家なし猫の求愛行動
割と、さらっと読める内容だと思いますので、よければお付き合いください。
ヘビーな境遇の子は出てきますが、ドロドロしさを今回は感じないと思います。
2014/06/16に少々、手を加えました。当初の形が好きだった方々には、申し訳ないです。
最近、私には悩みがある。
うちで預かっている男の子が、全く笑わないのだ。
それだけを聞くと、一見クールでかっこいい印象を受けるが、彼の場合はそうではなく。表情が全く動かないのだ。
そもそも何故、刀瓏くんがそうなったのかといえば、親からずっとネグレクト、要するに育児放棄をされ、無視された環境で七年間過ごしていたらしいのだ。七年前といえば彼はまだ8才で、まだまだ手がかかる頃だったろう。
それにもかかわらず、彼の両親はお金だけを渡し、こまごました面倒は父方の祖母が見ていてくれたらしい。
そんな状態であったのに、彼の母親は義母のことを嫌っており彼を渡そうとはしなかった。その為、懐いている祖母といられる時間は限られ、彼は家で一人過ごす事が多かったという。
祖母は彼にとって、唯一頼れる存在であったろうに、その存在も刀瓏くんが中学に上がった頃には亡くなってしまったらしい。
それから、彼は全く笑わなくなったという。
そんな彼のことを何故、赤の他人の私がそんな事を知っているのかというと、私の両親の話をしなければいけないであろう。
私の父親は中学校の教師をしており、生徒である刀瓏くんを何かと気にかけていたらしいのだ。
そして何の因果か。私の母親が通っていた華道教室の先生が、彼の祖母だった。
刀瓏くんの祖母が亡くなった時に、すぐさまうちの両親は彼を引き取ろうとしたが彼の両親は世間体とやらを気にして、なかなか預けようとしなかった。
一時は『刀瓏くんを養子に』とまで考えていたようだが、両親の猛反発にあって、なんとか家で預かるだけでも了承させたのが、去年の秋のことだ。
いくら悲惨な境遇の子だからといって、私より一つ下の中学生男子を猫っ可愛がりする訳にもいかず、私は刀瓏くんと微妙な距離感を保っていた。
だからこそ、余計に笑ってもらうことにこだわるのかもしれない。
そんなある日、たまたま私は彼と家に二人っきりになった。
私は高校に入りたてで色々忙しいとはいえ、刀瓏くんを一人にするのは良くないというのが、私たち家族の一貫した考えだった。そのため私自身もバイトと、友達とたまにする遊ぶ約束以外は、意識して家へいるようにしていた。
特に話すわけではなくても、同じリビングにいるだけで彼は落ち着くらしく、自分の部屋があるのに、ここにいる事が多かった。
その為、よく刀瓏くんの受験勉強を見てあげていた。
あの日も、何時間か一緒に勉強していた後だった。
「はい、いつも勉強お疲れさま」
勉強が終わってから、彼にちょっとお高めのアイスを手渡す。
毎度という訳にはいかないが、お金に余裕がある時は、一緒にアイスを食べる習慣が出来ていた。
このアイスが彼は好きらしい。表情のすくない刀瓏くんが珍しく、少しだけ目元を緩ませるのを見るのが好きだった。
物で釣っている感じがあり、これでいいのかと考えさせられるが…。まずのつかみとしては許してほしい所だ。
大体、甘いものは正義なのだ。頭を使った後に食べるアイスなど、素敵に決まっている。それを共有できるこの時間を私は気に入っていた。ただ、一つ望みがあるとすれば…。
「うーん。
そのままでも好きだけど、もうちょっと笑ったりすると嬉しいんだけどなぁ」
思わず独り言を漏らしていたことに気付いたのは、刀瓏くんの言葉を聞いてからだった。
「……すき?
笑うと綾音、ぼくを好きになる?」
「えっ?
うん。っていうか、今のままでも好きだよ」
な、なんでいきなり幼児のようにたどたどしい喋り方になるんだろう。
アイスを食べる前までは普通だったよね?何より、独り言に思わぬ返しをもらってすごくびっくりした。
ふわっ
えっ?
