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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第三章 記録者《アーカイヴァー》編

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83話 『嘘月の夜』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ーー新たな記憶が……刻まれた。」



…………。



……。




ーー薄暗い書架……。



無数の書物が浮かぶ世界の隅で、一人の少女が記憶を辿っていた。


人影を模した一つの影。


それは、浮遊する本の表紙を優しく撫でながら

部屋に僅かな光をもたらす月を見上げ……


ーー背を向けたまま呟いた。



「享楽を討ちし者……。



ーー君の"記録"は正義か否か。」



輪郭のみの黒い外装はーー



「僕に、教えてくれないかい……。」



白く、細い指先でーー物語を"次"へと進める。



「ーーカナン……。」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






***


「ーーッ……!」


暖かな布団に包まれていた反逆者。


彼は突然、誰かに名前を呼ばれた気がして起き上がった。



「…………?」


覚醒した意識と共に、首と視線を部屋に巡らせる。


けれどそこに、自分の名前を告げた人影は何処にも見当たらなかった。



見知らぬ人間が居た痕跡も、気配も無い。


この部屋に居るのは自分と、今も静かな寝息を立てるイヴとリオンの二人だけだった。



「ーー夢……か。」



死者を見送った追灯式の翌日、ルシェが用意してくれたノード・ルークの客室内で、カナンは一足早く、目を覚ました。


部屋に灯りは付いておらず、月明かりさえもカーテンによって遮られている。


朝と呼ぶにはまだ早く、夜を名乗るには遅すぎる世界。


多くの人間が活動を静止し、現在進行形で休息を行っているであろう時間帯。


本来であれば彼も、日の出が兆候を見せ始めるまでは、暖かな毛布に埋もれて熟睡している予定だった。


だが今、そんな幸せの予定調和は存在しない。



ベッドの上で一人、カナンは自らの安眠を断ち切った"聞き覚えのない声"を思い浮かべ、独り言を落とした。



「ーー確かに誰かが、俺を呼んだ気がしたんだがな……。」



まだ少しぼやけた思考の裏で、はっきりとした違和感が何度も駆け巡る。


その気持ちに答えるようにもう一度室内を見渡す。


けれど、やはり目の前に……

ーー名を呼んだ声の主など存在しなかった。


彼の前にあるのは、覚醒してしまった意識と、陽の光を待つだけの現実だけだった。



「ーーはぁ……。」


カナンはため息のような呼吸の後、寝床から静かに降りる。


まだ熟睡中の二人を起こさぬように、ゆっくりとラックに掛けられた上着を手に取り、羽織りながら廊下へ続く扉を開けていく。



ーーギッ……。




ーードアの軋む音とともに、常夜灯の柔らかな明るさと冷たい夜の残滓が頬を伝う。


羽織のおかげで寒さを感じることはなく、むしろ心地いい気温にさえ思えた。


「やっぱ誰も居ねぇよな……。」


豪華な装飾がなされた回廊。


客室を繋ぐ静寂な通路は、仄かな温かさに包まれており、時間も時間なのか、人気は一切感じられなかった。


「ん……。」


客室の扉を閉じ、部屋の前でカナンは腕を上げ大きく伸びをする。


体全体の筋肉が震え、反射的に口が開き、自然と瞼が落ちた。


「ふぁ……。」


あくびと共に、瞼の間から涙が滲み出す。


指先でなぞるように拭い、ぼけーっと片目を開けた。


そんな彼の目の前に、同じく片目でこちらを見つめている"少女"が居た。


「ーーッ……!?」


結構な至近距離で覗き込んでいた彼女に驚き、カナンは思わず身を引く。



ーーゴンッ……!



その後ずさりで、後頭部を扉に打ち付けた。


「イッ……!!


