1話 雨ちゃん救出作戦後編
僕は狭い列車内でひしめき合いながら立っている人をかき分け、反対側に立っている雨ちゃんの元へとまっすぐ向かう。少々自分の鞄が邪魔であるがそんなことは気にしない。列車が発車するまで残された時間はあと少ししかないのだ。急がなくてはいけない。僕はそう思いつつ、すぐに雨ちゃんの前にたどり着くことはできた。しかし、どうしようかと迷ってしまった。僕は雨ちゃんをどうやって、この駅で降ろすのか全く考えていなかった。だが、そんなことを考えている時間は残されていなかった。僕達の乗っている列車はまもなく、この駅を発車してしまうのだ。そんなとき、こちらを不思議そうに見つめてきている雨ちゃんと目が合う。雨ちゃんは本当にきれいな女の子だと思う。そんな女の子に見つめられたら恥ずかしくなるか、好きになるかの2択しかないのが男という生き物である。ちなみに僕は前者である。そのため恥ずかしくなったので、僕は雨ちゃんから目を逸らす。そして、咄嗟に雨ちゃんの腕を掴みドアに向けて歩き始める。雨ちゃんは腕を掴んだ瞬間”ビクッ”と体を震わせたが抵抗せずについてきてくれる。
「ここで降りるんで通してください!」
そう、僕は周りの人に声をかけながら人混みをかき分け、満員の列車からなんとか降りることができた。そして僕達が列車から降りた後、すぐにドアが車掌さんによって閉められた。まもなく列車は物々しいモーター音をたてながら発車していった。
「ふぅ」
そうやって僕は一息をつく。列車は行ってしまったが雨ちゃんを無事救出することができたからだ。僕はなにかよくわからない満足感を感じていた。次の列車は10分後で、それに乗れば余裕で学校に間に合う。そんなことを考えていると、雨ちゃんから声をかけられる。
「あのぉ……腕が……」
そう言われ、腕を見るとそこには雨ちゃんの腕を掴んでいる僕の腕が存在していた。僕はそのことに気づくと、慌てて掴んでいる腕を離し、雨ちゃんに謝る。
「雨ちゃんごめんなさい、嫌だったよね?」
「全然嫌じゃないです、むしろ嬉しかったというか……」
雨ちゃんが嫌じゃなくて安心した。最後の方はボソボソ喋っていて何も聞こえなかったが、何を喋っていたんだろうか?まあいいか。
「ていうかなんで私の名前知ってるんですか?」
あっ、どうやら僕は彼女のことを雨ちゃんと呼んでしまったらしい。うっかり普段僕が勝手につけていた名前で呼んでしまった。ていうか名前知っているとはどういうことなんだろうか?雨ちゃんって本名なのか?疑問に思い、彼女に聞いてみる。
「名前知らないんですけど、雨ちゃんっていう名前なんですか?」
「そうなんですね!あなたは私のことを知っている不審者なのかと思いました!」
危うく僕は、雨ちゃんに不審者認定されるところだったらしい。あぶないところだった。どうやら雨ちゃんは気さくな人間みたいだ。
「私の名前は雨森 凪って言うんだ~」
「あまもりなぎさ……」
その彼女の名前を反復する。なんて美しい名前なのだろうか……そして僕は、彼女にとてもピッタリな名前だと感じた。雨がよく似合う彼女の名前が雨森というのは偶然ではないだろうか、いや偶然ではない。彼女は生まれ持って雨が似合う女の子だと強く僕は感じる。
「いい名前でしょ?」
そう微笑みながら問いかけてくる彼女はとてもかわいくて、見惚れてしまいそうだった。すでに見惚れていた僕にはあまり関係はないが。
「君の名前教えてよ?」
「僕の名前は山田市郎」
「やまだいちろう……なんというか普通の名前だね」
雨ちゃんにまで普通と言われてしまった。所詮は中キャの人間なんだと雨ちゃんに思い知らされる。なにか、悔しいような気持ちもするがそこまでは気にならなかった。それは言われた相手が雨ちゃんだったからだろうか?
そんなふうに楽しく会話をしていると、時間は一瞬で経ってしまう。ふと、時計を見ると次の列車がもう来てしまう時刻であった。名残惜しいが、今日は別れなくてはいけない。そうしないと学校に遅刻してしまう。
「そろそろ列車来ちゃうから行くね」
「わかった!またね~!」
そう言い残し彼女は、階段を上がり改札へと向かっていった。一方、僕はすぐに列車のドアの位置へと立つ。彼女の残した「またね」という言葉が頭から離れない。彼女は一体どんなつもりで言ったのだろうか?彼女と会えるということのだろうか?それは、彼女本人にしかわからないことだ。だが、僕はその言葉の真意を理解しようとして、混乱しまうのだった。




