悪役令嬢も十年目
私には、天使のような妹がいる。
私より二つ歳下で、金色の巻毛と緑色の大きな目、表情は愛らしくクルクル変わり、鈴を転がすような声で笑うアデル。
伯爵家に生まれおちた瞬間から愛らしい妹は、五歳になってますます愛らしくなった。そんな妹を微笑ましく見ていた私の頭の中に、突然嵐が吹き荒れた。
頭の中に勝手に映像が映って、消えてくれない。
もう少し大きくなったアデルと私が王宮に行って他の子供たちと遊んでいる風景。アデルは笑顔で子供たちに囲まれている。
王子様のようなキラキラした服装の少年が熱くアデルを見ている。
その後、アデルは王子様と婚約した。
どんどん美しく成長して行くアデル。笑顔のアデルの周りには、いつもたくさんの男性が取り巻いている。
そして、大人になったアデルは王子様と結婚するが、アデルが仲良くしていた男性が何か悪い事をして、アデルは断頭台にその首を……。
幻想とは思えないリアリティが七歳の私にはキャパオーバーだったようで、私は悲鳴をあげて泣き崩れた。
一晩うなされた私は、自分じゃ抱えきれないと両親に相談した。
「ジュディは……千里眼のようだ」
「せんりがん?」
「我が家には、時々未来や過去を見る事が出来る人が生まれるんだ。『千里眼』と呼ばれている。……しかし、ジュディは随分先のことまで詳しく見たようだ」
「力が強いのかしら。先先代のお祖父様は直前に悪い予感がするだけだったそうなのに」
「どうしたらいいの? 私、今もアデルの向こうにギロチンのある風景が見えるの!」
母の膝に泣きつく私。
「ねえジュディ、アデルが殺される原因になった男性に見覚えはある?」
母の問いかけに私は首を振る。
「全然知らない人。見たことない緑色の髪の毛の綺麗な男の人だった」
考え込んでいた父が口を開く。
「我が国には緑の髪はほとんどいないから、他国の人間のようだな。ギロチンにかけられるような重罪をアデルが犯すとは思えないが……。考えられるのは、その男は他国の間諜で、アデルに取り入って国家機密を盗んだんだろう。アデルは国を裏切った国家反逆罪で断首となったのだ」
「そんな、アデルは優しいだけなのに!」
アデルが首を斬られて死んじゃうなんて嫌だと泣いて過呼吸になりそうな私に、両親は「三人でアデルを厳しく育てよう」と言った。迂闊に男性に騙されないような、しっかりした娘に育てようと。
でも、計画は全然上手くいかなかった。
いくら私たちが厳しくしても、祖父母や使用人や出入りの商人や、道ですれ違った人たちでさえアデルを甘やかしたがる。
王宮で行われた子供たちを集めたお茶会で、アデルは当然のように注目を集め、王子に一目惚れされて、我が家は断りきれずに婚約を受け入れた。
そして王立学園に入学したアデルはますます美しく、男子生徒たちがアデルのご機嫌をとろうと群がり、女生徒たちには嫌われた。
着実に破滅に向かっている気がする私は必死にアデルに注意するのだが、生まれた時から周りの人が自分に親切するのが当たり前のアデルには通じない。
「親切にしていただいたら、私からも親切にしたいと思うことの何がいけないの?」
「婚約者のいる方からの親切は遠慮しなさい。きっぱりと断るの」
「そんな失礼な事できないわ」
頭を抱えるしかなかった。
きっと、
「このままじゃあ、あなたはギロチンにかけられるのよ!」
ど、言っても
「まさか、そんな酷い事をするわけないわ」
と笑って終わるのだろう。
例え緑の髪の男を遠ざけたとしても、アデルが変わらなかったら同じ事が起こる。
アデルが断頭台の露に消えるという事は、この家も没落すると言う事。なんとか弟に無事に家を継がせたい。
千里眼で事故や災害を防ぐ事ができたため、この家の領地は被害も無く安定した収穫をあげているのに。
今もアデルの向こうにギロチンが見えるのに。
私には何もしてあげられない。
「悪役令嬢、って知っているか?」
放課後、図書室で本を読む読んでいたら、なぜかアデルの婚約者の王子が隣に座って話しかけてきた。
ちなみに王子は私より一学年下で、アデルは王子より一学年下だ。
「知りません」
ページから目を離さず返事をする私に、王子が説明してくれる。
「アデルの地味な姉は、王子の婚約者になったアデルが妬ましいそうだ。それで、アデルを虐めて自分が婚約者になろうとしている悪役令嬢なんだそうだ」
なんだ、ただの学園の噂ですか。
「感想は?」
なんで知りたいんだろう。
この王子は、アデルが入学したらアデルより私に絡みに来るようになった気がする。
「めでたい事ですね。アデルの味方がたくさんいるなんて」
裁判の時、ギロチンに反対してくれるかもしれません。
「え……そっち?」
「そっちって、何ですか」
「その、王子の婚約者になりたいって」
「ご冗談を」
できれば王家とは関わり合いたくありません。今すぐアデルと婚約破棄して欲しいくらいです。
とは、さすがに言わない。
「でもジュディには婚約者がいないし」
「はあ、いませんが」
