「イモ令嬢」と笑われましたが、銀山が枯渇したあとの領地を救うのは私です。
「ポリー・ドルトン男爵令嬢!本日この場を以て、貴様との婚約を破棄する!」
ケビン・グラコード子爵令息が、喉も裂けよとばかりに高らかに宣言した。
場所はグラコード子爵邸。彼の十八歳を祝う華やかな誕生日パーティーの最中である。
「はあ、そうですか。じゃあ、これで」
ポリーは感慨もなさそうに背を向け、出口へ歩き出した。
「ハハハハ!そうだ、さっさと失せろ、このイモが!」
その言葉に、ポリーの足がピタリと止まる。ゆっくりと振り返った彼女の目は、獲物を定める猛禽のように鋭かった。
「……あんた、今、イモを馬鹿にしなすったね?」
凄まじい形相にケビンは一瞬ひるんだが、虚勢を張って言い返した。
「ああ、言ったさ!それがどうした!」
「イモ一つ満足に採れない、なっさけない領地のくせに」
「な、何だと!」
ポリーは鼻でフンと笑った。
「そもそも、勝手に婚約を申し込んできて迷惑してたのはこっちだに。今度は破棄だと大騒ぎ。おらは領地を一歩も出たくないのに、パーティーだ何だと引きずり出しやがって。婚約破棄?大いに結構。はい、どうもアリガトさんでした!」
「待て待て待てーい!」
踵を返したポリーを、ケビンが慌てて追いかける。
「まだ何か用かね?」
「イモとはお前のことだ!その真っ黒に日焼けした肌、太い足腰。それが貴族の令嬢と呼べるか!」
ポリーは深々と溜息をついた。
「あのなあ、人にはそれぞれ好みがあるんよ。あんたがおらを気に入らんように、おらだってあんたの貧弱な体つきや、その生っちろい顔が気色悪いんだわ」
「き、き、き、気色悪いとは何だ!」
「気色悪いっていうのはな、要するに――」
「うるさいうるさい!説明するな!」
ポリーは呆れたように肩をすくめ、再びスタスタと歩き出した。
「じゃあ、本当に帰りますんで」
「待て待て待てーい!」
「……まだ何か?」
「これほど俺を馬鹿にしおって!もうお前の領地の野菜など、一切買ってやらんからな!」
「ええよ」
「は?」
「もっと高値で買ってくれるところは山ほどあるからな。婚約者特権で買い叩かれて迷惑しとったところじゃ。ありがたくその申し出、受け取っとくよ。じゃあな」
スタスタスタ、と迷いのない足取りでポリーは屋敷を出る。
「待て待て待てーい!」
「……どこまでついてくるんかね、あんた」
気が付けば、二人は屋敷どころか敷地の外まで出ていた。ケビンは肩で息をしながら叫ぶ。
「お前はうちの領地を馬鹿にするが、うちには銀山があるんだぞ!どうだ、参ったか!」
「ふうん、それで?」
「いや……すごいだろう?」
「銀が食えるんかね?」
「……銀で野菜を買うんだよ!」
「もし、『銀なんか要らねえ』って撥ね付けられたら?」
「あり得ないだろう、そんなことは!」
ポリーは立ち止まり、冷ややかな視線をケビンに投じた。
「そっかねえ。もし飢饉が起きたら? 戦が始まったら? 真っ先に必要なのは食い物だ。そこんところをよく考えるんだね。なぜあんたの親父さんが、うちに縁談を持ち込んだか……あんた、一度でも考えたことがあるんかね?」
「し、しかし……」
「それにさ、銀を掘り尽くしてしまったら、どうするつもりだ?」
「そんなのは、あと何十年も先の話で――」
「それはただの『希望』だ。思ったよりずっと早く枯渇した鉱山がどれほどあるか、知ってるか?」
「……」
「この国の鉱山の八割だな」
「……」
「まあ、そういうこった。じゃあな」
「ま、待ってくれ」
「もう帰らせてくれよ」
なおも食い下がるケビンに、ポリーは心底うざったそうに肩をすくめた。
「お前は野菜も採れない情けない領地だというが、土地が痩せているんだ。仕方ないだろう」
