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前編

誤字、脱字をご報告いただけるとありがたいです。

「イケメンは滅びればいい」

これは高校を卒業して久しぶりにファミレスで再会した友達との会話の中の発言だった。

この頃の私は少し荒れていたのを自覚する。

卒業式のほんの2、3日前に私は付き合って間もない彼氏と別れたばかりだった。

「だからあいつはやめなさいっていったのに」

ため息をつきながらアイスコーヒーをストローでかき回している友達の言葉に深く同意した。



あいつ――沖島が男友達と話しているところを聞いたのは偶然だった。

偶々通った廊下から聞こえてきた自分の彼氏の声に聞き耳を立ててしまう罪悪感があったが、それでも好きな人のことを知りたい気持ちがあり、私はそっと扉の近くに立っていた。

正直私のことを友達にからかわれて、照れる彼を想像していた私の耳に入ってきた言葉に絶句したのを覚えている。

―そういえば野崎と付き合ってもう二ヶ月過ぎたっけ―

野崎とは私のことだ。

―あー、そういえばそうだな―

―それからはどうよ―

―今は高校生らしく清い交際してるよ―

―うわ、似合わねぇ。まさか手も繋いでないとかじゃないだろうな―

―馬鹿。手ぐらいは繋いでる―

―だよな。年上の彼女がいるくらいだし。マジでお前すげぇわ。なんで3人と同時に付き合ってるのに3人とも気づかねぇんだろうな―

―そりゃあ、俺が上手くやってるからに決まってんだろ―

―しかも今回は後輩と同級生と年上なんて羨ましい構成だし―

―それぞれ役割があるんだよ。後輩だと自分が優位だし、同級生だと何かと気が楽だろ。年上だとお金とか出してもらえるし―

―お前最悪だな―

彼氏と友達の笑い声が聞こえていたはずだけど、私の耳には入らないほど動揺していた。

その後、本当にどうやって帰ったかはわからないが、気づいたらベッドに横になっていて目覚ましがなっていた。

やけにすっきりとした頭に湧き上がってきたのは激しい怒りだった。

朝の準備をしながら頭の中で激しく沖島を罵っていた。

父親と弟が恐れおののくぐらい私の顔は凄まじかったらしい。

そして次には激しく後悔した。

あれほど親友の由香利が沖島はやめておけ、と言っていたのに、私は恋に恋をしていたため忠告を無視していたのだ。

恋は盲目とはよくいったものだ。

通学路を歩いている時に私は決意した。

あんな男はこちらから振ってやるのだと。

よくよく言動を思い出してみれば、あの男は自分が最高の人間だと思い込んでいたし、その癖「かっこいい男性像」からかけ離れた行動は避けていた。

実際は少女漫画を愛読するような乙女チックなところがある癖に、こそこそ隠れて読んでいて、それを偶々見かけたとき、やつは激しく動揺していたのを思い出した。

私も少女漫画愛好家だったので、趣味が合うと喜び、よく漫画の貸し借りや感想などを言い合ったものだ。

と、昔のことを思い出していても仕方がない。

やつのプライドを傷つける為に、私から別れを切り出す。

私は早速携帯メールを送り、放課後に会う約束を取り付けることにした。

それから思っていたほど私は冷静に日常生活を過ごし、すぐに放課後となった。

放課後、私達が良く逢引していた人が滅多にこない裏庭に向かうとやつは既にその場所にいた。

遠くから見る限り、やつは時計を気にしている。

もしかしたらこの後、他の二人の彼女のどちらかと約束しているのかも知れない。

そう思うと少しだけ胸が痛んだが、頭を振って私はやつへと駆け寄った。

「お待たせ」

「いや、俺も今来た所だよ」

そういって時計から自然に目を話すとやつはにっこり笑った。

何度見てもやはり私はこの笑顔が好きだと感じたが、それを誤魔化すようににっこり笑った。

「これ、借りてた本。全部持ってきたからちょっと重いかも」

そういって今まで借りていた本を入れた紙袋をどっさりと渡す。

「こんなに一気に読んだの?じゃあ寝不足じゃない?」

「ううん。全部は読んでないの。ただ返すタイミングが今日しかないから全部持ってきただけ」

「ん?まだ卒業までは毎日会うんだから、重いだろうし分けて持ってくれば良かったのに」

「本当はそうするつもりだったんだけどね。あっ、そうか!そんなに少女漫画を持って今から他の彼女の所に会いにいけないよね」

「・・・え?」

「あっ、でも他の彼女にも少女漫画が好きな事言っているのかな。年下の子と年上の人に」

「いや、何言ってんのか・・・」

「わかるよね。何言ってるのか」

にっこりと最大限の笑みを浮かべる。

「私ね。あなたみたいな不誠実な人、大嫌いなの。だから別れましょう。それじゃあ」

呆然と立ち尽くしているやつを置いて私は帰路についたことを覚えている。



「なんで別れてすぐに私に言わなかったの?・・・情報として知ってたけど香織の口から聞きたかった」

「うん。ごめんね。私も言おうと思っていたけど、あの時、由香利と卓哉は付き合うか付き合わないかの微妙な時期だったでしょ。だから私のことで気をもんでほしくなかったの」

別に良かったのに、と由香利は笑ってくれた。

本当に私はいい友達を持ったとシミジミと思う。

「もうあいつなんてどうでもいいの!私は大学で誠実な恋をするって決めたんだから!」

「誠実って・・・。まぁ、いいか。それで面食いな香織は今度はどんな人と恋する予定なの?」

「一途な人。顔も平凡がいい。あと優しい人」

「その条件だと結構ヒットするわよ。・・・今度はいい恋をしてね」

「ありがとう。それとごめんね。イケメン愛好会、私は抜ける」

「写真の腕のいい香織に抜けられると大きな損失だけど。・・・わかったわ。皆には私から言っておく」

「うん、ありがとう」

イケメン愛好会。それは名前の通りイケメンを愛でる会である。

大のイケメン好きで気の合った私と由香利で中学校の時に作った愛好会だ。

実際に追っかけや取り巻きをする会ではなく、ただただイケメン達を遠くから観賞し、キャッキャ言うだけで、直接話したい!とか彼女になりたい!とか言わない全員現実的な会である。

