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今回、少し残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意下さい。

「じゃあ次は、明日の廊下を飾るバラをとってきな」

「はい、マルジ様」

 

 お次ぎはバラか、本当に捻くれてるなボスは……

 バラには棘がある。この世界の植物の一部は、地球のものと違い自らゆらゆら動くという余計なオプションまで付いている。微量ながら知能がある分、摘む時抵抗するので心が痛む。故に積極的にやりたがる者が居ない。


「手袋くらい貸してくれたっていいじゃない、あのどケチ」

 ハサミを準備し、行きたくない気持ちを抑えながら温室に向かう。素手で摘むなんてあり得ない事だが、マルジはネティーに防護手袋を貸す気なんて勿論無い。過去5回ほど言いつけられた経験はあるが、全戦手が血だらけになるという記録更新中である。

 

 お屋敷の裏手にある温室の鍵を開け、中に入るとむせ返るようなバラの匂いに包まれた。

「はーい、ローズちゃん。痛くないですよ〜。ちょ〜っとちくっとするだけですからね〜」

 早速嫌な気配を感じたのか、バラ達は警戒するようにゆっさゆっさと体を揺らす。ネティーはハサミを片手に引きつった笑顔と猫なで声でにじり寄り、花の三十センチほど下を素手でぐっと掴む。

 バラは苦しそうに暴れ、棘が肌に食い込む。


「う”っ……」

 痛みに思わず出そうになる声を、歯を食いしばって耐える。滲み出る血に構ってる暇はない。ここまでくると後はスピード勝負だ。下手に苦しみを長引かせるよりは早く楽にしてやったほうがこの子達のためなんだと、ハサミで一気に茎を切って行く。

 

「ごめんね…...恨みがある訳じゃないのよ。枯れたらちゃんと埋めてあげるからね」

 トカゲの切れた尻尾みたいに痙攣するバラの束から一本づつ取り出し、棘を抜いてゆく。それが終わると次は血だらけの茎と自身の手を洗わなければならない。

 最後にバラの束を紙で優しく包み、準備の総指揮をとっているマルジのところに持って行く。昨日からの寝不足のせいか脚がふらふらするが、この忙しさも明日までだと思うと頑張れた。


「マルジ様、お花をお持ちしました」

「ふんっ、流石黒猫だねぇ、こうも簡単に命を奪えるんだから。わたしゃ真似できないよ。こういう仕事をさせるためにお前を雇ったんだと思えば、お前の存在価値もあるってもんだ」

 花束をネティーの腕から奪い取るように受け取ると、いつものごとく一言嫌みを言う。いつもなら黙って聞き流すが、今日は反応してしまった。

「……うっさいわよ」

「あん、何か言ったかい?」

 ぼそっと言ったのが良かったのか、マルジの耳が少し遠かったのが良かったのか、聞こえなかったようだ。

「いいえ、何も申しておりません、マルジ様」

「ふんっ、今日は掃除用具の片付けと使用人廊下の掃除が終わったら帰りな。ちょっとでも手を抜いたら解雇だからね」

「畏まりました」

 深くお辞儀をすると、マルジは鼻息粗く去って行った。








 

 今日も遅くなってしまった……


 せめて日付が変わる前には家に着きたかったが間に合いそうにない。繁華街に面した中央通りにはまだ人がいる。一方ひとつ通りを入れば静かなものだ。辺境の田舎町であるからか、暮らし始めてから今日まで凶悪な事件は二、三件しか起こっていない。勿論、窃盗や喧嘩などは頻繁にあるため決して平和ではないが、触らぬ神に祟りなし、首を突っ込まなければ平穏でいられる。

 

家まで後もう少しというところで、突然背後で悲鳴が聞こえネティーは振り返った。


「きゃーやめてぇええ」

「うっせえよ、こっち来いって言ってんだろっ。このくそアマ!!大人しくしろよ」

 嫌がる女を髭面の男が殴りつけ、無理矢理引きずって行こうとしている。女には悪いがネティーにはどうにも出来ない。見てみぬ振りを決め込み去ろうとしたが、女と目が合ってしまった。


「ちょっと!あんた助けてよっ!」

「えっ、あ、あのっ……私じゃ力になれないかと……」

 もごもご言いつつじりじり離れていると


「ん?……お前……」

 男が何かに気づいたように掴んでいた女を離し、ネティーに近づく。その隙に女は脚を引きづりながら、こちらを振り返る事無く逃げて行った。

「な、何ですか?」

「お前……黒猫か?」

 はっとして頭に手をやると、どうやら被っていた外套のフードが外れていたようだ。男はネティーの黒髪に気づいたらしい。


「はっはっはっはっは!こりゃあ面白れぇ、黒猫にお目にかかれるとはなぁ。お前本当に人間か?俺が調べてやるよ。その後、見せ物小屋にでも送ってやるぜ、へへへ」

 先ほどまで幽霊でも見たかのような目で呆然とネティーを見つめていた男は、突然小汚い黄色い歯を見せながら嫌らしく笑い出した。

 アシエルに感じるとのはまた違った寒気をネティーは感じた。この場を離れなければと本気で走り出そうとしたが、男のほうが一瞬早く、ネティーの肩を掴む。

 

(いやああああ)

 ネティーが声にならない悲鳴を上げたその時


「うーん。心の広い僕でもさすがにそれは許せないなぁ。勝手に僕の(ペット)に触れないでくれる?」

 

 言うが速いかネティーの肩を掴んでいた男の腕が宙を舞った。


「え……?」

 ネティーも男も目の前で起こった事が理解できなかった。肩にあったはずの男の手は今は肘から下が地面に転がっているのだ。事態を飲み込めない二人をよそに、アシエルは薄く笑いながらネティーを男から引き離し、自らの腕の中に閉じ込めた。

 ぎゅううっと力一杯抱きしめられ、あまりの苦しさにもがく。


「くっくるし……」

「ああ、ごめんね。君があまりに可愛かったから」

 ようやく緩まった腕の中からアシエルを見上げると、全く反省の欠片も無い美しい笑顔が降って来た。


「すこーし静かにしててね、僕の黒猫ちゃん」

 続けて何か呟き、ちゅっと額に口づけを落とすとネティーの意識はかすみ深い眠りに落ちていた。


 アシエルは眠ったネティーを抱き上げ、男ににこやかに微笑む。


「僕の容姿に心当たりがあるって顔してますね。そうですよ僕は仮にも聖者なので、無駄な殺生はしません。あなたが反省しさえすればいいのです。そうですねぇ、まずは僕の物に勝手に触れた無礼な腕を踏みつぶして貰いましょうか」


(ん!?んぐぐぐぐうう)

 声が出ない、脚も思うように動かない。恐怖から男は地面に這いつくばり、涙を流し許しを請う。


「ふふふ、声なんて出させませんよ。汚い男の声なんて聞きたくありません。親切に術で腕の止血までして上げてるんですから、早くなさい。あ、死にたいなら別ですよ?」


 このままじっとしていてもいたずらに時が経つだけである。男は意を決し、脚に精一杯の力を入れ己の腕を踏みつぶした。


「よくできました〜。ではこれからあなたには、死んだ方がましだと思う程の苦行を受けてもらいましょうか。楽しみですね」


(はっ話が違うじゃないか!)


「何を言ってるんですか?僕の黒猫に触れたんですからこれくらい当然です」

 抱えたネティーを抱き直し、黒髪に頬をすり寄せながら、どこか夢見るように微笑むアシエルは知らない者が見たなら正しく聖者だが、目の前の男には悪魔にしか見えなかった。




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