令和の文房具、昭和じゃ魔法。~俺たちの実家(茶屋)は俺らが守る!~
「ご乗車ありがとうございます! 昭和のうどん、一杯いかがですか?
第2部からは、お土産作戦がエスカレート。
現代の文房具を『魔法』と言い張ったり、スマホのハッタリで地上げ屋をビビらせたり……。
だんだん自分たちの『実家』みたいに思えてきたあの茶屋を、
オンボロ車と現代のガジェットを武器に、全力で守りにいきます!
二人と一緒に、ちょっとお節介なタイムワープ、続きをどうぞ!」
【第5回: 魔法のえんぴつと、雲の上の靴。 ―ひ孫の正一と新しい足跡―】
「タカ、サイズは大丈夫か? シニア用の、脱ぎ履きしやすいやつ選んだよな」
「おう。軽量設計のウォーキングシューズだ。おばあちゃん、いつも立ち仕事で大変そうだったからな」
後部座席には、現代の人間工学が詰まった「魔法の履き心地」を持つ靴。そして、いつもの高級茶葉。
オンボロ車は手慣れた振動で時空の歪みをすり抜け、いつもの『峠の茶屋』の前へと滑り込んだ。
「おばあちゃん、来たよー!」
元気よく暖簾をくぐると、店内の隅で一人の少年が小さな机に教科書を広げていた。
「あらまあ、また来てくれたのかい! ちょうど良かった、この子の相手をしてやっておくれ」
おばあちゃんが紹介してくれたのは、ひ孫の正一くん。
坊主頭に半ズボンの、昭和の太陽をいっぱいに浴びたような、やんちゃ盛りの小学生だ。
「お兄ちゃんたち、その変な車で来たの? 見たことない形だね!」
正一くんが興味津々で寄ってくるのをいなしながら、タカが例の靴を差し出した。
「あ、ああ……まあな。これ、おばあちゃんにプレゼント。履いてみてよ」
おばあちゃんは「こんなに軽い靴があるのかい!」と腰を抜かさんばかりに驚いた。
さっそく履き替えると、店内を小走りで一周し、「まるで雲の上を歩いてるみたいだ!」と少女のように大はしゃぎした。
そして、お礼にと運ばれてきたのは揚げたての餅が香ばしい『力うどん』と、いつもの絶品カレー南蛮。
「お兄ちゃん、これ、教えて!」
正一くんが持ってきたのは算数の宿題だ。
二人はうどんを啜りながら、「10のまとまりを作って……」と、現代の教え方で算数の難問(?)に格闘する。
「……リョウ、俺ら、昭和の子供に勉強教えてるって、なんか凄くないか?」
「歴史変えてなきゃいいけどな。正一、お前、将来は数学者にでもなれよ」
店内には新しい靴で軽やかに立ち働くおばあちゃんの笑い声と、正一くんの「わかった!」という元気な声が響く。
二人はまるでもう一つの実家にいるような、得も言われぬ温かい時間に包まれていた。
――――――
おばあちゃんと正一くんに盛大に見送られ、二人は現代の静かな夜へと帰還した。
夜の大学の駐輪場。
タカが自分の履き潰したスニーカーをじっと見つめて呟いた。
「……リョウ。もう二度と、お前とは出かけない」
「はいはい、五回目だ。次はなんだよ」
「……俺、決めたわ。教員免許取る。正一に教えるの、意外と楽しかったしな」
タカがあまりに真面目な顔をして言うので、リョウは思わず吹き出した。
「いいじゃん。じゃあ、来週も教育実習(?)しに行くか」
「おう。次は正一に、もっと面白い図鑑でも持ってってやろうぜ」
二人はまた、あのオンボロ車のドアを「バタン」と威勢よく閉めた。
――――――
【第6回: 算数ドリルと多色ボールペン。 ―時空を超えた家庭教師―】
「いいかタカ、正一には『B』の濃いめだ。あとこのノート、紙質が全然違うからな。引っかからないぞ」
「わかってるって。あと、おばあちゃんにはこの青い缶のクリーム。水仕事で手が荒れてたからな」
