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バイト代半年分のオンボロ車、バグって昭和に突っ込んだ。

「最近の車、ハイテクすぎて落ち着かなくないですか?

というわけで、バイト代半年分で買った『令和にそぐわないオンボロ車』で、ちょっと1970年までうどん食いに行ってきます。

スマホの電波も届かない、時速40キロのゆるいタイムスリップ。

助手席に座るくらいの軽い気持ちで、お付き合いください!」

【プロローグ: バイト代半年分、カセットデッキ、白煙を吹く相棒】


「……なあ、これ本当に動くんだよな?」

助手席に座るタカが、引きつった顔でダッシュボードを小突いた。

そこには、令和の時代には絶滅危惧種となったはずの「カセットデッキ」が鎮座している。

「失礼なこと言うなよ。腐っても『俺のマイカー』だぞ」

ドライバー席で胸を張るリョウ。

バイト代半年分を叩き込み、ようやく手に入れた相棒――塗装の剥げかけた、中古の軽自動車だ。


「よし、記念すべき初ドライブだ! 海でも山でもどこでも連れてってやるよ」

鼻歌まじりにキーを回すと、車体がガタガタと震え出す。

マフラーから少し怪しい白煙が上がったが、リョウはそんなことお構いなしにアクセルを踏み込んだ。

――――――

しかし、意気揚々と出発してから二時間。

二人のテンションは、燃料計の針よりも早く急降下していた。


「……リョウ。ここ、どこだ?」

「いや、ナビだとこの先に国道があるはずなんだけど……」

気づけば周囲は、街灯一つない深い森に囲まれていた。

舗装はいつの間にか途切れ、砂利がタイヤの下でジャリジャリと嫌な音を立てている。

手元のスマホを確認するが、アンテナはさっきから「圏外」のままだ。


「うわっ!」

その時、リョウが叫び声を上げて急ブレーキを踏んだ。

前方の深い霧の中から、ひらひらと「白い影」が横切ったのだ。


「おい、今の見たか? 人……じゃないよな?」

「今すぐバックしろ!ここ、絶対やばいって」

リョウが慌ててバックギアに入れようとした、その瞬間だった。

「プスッ」という情けない音と共に、エンジンが完全に沈黙した。


静まり返る車内。

すると、入れてもいないはずのカセットデッキから、ザーザーというノイズ混じりに「古い歌謡曲」が流れ始める。


「おい、冗談だろ……?」

窓の外、ヘッドライトが消えゆく直前の光景に二人は絶句した。

車はいつの間にか、無数の「お札」が貼られた腐りかけの鳥居の前に停車していた。


そして、後部座席の窓には――。

内側から、べったりと「白い手」が張り付いていた。


「ぎゃあああああああ!!!」


――――――

翌朝。

大学の駐車場に泥だらけの服で降り立ったタカが、リョウを激しく睨みつけた。

「二度と言うなよ」

「え、何を?」

「『ドライブに行こう』だよ! お前とは二度と出かけない! 命がいくつあっても足りんゎ!」

タカは吐き捨てるように言い捨てると、足早に講義棟へ向かっていった。


その日の放課後。

スマホを眺めていたリョウが、ニヤニヤしながらタカの肩を叩く。

「なあタカ、見ろよこれ。隣町の廃墟、最近マジで『出る』らしい。次は昼間に行けば怖くないし、リベンジ行かね?」


タカは深いため息をつき、天を仰いだ。

「……はあ。……何時出発だよ?」

「十五分後!」

二人は懲りずに、またあのオンボロ車のドアを開けた。


――――――


【第1回: 圏外の先は、1970年でした。 ―迷い込んだモノクローム―】


「……なあ、リョウ。これ、さっきも通らなかったか?」

「バカ言うなよ。さっきのはセブンイレブンで、今見えてるのは……」