わ、笑った。刀瓏くんが初めて笑った。
彼の笑顔を見た途端、それまでの疑問はどこかに吹っ飛んでしまった。何せ初めての笑顔なのだ。その感動は計り知れない。
「嬉しいっ。綾音、ぼくを好き?」
「う、うん」
笑みが強くなり目が泳ぐ。
何度も、好きか確認されるのは恥ずかしいものがあるが、それよりも初めて彼の笑った顔を見れたことのほうが衝撃だった。
自分の両親と、どんなに笑わそうと馬鹿をやっても笑わなかったのに、ここで笑うのですか!?
「じゃあ、笑う練習する」
「あっ、でも無理はしないでね。少しずつでいいから」
「うん。綾音やさしいから大好き」
はっ、破壊力抜群!!どうしよう、何なのこの子。かわいすぎるぅ。
いつもローテンションで、普段はこちらがたじろいでばかりなのに…。
しかも、初めてがこれだけ満点の笑顔って。
だ、だれか。いや、父と母にぜひとも見せて差し上げたい!!
この気持ちを分かち合えるのは、二人を置いて他にいない。写メとか撮ろうとしたら怒るかな?
何なら父が買ってきたばかりの一眼レフで取らせていただきたいくらいだけれど、それまで笑顔でいてくれるかなぁ?意味もなくわたわたと落ち着きなく動き回っていた私だが、先程の言葉に何も返していないことを思い出した。
―――これは是非とも、その気持ちと笑顔にこたえなければいけないだろう。
「あっ、ありがとう。
私も…刀瓏くんのこと大好きだよ!!」
羞恥心はどこに行ったという絶叫で、刀瓏くんにこたえて見せた。
言った…。言ってやったよ、お母さん。顔面から火が出そうな勢いだけど、これで滅多に見られない笑顔が見れるなら、安いものさ。褒めてくれるよね?お父さん。
「嬉しい。
初めて好きって言われた」
「いやいや、告白ぐらいされた事あるでしょう」
告白された事が無いなんて、お姉さんは信じません。
貴方はそれだけのお顔をもっておりますよと、心の中で否定する。しかし、返ってきたのはまたしても予想外の言葉だった。
「うん。でも大体知らない人で、何しゃべっていいかわからなくて黙っていたら、泣きながらみんな逃げて行っちゃった」
……はっ、つい抱きしめてしまった。
気づけば私は、刀瓏くんの体を思いっきり抱きしめていた。今まで子供にすら無断で抱きついたことはなかったのに、つい衝動に負けてしまった。だがこれは最早、異性に対してというより、小動物に対する思いに近い気がする。そこまで考えた所で、やってしまったことはしょうがないと諦めた。
―――もう、いいや。この際思う存分抱きしめてやれ。
こんなに素敵な子が、きちんと自身を見て好きだと言われたのは、私が初めてとか切な過ぎる。きっと告白してきた子たちは、見た目だけで寄ってきた女の子ばかりだったのだろう。
幸い彼は嫌がってないようなので、気にすることなくそのまま抱き着いていると、更なる攻撃が加えられた。
「ふふっ、抱きしめてもらったのも久しぶり。もっとぎゅってして?」
あぅ~。どれだけ私を堕とすつもりか!!
幾らでも抱きしめてあげるさと、腕の力を強める。思い返してみれば、彼の祖母は古い考えの人だったらしいので、抱きしめる事などあまりなかったのだろう。刀瓏くんはうれしそうに私の背へ腕を回して見せた。
今まで、ちょっと表情が乏しくて淋しいとか考えていてごめんね。
これからは、年齢とか関係なくべたべたに甘やかしてあげるからね!!
「傍にいてね」
「うん!」
「また、抱きしめてね」
「勿論」
「僕のものになってね」
「喜んで…って。えっ、アレ?」
何だか、とんでもない発言をされた気が…。
たった今、言われた言葉をうまく理解できていないはずなのに、冷や汗がたらりと背を伝う。恐る恐る体をはなした私は、自分が取った行動を後悔することになる。
「ふふっ、本当にうれしい。
幸せにしてあげるからね、ぼくのお嫁さん」
唇に柔らかい物が触れたと思った直後、ちゅッと可愛らしいリップ音が聞こえた。
「絶対に離さないからね、綾音」
驚く私に向けて、彼はそう艶やかに笑った。
お付き合いいただき、ありがとうございました。