オンボロ中古車の助手席には、現代の文房具屋で厳選した『書き心地最高セット』と、お馴染みの青い缶が鎮座している。
二人は慣れたハンドルさばきで、いつもの「時空の霧」へと突っ込んでいった。
ガタッ! と大きく車体が揺れ、視界が開ける。
「おばあちゃん! 正一! 来たぞー!」
――――――
暖簾をくぐると、正一が目を輝かせて飛んできた。
「お兄ちゃんたち! 待ってたよ! 昨日の宿題、100点だったんだ!」
「おお!すげぇ!それじゃ、ご褒美にこれ使ってみな。魔法のえんぴつだぞ」
タカが差し出したのは、現代の滑らかな黒鉛と、真っ白でさらさらのノート。
正一がおそるおそる一文字書くと、「うわっ! 滑るみたいに書ける!」と椅子から転げ落ちんばかりに大興奮した。
一方、おばあちゃんにはリョウが「ニベア」の缶を手渡した。
「これ、お風呂上がりに塗ってください。手がしっとりしますから」
おばあちゃんが蓋を開け、あの独特の清潔な香りがふわりと広がると、店内にいた近所のおばちゃんたちまでが集まってきた。
「あら、いい匂い!」「ハイカラな薬だねぇ」
――――――
お礼にと運ばれてきたのは、いつもよりさらに具沢山の『特製カレー南蛮』。
そして、正一が山で採ってきたという『天然きのこのうどん』だ。
「このキノコ、旨みが爆発してる」
「正一、お前いい仕事するなぁ!」
賑やかな店内で、二人は正一のノートに「将来の夢」を一緒に書き込んだ。
おばあちゃんのツヤツヤになった手を見せてもらったりして、二人は時間を忘れて「昭和の放課後」を過ごした。
名残惜しそうに手を振る正一と、元気になったおばあちゃんに見送られ、二人は現代へと帰還する。
――――――
夜の大学の駐車場。
タカが自分のカサカサになった手を見つめて、ポツリと呟いた。
「……リョウ。もう二度とお前とは出かけねえ」
「はいはい、六回目な。で、来週は何持ってくんだよ」
「……決まってんだろ。正一のノート、もう半分埋まってたぞ。予備のノートと、あとおばあちゃんに『あったかい靴下』だ。冬が来る前にさ」
リョウは笑って、空になった助手席をポンと叩いた。
「だな。俺も、あのカレー南蛮の匂いが服から消える前に、また行きたくなってきたわ」
二人は、泥だらけのオンボロ車の中で、次の「お土産リスト」をスマホにメモし始めた。
――――――
【第7回: 令和のブラフ、地上げ屋を蹴散らす。 ―僕らの実家(茶屋)を守れ!―】
「タカ、例のブツは持ったか?」
「おう!自由帳10冊と多色ボールペン。それから……この『光る定規』だ。男子はこういうの弱いだろ?」
オンボロ中古車の後部座席は、もはや文房具屋の在庫処分のような有様だ。
二人は手慣れた様子でアクセルを踏み込み、時空の霧を突き抜け、いつもの『峠の茶屋』へと滑り込んだ。
「おばあちゃん、来たよー! ……って、うわっ!?」
暖簾をくぐると、そこには正一だけでなく、坊主頭の少年たちがさらに三人、目を輝かせて待ち構えていた。
「正一! 本当に来たぞ! 未来の車のお兄ちゃんたちだ!」
「すごいや、その服! ピカピカしてる!」
正一の友達、マサルとテツオ。
泥だらけの半ズボンを揺らし、少年たちが二人の周りを一斉に取り囲む。
――――――
「お前ら、喧嘩すんなよ。ほら、これ使ってみろ。ボタンを押すと……色が赤から青に変わるんだぞ」
「うわあああ! 魔法だ! 魔法のペンだ!」
タカが多色ボールペンをカチカチと切り替えるたび、少年たちはひっくり返らんばかりに驚愕した。
おばあちゃんはそんな騒ぎをニコニコと見守り、ニベアでツヤツヤになった手で特大のどんぶりを運んでくる。
