第1話 求める少女、呼ばれた少年
眠っている間ずっと、優しい歌声と温かな光に包まれていた気がする。
歌声がやみ、冷たい空気が肌を突き刺したところで、穏やかな眠りの時間が過ぎ去ったことを感じた。さぁ、起きなければ。
ゆっくりと眼を開けると、ずっと眠っていたためだろう、眩しくて涙がこぼれた。
少年は静かに涙する。本人は自覚していないが、その涙は決して光の刺激によるものばかりではなく、穏やかな時間が過ぎ去り、過酷な日々が始まることを予感したためでもあった。そう、異世界に召喚された英雄はさながら産まれたての赤ん坊のように泣くのだ。
―――産まれたくなかった、と。
シャツの袖で乱暴に涙を拭きとると、周囲を見渡す。石でできた壁、柱。頼りなげに火が揺れる燭台。僕はテーマパークのようだな、と思った。でもきっと、ここでは現実に人間が暮らしていて、燭台の横に実は電灯のスイッチが隠されているなんてこともないのだろう。そして何より。目の前の怪物たちも仮装ではないのだろう。
いや、怪物と言っては失礼だろう。目の前に立つ5人はあくまで清廉な女性の姿をしているのだから。その体が水色で、彼女たちを通して部屋の扉が透けて見えようとも。
幽霊かなにかだろうか。彼女たちはそれぞれにドレスを着ていて、どことなく高貴な印象を漂わせている。
「あの、ここは一体・・・?」
そう問いかけると、彼女たちは身を寄せ合って何かを話し始めた。僕の処遇を相談しているのだろうか。その声はぼそぼそとしていて、聞き取ることができない。
話が終わったのだろう。彼女たちは此方を向き、ふと、そのうちの一人が姿を消した。
それを見て僕は驚くべきだったのかもしれないけれど、何彼女たちはやはり幽霊なんだ、と妙に納得してしまった。
「・・・・・・?」
幽霊の一人が僕に話しかけてくる。やはりその声はぼそぼそとしていて、聞き取ることができなかった。さらに、よく見るとその顔もまた、はっきりと見ることができない。のっぺらぼうというわけではない。その顔のあたりは常に陰となっていて、見ることができないのだ。
それでも。声も表情も分からないというのに、幽霊たちが僕のことを気遣ってくれているのが分かった。
「うん、大丈夫。体は・・・少し痛む気がするけど」
幽霊たちがほっとするのが分かる。相変わらず声も表情も分からないというのに。もしかしたら、単なる僕の勘違いだろうか。
こつ、こつ、こつ。
不意に足音が響きわたり、僕の心臓は跳ね上がった。
この建物の気密性が高いためか、足音は反響し、足音の主は1人にも5人にも思えた。
慌てて幽霊たちを伺うと、特に驚く様子も焦る様子もない。少し落ち着くことができた。
不思議なことに出会って間もない、会話もできない異形に僕は心を許し始めているらしい。
扉の向こうで足音が止まる。一瞬の静寂。しかしその静けさは錆びた蝶番がきしむ音によって破られた。入ってきたのは、2人。しかし足音の主は1人だったらしい。なぜなら、入ってきたのは1人の少女と先ほど姿を消した幽霊だったからだ。今やっと気付いたが、幽霊は空中をぷかぷかと浮かんでいた。
幽霊が、少女に話しかける。その声はやはりぼそぼそしていて、僕には聞き取ることができなかったが、少女には通じているようだ。
「良かった。召喚の儀式は成功だったようですね。霊たちよ、お疲れ様でした。後は私が受け持ちます」
少女がそう告げると、幽霊たちは少女に小さくお辞儀をし、消えていった。
部屋には、少女と僕が残された。幽霊たちがいなくなり、少し不安になる。
「はじめまして。私はノーラ。ノーラ・ブラナー。あなたをここへ呼んだ者です」
よろしくね、と付け加え少女はほほ笑む。その姿は、花がほころんだようで、僕はつい見とれてしまった。身長は低め、小柄でかわいらしい。白いローブを着ているため、体型は分からない。
年はどのくらいだろうか。高校生ぐらいかな、と僕は思う。大学生まではいかない感じだ。
「・・・?大丈夫ですか?言葉は分る?」
そう問いかけられ、ハッと気づく。不安にさせてしまったようだ。
「ご、ごめんなさい。分ります。さっきの人たちの言葉は分りませんでしたけれど。」
「ああ、ゴーストの声が聞きとれるのは魔術師だけです。普通の人にはぼそぼそとした声にしか聞こえないんですよ」
「魔術師?ノーラさんは魔術師なんですか?魔法が使えるの?」
「うーん、修業はしているけれど、魔術師じゃないわ。結構すごい魔術も使えるんだから。あなたをこの世界に召喚したのも、私の魔術なのよ」
「この世界?この世界って・・・?」
「まって、その前に質問をさせて。あなたはどこから来たの?」
「えーと、日本の「やっぱり!」」
遮られる。少女は頬を上気させ、叫んだ。
「召喚は成功よ!やった、私も呼べたんだわ・・・英雄を!!」
戸惑う僕をしり目に無邪気に喜ぶ少女の姿は、さながら、サンタクロースにプレゼントをもらった女の子のようでした。