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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第三章 記録者《アーカイヴァー》編

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85話 『常夜街《ナイトメア》』


ーー落ちている。



ただその感覚だけが、身体中に広がっていた。



ーーヒュュュュゥ…………ッ!



頬を押し上げる風が、落下を肯定するように吹き抜ける。



眠り続ける少女を抱きかかえながら、反逆者は暗闇の中で"重力を"感じていた。



乾いた木と木が軋む音。

洋書の背表紙が擦れ合うような音。



そしてーー



……バササササ……ッ!



紙が一斉にめくられる音。


規則正しさを欠き、リズムを保たないその音が

上下左右関係なく重なり、響き合っていた。



無意識にイヴを抱く腕に力が込もる。



落下を続けながら、段々と五感が鮮明になっていく。


そして、ついに闇へと慣れたその瞳が……



薄暗い空間を焼き付けた。



「…………ッ!!!」



天も地も存在しない、薄闇だけが広がる世界。


終わりの見えない闇の中で、無数の洋風の本棚が浮遊しているのが見えた。


本棚たちは壁に沿って並ぶことも、床に根を下ろすこともない。


それぞれが意思を持つかのように、ゆっくりと浮かび、移動し、この空間そのものを形作っていた。


時折、書架同士が擦れ合い、木材の軋む低い音と、革張りの背表紙が触れ合う乾いた音が響く。


その拍子に、誰の手も触れていないはずの本が、ぱらり、と勝手に頁をめくっていた。


どこからともなく差し込んだ仄かな灯り。


それらが本棚の輪郭だけを淡く浮かび上がらせては、すぐに溶けて消える。

影は常に揺れていて、音も動きも、静止することはなかった。



一言でこの場所を表すのならば……



ーー"薄闇の空中書架"と呼ぶのがふさわしいだろう。



カナンは落下中にもかかわらず、不気味でもあり、幻想的でもある"暗がりの図書館"に、自然と瞳を奪われていた。



だが……



「お願い……


ーー彼女を救って。」



とある少女の声が頭の中へ響くと共に、その景色一瞬にして、暗闇へと呑み込まれた。



「……ッ!」



吹き上がる逆風に思わず目を瞑る。


冷たい空気が全身を包み込み、体が強ばった。


ゆっくりと瞼が上がる。


カナンが瞳を開けた時……


ーーそこはもう、薄暗い書架などではなかった。



そこは、"夜空に浮かぶ月"。



そんなイメージを想起させる……


"一つの街"だった。


暗闇の中に浮かぶように点在する灯りが、星座のように輝きを放ち、街を丸く縁取っている。


街の外縁に行くほど地形は低く沈み、

中心へ向かうにつれて持ち上がっていく。


なだらかな山の斜面に、小さな家々が貼り付けられているかのように見えた。



そして、その街の中央にーー


ひときわ異質な存在が、鎮座していた。


街の頂点。

なだらかな斜面の最も高い場所にそびえ立つ、巨大な塔。


"鐘の付いた時計台"。


夜の街を見下ろすように伸びるその建造物は、言わずもがな先程の異形を連想させた。



「ここは、一体……。」


新たな世界へと降り落ちていく反逆者。


凍てつくような夜気に感覚を鈍らされていたせいか、彼は"とある事実"にようやく気づく。



「……ッ!!!」



己の胸に抱いていたはずのーー



「ーーイヴ……ッ!」



……"少女"が居なかった。



「……ッ!!!」



まるで肉体だけが霧と化したかのように、腕に重さという感覚だけを残して……


ーー記録アーカイヴ管理者レコーダーは消えていた。



(ーーイヴ……!


何処に消えたんだ……!?)