リョウが言葉を失う。ヘッドライトが照らし出したのは、色あせた看板の「商店」だった。それも、昭和の映画に出てきそうな、ブリキの看板が並ぶ古めかしい店構えだ。


「おい、ナビ死んでるぞ」

「……電波も圏外だ」

二十年落ちの中古軽自動車が、砂利道をガタガタと揺らす。

ふと横を見ると、さっきまで舗装されていたはずのアスファルトが消え、土の道に変わっていた。


「おい…あの看板……『祝・1970年万博開催』って書いてないか?」

「は? 冗談だろ……」

慌てて車を止めると、窓の外から聞こえてくるのはスマホの通知音ではなく、遠くで鳴る火の見櫓の鐘の音と、嗅いだこともないような濃い草木の匂いだった。


道ゆく人は、誰もスマホを持っていない。

それどころか、二人の着ているパーカーや、中古とはいえ現代のデザインの軽自動車をまるでお化けを見るような目で見つめている。


「……リョウ、俺らもしかして、詰んだ?」

「……いや、落ち着け。ガソリンはある。戻るぞ、あのトンネルまで!」

必死でハンドルを切り、来た道を猛スピードで逆走する。

「動け、動けよオンボロ!」と叫びながら、二人は光が歪むような感覚に包まれた。


―――なんとか現代のコンビニの灯りが見え、命からがら帰還。


翌朝。

大学の駐車場で、泥だらけの車を前にタカが吐き捨てた。

「もう二度とお前とは出かけない。タイムスリップとか、歴史変えちゃったらどうすんだよ!」

「まあまあ、無事に帰れたんだからいいじゃん」


タカは怒ったまま講義に向かった。

しかしその日の放課後。

リョウがスマホで見つけたある写真を見せながらタカを呼び止める。


「なあ、これ見ろよ。隣町の郷土資料館のブログ」

そこには、1970年の風景として『未来から来たような奇妙な車と、驚いた顔の若者二人』が写り込んだ古いモノクロ写真がアップされていた。


「……マジかよ」

「な? 次はもっと装備整えて行ってみようぜ。今度はカメラも持ってさ」

「……しょうがねえな。次は俺が運転するからな!」

二人はまた、あのカセットデッキ付きのオンボロ車のドアを開けた。

――――――


【第2回: タイムスリップ、味の素。 ―空腹は時空を超える―】


「……なあリョウ、もう限界。腹減って死ぬ」

助手席のタカが、力なくシートに沈み込んだ。

時刻は不明、場所も不明。霧に包まれた山道をオンボロ車が所在なげに走る。

「俺も。……お、見ろよ。あんなところに蕎麦屋があるぞ」

霧の切れ間に、ぽつんと佇む茅葺き屋根の一軒家。

看板には力強い筆致で『峠の茶屋』と書かれていた。


二人は吸い込まれるように暖簾をくぐった。

店内には薪を燃やす香ばしい匂いと、どこか懐かしい出汁の香りが満ちている。

「いらっしゃい。お若いお客さんは珍しいねぇ」

奥から出てきたのは、腰の曲がった小さなおばあさんだった。

ニコニコと柔らかな笑みを浮かべ、使い込まれた湯呑みでお茶を運んでくる。


「俺、たぬきうどんで」

「俺はカレー南蛮。……え、安っ。100円もしないのか!?」

壁に貼られた手書きの品書きを見て、二人は目を丸くした。

おばあさんは「学生さんはサービスだよ」と、茶目っ気たっぷりに目を細める。

――――――

運ばれてきたどんぶりからは、もうもうと真っ白な湯気が立ち昇っていた。

タカが黄金色のつゆを一口、慎重にすする。

「……っ! なにこれ、めちゃくちゃ旨い!」

「このカレー南蛮もやばい……出汁が今まで食ったのと全然違う。スパイスが効いてるのに、すっごい優しい……」

二人は言葉を忘れ、無我夢中で完食した。


お代を払おうと財布を出したが、おばあさんは首を横に振る。

「お代はいいよ。その変なピカピカした機械スマホを見せてもらったお礼さ」

