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第一部:朝霧〜3〜

3、


 自分の仕事を他人に説明する時、私はいつも困ってしまう。簡単に説明するなら、ガードマン、ということになると思う。けれども、そんな単純なものではないのだ。


 一口にガードマンと言っても、それこそピンきりであって、例えば、アメリカ大統領などの要人を護衛するSP(元々は私服警官のことなのだが)とか呼ばれているボディーガードと、夜中に寂れた漁港の倉庫を警邏する警備員と、あなたは同じものと見なすだろうか。そんな訳ない。そもそも「ボディーガード」と「警備員」では存在意義そのものが違う。個人を守るのと会社の警備をするのとではやはりそれは実際全然違うものなのだけれども、でも実は同じ枠組みの中に組み込まれていたりもする。大体は警備会社の中で選別したりと、それぞれ違う役割の仕事をしていくという感じだ。

 

 そして、私はピンではなくどちらかと言えばキリの方で、要するにいたって普通の警備員なのだが、わたしが「ガードマンをやっています」というと、勝手に勘違いをする人が多い。すごいですね、大物政治家の護衛とかするんですか。いや、大物政治家って、あなた、別にそんなことしませんから。そういうのは、もと軍人とかもとSAT(警視庁特殊急襲部隊)出身者だとか特別な経歴を持ったプロフェッショナルの仕事でしょうが。しかも、大抵、偉い方というのは個人でボディーガードを雇うことがほとんどで、あまり警備会社に要請したりしない。どのみち、ボディーガードとなるにはややこしい資格みたいなものがいる。

 

 身長百八五センチ、体重七十九キロ。確かに私は平均よりかなり大柄な男であるとは思う。しかも、大学のクラブでラグビー部に所属して、そこで結構本格的な活動をしていたから、肉付きも悪くはない。柔道も初段は取得している。勘違いされてもしょうがない様な気もするし、なんでそうなるんだよ、と突っ込みたいような気もする。

 

 私の基本的な仕事は通称「二号警備」といって、交通誘導やイベント会場の人員整理などが主だ。そこら辺の、皆が良く知っているだろう、警備員のうちの一人でしかない。背格好だけで判断されても困るのである。


 とにかく、もう最近では面倒くさくなって、逐一訂正することもしない。勘違いされて、別に困るわけでもないし、正直どうでもいい。

 

 東京を離れて京都の大学を受験しようと考えたのにもたいして深い理由が無かったように、大学を卒業して、特にやりたい仕事が無かったので、私は友人に紹介されるがままとりあえず「ガードマン」という職に就いてみた。ところが、これが以外に居心地も良く、私はそのままこの職業に従事している。世間が考えるほど、危険なこともまず無いし、体力さえあれば大変な仕事でも無い。実のところ、案外私にとって天職なのかもしれないなぁ、と近頃ぼんやり考えてみたりもする。


 電車は相変わらず混んでいた。だが、東京の朝の通勤通学ラッシュと比べればそうたいしたものでもない。目的駅まであと二十分ほど。会社はその駅から徒歩五分以内のところにあるから、ぎりぎりにはなってしまうが遅刻することは無いだろう。


 何気なく車内の広告に目をやった。有名芸能人の恋愛スクープがすっぱ抜かれている横には、政治家の集団スキャンダルの見出しが。そして、センターをでかでかと飾るのは「王女来日!」の四文字。


 私はため息をついた。今週になって、何度も目にするし耳にする言葉だ。何もわざわざこんな季節に、ようするに正月明けのこんな時期に、訪日しなくてもいいと思う。正直、やめて欲しい。おかげで、今日も本来は休暇であったはずなのに、予定外の仕事をこなすことになった。


 中東の石油王国として有名なとある国の王女が、親善のために、明日来日するのだ。日本とその国は互いに相手を重要な貿易パートナーと認識していて、両国の交流は盛んである。さすがに国王自ら来ることはまれであったが、首相や王族方が日本を訪れることはしばしばあった。ただし、王女の来訪はこれが初めて。特に昨今、かの国では周辺国との民族問題などで緊張が続いており、外交政策に一段と力を入れているらしい。日常で弾丸が頭上を飛び交う世界。私には想像も出来ないが、王女はそんなところから日本へとやって来る。

 

 王女は「古き良き京都」を訪問することになっている。ただでさえ交通の便も悪く、都市機構もそこまで整備されていない京都市にとって、こういうビッグな人物の来訪というのは大変なことなのだ。にもかかわらず、やはり日本の都として定着があるのか、外国人は大抵この京都を訪問ようとするから、悪循環していると言わざるを得ない。


 京都を訪れるのだから、京都三条に支社のある、私が勤める警備会社にも勿論仕事が舞い込むわけで、私は明日一日中、王女のパレード用の御車に野次馬たちが群れるのを防ぐため、沿道に立ちつくす破目になる。


 (絶対寒いんだろうなぁ、もう・・・勘弁してくれ)