焦燥に駆られる反逆者。



その腕へと、彼女の代わりとでも言うように

"一匹の白蛇"が巻きついていた。


カナンと視線が合った瞬間。



「ニョ?」



白蛇は不思議そうに、首を傾げるような仕草をした。



「なんだお前……

いつから巻きついていやがった……?」



軽く腕を振り払うも、しがみ付いてくる長い生命体は、全くというほど離れてはくれそうにない。


「ニョ!ニョニョニョニョニョッ!」


「…………。」


瞬時に埒があかないと悟った反逆者は、すぐさま上空を見上げなおし、一瞬にして存在が消えた少女の捜索に戻る。



けれどその視界の先には、白髪の少女の姿どころか、広がりゆく漆黒の夜空しか映されることはなかった。



「イヴーー!!!」



落下の風圧に晒されながらも、カナンは必死に彼女を探す。


その意識は、上空へ広がりゆく一面の帳に集約されていた。



「ニョ!ニョニョニョ!!」


だからこそ彼は、白蛇が服の袖を引っ張るまで忘れていた。


「……なんだよ、邪魔すんな!


今俺は忙し……!」



自分は夜空からーー



「……ッ!!!」



"落下"してきていたのだと。




***



薄暗い書架から抜け出した瞬間、街はまだ

小さな箱庭のようだった。



けれど今、カナンの目の前には……


月明かりの中でもしっかりと視認できるほど、地面が近づいていた。



「くッ……!」



すぐさま理応変換機構レベリアンの銃口を下層へと向ける。



そしてーー


「バンッ……!!!」


一発。


「バンッ……!!!」


二発と、弾丸を放った。




地面へと一直線に放たれた銃弾。



それらは"反射、減速"を繰り返し、"軌道と速度"を調節する。



下層で交差し続ける弾丸を見つめ、カナンは覚悟を決めたように唾を飲み込み、理応変換機構レベリアンを変形させた。


〈Mode:Dominion〉


無機質な機械音と共に展開されていく刃。


反逆者はその黒き夜空を握りしめ、"とあるもの"を目掛けて、空中で振り下ろす。



ーーバリバリバリッ……!!!


樹皮と木屑が宙に散る。


カナンが刃を切りつけたもの。


それは、一つの大木だった。


ーーザザザザザッ……!


刃が樹木にくい込み、繊維を裂いていく。


「ぐッ、あぁぁ…………ッ!!!」


両腕に凄まじい振動が伝わる。


削り取られた樹皮が弾け、落下速度がわずかに鈍っていく。


しかし、腕と刃だけで衝撃を相殺するなど不可能だ。


だからこそ、カナンは用意していた。


"二発の弾丸"を……。


「ーー今だ……ッ!」


刃が幹を削り続ける中、彼は強引に体勢を捻り、両脚を下へ突き出した。


刹那。


ーーガッ……!!!


鈍く重い衝撃が体へ伝わる。


速度を合わせた銃弾が、ほぼ同時に

防弾靴の底部へと叩き込まれた。


「ぐッ……!!」


衝撃は確かに激しい。

だがそれは、"貫くほどの力"ではなかった。


柔らかく変質された反射壁によって減速を繰り返し、速度は削り落とされたのだ。


靴底を跳ね上げた弾丸は、上方向へと推進力を生み出し……


ーー落下する肉体の速度を強引に削ぎ落とした。




大木を引き裂いていく刃。


靴底を打つ反動。



二つの衝撃緩和は、確実に減速を促す。



だが、落下速度は……


ーー完全に緩みはしなかった。



握力の限界を迎えた両手から、理応変換機構レベリアンが離れ……



ーードッ……!!!



カナンの体は地に打ち付けられた。



「ーーぁぐッ……!!」


悲痛な叫びと共に肺の空気が一気に押し出される。



――ゴロゴロゴロ……ッ!