ただその顔や格好が好きなだけで、内面は正直どうでもいいのだ。

それでも私のようにうっかりイケメンに惚れてしまい、会を脱退する人も少なくは無い。

それほどイケメンには魔力があるのだ。

以上、イケメン愛好会元副会長から会の説明でした。



「男なんて全滅すればいい」

「イケメンは滅べばいい」と言った三ヵ月後にまた同じファミレスで由香利にそう言い放った。

「男が全滅したら子どもは生まれないわよ」

「脳や身体はいらない。ただ種だけ保管しておけばいい」

「何その悪の化学者みたいな発言は」

「あっ、訂正する。父さんと弟と、あと卓哉は由香利の為に生きててもいい」

「そう、よくわからないけどありがとう」

よくわからない会話をしているこの前日にそれは起こった。



大学に入学してから私は初めて男性に声をかけられた。

講義が終わって席を立つ前に話しかけてきたその男性は平凡な顔つきを少し恥ずかしそうにゆがめていた。

「ごめん。もし良かったら、今日の講義のノート貸してくれない?眠っちゃったみたいで」

その言葉をきっかけに私達はゆっくりと仲が深まっていった。

最初は他愛も無い講義の内容をポツポツと話していた程度だったが、友達の居ない講義だったため席を隣同士に座るまでになっていた。

だけど、まさか知り合って一月で告白されるとは夢にも思っていなかった。

正直言って、そこまで恋愛感情を彼に持っていはいなかった。

ただ、打算があったのは認める。

私が望んだ人物像そのものだったからだ。

平凡な顔つきで浮ついた噂もなさそうであるし、優しげな目元で見つめられると、順風満帆な男女交際が出来そうな気がしたのも事実だ。

けれど、告白されてすぐには返事が出来なかった。

前回の恋愛を結構引きずっていたとは自覚していなかった。

だけど、今回は前の彼のような派手な人ではないから大丈夫だ、と自己暗示をかけて、了承の返事をしようと思ったその日に私は見てしまった。

私に告白してきた男性が別の女性と仲むつまじく歩いている所を。

まさか、と思って見ていると、なんと大胆にも路チューを始めたでは無いか。

いつまでも見ているわけにもいかず、私は速攻で彼へお断りのメールを送っておいた。

イケメンもまともな奴がいない。

平凡な顔つきの奴でも何をしているかわからない。

そこら辺に歩いている男性が私にとって全員胡散臭く見えてきた。

どうやら私は男性不審になったようだ。



「たった二回の恋で男性不審なんて、って言わないでよ」

「言わないわよ。私だって卓哉に振られたらどうなるかわからないもの」

しょぼんと落ち込んでいた私の頭をポンポンと撫でてくれた。

ひとしきり愚痴ったらお腹が空いてきたので、ちょっとした軽食を頼みながら今度は談笑していた時、ふと由香利が眉をしかめて辺りを見回し始めた。

「どうかした?」

「何か視線を感じて」

「あぁ、由香利に熱烈なアイコンタクトをしてたんじゃない?」

「やだ、それはないよ。何ていうか私じゃなくて香織を見ている気がしたのよ」

「それはありえないな」

最後まで誰かの視線を気にしていた由香利と別れて、ほの暗くなった街中を歩き始めた。

あっという間に日が沈んだ頃にはまだ帰路の途中で、しかも人気の無い場所を歩いていた。