そう言って笑うおばあさんに「ごちそうさま!」と元気よく告げ、二人は店を後にした。

再びオンボロ車を走らせ、数分後。視界がパッと開けると、そこには見慣れた国道16号線の青い標識が立っていた。

――――――

「……リョウ。今の店、戻れるか?」

「いや、ナビにも地図にも載ってない。っていうか……」

リョウがバックミラーを確認する。

そこには、ただ深い森が静まり返っているだけだった。


―――翌朝。

大学の食堂で、タカが学食のうどんをつつきながら深いため息をついた。

「……リョウ。お前とは二度と出かけない。昨日のせいで、普通のうどんが砂を噛んでるみたいに味気ないよ」

「わかる。あのカレー南蛮、夢に出るレベルだもんな」

タカは不機嫌そうに箸を置いた。

本物の出汁の味を知ってしまった舌には、現代の化学調味料はあまりに刺激が強すぎた。


しかし、その日の放課後。

駐車場で待っていたリョウが、窓から身を乗り出して言った。

「なあタカ、調べたんだけどさ。あのあたり、1950年頃までは有名な峠の茶屋があったらしい。……ルート、だいたい割り出した」

「……ガソリン、満タンか?」

「当たり前だろ」

タカは毒づきながらも、足取り軽く助手席に乗り込んだ。

「次は大盛り、頼めるかな」

「今度こそお代払わせてもらおうぜ。昭和の小銭、じいちゃんの貯金箱から借りてきたからな」

二人は再び、あの究極の一杯を求めてオンボロ車のエンジンをかけた。


――――――


【第3回: 令和のモナカ、昭和の出汁に溶ける。 ―初めての手土産―】


「おいタカ、モナカ買ったか?」

「おう、地元の老舗で一番高いやつ奮発したゎ。おばあちゃん、甘いもん好きそうだったしな」

リョウが運転するオンボロ軽自動車の助手席には、デパートの金文字が入った紙袋が鎮座している。

二人の目的はただ一つ。昨日出会った「1950年代の幻のうどん」をもう一度食すことだ。


「昨日のあのカーブを……三速で……ここで左に……」

「お、霧が出てきたぞ! くるか、くるか!?」

ガタッ! と大きな衝撃と共に、視界が真っ白に染まる。

次の瞬間、フロントガラスの向こうには昨日と同じ茅葺き屋根の茶屋が静かに佇んでいた。

――――――


「よっしゃ! タイムスリップ成功!」

「おばあちゃん、居るかな……」


二人は車を飛び降り、勢いよく暖簾をくぐった。

奥から顔を出したおばあちゃんが、驚いたように目を丸くする。

「いらっしゃい。おや、昨日の……」

「おばあちゃん! これ、手土産です! 食べてください!」

タカが差し出したのは、令和の技術が詰まった『個包装モナカ』。


おばあちゃんは不思議そうに包みを眺め、「あらまあ、見たこともない綺麗な紙だねぇ」と愛おしそうに目を細めた。

「お礼に今日は特別に『特製かき揚げ』も乗せてあげるよ。さあ、座りな」

運ばれてきたのは、揚げたてサクサクのかき揚げが鎮座する、たぬきうどんとカレー南蛮。

弾けるような出汁の香りが店いっぱいに広がり、二人は一口食べた瞬間、同時に天を仰いだ。

「これだよ。これのために生きてるわ」

「……俺、もう現代のレトルトカレーに戻れないかもしれない……」

二人はモナカのお返しに、おばあちゃんから「この辺りはもうすぐ道が広くなる(バイパス工事)」という、少し寂しい未来の話を聞いた。


お腹も心もパンパンにして、二人は店を後にする。

帰り道、夕焼けに染まる現代の国道16号線を走りながら、タカが窓の外を眺めた。

「……なあリョウ。お前とは二度と出かけないって言ったよな」

「おう、耳にタコができるほど聞いたゎ」

「……撤回する。来週も行くぞ」

「だな。次はおばあちゃんに温かいお茶の葉でも持ってくか」