アデルがギロチンを回避出来るまでは、私は婚約者を作らない。アデルの断罪に婚家を巻き込むわけにはいかないから。
「その、私も成長して、アデルには王妃になるには色々足りないと気づいてな」
「我が家は最初からそう言ってましたよ」
決してアデルの頭が悪いわけじゃないけど、性善説のかたまりのアデルに王妃は無理だと。
更に王子が何か言おうとした時に廊下からアデルたちの笑い声が聞こえてきたので、大急ぎで本を片付ける。
「アデルを待っていたのか」
「はい。今日は友人たちとティールームでお茶をすると言うので」
「先に帰ればよかろう」
「あの子を一人で残して行ったら、ご親切な誰かの馬車で送られてきますわ。婚約者のある身で」
密室で男性と二人きりになってはいけない、なんてもう言い飽きた。
廊下に向かうと、ちょうどアデルが四人の男子生徒と図書室に入って来る所だった。
「お姉様!」
私に向かったアデルが本を選んでいたデュバル子爵令嬢にぶつかってよろけると、一緒にいた黒髪の男子生徒が慌てて支える。最近アデルの一番近くにいる生徒だ。
「アデル。デュバル子爵令嬢にお詫びしなさい」
私はアデルの前に立つと注意する。
「え?」
アデルが、困ったような悲しいような周りの庇護欲を誘う表情になる。
「そんな言い方はないだろう!」
「冷たい女だ」
アデルを庇う声がする。取り巻きその2とその3か。こいつらが私を「悪役令嬢」と言っているんだろうな。
「ジュディ、これくらいの事できつく言わなくても」
後ろから来た王子まで言う。
「殿下、それはデュバル子爵令嬢に『我慢しろ』と言ってます」
私の言葉に少し考えて王子は、
「そうだな。浅慮だった」
と、デュバル子爵令嬢に謝罪した。
「ごめんなさい!」
アデルも謝罪する。
恐縮するデュバル子爵令嬢とは反対に、男子生徒四人組は不機嫌を隠そうともしていなかった。
翌日、昼食に行こうとした私は王子に声を掛けられた。
「アデルを知らないか」
アデルがどこにもいないと言う。
「おかしいですね」
あの子なら、婚約者の王子に「今日は○○様と昼食をいただきます」と悪気なく伝えるだろうに……と思った時、頭の中に映像が流れ込んできた。
階段の下におかしな角度で倒れてるアデル。その顔色は白く、もう息をしていない。
私は走り出した。
映像の中の彫刻のある階段は、美術棟だ。淑女にあるまじきスピードで走る。
息切れしつつ目的の階段に近づくと、アデルが誰かと話している声が聞こえた。
間に合った!
もう心臓がもうバクバクしているが、必死に足を動かす。
階段の下にたどり着くと、アデルは踊り場でハミルトン伯爵令嬢と口論していた。
ハミルトン伯爵令嬢は、アデルの取り巻きの黒髪の男の婚約者だ。アデルの態度に耐えかねたのだろう。
「もうほっといて!」
アデルがハミルトン伯爵令嬢から離れようとして足元を踏み外した。
アデルの背中が倒れて来る。
もう立ってるのもやっとな足を最後の気力で動かして階段を駆け上がり、思いっきりアデルの背を押した。
ハミルトン伯爵令嬢がアデルの手を掴んで引き寄せてくれた。
アデルがハミルトン伯爵令嬢に覆い被さるように踊り場に倒れこむのを見て安心しながら、私は階段を落ちて行った。
結果、私は体の打ち身と擦り傷で済んだ。
私の後を追ってきた王子が、私が階段をゴロンゴロンと落ちて来るのを床に激突する前に止めてくれたので。
服で覆われていない顔が、痣や傷で賑やかになった。
両親には「自分の体を大切にしなさい!」と泣かれたが、咄嗟にした事だから不可抗力だと思う。
「私が行かなかったらアデルが首の骨を折ってたよ」
とは教えないつもりだが、何か察しているのだろう。
すぐにハミルトン伯爵令嬢がお父様と一緒に謝罪にいらした。
だが、私は二人に謝罪させなかった。
「ハミルトン伯爵令嬢は、私の怪我とは何の関係もありません。私は下から見てました。妹は自分で足を滑らせたんです。むしろ、ハミルトン伯爵令嬢はアデルを助けてくれました」
「ジュディ様……」
「事実ですから」
そっけなく言ったのに、ハミルトン伯爵令嬢が涙ぐんでいる。
「あ、ありがとうございます……」
その姿に、ピンときた。
「もしかして、ハミルトン伯爵令嬢がアデルを突き落とそうとしたとか噂になっていませんか? アデルの周りのあの馬鹿令息たちが、ハミルトン伯爵令嬢を悪者にしてたり?」
千里眼が無くても、あいつらがやりそうな事は分かる。
涙を拭きながらハミルトン伯爵令嬢が頷いた。
「あの馬鹿令息たちー! 私の事を悪く言うのはアデルを好きなら仕方ないと思ってだけど、アデルを利用して根も葉も無い事を言いふらすなんて!」
激昂した私に伯爵親子が驚いている。冷酷な姉のイメージを壊したようだ。失礼。
「待ってください。今、学園長にハミルトン伯爵令嬢の名誉を回復してくれるように手紙を書きますので、どうぞそれをお待ちください」
控えていた侍女に紙とペンの用意を頼む。
まったく、七歳から「アデルの意地悪なお姉さん」と言われていた私と違って、お年頃の令嬢は傷つきやすいんだぞ!