ふと、誰かの視線を後ろから感じた気がした。

由香利が気にしていたから、私まで過敏になっているだけだと思っていたが、それは一つの足音で思い過ごしではないことに気がついた。

普段から歩調が速い私に合わせて後ろの足音も付いてきているのが気配で分かった。

過敏になっているだけだ。

そう思い込もうとしても冷や汗が背中を伝う。

自然と駆け足になっている私の後ろの足音もそれに合わせて早くなっている。

焦っていたのが悪かったのか、道に転がっていた石に躓いて地面に膝を付いてしまった。

ジクジクと痛むはずの膝の感覚などなく、私に覆いかぶさってきた影に対して恐怖を感じていた。

「大丈夫ですか?」

私に覆いかぶさっていた影がそう言って手を差し出してきた。

思わずぽかんとしていた私はひとまず立ち上がることにした。

「私は樺原聡志と申します」

「・・・は?」

自分の後をつけて来たらしいその男性に突然自己紹介されたのだから唖然としても仕方がないと思う。

「あっ、マスクをしているから聞き取りづらかったですよね。すみません」

そういってもう一度自己紹介をしている男性をマジマジと見つめた。

漆黒の艶やかな直毛の髪、顔を半分ほど多い尽くしているマスクのせいか、掛けている眼鏡が曇っていて、どんな目をしているのかわからない。

とりあえずとても怪しいのは間違いないが、私はふとその格好を見て目の前の人が誰なのか思い出した。

それは高校卒業して数日経った頃だった。

少し出かけた帰り道に、怪しい人物を発見した。

今日と同じく大きなマスクに眼鏡をかけたその人物はフラフラと歩いていたのだ。

こんな明るい時間帯に酔っ払いかと思って見ていると、その男性は一際グラリと傾いたかと思うとそのまま大きな音を立てて倒れこんだ。

驚きでいっぱいながら駆け寄り、男性の状態を確認すると身体がとても熱く、熱が出ているようだったので私は家に電話をしてタクシー会社へ連絡してもらい、タクシーが来ると病院まで送っていった。

幸いなことに保険証もお金もあったらしく、どうにか治療が終わる頃には歩けるほど回復した様子だったので私はそのまま家に帰ったことがあった。

「あぁ、あの時の方ですか」

「はい。えっと、ずっとお礼を言いたかったのですが、話しかける勇気が無くて」

「そうですか」

私より遥かに大きな男性がモジモジとしながら、ちらちらとこちらを見ているのを感じた。

以前の私ならばもう少し愛想よく対応できたのだが、如何せんこちとら男に愛想が尽かしたばかりでまだ吹っ切れていなかったこともあり、とても無愛想な態度で接しているのを自覚している。

「目の前で人が倒れれば助けるのは当たり前で、私はその通りに行動したまでですのでお礼は結構です。お大事になさってください」

一つ礼をして歩き出そうとした私の腕を男につかまれた。

どうやらその手を嫌悪感一杯の表情で見つめていたらしく、男は私の表情を見て慌てて手を離す。

「す、すみません!あの、これもお渡ししたくて」

そういって男が差し出して来た紙袋には某有名な和菓子の店名が印字されていた。

今の心境から言うと男性から物を受け取るなんて言語道断だ、と言いたい所だが、いつの間には曇りが取れた眼鏡の奥の瞳がうるうるとしていてまるで捨てられた子犬のようだった。

