうして約三ヶ月ほど彼女をずっと見ているのに、話し掛けることさえ出来ない自分をとても不甲斐なく感じる。

しかし、今日はいつもと違い、帰路へつく彼女の様子がおかしいことに気がついた。

夜が更け、人気のない道に差し掛かった辺りから周りを警戒するように辺りを見回し始めた。

もしかして、変質者でもいるのかもしれないと思った私も辺りを見回し警戒し始めた。

元々少し歩調の速い彼女の足が、どんどん早くなって終いには走り出した。

彼女に何かあってはいけないと私も走り出した所で、突然彼女が転んでしまった。

「大丈夫ですか?」

痛そうに膝を抱えている彼女を見て、私は今まで話しかけられなかったことが嘘のようにあっさりと声を掛けていた。

突然現れた私に戸惑いを隠せない表情をしている彼女の感情が自分に向けられていることが嬉しくなり、またやっと話し掛けることが出来た達成感から私は思わず言葉を口にしていた。

「私と友達になってくれませんか!」

それから彼女との交流が始まった。

最初は携帯のメール機能を使ったことがなくて、一文字打つのにとても時間が掛かった。

絵文字などもよくわらかなかったので、使うことも出来なかった。

私の面白みのない日常を書いたメールでも、彼女はきちんと返信をしてくれた。

今日は弟とチャンネル争いをした、とメールに書いてあった日には、兄にチャンネル争いについて尋ねて呆れられたこともあった。

彼女にとっては些細な出来事も私にとってはとても輝いた世界に見えた。

携帯を肌身離さなくなった私を見て、家族は冷やかし、クラスメイトの女性は理由をしつこく尋ねてくるようになったが「友達が出来た」とにっこりと告げた。

初めて外で会う約束をした時から彼女の様子がおかしくなった。

待ち合わせ場所に来た彼女はとても驚いた表情をしていた。

その時の私の格好がマスクも眼鏡もしていなかったから、驚いたのだろうと思っていた。

喫茶店ではあまり上手く話せなかったが、彼女の友達二人とも知り合いになれて、私はとても気分が高揚していた。

こんなに素晴らしいことばかり起こるのは、やはり彼女のお陰だと思った。

彼女と出会って、友達が出来たし、毎日をとても楽しく思い始めた。

しかし、少しずつ彼女からのメールが減っていくのを感じて、私は少し焦っていた。

メールの返事がなくてもいつもの通りにメールを送って、彼女との繋がりを失わないようにしていた。

それから彼女からのメールは全く来なくなった。

もしかしたら私が何か不愉快なことをしてしまったのかも知れない。

そう思って、何か知っているか仁科くんに相談したが、特に何も聞いていないらしい。

後日連絡を取ってくれたらしい仁科くんから「レポートとアルバイトが忙しいから」と言われたと電話があった。

直接私から連絡をとっても彼女は全く反応してくれなくなったので、私はアルバイト先へと向かうことにした。

アルバイト先で新刊の本を並べていた彼女から拒絶を感じた。

目も合わせてくれない彼女を見ているのがとても辛く、悲しい気持ちになった。

それからも変わらず私はメールを欠かさず送る日々を過ごした。

毎日毎日送っても、やはり彼女からは何も連絡がなかった。

そんな私を見かねた仁科くんと高谷さんが、彼女と話す機会を設けてくれた。

当日、いつものファミレスにやってきた彼女を少し強引に座らせて、話し合いを始めた。

アルバイト先で拒絶をしていた彼女とは打って変わり、今日の彼女はいつもの真っ直ぐとした瞳で私を見つめてくれた。

それだけで私はなんだか少し泣きそうになっていたのに、彼女からとても驚くような言葉が発せられて唖然としてしまった。

「好き」

呆然と彼女から告げられた言葉を復唱しているうちに私の頭に昔の両親の話が思い浮かんだ。

華道家元の唯一の女の子として生を受けた母と、華道を始めたばかりの父が出会い恋に落ちた話。

「私はね、文孝さんの近くに女性がいるだけで、話しているだけでとっても嫌だったわ。私だけ見ていてって思った。文孝さんが私に笑ってくれただけでもう心臓がドキドキしたし、ずっと側にいたいって思った」

私は彼女がアルバイト先の男性と話しているだけで本当はとても嫌だった。

彼女から連絡が来なくてとても落ち込んだ。

彼女が私に笑いかけてくれるだけで、気持ちが高揚して顔が熱かった。

彼女の隣で彼女のどんな些細なことも聞いてあげたいと思った。

ずっとずっと彼女の側にいたいと思った。

「それにね、何と言っても最初出会った時にとても惹かれたわ。何が何でも手に入れるんだって!」

最初に出会った時、強く惹かれた。

その感情は友達になりたいということではなく、今考えれば一目ぼれに近い感覚だったのだ。

だから私が仁科くんに彼女の事を話している時、彼がとても気まずそうにしていたのだとやっと理解できた。

そして恋愛と友情の区別のつかない幼い自分に苦笑いをした。

ハッと気がつくと目の前に座っていた彼女が伝票と共にいなくなっていた。

慌てて店を飛び出して彼女を必死で探した。

やっと自分の感情が理解できたのに。両思いだと分かったのに。

絶対に手放したくない!

携帯に耳を当てて歩いている彼女を見つけ、思わず背後から抱きしめた。

彼女の驚いた声と、彼女の匂いがして私は益々ぎゅっと抱きしめる。

携帯の声から電話の相手は高谷さんだと気づき、相手に断って電話を切った。

好きだ。好きだ。好き。

胸からあふれ出す感情に耐え切れず、少し視界が涙でぼやけてきた。

それでも彼女は少し笑って私を抱きしめてくれた。

絶対にこの温もりは離さない。

そう心に誓った。

こうして私と香織さんとの交際が始まったのだった。

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