反逆者は、肩、背、脚と順に転がりながら、芝と土を抉り、数回体を回転させた後、ようやく停止した。



「……ッ、あぁ……いってぇ……ッ……」



全身が痺れ、腕は未だ震えていた。


両足にも鈍痛が走っている。


なんとか減速には成功したものの、

それは決して、完全な着地と言えるものではなかった。



それでも、命を失うほどの……


ーー"致命的な衝撃"を殺すことは出来ていたのだった。




「ーーふぅぅぅ……ッ……。」



寝転んだ状態で荒い深呼吸を行い、カナンは息を整える。


腕に巻きついていた白蛇が、こちらを心配するように首筋を舐めてきたが、反応してやる余裕は無かった。



***




大の字のまま首を回し、周囲を確認しながら

少しだけ体の力を抜いた。


「人の気配がしねぇ……。

落ちたのは辺境の村か、廃墟ってとこか……。」



石造りの建屋がいくつか見えるものの、そこには灯りも賑わいもなく、誰も住んでいないように思えた。


ーーザッ……。


カナンはゆっくりと立ち上がり、突き刺さった理応変換機構レベリアンを見上げる。


月明かりの下、黒い刃が大木に突き立ったまま震えていた。


身長の二倍ほどの高さだろうか。


手を伸ばして取るには、少々難しい場所に理応変換機構レベリアンは突き刺さっていた。


「あぁ、めんどくせぇ……。」


反逆者は一言そう呟き、木を登ろうと手を掛ける。



そんな彼に応えるかのようにーー


「ニョ……ッ!」


肩から這い出た白蛇が、滑らかに木に登っていく。



そして理応変換機構レベリアンにすんなりとたどり着き……


ーーカチッ……!


尻尾と頭を使って、器用にボタンと引き金を引いた。


〈Mode:Reactor〉


機械音と共に、木目を裂いた夜空の輪郭が消え

銃と白蛇が落ちてくる。


「おぉっと……ッ!」


カナンは一匹と一つを受け止め、自らの意図を汲んだ細長い生命体を不思議そうに見つめた。


「お前、なんで理応変換機構レベリアンの機構を知って……。」


疑問を投げかけようとした瞬間。


言葉は、喉の奥で凍りついた。



「ーーッ……!!!」



――"気配"。


背中の皮膚が、先にそれを拾った。



風の流れが変わったわけでもない。

足音がしたわけでもない。


なのに、そこに“いる”と分かる。



ーーバッ……!!!



反逆者は反射的に振り向き、迷いなく銃口を突き出した。


背後に近づいてきていた……


ーーとある"人影"に向けて。




月明かりの下。


石造りの建屋と建屋の隙間ーー


そこに立っていたのは、"一人の青年"だった。


銀髪に、紫色の目をした男。


年は自分と同じぐらいだろうか。



「…………。」



距離は近い。

遠すぎず、逃げるには遅く、踏み込むには危うい間隔だった。


互いの息遣いが、ぎりぎり届く位置。


その場所で彼はーー


こちらと同じように……"銃口"を向けていた。



(俺と同じ片手銃……。)



カナンが警戒を緩めず、睨みつける中ーー



「ーー抵抗しなければ撃ちはしない。


銃を下ろせ。


……これは、"警告"だ。」



青年の低い声が、夜気に沈んだ。



――研ぎ澄まされた刃物みたいな静けさが空間に漂う。


月を背にしたその男は、白い軍服に片側だけ長いマントを垂らしていた。


黒に近い色合いの布が風を孕み、裏地が淡く光って見える。


まるで、夜空を一枚肩に掛けているかのようだった。


お互いに銃口を突きつけあったまま、カナンは応える。


「ーーだったら先に、そっちが下ろせ。


銃口を向けられたままの人間が、素直に言うこと聞くと思ってんのか?」



月明かりの下、夜の空気が、さらに一段重くなる。


返事はない。


銃を構えた両者は、互いに相対する人間を"観察"していた。


呼吸の瞬間。

引き金にかかった指の力。

足の位置。

重心の揺れ。


そのすべてが、見えない秤にかけられているかのようだ。



一陣の風が吹き抜ける。



マントの裾が微かに揺れ、布の裏に宿る星のような模様が、一瞬だけ淡く滲んだ。


その流れによって、枝から落ちた一つの枯葉。


乾いた音も立てず、

それはふわりと空を滑りーー


――カサ。


……地面へと触れた。


耳をすまさなければ聞こえない、かすかな音。


そんな僅かな"合図"と共に……



ーーバンッ!!!




常夜街ナイトメアへと銃声が響き渡った。


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