ベッドの上に小型テーブルを置いてペンを走らせる。怒りで文字が荒れているが、怪我のせいだと思ってくれるだろう。
「ハミルトン伯爵。噂を流した令息たちの家に抗議文を送るのでしたら、私と王子がいつでも証言する用意があるとお書き添えください。アデルの名を利用してハミルトン伯爵令嬢を貶めようとした事は、アデルの家とアデルの婚約者の王子にとって許せる事ではありませんから。『悪気は無かった』とか誤魔化そうとしても絶対に逃がさないでください」
「ありがたい……」
あの馬鹿令息たちに今後も「アデルのため」を大義名分にして勝手に動かれたら困るので、この際徹底的に叩き潰してもらいましょう。
ハミルトン親子は何度もお礼を言って帰って行った。
良かった。これで「アデルは学生時代に男性関係で揉めた」なんて記録は残らない。
アデルの向こうにはまだギロチンが見えるけど、今回の事でアデルは自分の態度のせいで関係ない姉がとばっちりを受けたのにショックを受けたようだ。これで少しは改善されればいいのだけど……あまり期待はしないでおこう。
数日後、王子が私の見舞いに来てくれた。
打ち身もだいぶ良くなっていたので、応接室で応対する。長い付き合いの王子に、顔の傷や痣を気にする必要も無いだろう。
と、思っていたのだが、王子は痛々しいという目で私を見た。
「アデルを取り巻いていた男子生徒たちは、軒並み退学した。だが、退学だけではなまぬるかったな。懲罰を与えるべきだった」
「私の怪我は彼らに関係無いですよ?」
「いや、あいつらはハミルトン伯爵令嬢だけではなく、ジュディの事もアデルを虐めていると貶めていた」
「もういいじゃないですか。退学したんですし」
「ああ、ハミルトン伯爵からの抗議文で息子が何をしたか知った親が怒ったのと、学園長の話で真実を知った他の生徒たちからの冷たい目に耐えられなかったようだ。今は、婚約破棄されたり、嫡子から外されたり大変なようだ。自業自得だが」
わざわざ証言に行かなくても、王子の名前を出したので信憑性があったようだ。
「良かった。ハミルトン伯爵令嬢も心穏やかに過ごせますわね」
私も心穏やかに過ごせますわー。
「ところで……、昔ジュディの家には千里眼が生まれるという年寄りの噂話を聞いたのを思い出したんだが。それなら、あの時ジュディがいきなり走り出したのも頷ける」
「ナンノコトデスカァー?」
下手か!
「それでだ。もしジュディが千里眼なら、アデルとの婚約を解消し、ジュディと婚約するのも……」
「え?」
王子とアデルが婚約を解消! 王子と結婚しなければ、アデルが国家機密を手にする可能性が無くなる! なんて素晴らしい!
嬉しそうな私に、王子も満足そうだ。
そんな王子に恐る恐る申し出る。
「あの……。アデルと婚約解消するだけ、ってのは……」
「はあ? 私と婚約したくないのか?」
呆れ顔をされるが、王子と婚約なんてしたくありませんー! やっとギロチンから解放されるので、まったり過ごしたいですー!
私の様子を見ていた王子が口を開いた。
「……そうか、見たのはアデルの未来か。それで子供の頃から悪役令嬢をやっていたのか?」
思いがけない言葉に、ポロリと涙が落ちた。
「あれ……?」
止めようとしても涙が止まらない。
今まで「意地悪だ」と言われても「不細工」「僻んでいる」と言われても気にならなかったのに。
控えていた侍女がハンカチを持って飛んで来た。
王子がオロオロしている。
そんな王子に逆に落ち着いて
「悪役令嬢と婚約なんて、王子の評判が落ちますよ」
と涙を拭きながら言うと
「悪役令嬢と言ってるのは、一部の男子生徒だけだ。気づいていないようだが、ジュディは女生徒に絶大な人気だぞ」
と、言われた。
「は……?」
「やはり気づいて無かったか」
だって、私は意地悪な姉で。
「そんなわけで、ジュディと婚約すると言ったら私の評判は上がるな。問題無い」
嬉しそうな王子に悪意は無さそうだが、男の子から敵意しか受けた事が無い私には理解が追いつかない。
それに、アデルの気持ちは?
予想外の展開に全然頭が回らないので、後でゆっくり考えよう。
後で、ね。
2026年6月28日
日間総合ランキング 14位になりました!
ありがとうございます!(^^)!




