プロローグ
剣戟の響き。馬のいななき。戦士たちの咆哮。―――戦場の音。
戦場はまるでおもちゃ箱の様で、おもちゃの兵隊たちはにぎやかに駆け回る。
子どもたちは緊張した面持ちで、しかし楽しげに此方をうかがっているに違いない。
自分のお気に入りの活躍が、気になってしょうがないのだ。
そんな取り留めのない連想に思いを寄せつつ、私は大空を飛んでいた。
ワルキューレの象徴たる翼は力強く空を打つ。
それとは対照的に、私の指先は心もとなく震えていた。
空気の冷たさと眼前の戦場を感じて。
「グリフィルド様」
私の横を飛んでいた部下が声をかけてくる。私が彼女の上官だからであろう、
それ以上何も言おうとしないが、眼が「大丈夫ですか?」と問いかけていた。
私が軽くうなずきを返すと彼女は少し安心したのか、わずかばかりの笑みを見せ、
一度大きく羽ばたいた。どうやら、先行してくれるようだ。
わずかに先行している彼女の後姿を見つめる。青と銀を基調とした戦装束、銀色に輝く槍、純白の羽根。静謐さと力強さが共存して見える。神々しいとさえ思えた。
自分も同じ格好をしているはずだが、彼女のような立派に見えるだろうか。私は彼女の様になれただろうか。―――美しく、気高い、ワルキューレに。
不意に、爆音が響いた。私は体をたて、空気の抵抗を用いて減速すると、爆音が響いた方向をむいた。眼球に魔力を込めると視力は格段に上がり、
地上の様子がはっきりと見て取れた。異音の原因を探る。いや、原因など分かりきっている。
「いました。『災厄の魔人』です」
爆音の原因は敵、人間たちの英雄だった。今代の英雄は歴代の英雄の中でも最強と目され、戦場で恐れられている存在である。
「妖精たちが「すべてを滅ぼす」と予言した男か・・・」
私のつぶやきに彼女が応じる。
「気まぐれな妖精たちの言うことなんか当てになりません。それより、」
「分かっている。いくぞ。」
私は彼女の言葉を遮ると、腰から下げていた槍を手に取り、地上へ向けて滑空した。
地上では虐殺が行われようとしていた。
勇猛なオークやミノタウロスが襲いかかるも、英雄が手をかざすだけで爆発が起こり、そのたくましい体は炎に呑まれていった。
妖精たちが弓を射かけるも、哀れな戦士たち同様、矢はただただ灰となるばかり。英雄の背中には白銀の大剣が吊り下げられているが、
誰も、その剣を抜かせることすらできずにいた。
ふと、英雄のいる場所に影が落ちた。
きんっ。
英雄の背後、しかも上空からの一撃を英雄は完璧にいなして見せた。
そこから、英雄とワルキューレのブレイド・アーツが始まる―――
英雄と激しく切り結びながら、私の内心は苦々しさでいっぱいだった。影で悟られるとは、戦場に出たての新米(お嬢さん)じゃあるまいし―。
奇襲自体は成功といって良い。接近戦に持ち込めたためだ。この距離でなら英雄もその不可思議な術を使うことができない。爆発を起こせば自分も巻き込まれるためだ。
しかし、やはり最初の一撃で終えたかった。そう思わせるほどに、英雄の剣の腕は凄まじかった。ワルキューレ二人がかりの猛攻を防ぎきっている。
しかも、時折オークやミノタウロスも斬りかかっているというのに。
それでも、だ。
英雄は徐々に防御に回るようになってきている。さっきから攻勢に出られていない。
さしもの英雄も、戦場の猛者たちに接近戦で戦うのには限界がある。特に、ワルキューレはその羽根を活かし、上へ下へと動きまわるのだ。
「自分の身もわきまえない愚か者。貴様など仲間に守られて、後方からこそこそと妖しい術でも唱えていれば良かったものを」
私がそう叫んだ瞬間、なぜか英雄の貌が苦悶に歪んだ。そして、それは機敏に飛び回るワルキューレにとって、大きすぎる隙だった。
倒れた英雄に、いや、英雄だった男のもとへ歩み寄る。普段なら倒した敵になど関心を向けない。
ワルキューレの青い眼は常に次に討つ敵の姿を映していなければならないから。
しかし、今回はなぜか英雄だった男の顔を見ておかなければならない。そんな気がしたのである。
「さようなら。英雄であった男よ。戦場での死は戦士の誉れ。私があなたに与えた、栄誉ある死を誇りに思うが良い」
玩具は壊れた。きっと、その持ち主は新たなる玩具を求めるのだろう―――