正直子犬とか子猫とか大好きな人間なので、それを見てしまうとどうしても断ることが出来なかった。

「ありがとうございます。・・・けれどこんなにして頂く必要はありません。」

「いいえ、私の感謝の気持ちです」

うるうるとしていた目をそのままににっこりと微笑んだ男はどこか幼さを感じた。

もう用事は済んだだろうと、踵を返す前にまた男に呼び止められてしまった。

「他にも何か?」

「えっと、あの・・・」

先程よりももっとモジモジ身体を動かし、恥ずかしげに顔を伏せる男はどこか好きな人に告白をする女の子の映像と重なった。

勘弁してくれ。こちとらまだ恋の傷が癒えていなくて荒れているのだ。

何を言われても断ろうと心に決めて、先手必勝とばかりに私が口を開く前に男は私に問いかけていた。

「私とお友達になってくれませんか!」

「お断りしま・・・・・はい?」

思いも寄らない言葉にまた私は呆けてしまった。

お友達?

所謂ナンパなのか?と疑問にも思ったが、男の達成感のあるすがすがしい顔を見る限りその手合いではなさそうだ。

寧ろその言葉を発するまでにあれだけモジモジとしていたのだから、手馴れてはいなさそうだと感じた。

しかし、これはどういう対処をすれば良いのだろうと男をマジマジと見つめると、断られるのが恐いのかまたあのうるうるとした目で見てきて、正直参ってしまった。

もしかしたらこれだけ気が弱そうだし、いじめか罰ゲームか何かでやらされているのかも知れない。

そう思うとむくむくと私の中の正義感が湧き上がってきて、考えるより先に私は了承の言葉を発していた。

「メル友からなら」



「どういう風の吹き回しなのかしら」

またいつものファミレスで私は机に伏せていた。

「違うんです、由香利様。男なんて滅びればいいと思っているのは間違いなんです。ただ、あの男があまりにも捨てられた子犬のような目で見つめて、私の心を揺さぶったんです」

「別に責めてはないけど」

「だって!いかにも気弱でいじめられっ子を具現化したような男を見捨てたらいけないって私の中の声が言うから!」

「はいはい、相変わらず大した正義感ね」

がばりと起き上がって自己弁論をする私に対し、由香利は相変わらず冷めた様子でアイスコーヒーを混ぜている。

「別にいいんじゃない。友達なんだし。というかメール友達か」

「大したことをメールする訳じゃないんだけどね。アドレスを交換した時にちらっと見えたんだけど、男の電話帳登録件数が9件よ!9件!同い年なのに9件って明らかに友達が少ないタイプじゃない!」

「私くらい友達になってあげないと、って?」

「いや、正直言って深い友達にはなれないと思う。やっぱり気弱でも男だし。だから友達を作るきっかけを私が作ってあげればいいんじゃないかなって思ってる」

「仲人さんをやるつもりなの?」

「だから、その相手に卓哉を推薦しようかなって思って」

ちらりと由香利を見上げると納得したように頷いた。

「だから昨日の今日で私に連絡してきたのね。私の許可なんて取らなくて良いのに」

「いや、いきなり卓哉と会わせるわけにもいかないし、あいつメールなんてほとんどしないからメル友にもならないだろうし。だからおいおい男を含めた4人で遊んで徐々に慣らしていこうかなって思ってるんだよね」

「そう?卓哉から毎日メール来るわよ。確かに電話のほうが多いけど」

「・・・それは由香利だけだから。他の人には「了解」とか「わかった」とか一言メールしかしてこないから」

「えっ、そうなの」

ポッと少し頬を染めた由香利の何と艶やかなことか。

「あー、はいはいそうですよ。惚気るならまた後にしてください」

「惚気ないわよ」と言った由香利は本当に綺麗で、絶対卓哉にはもったいないと思う。

「4人で遊ぶ話ね。私は大丈夫だから。卓哉にも言っておこうか?」

「あっ、是非お願い。まだ当分先になると思うけど、由香利のお願いならあいつ聞くし」

もう、と軽く怒った振りをする由香利としばらく談笑してからそれぞれ帰路についた。



家に帰って携帯を見ると男からのメールの着信を知らせていた。

毎日どんなメールをしているかというと他愛もないことで、今日の晩御飯のメニューとか今日は何をしたとかそういうものばかりだった。

普通なら飽きてしまいそうな内容でも、男の少し主観を加えた感想を読むたびほのぼのとした気分になって、まるで飽きなかった。

特に色恋沙汰の全く無いやりとりなのが私の気を楽にさせていたのも間違いない。

男への返信をポチポチと打ちながら私はどんなことを書こうか頭をめぐらせていた。

男と会う約束をしたのは、それから10日後のことだった。

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