笑ってはいけないお茶会24時
――人生には、笑ってはいけない瞬間というものがある。
例えば、お葬式。
例えば、厳粛な戴冠式。
そして。
王子殿下との、初めてのお茶会――
「ダリア、緊張しているのか?」
そう囁いたのは、隣に座る兄だった。
私は曖昧に微笑みながら紅茶に口をつける。
「ええ、少しだけ」
嘘だ。
全然緊張なんてしていない。
私はアルカーナ王国の伯爵家、ギスレーヌ伯爵家の長女ダリア。
今日は第一王子殿下主催のお茶会だけれど、私みたいな伯爵令嬢が婚約者になるなんて、まずあり得ない。
この国で王妃になるのは、公爵家か王族に連なる大貴族の令嬢が慣例だ。
伯爵家なんて参加資格はあるけれど、本命ではないくらいの立ち位置。
つまり今日は顔見せ。
社交界デビューの前哨戦みたいなもの。
兄に付き添われて来ただけの、お気楽イベント感覚である。
兄も一応、側近候補として呼ばれているらしいけれど、本人は飄々としていた。
両親からも、お前はいつも通りでいいと言われたので、私は本当にいつも通り来てしまった。
お菓子、種類が豊富で悩んじゃう。
紅茶、最高級茶葉おいしい。
庭園、お祖母様にも見せてあげたかったな〜(存命です)
……くらいの軽い気持ちで。
そこへ
「第一王子殿下のおなりです!」
部屋中が静まり返る。
全員が立ち上がり、一斉に頭を下げる。
コツ……コツ……
靴音が近付いてくる。
王子様はやっぱり、金髪碧眼とか爽やか系なんだろうな〜、
そう思いながら顔を上げた瞬間、私は固まった。
そこに立っていたのは、雪のように白い肌、切れ長の美しい深紅の瞳。
艶やかなヴァイオレットの髪。
神秘的な美貌を持つ青年だった。
……きれいな方……
思わず見惚れる。
田舎の伯爵家では見たこともない高貴さを携えた美貌――
すると侍従が高らかに告げた。
「第一王子、フリーザ殿下であらせられます!」
…………。
…………。
…………はい?
今。
何て言った?
フリーザ?
フリーザって言った?
その瞬間。 頭の奥で何かが弾けた。
――私は思い出した。
前世。
日本という国で暮らしていたこと。
漫画もアニメもゲームも大好きだったこと。
そして。
『わたしの戦闘力は53万です』
という、あまりにも有名すぎるセリフを。
フリーザァァァァァ!?
いやいやいや!
待って!
落ち着いて私!
同じ名前なだけ!
偶然!
だって、ここはドラゴン◯ールなんて無い世界だもん!
ってか、何でこのタイミングで前世を思い出すかな、私ーーー!
改めて王子を見る。
白い肌。
紫色。
鋭い目元。
……そして気品ある独特な笑み。
……ダメだ。
もうフリーザ様にしか見えない。
脳内で勝手にあのBGMが流れ始める。
(スパーキン♪)
やめて。
本当にやめて。
私は必死に紅茶を飲む。
飲めば落ち着く。
そう思った瞬間、
「皆さん、本日はようこそ。」
王子が微笑んだ。
しゃべったーーー!!
落ち着いた美声だ。
なのに私の脳内では、完全にあのフリーザ様の声(CV・中尾◯聖)で再生される。
ダメ! 笑うな私!
肩が震える。
隣の兄が心配そうに見てくる。
「ダリア、寒いのか?」
「だ、大丈夫です……!」
寒くない。
寒くはない。
何なら頭を冷やしたい。
笑いを堪えて震えてるだけです。
そんなこと言えるわけがない。
私は必死にテーブルクロスを握り締めた。
考えるな、私!
無心。
無。
空っぽ。
しかし
「皆さん、どうぞ楽になさってください。」
敬語のフリーザ様ーーーー!!
ダメだ。
優雅に微笑むたび、
『ほっほっほ』
って幻聴が聞こえる。
違う。
この人はフリーザ様だけど、あのフリーザ様じゃない。
王子様だ。
しかもめちゃくちゃ美形。
でも名前が悪い。
名前が。
どうして。
なぜ?
よりによって!
フリーザ!!
私は紅茶を飲もうとしてカップを震わせた。
カチャカチャカチャ……
震える。
止まらない。
よく見ると、その容姿も色あいもフリーザ様そのものでは……
いや、ダメだ。
考えるな。
考えたら負けだ、そこで試合終了だ。
お願いだから誰も話しかけるな。
今しゃべったら吹き出す。
(ダリア!アウトーーー!)
ダメだ。幻聴が聞こえてきた。
隣の兄が怪訝な表情でこちらを見ている。
見るな!
ここで吹き出してはいけない、
笑ってはいけない、
ここは王宮のお茶会の場、
第1王子主催のお茶会の場――
その時だった。
「そこの令嬢。」
え。
私?
ゆっくり顔を上げる。
フリーザ様と目が合った。
ルビーのような瞳が、まっすぐに私を見ている。
「名前を聞いても?」
終わった。
「ギスレーヌ伯爵家の長女ダリアと申しま
す……」
人生終わった。
「ずいぶんと楽しそうですね」
違うんです!
あなたを見て笑ってるんじゃないんです!
名前なんです!
前世なんです!
説明できません!
「い、いえ……その……」
口がパクパクする。
何も言えない。 王子は少し首を傾げた。
「私の顔に、何か付いていますか?」
付いてません!!
でも脳内では尻尾が見えてます!!
言えるか!
そんなこと!
私は限界まで笑いを堪えた結果、
「ぷはッ……!」
ほんの小さく吹き出してしまった。
しまった……。
やってしまった。
会場の空気が凍る。
侍女も令嬢も貴族も、全員が青ざめている。
王子の前で笑うなど、不敬にもほどがある。
「も、申し訳ございません!」
私は勢いよく頭を下げた。
これで伯爵家終了。
父様、ごめんなさい。
母様、ごめんなさい。
兄様、ごめんなさい。
そう覚悟した。
なのに。
「……ふふ。」
静かな笑い声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げる。
王子殿下は、口元を押さえながら、小さく笑っていた。
怖い。
企んだような静かな微笑み。
フリーザ様ぁっ。
「……あなたは面白い方ですね、ダリア嬢。」
(え?)
名前を呼んだ?
名前を
覚えられてしまった……!
アレですか、
デスノートに名前書く気満々ですか。
それとも、
修道院ですか……?
国外追放ですか……?
私の戦闘力は0なんです……
転生するなら、もっと違う形でお願いしたかった……
この時、私はまだ知らない。
この日、王子殿下が唯一、興味を持った令嬢が、婚約者候補の公爵令嬢でも侯爵令嬢でもなく、自分を見て笑いを必死に堪えて震えていた奇妙な伯爵令嬢の私だったことを。
完璧で冷静沈着な王子フリーザ殿下が、今まで人に興味を持つ事なく、感情を揺らすことなく生きてきたことを。
私はまだ、知らない――
ダリアちゃんはドラゴン◯ールZ世代




