表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4

 (嘘でしょ…)

 目の前の光景が理解できず固まってしまった。豪奢な木彫りの扉を背にネティーの目線は一点に縫いつけられ動かない。


「やぁ、ネティー」

 視線の先には普段通りニコニコ笑う彼がこれでもかという程贅を凝らした部屋で優雅にお茶を飲んでいた。ここは領主の屋敷でも一番の部屋だが普段はここまで飾り付けをしていない。こんなに飾り付けたのはここ数日で、勿論それは大事なお客様のためなのだから。

 

 そうか。彼だったのだ、大事なお客様とは。

 相変わらず体は固まったままだが反する様に冷えてゆく頭に浮かんでくる推測。こいつは知っていた、知ってって黙ってたんだ。面白がっていたんだろうか、すべて。



「どうして...どうしてあんたがここに居んのよ?」

 絞り出すように、良く耳をすまさなければ聞き取れないほどの声で言ったにも関わらず彼は楽しそうに答える。

「どうしてって分かってるくせに」

「分かんないわよ!」

「ふーん。じゃあ、ヒントをあげようか?でもそれなりの対価をもらうよ?君は賢いと思ってたんだけど違ったのかな?」

 美しい金の瞳を三日月みたいに細めてふふと微笑みながらも目の奥が笑ってない。何か気に障ることでも言ってしまったかと一瞬不安になったが、彼の機嫌を取ろうとするそんな自分に気づき気分が悪くなる。


「僕をがっかりさせないで?さあ思ったことを言っていいんだよ?」

 不機嫌に拍車がかかったネティーに今度はからかうように問いかけるアシエル。


「じゃあ、言ってあげる。私をからかって楽しかった?満足した?…それで十分でしょ!帰って!もう帰ってよ!!」



「あの…失礼ですが、聖者様は私どもの使用人とどういったご関係で?」

 喚き散らすネティーの声を遮ったのは彼女をこの部屋に連れてきた執事の問いだった。遮ると同時に聖者様に対する無礼を咎める目をネティーに向ける。


「あ、すみません大きな声を出したりして」

 当然といえば当然だがこの部屋にはネティーだけではない。尊い聖者様と黒猫を二人きりにするはずが無い。出勤早々に女の召使いに呼びつけられ執事の元へ行き、さらに連れて行かれ辿り着いたのがのがここだった。室内におしゃべりな女召使いが居らず執事だけであったのは不幸中の幸いであろう。

 

 急に自分の立場を思い出し黙るネティーに態とらしいやれやれといった表情でアシエルが口を開いた。

「僕の前ではそんな従順な態度とらないくせに…猫かぶりさんなんだから。あっ、もう猫だね僕の子猫ちゃん」

 呆れたような表情からふわっと花の蕾みが綻ぶ様に美しい笑顔になった男。

 

 ぞわっとした。それはもうぞわぞわむずむずする背と反論をしたい気持ちを押し込め斜め前の執事をちらりと盗みみると、固まっていた。執事服をきっちり着こなし、真っ白な髪は常に乱れをしらないオールバック。人当たりのよい笑みを浮かべている老紳士の驚きと混乱も理解できる。嗚呼、もうすぐ失望するかもしれない、聖者様が変態だったなんて知ったら。





「ところで貴方、僕たちの関係が知りたいのでしたっけ?」

 

 相変わらず扉口で押し黙るネティーと石の様に固まる執事に飽きたのか革張りのソファにゆったりと腰掛け、優雅にお茶を口にしつつ執事に目を向ける。

 聖者様の高すぎず低すぎない耳に心地よいテノールの声に正気を取り戻した執事が、アシエルの座るソファに少し近づき緊張した面持ちで問いかける。


「はい、聖者様。差し出がましいとは思いますがお伺いたく存じます。本日の訪問の目的が当家の使用人であるのは間違いないようですが、旦那様との面会もなしにとは、聖者様と言えどもいささか強引かつ少々礼を欠いた行動ではなかと…。いえ、聖者様を貶めるつもりがあっての発言ではございません。下位とは言え男爵家にも貴族の矜持がございます。主人に変わって私がお尋ね致します。それ以上に重要とは、こちらの使用人に何かあるのでしょうか」


 問われた男は手にしていたカップを置き、小首をかしげながら答える。


「うーん、何かあるっていうより、この子は僕のペット(もの)だから引き取りにきただけかな?」




 は? 唖然。呆然。



 先ほどまで意図的に黙りを決め込んでいたネティーだが今度こそ声が出なかった。この変態は今なんと言った?

 再び固まるネティーと執事。

 時が止まったかのような室内で、窓縁に飾られた花瓶のバラ達だけがうにょうにょ動いていた。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