 夏暑く、冬寒い、京都。だからこそ、私は王女の来日がもう少し早まるか遅くなるかしてもらいたかったのだが、一市民の都合で国家計画が動かせるはずも無く、やっぱり王女は明日御越しになる。


「三条、三条でごさいます。お降りの際は足元に・・・」


 車内アナウンスが流れた。ゆっくりと電車は減速を始めた。駅に着いた。はぁ、と人目に触れない程度に大きく息をつく。そして、私は多数の乗客と一緒に三条駅のホームへと吐き出された。



 


 会社のオフィスにはほとんどの社員が集まっていた。別に遅刻したわけでもないのに、私は妙な気まずさを感じて、小走りに主任のデスクへ駆け寄った。


 「すんません、遅れましたか・・・?」


 「いいや」そう言って、主任は書類から目を離して正面を向いた。「別にそんなことは無いから心配しなくてもいい」

 「は、はぁ・・・」


 前頭部が寂しくなりはじめた町村幸造第二課主任はここのところ不機嫌であった。特に最近、彼は急激なスピードで頭髪を失っているようで、どんな育毛剤を使っても少しも効き目が無い、といつも私たち平社員は町村の愚痴に付き合わされている。だが、なぜか今日ばかりは、心なしか嬉しそうであった。


 「でも、今度からはもうちょっと早く来い。何事も早め早めに行動すべきだろう」

 「・・・・あ、はい、そうですね」

 

 ぞっ、とした。町村の声が妙に優しい。人格も丸くなっているような気がする。何かいいことでもあったのだろうか。それとも、裏でもあるのか。


 「明日のことでミーティングをするから、三十分後には会議室に集合しろ。分かったな」


 とりあえず早くこの空間から開放されたくて、私はこくこく何度も頷いた。主任の、行ってよし、のゴーサインが出るやいなや、私は一目散に自分のデスクへ逃げた。

 

 デスクで仕事を始める準備をしながら、町村の方を陰から覗う。鼻歌交じりに書類に判を押す第二課主任。それを見て、私はこれは絶対に何かあると確信した。


 「主任、上機嫌でしょう」


 隣の席の川村剛が小さな声で囁いた。


 「何だあれ、何かあったのか?」私も声を抑えた。


 「いや、それがですね・・・どうも、昇進の話が出ているらしいんですよ」

 「昇進?」

 「ええ。なんでも今回第二課にお鉢が回ってきた王女様の来日警衛、それが無事終わったら、主任の昇進は決定的らしくてですね、本社のほうに移動になるんだとか」

 「ふ〜ん、主任がねぇ・・・」


 横浜に本社を構えるこの警備会社は、先も言ったように京都とさらに仙台とに、二つの支社がある。総社員数は三百名前後。まぁ、大きくも小さくも無い、中小企業かな、という感じである。創業もごく近年で、比較的新しい会社だ。


 そして、この町村主任だが、彼は未だに支社の一課長。四十歳も近い彼の年齢も考えると、やはり少し出世が遅い。私も町村主任とは三年間いっしょに働いてきたし、その仕事振りを見てきたが、別に無能というわけでもないから、つまりちょっとしたことで出世コースから脱落してしまった悲劇の中間管理職というやつなのだろう。


 「あぁ・・・それと、何だか肌に合う育毛剤も見つけたらしいですよ」


 川村は真面目くさった表情で言った。私は苦笑した。

 

 川村剛は今年入社したばかりの新人だ。私の三年後輩にあたる。真面目なのだが、多少人より調子が外れていて、時折おかしなことを言う。天然ボケ、とも違うのだが、それと近しい感じはある。けれども、憎めない好人物でもある。


 「とにかく、良きかな良きかな。ようやっと、主任にも運気が巡ってきたってわけだ」

 「そうですね、確かに良いことですよ。主任の機嫌が好いことは」

 

 今度は川村は笑って言った。

 

 まぁ、私としても、主任のことは別に嫌いではない。ごちゃごちゃ小言を言う彼のことを、常日頃、疎ましいとは思っているのだが、それが嫌いという感情と直結しているわけではない。だから、今回の話も素直に祝福したいと思う。


 「主任は一人身だし、仕事だけが生きがいみたいな人だからなぁ。そりゃ、嬉しいはずだろうよ」

 「でも・・・そうしたら次は誰がこの第二課長の椅子に座るんでしょうね?」

 「さぁなぁ」


 次の主任が誰であろうが、どうでもいいこと。どうせ、仕事の内容が変わるなんてことは無いのだし。


 「おい、川村ちょっと来てくれっ」


 突然、町村が声を上げた。書類を手にして、小難しそうな表情をしている。


 「あ、は、はいっ。今行きます」

 

 川村は慌てて立ち上がって、主任のデスクへと走った。慌てすぎたせいか、電気の配線コードに引っかかって、すっ転ぶ。盛大にコケた。オフィスに失笑が漏れる。


 「何やっとるんだ、早く来い」

 

 相変わらず上機嫌な主任は、苦笑いする余裕を見せて、言った。川村は照れくさそうに頭を掻いた。


 (平和だよなぁ・・・)


 私は心底そう思った。



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