「今日は賑やかだねぇ。ほら、お兄ちゃんたちには『全部のせ特製カレー南蛮』だよ。正一たちが山で捕ってきた天然の川エビも揚げておいたからね」
山盛りのサクサク川エビが鎮座する、究極のカレー南蛮。
濃厚な出汁の香りと少年たちの歓声が、小さな店内に満ち溢れる。
「……リョウ、このエビ、味が濃すぎる。最高だわ」
「正一、勉強もちゃんとしろよ。マサルもテツオもな!」
二人はうどんを啜りながら、少年たちに「未来には電話でテレビが見れるんだぞ」なんて嘘みたいな本当の話を披露した。
ヒーロー扱いされる、くすぐったくも誇らしい午後のひととき。
――――――
少年たちの「また来てねー!」という大合唱に見送られ、二人は現代へと帰還した。
夜の大学の駐車場。
タカは、自分のパーカーの袖に残った正一たちの泥んこの指跡を見つめて、ポツリと呟いた。
「……リョウ。もう二度とお前とは出かけない」
「はいはい、七回目な。次はなんだ?」
「……俺、あいつらのために『サッカーボール』買ってくるわ。あの時代の革のボール、重そうだったからな。現代の軽いやつ、蹴らせてやりたいんだよ」
リョウは呆れたように笑いながら、自分の財布の中身を確認した。
「俺は、おばあちゃんに『座布団』かな。あそこの椅子、ちょっと硬そうだったし」
二人は、もはや「時空を超えたサンタクロース」のような顔をして、次の買い出しリストをスマホに打ち込み始めた。
――――――
【第8回: 助手席の欠落。 ―一人では辿り着けない座標(場所)―】
「タカ、サッカーボール持ったか? あと例の『ボイスレコーダー』も」
「おう。おばあちゃんの店の周り、最近変な車がウロウロしてるって正一が書いてたからな」
オンボロ中古車は、いつになく鋭いエンジン音を響かせて時空の霧を抜けた。
『峠の茶屋』の前に到着すると、そこにはこの時代には似つかわしくない、黒塗りの高級車が居座っていた。
「……だからよ、ばあさん。ここら一体はレジャー施設になるんだ。立ち退き料は出すから、さっさとハンコ押しな」
暖簾をくぐると、派手な背広を着たガラの悪い男二人が、おばあちゃんを威圧するように囲んでいた。
正一たちは店の隅で、身を寄せ合って震えている。
――――――
「おばあちゃん、ただいま! ……おい、あんたたち。誰の許可得て店の中でデカいツラしてんだ?」
リョウとタカが、バイト代で新調したブランド物のセットアップで立ちはだかる。
令和の洗練されたデザインは、昭和の男たちの目には異様な威圧感を持って映った。
「あ? なんだお前ら、ガキは引っ込んでろ」
「ガキじゃねえよ。俺ら、この店の『特別顧問』だ」
タカがスマホを取り出し、録音画面を見せびらかしながら言い放つ。
「今の会話、全部『証拠』として記録させてもらった。あんたらのバックの会社名も、これから起こる『未来の不況』も全部知ってんだよ」
「はあ? 何言ってんだこいつ……」
「信じないならいいさ。これを見ろ」
リョウが差し出したのは、現代の『Googleマップ』の航空写真だ。
「これ、数年後のこの辺りの地図だ。あんたらの計画してる施設なんて影も形もねえ。無駄な投資はやめとけって、俺らの『スポンサー』が言ってる」
二人の堂々とした態度と、見たこともない高精細な「未来の地図」に、地上げ屋たちは完全に気圧された。
「……ちっ、なんだか気味の悪い野郎どもだ。……今日は引き上げるぞ!」
――――――
黒塗りの車が砂埃を上げて去っていく。
「お兄ちゃん、かっこいいー!」と正一たちが飛びついてきた。
おばあちゃんはホッとしたように、ニベアを塗った手で何度も胸をなでおろした。
