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第一部:朝霧〜4〜

4、

 

 ミーティングは潤滑に進んだ。昇進を目の前にちらつかされて、俄然やる気の出ている町村主任がてきぱきと仕事をこなし、配置や時間の打ち合わせ、警察などの公共機関との連携、クライアントの意向、などが決定及び確認された。私は御所前の参道で通行人の整理を担当することになった。いつものように、佐々木さんとタッグを組んで仕事をする。

 

 佐々木さんというのは、私の先輩にあたる人だ。彼は相当ここでの仕事が長いらしく、第二課のヌシと名高い町村主任とも十年越しの付き合いになるんだとか。気さくないい人で、私も入社したての頃は、よく面倒を見てもらった。ただ、無類の酒好きで、それが原因かどうか知らないが、子供と奥さんとは現在別居中。月末に一度訪ねて来る、小学校に入学したばかり娘の顔を見ることが、今一番の生き甲斐なんだそうだ。今年で彼も45歳。比較的遅くできた子供のことが可愛くて仕方ないのだろう。


 現に会議中、彼は財布の裏側にプリントアウトしてある娘の写真をこっそり眺めて、にやにやしていた。「子煩悩」という言葉を凝縮して煮詰めて人型にぶち込んだら、きっと彼のような人間ができるに違いない。


 で、私は佐々木さんと仕事でよく組む。どうしてかはよく分からないのだが、彼とはタッグを組むことが妙に多い。


 ちなみにタッグと言っても、刑事ドラマなんかでよく聞くような格好のいいものでは無い。互いに相手が仕事をサボらないか見張るだけ。もしくは一人の身に非常事態が起こった時に、本人に代わって連絡系を担当するとか、その程度のものだ。


 集合時間は、明朝午前五時。それまでにはオフィスに集まれとのこと。今日のところは明日に備えて、それで解散となった。




 

 アパートに戻った私は、また白金老人と出会った。彼は、アパートの隣にある納戸の屋根に上っていた。

 

 「何やってるんです?」私が声をかけると、緩慢な動作で白金は振り返った。

 「あれ、新井さん。もう、仕事は終わらはったん?」

 「えぇ、まぁ・・明日は早いですし・・・」


 彼は、右手に金槌、左手に木箱を持っていた。私の物問いたげな視線に気付いたのか、「いやぁ、ちょっと、大工仕事ですわ。なんや、雨漏りしとったみたいで」白金はそう言う。

 

 それにしても、パワフルなお年寄りだ。そんなこと、業者に頼んでやってもらえばいいだろうに。今時、数千円も払えば屋根の修理ぐらいやってくれよう。


 「良かったら、手伝いましょうか?」とりあえず、心にもないことを言っておく。本音を言えば、さっさと自分の部屋に帰りたかったのだが、八十歳にもなる老人一人を残して、自分だけ自室でぬくぬくとするのもまた、気が引けた。

 

 「ほな、そこの板とってもらえます?」

 「板?」白金の指差す先には、結構大きめの木板が束になって置いてあった。

 「これですか?」

 「はい、そうです。一つ取ってください。それでここの最後の穴を塞いで、おしまいなんですけど、下まで降りんの億劫なんですわ」


 言われた通り、私は板を一枚、屋根の上の白金に渡した。

 

 「どうも、助かります」

 「いえいえ・・・んで、他には手伝うことは無いんですか?」

 「はいな。そもそも、別に今日慌てて補修する必要は無いですし」

 「え?」


 私が聞くと、白金は笑って「あ、いやぁ・・・たしかに補修は今日やなくてもいいんですけどね・・・実はなんかやってへんと、落ち着かんのです」

 「どうして?」

 「だって、ほら・・・明日に王女様来る、いう話やないですか」

 「そうですけど・・・それが、どうしたんです?」

 「いやぁ・・・なんか緊張してしもうて・・・」


 はぁ?そう思わず言い返しそうになったが、ぐっと堪える。なにを言っているのだろうか、この人は・・・。

 

 「緊張って、なんで?」


 私が言うと、白金は意味ありげに微笑んだ。


 「ちょっと・・・まぁ、いろいろありまして」


 釈然としない答えだったが、私はこれ以上突っ込むのはやめた。ややこしいことになりそうな予感があった。今日はもう、明日のために、ゆっくりと休みたい。


 「なんか良く分からないけど・・・まぁ、いいです。で、もう作業はおしまいなんですか?」

 「あ、はい。もう終わりにしますわ。片付けは勝手にやりますさかい。助かりましたよ、新井さん。んで、あんたは明日、早いんとちゃいますの?」

 「ええ、まぁ」

 「ほな、早う寝て、明日に備えてくださいな」

 「はぁ・・・」

 「明日はまた冷え込むらしいし、早よ休まはったほうがええ」

 「・・・それじゃぁ、そうさせてもらいます」


 私は、白金老人の言葉に従った。実際、明日の仕事はきついものになると思う。だから、さっさと帰って寝ることにした。もちろん、ストーブの火は消した。


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