私がちゃんと伝えていれば
「さすがは王家主催の舞踏会。置いてあるお菓子も素晴らしかったわね」
私たちは、バルコニーで夜風に当たって話していた。
見下ろす庭園は闇の中で、昼間なら綺麗に見えるバラ園も所々松明で照らされているだけだ。
私は子爵家の娘リリアーナ。友人のアリサとルチアとお菓子を堪能して、今はおしゃべりを楽しんでいる。
「本当、口に入れるとあっという間に溶けてしまったけど、作るのにとても手間と時間がかかっているのでしょうね」
「フルーツも珍しかったわ。ルビーのような真っ赤なオレンジ。真っ黒くて大粒なぶどう。どれも美味しかったぁ」
そこでガラスの扉が開き、侯爵令嬢のカチュア様が姿を現した。
来ると思った。
「あら、リリアーナ様。舞踏会というのにこんな所に」
お菓子を食べている時に姿を見かけたので慌ててバルコニーに移動したというのに、やはり追いかけて来たか。
「私なんて、エリオット様に踊っていただきましたのよ」
「そりゃあ、舞踏会ですから」
エリオットは、私と踊った後友人の所に行った。そこを捕まったのだろう。
エリオットは私の婚約者だ。その彼に、今年デビュタントしたカチュア様が一目惚れした。
それ以来、私はカチュア様に敵認定されている。
「やはり、育ちがいい女性の方がエリオット様をお支え出来るというかー」
頼まれてもいないのに、勝手に支える前提で話してるんじゃねーよ。
「私なら、経済的にも将来の地位も十分に用意できるしー」
だから、頼んで無いって。
「お父様も、私のお願いなら何でもきいてくれるしー」
そこが問題だ。
どんな縁談も泣いて嫌がったという噂のわがまま娘のカチュア様がエリオット以外と結婚しないと言ったら、侯爵は娘の初恋のために手を回すかもしれない。
侯爵家に目を付けられたら、私やエリオットの家など簡単に立ちいかなくなる。
ふと見ると、カチュア様が顔の周りに扇子を振り回していた。
「虫ですか?」
舞踏会の明るさに虫が集まって来ている。
カチュア様の虫嫌いは有名なのに、それでもエリオットに会いたくて夜の舞踏会に参加したようだ。
「虫は明るい光に向かって飛んで行きますから、ガラスの前よりこちらのバルコニーの横に立った方が良いですわ」
と、ガラスの扉の横の少し暗い場所に誘う。
「会場に虫が入ってバルコニーに避難する時も、ガラスの扉を出て真っ直ぐ行くと光に向かってくる虫とぶつかるかもしれません。ガラスの横に、をお忘れにならないで」
虫と正面衝突を想像したのだろう、嫌そうな顔をしつつカチュア様は会場に戻って行った。
「でも、いっつもあんな甘ったるい香水をプンプン振りまいているんだもの、虫が寄って来るわよね」
アリサが呆れたように言うと、ルチアも私も同感した。
私たちも会場に戻り、そんな事を忘れて何人かと踊っていたら会場の隅で何か騒ぎが起きた。
音楽が止まり、私はアリサとルチアに合流する。
「何が起こったの?」
「さあ……」
「何かしら」
心配していると、そこにやって来た婦人が
「皆様、心配なさらないで。令嬢が虫に驚いてバルコニーから落ちたのですが、下の植え込みのおかげで無事でした」
と言った。
皆の安心する声と反対に私は
「それってカチュア様ですか?」
と婦人に駆け寄っていた。
婦人の肯定に、「私のせいだわ!」と崩れ落ちる。
「リリアーナのせいじゃないわ」
「そうよ。リリアーナはちゃんとした事を教えてたわ」
私を慰めるアリサとルチアに婦人が何の話だと聞くので、二人は私とカチュア様のやり取りを話した。
それを聞いた周りの人たちからも「あなたに責任は無いから、気を落とさないで」と声がかかる。
「リリアーナ! 大丈夫か!」
誰かが知らせに行ったのだろう、エリオットが駆け付けてくれた。
私の背中に手を添えて立ち上がらせてくれる。
「私が、私がちゃんと伝えていれば」
「リリアーナは親切で教えてあげたんだろう?」
「もし、カチュア様の体に傷がついたら」
貴族令嬢として傷物になってしまう。
「それは本人の責任だ」
周りの人たちも頷く。
私は、エリオットに支えられながら会場を出ていった。
私がちゃんと伝えていれば。
「バルコニーの横は暗いから、黒いぶどうの皮が落ちていても見えませんよ」
って。
滑って転べ、くらいの気持ちだったのに落下するなんて、どんだけスピードを出してバルコニーに避難してきたんだ。
まあ、本人の責任よね。




