第25話 「噂という名の刃──王国を蝕む影の宣伝戦」
◆王都に広がる、違和感
王都の朝は、いつもと同じように始まった。
露店の呼び声。
職人の金槌の音。
子どもたちの笑い声。
――だが。
「……なぁ、聞いたか?」
「勇者様が……森を半分、焼きかけたって……」
「精霊が逃げ出したって噂だぞ……」
市場の片隅で、
ひそひそと声が交わされる。
誰も大声では言わない。
だが、確実に“広がっている”。
「そんな馬鹿な……
勇者様は正義の象徴だろ?」
「……でもさ……
実際に見たって人がいるんだよ……
白い光で、森が枯れて……
姫様が苦しそうだった、って……」
空気が、少しずつ重くなっていく。
◆噂の震源地
王都・下層区画。
酒場《灰猫亭》。
昼間から薄暗い店内で、
一人の男が笑っていた。
「……いいねぇ。
噂ってのは、
“事実より、感情で広がる”」
フードを被ったその男は、
細身で、目つきが鋭い。
通称――
〈耳売り〉のフェルク。
王都随一の情報屋だ。
「真実をちょっとだけ混ぜて、
あとは“想像”に任せる……
これが一番、効く」
向かいの席には、
黒い外套の男。
クロード・ルミナス。
「……上手くいっているようだな」
フェルクは肩をすくめる。
「勇者様が“完全な悪”だなんて、
誰も言っちゃいないさ」
「ただ――
正しすぎて、怖い
それだけだ」
クロードは満足そうに笑った。
「それでいい……
民は“恐れる正義”から、
必ず離れる」
「次は?」
フェルクは指を二本立てた。
「次は“王国の沈黙”。
否定しないってことは――
認めたようなものだからな」
闇が、静かに王都を覆い始めていた。
◆監視塔──動き出す側
その頃、旧精霊監視塔。
塔の上階、
古い魔導装置が淡く光っている。
『主。
王都の情報網に、
不自然な流れを確認』
エリュシオンの声。
「噂か」
『はい。
意図的に拡散されています』
エルフィリアが、
静かに言った。
「……クロード……」
拳を、きゅっと握る。
「人の心を……
また、傷つけて……」
俺は、深く息を吸った。
「……止めるしかない」
エルフィリアは、俺を見る。
「戦う……?」
首を振る。
「いや。
同じ土俵には立たない」
エリュシオンが反応する。
『……主?
まさか……』
「噂には、
事実で対抗する」
俺は、監視塔の外を見た。
遠くに、
街道を行き交う商人の列。
「王国が隠したがってる
“事実”を――
俺たちが、出す」
エルフィリアの瞳が、
強く輝いた。
「……わたしも……
話します」
「王女として?」
「いいえ」
一歩、前へ。
「世界樹の意思を継ぐ者として」
その言葉に、
空気が引き締まった。
◆新たな仲間
その日の夕方。
監視塔の麓に、
一人の女が現れた。
赤褐色の髪、
軽装、
腰には短剣。
「……ここが噂の“逃亡者の巣”?」
俺は剣に手をかける。
「誰だ」
女は、にやっと笑った。
「敵じゃないよ。
むしろ――
商売相手になりたい」
名を名乗る。
「私はリゼ。
元・王国広報部所属」
エルフィリアが驚く。
「広報部……?」
リゼは肩をすくめた。
「“都合の悪い事実”を
消す部署、って言ったほうが早いか」
視線をまっすぐ向ける。
「ねぇ、リオ。
王国を敵に回す覚悟……
もう、できてる?」
俺は迷わず答えた。
「ああ」
「なら――
一番効くやり方を教えてあげる」
リゼは笑った。
「噂戦争の本番は、
これからだよ」