リョウは鼻歌を歌いながら、ガタピシ鳴るハンドルを握り直した。

助手席に置かれたおばあちゃん手作りの「竹皮に包まれたおにぎり」。

そこからはまだ、ほんのりと温かい、昭和の匂いがしていた。


――――――


【第4回: 混雑御礼、特等席は1950年。 ―高級茶葉と賑やかな常連客―】


「タカ、お茶の葉、一番いいやつ持ったな?」

「当たり前だろ、静岡の特選だ。あと、おまけで『貼るカイロ』も入れといた。おばあちゃん腰痛そうだったしな」

オンボロ車のカセットデッキから流れるのは、先日おばあちゃんの店で耳にした古い歌謡曲。

二人は慣れた手つきでハンドルを切り、「異世界への分岐点」である深い霧の中へと突っ込んだ。


ガタガタと車体が激しく揺れ、視界を塞いでいた白銀の幕が上がる。

目の前に現れたのは、いつもの『峠の茶屋』。だが、今日はずいぶんと様子が違った。


「……うお、めちゃくちゃ混んでるな!」

店の前には無数の自転車や、泥にまみれた三輪トラックがひしめき合っている。

中からは地鳴りのような笑い声が漏れ、暖簾をくぐると、そこは仕事帰りの土木作業員や近所の農家さんたちで超満員だった。

――――――

「おばあちゃん、また来たよ!」

「あらまあ、モナカのお兄ちゃんたち! ちょうど良かった、こっちの空いてる席に座りな」

忙しく立ち働くおばあちゃんが、馴染みの客たちの背中をグイグイと押して、二人のための席をこじ開けてくれた。


「そこの兄ちゃんたち。見慣れない服だな。どこの学生だ?」

隣に座るガテン系の男が、リョウが着ているナイキのパーカーを珍しそうに指差す。

リョウは一瞬たじろぎながらも、必死に言葉をひねり出した。

「あ、えっと、ちょっと遠くの……国立の大学で」

「国立か! 秀才じゃねえか! よし、俺のお浸しを分けてやるよ、遠慮せず食え!」


賑やかな店内で二人は圧倒されながらも、用意してきた茶葉をおばあちゃんに手渡した。

「これ、お茶です。すごく美味しいやつなんで皆さんで飲んでください」

さっそくおばあちゃんがその茶葉で急須を満たすと、店内には現代の加工技術が成せる、鮮やかで芳醇な香りが一気に広がった。

「なんだこのお茶! 香りが強くて、たまらなく旨いぞ!」

「おばあちゃん、こりゃあ出世払いのご馳走だねぇ!」

――――――

店内に響く豪快な笑い声。

運ばれてきたのは、いつものたぬきうどんと、スパイスの香りが鼻腔をくすぐるカレー南蛮だ。

周りの客たちから「最近の景気はどうだ」「東京の万博は凄かったか」と問われ、未来の話を漏らさないよう必死に話を合わせながら、二人は汗をかきかき、最高の一杯を啜った。


「……なあリョウ。ここ、最高すぎないか?」

「ああ。現代の居酒屋より、よっぽど落ち着くわ……」

おばあちゃんや常連客たちの温かい見送りを受け、二人は再び霧の中へ。

気がつけば車は、街灯が規則正しく並ぶ、静かな現代のバイパスへと帰還していた。

――――――

夜の大学の駐車場。

エンジンを切った静まり返った車内で、タカがぼそりと呟いた。

「……リョウ。もう二度とお前とは出かけない。あの店に行くと、現代のコンビニ弁当が味気なくて食えなくなるんだよ」

「それ、四回目だぞ」


リョウは笑いながら、ポケットから新聞紙の包みを取り出した。

おばあちゃんが「茶葉のお礼に」と持たせてくれた、手作りの梅干しだ。

「……で、次はいつ行く?」

タカが不敵にニヤリと笑う。

「来週。今度はさ、おばあちゃんに『今の時代の綺麗な写真』でも見せてあげようぜ」

「いいな。それ、絶対驚くぞ」


二人は再び、あのカセットデッキ付きのオンボロ車のドアを閉めた。

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