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第二部 日出〜1〜2〜

1、

 

 関西国際空港午前八時九分着の王家所有専用旅客機「エンゲール」が、日本領空へ近づいていた。最新鋭のジェットエンジンの鳴らす音は静かなもので、快適な空の旅を保証してくれる。


 その機内、カミル・ハーン祭司は落ち着き無く歩き回っていた。あと三十分ほどで、日本入り。否が応でも、緊張感が増す。

 

 国際的にも、確かに日本の治安はずば抜けて良い。下手をすれば、本国よりも安全なのだが・・・そういう問題では無かった。ただの遊覧ならばそこまで心配することは無いが、今回の来日にはちょっとした、しかし何としてでも成功させねばならない目的があるのだ。

 

 ちらりと、カミルは振り返った。今回の来日の主役である人物はゆったりとシートに腰掛けている。


 「爺、座っていたほうがいいのではないか?もうすぐ、着陸態勢に入るぞ」

 「・・・判っております、殿下。少しばかり、心配なだけです」

 

 纏め上げられたブロンドの髪。切れの長い両眼に浮かぶ瞳はうっすら緑色の光沢を放っていた。卵のような形の顔の輪郭も、まだ14歳という年齢を考えれば、大人びた造りをしている。母親に似たのであろう、その容姿の美麗は王室の威厳というものを、見たものの心に深く焼き付けることとなるに違いない。

 

 カルメス王室第一子王女、リザ・カルメスは小首を傾げた。


 「心配?一体、何を心配することがある?ただの親善来日ではないか」

 「・・・そう・・・でございましたね」

 「・・・・?」


 怪訝そうな顔つきのリザ。カミルは少し笑って口を閉ざした。

 

 この王女は今回の訪日の、本当の目的を知らない。「娘には伏せておけ」リザの父親であり国家の最高執政者たる国王の意向なのだ。議会も、さらには内閣の長である宰相ですら、その命は絶対。ましてや、王家教育係の自分は一官吏にしか過ぎない。どうして、王の指令に逆らうことができようか。

 

 無論のこと、幼少の頃より王女の世話をしてきた身としては、彼女を騙しているという罪悪感で心苦しくもある。だが・・・老兵はただ黙して、王の意向に従うまで。


 申し訳ありません、王女殿下。カミルは心の中でそう呟いた。




2、

 

 関西国際空港午前八時九分着の王家所有専用旅客機「エンゲール」が、日本領空へ近づいていた。最新鋭のジェットエンジンの鳴らす音は静かなもので、快適な空の旅を保証してくれる。

 

 その機内、カルメス王室第一王女リザ・カルメスはゆったりとした造りの椅子に腰掛け、日本入りを心待ちにしていた。

 

 国際的にも、日本の治安はいい。少なくとも内紛寸前の自国よりは良いはずだ。だから、鬱陶しい防弾チョッキを羽織る必要もないだろうし、それにおそらく、迎賓館の接待か何かで「サシミ」という料理が出されることに違いない。リザは一度、英国で「サシミ」を食したことがある。「これは日本の有名な料理でございます」との料理長の言葉も耳に新しい。その時食べたあの「サシミ」の味が今でも忘れられないでいた。なんとも美味なのである。しかし、領地が海に面していない自国では新鮮な魚料理を食べられる機会は、たとえ王女と言えどもそうあるものではない。だから、リザは今回の来日を楽しみにしていたのだ。何せ「サシミ」の本場。期待していいはずであった。

 

 でも、ただの「楽しみな遊覧訪日」・・・というわけでもなかった。今回の来日にはちょっとした、しかし何としてでも成功させねばならない目的があるのだ。

 

 リザは眼前を落ち着き無く歩き回る人物に目をやった。顔色が優れず、視線も定まらない。いつもの「緊張癖」だろう。その人物がくるりと振り返った。リザは声を掛けた。


 「爺、座っていたほうがいいのではないか?もうすぐ、着陸態勢に入るぞ」

 「・・・判っております、殿下。少しばかり、心配なだけです」

 

 神官特有の長い白色ローブを纏い、頭に冠を頂いている。真っ白に染まった彼の髪の毛はその年齢の過多を如実に示していたが、背も真っ直ぐに姿勢良く、老いたる風をあまり感じさせない。しかし、その眉間にはいつも以上に深い皺がより、目にも疲労の色が浮かんでいた。


 侍従長兼王家教育係カミル・ハーン司祭は疲れた笑みとともにゆっくりそう答えた。


 「心配?一体、何を心配することがある?ただの親善来日ではないか」


 相変わらずの心配性だな、とリザは胸内で苦笑した。けれど・・・実際、このカミルには心配をかけることになるのだ、それを思うと心苦しい。


 「・・・そう・・・でございましたね」

 「・・・・?」


 なにやら、意味深に微笑むカミル。まさか「計画」ばれているのか、とリザは少しだけ焦りを感じたが、まさかそんなはずがないとすぐに打ち消した。もしばれているのなら、父上やカミルが何もしないわけが無い。見透かしていて、なおわたしを泳がす必要などないのだから。「お前の考えはお見通しだぞ」と釘を刺せばいいだけの話。わたしはそれで諦めるだろう。だが、まだ誰も「計画」のことについて触れようとしていない。ばれていないと考えるのが自然だ。わたしの「計画」が他に漏れていることは無い、そう思い直して、リザはふうっと息をついた。

 

 「計画」は必ず実行する。熟慮の結果だ。日本ほど治安の良い国はそうは存在しない。また同時に例の話を信用するならば、日本、というより来訪先の京都こそ都合のいい場所は無い。そして、日本に出向く機会もそう有りはしないだろう。ならば、この場所、この瞬間を逃すわけにはいかない。

 

 しかし、それは今まで世話をしてくれたカミルをも裏切ることになる。心配性のカミルのことだ、また胃潰瘍で寝込まなければいいが・・・。


 許せ、カミル。リザは心の中でそう呟いた。




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