「うんにゃ、そんなことはねえ。おらはこの領地に入ってから何度も馬車を停めて、土を調べてみた。栄養のあるいい土も多い。小石は、混じるがな」
「そら見ろ、石混じりじゃ畑も出来ない」
ポリーは哀れみすら含んだ目でケビンをまざまざと見た。
「うちの領地には石がないとでも?」
「お前の領地には昔から広大な畑があっただろう。石を取り除く苦労など知らぬはずだ!」
「やれやれ、呆れたお坊ちゃんだよ、まったく。うちの農地はこの十年で三割増えた。開拓したからだ。ほれ、これを見てみい」
ポリーは両手のひらを目の前に突き出した。そこには豆、豆、豆。
「まさか、お前自ら」
「おらだけでねえ、祖父さも、祖母さも、父さも、母さも、兄さも」
「まさか⋯領主一族が自らそんな泥臭いことを」
「なあにがそんなことだ。農地を増やす。大切なことだろう」
「人にやらせればいいだろう」
「自分で動かない領主に誰が付いてくる?領民は汗を流して働く父さに励まされてるよ。だから農地も増えるってもんだ。まあ、あんたもよくよく考えてみるんだね」
ケビンは呆然と立ち尽くした。ポリーはスタスタスタと行ってしまった。
翌月から、ドルトン男爵領からの野菜は一切届かなくなった。
慌てて催促の連絡を入れたが、「『もう要らない』とのお言葉でしたので」と冷ややかに一蹴される。
他領に援助を乞えば、足元を見られて法外な量の銀を要求された。渋々大量の銀を納め、野菜を受け取る日々。
しかし、破滅は不意に訪れた。
ポリーの予言通り、銀の産出がピタリと止まったのだ。掘り尽くしてしまったのである。
銀を失ったグラコード家は領地経営不可能に陥り、国王によって爵位と領地を没収された。
それから数日後。
荒れ果てた旧グラコード領の土埃を上げ、一台の小さな馬車がコトコトとやって来た。
降り立ったのは、陽に焼けた肌もたくましいポリーの姿。
彼女の農地改革の案が非常に高く評価され、この不毛の土地を「試しにやってみろ」とばかりに与えられたのだった。
新たな領主としてこの地に立った彼女が、何もない荒野に腰を下ろし、最初にその手で植えたのは――一個のイモであった。
そして、さらに数年後。
かつて銀山が枯渇し、死に体だったその地は、いまやポリーの実家であるドルトン男爵領にも引けを取らない、王国屈指の農業産地へと変貌を遂げていた。
かつて絶望に青白かった領民たちはもういない。そこにあるのは、陽光を浴び、光り輝くような笑顔で畑に汗を流す、たくましい人々の姿だ。その輪の真ん中には、誰よりも元気にクワを振るうポリーがいた。
「ほら、しっかり腰を入れんね! 土は裏切らんよ!」
そんな彼女を傍らで支えるのは、日焼けしてたくましく元気で陽気な夫。そして、二人の周りを楽しそうに駆けまわり、笑いさざめく幼子たち。
「銀は食えんが、ここのイモは世界一だに!」
ポリーの弾けるような笑い声が、豊穣の風に乗ってどこまでも響き渡る。
……その豊かな畑の片隅、領地を囲む柵の外。
一人の男が、泥を啜りながら力なく立ち尽くしていた。
ボロ布のような服を纏い、頬はこけ、見る影もなく痩せこけた男――ケビンである。
彼はあの後、共に逃げた親にも捨てられ、使用人たちにもわずかに残った財産を持ち逃げされ、今や日雇いの仕事さえ満足にありつけない浮浪の身にまで落ちぶれていた。
「ああ……腹が、減った……」
かつて馬鹿にしたはずのイモ。その香ばしく焼かれた香りが風に乗って鼻をくすぐる。
柵の向こうでは、自分が婚約破棄を叩き付けた女が、自分が追い出された領地で、自分には一生手に入らない温かな幸福の中にいた。
ケビンはただ、その光景を虚ろな目で見つめ、喉を鳴らすことしかできなかった。