「ありがとうねぇ。お礼に今日は、『最高級の天ぷらそば』と、みんなで食べる『おはぎ』も作ってあげるよ」
地上げ屋を追い払った後の、勝利の味。
出汁の香りはいつもより深く、二人は正一たちと新しいサッカーボールを蹴りながら、昭和の空の下で高笑いした。
――――――
夜の大学の駐車場。
タカが、ノイズだらけで何も聞こえないはずのスマホの録音データを消去しながら呟いた。
「……リョウ。もう二度とお前とは出かけない」
「はいはい、八回目。次は感謝状でももらいに行くか?」
「……いや。次は、あの地上げ屋が持ってた『土地の図面』、現代の図書館で調べてみるわ。あいつら、まだ諦めてないかもしれないしな」
リョウは頼もしくなった相棒の肩をポンと叩いた。
「だな。俺たちの『実家』、俺たちが守るか」
二人は、泥だらけのオンボロ車を誇らしげに眺め、次の作戦会議のためにファミレスへと向かった。
――――――
【第9回: 二人揃っても、まだ戦時中。 ―泥だらけの正一と禁断のチョコ―】
「……ちっ、タカのやつ、バイト入れやがって。……まあいい、一人占めしてやる、あのカレー南蛮」
リョウは一人、オンボロ中古車のハンドルを握っていた。
助手席には、タカが託した『正一への新しい図鑑』と、おばあちゃんへの『膝掛け』がポツンと置かれている。
「よし、いつものカーブ……ここを三速で、左だ!」
リョウは気合を入れてハンドルを切った。
いつもならここで、あのひんやりとした白い霧がフロントガラスを覆い、耳の奥でキーンと高鳴る音がするはずだ。
しかし。
「……あれ?」
目の前に広がったのは、街灯が等間隔に並ぶ、いつもの、あまりにも見慣れた現代のバイパス道路だった。
「おかしいな。……もう一周だ」
リョウは何度もUターンを繰り返し、速度を変え、カセットデッキのボリュームを上げた。
必死になってあの「入り口」を探したが、何度通っても、そこにあるのはただの荒れた空き地と、深夜営業のガソリンスタンドだけだった。
「……嘘だろ。一人じゃダメなのかよ」
エンジンを切ると、車内には冷たい静寂が広がった。
いつもなら隣で「おい、霧だぞ!」「酔いそうだわ!」と騒がしく喋っているタカの声がしない。
あの蕎麦屋の出汁の匂いも、正一たちの笑い声も、おばあちゃんが淹れてくれるお茶の湯気も。
手を伸ばしても、どこにも届かなかった。
「……お前がいないと、ただのボロ車だな、これ」
リョウはハンドルを力なく叩き、一人でコンビニのカップうどんを啜った。
その味は、驚くほど薄っぺらかった。
――――――
深夜。バイトを終えたタカのスマホに、リョウから短いメッセージが届く。
『一人じゃ霧が出なかった。……明日、一限サボって行くぞ』
翌朝。大学の駐車場で、タカがニヤニヤしながら助手席に乗り込んできた。
「なんだよリョウ。俺がいないと道も見つけられないんだ?」
「うるさいよ」
短く返して、リョウはアクセルを踏み込んだ。
二人が揃って、あの運命のカーブに差し掛かった――その瞬間。
「……きたぞ!」
「おう、霧だ!」
フロントガラスが真っ白に染まり、懐かしい出汁の香りがどこからともなく漂ってきた。
――――――
「……リョウ。もう二度とお前とは出かけない」
「はいはい、九回目だ。……昨日一人で行こうとしたのは内緒な」
「……お前が隣にいないとあの店、営業してないみたいなんだわ」
タカが照れ隠しに窓の外を眺めると、霧の向こうから「お兄ちゃーん!」という正一の元気な声が聞こえてきた。
二人は、もはや一人では完成しない「未来からの客」として。
誇らしげに、再びあの暖簾をくぐった。