ーーぁぁ…………!」


思わず声が出そうになるが、部屋の前で叫ぶわけにはいかないと踏みとどまり、何とか声量を抑えながら、不器用な嘆きを上げた。


両手で頭を抑え、しゃがみ込む反逆者。



「あ、ごめん……。

驚かせるつもりではなかった……。」


そんな彼に合わせて体勢を低くし、少女は視線を合わせた。


「大丈夫……?」






人気の感じられなかった廊下に、突然現れた最高技術者クラフトマスター


『ーー"セラ"』



「お前ッ……!」


明らかに驚かせに来ただろ、と言わんばかりの行動をした彼女を見上げ、頭部に鈍痛を感じながらも、カナンは反逆の意思を示そうとした。


「…………。」


だが、セラの申し訳なさそうな表情と、悪気はなかったとわかる雰囲気に絆され、その火種は一瞬で鎮火していく。


「 ーーあぁ……

……ちょっとフラついただけだ。


問題無い……マジで問題無い。」



頭を抑えていた片手で髪をかく反逆者。


そんな彼を見つめたまま、目の前の少女は納得したのか立ち上がり、安堵を落とした。


「そう……なら良かった。


幽霊でも見たような顔してたから……安心。」


純粋に微笑む彼女に毒気を抜かれたものの、やるせない気持ちを抱えたカナンはーー


「…………まぁ。


ーー似たようなのは見たかもな……。」


遠回しの皮肉を言葉に混ぜた。


「……?」


だが、そんな小さな反逆さえ、セラには届かないのだった……。




***



「ーー不思議な声……?」


薄暗い廊下に、セラの疑問が響いた。


カナンは彼女に、闇夜の刻に目覚めた理由を聞かれ、自分の名前を呼んだ少女の事を話していた。


「あぁ、確かに"カナン"って声がしたんだ。


だけど目覚めた時には、声の主なんて何処にも居なかった。


廊下に人影が居たりとかも……」


言葉途中でセラを見つめるが、彼女は無言で首を振る。


「しなさそうだな……。」


いつから居たのかは分からないが、セラも怪しい人物などは見ていないようだ。



「ただの声と言われればそうなんだがな……。」



現状を示す曖昧な言葉。


それは、聞き間違いと切り捨てられても構わないような、オカルト的発言だとカナン自身も分かっていた。




「…………。」



けれどセラは、指先を顎に添えて真剣に考え、その不安を真摯に受け止めてくれた。


そして、とある推察を話し始める。


「……これは、ただの推測に過ぎないけどーー"記憶の力"によって、無意識にイヴの声が届いた可能性は……?」


彼女の手によって開発された、理応変換機構レベリアン


その武器に宿る理層能力によって、記憶の契約者であるカナンは、イヴの受け取った記憶を、自身が理解できる形へと"操作"出来るようになっていた。


「ーーイヴの声……か……。」


自分でも原理が分からない、理を超えた記憶の力。


その力が知らない内に干渉し、身体に影響をもたらしている可能性は否定できない。


セラの言葉に反逆者は少し思案し、再び脳裏へと"少女の声色"を思い浮かべた。




『ーーカナン……。』



「…………。」



時間が経っているせいか、その時の状況をはっきりとは思い出せない。



「記憶の力じゃないとは、否定できねぇ……。」


だが、己の中に残った記憶の残滓はーー


「でもあの声は……


ーー"イヴの声"じゃなかった……。」



その声を、"見知らぬ声"と断定していた。


確信じみた言葉を発するカナン。


だがそれは、記憶整理の一環に過ぎない。


不可解の真相が証明された訳ではなく、その表情には依然、押し殺せない不安が浮かんでいた。



「…………。」



目を細め、困惑したままの反逆者。




「あくまで……可能性の話。」


そんな彼を宥めるように、セラはゆっくりと、けれども落ち着いた声で話し始めた。



「ーーカナンは、明晰夢って言葉を知ってる?」



「明晰夢……?


……詳しくは覚えてないが、現実みたいな夢ってやつか?」



脳内の引き出しを揺さぶり、反逆者はそう答える。



「……概ね正解。」


そんな彼の答えをセラは否定も強調もせず、淡々と続きを紡いだ。


「ーー人間は、強い感情や経験によって脳が活発に動いた時、記憶を整理する過程で……

"現実と錯覚するような夢"を見ることがある。」


その理屈は、あまりにも理性的で、

あまりにも“納得できてしまう”説明だった。


「原理は多少違えど、これと同じように

あなたが聞いた声というのは……

ーー"ただ聞いただけの記憶"なのかもしれない。」



「ただ、聞いただけ……?」


「…………。」


セラは、問いかけのようなカナンの復唱に対して静かに頷き、自らの経験を元に推論を続ける。


「ーー人は、あらゆる物事に意味を求めるけど


実はそこにーー"大した意味など無い"ということは……案外多い。」



少女は儚げな表情を浮かべ、何かを思い出すかのように一拍置いた。


そして一呼吸置いた後、結論を提示する。


「……その声には確かに、何かしらの意味がある。


けれど、その意味の"真相"が……


ーーあなたにとっては価値あるものとは限らないでしょ?」



「…………。」



推論は終わったようで、セラは物憂げに遠くを見つめていた。



そんな彼女を横目に、カナンは告げられた言葉を復唱した。


「明晰夢、意味の真相……。」


不思議な声が聞こえたのは、享楽者ヘドニスターとの決戦という激動の終焉の数日後であり、死者を彼岸へと見送った翌日。


セラの言う通り、感情と記憶が整理を始めるには、丁度いい時期だった。


(確かにな……。)


急に腑に落ちたように我へと戻ったカナン。


「ふっ……。


ーーなんとも……"技術者"らしい結論だな。」


反逆者はいつものように、薄ら笑いを浮かべ、

遠回しな感謝を述べた。


再び告げられた、カナンの間接的な言葉。


今度はちゃんと彼の意図を汲めたのか、セラは静かに口角を上げた。




***



ーー反逆者の中に根付いていた不安は払拭され、清々しい気持ちが体に広がっていく。


心のつっかえが取れたカナンは、少しだけ明るい表情に戻っていた。


「そういえば……」


そうして冷静さを取り戻した彼は、今を見つめなおし、新たなる疑問を浮かべる。



「ーーセラはなんで、こんな時間に起きてたんだ?」


当たり前の質問。


そんな今更ながらの疑問に、セラは悪戯な笑みを浮かべながら即答した。



「ーー食堂に、朝食を用意しに来ただけ。


最近は……"よく食べる客人"が居るからね。」



「…………。」



名指しこそされなかったが、その客人が誰を指しているのかは、何となく察することができた。



「あー……なんか、悪いな……。」


カナンは、少しだけ気まずそうに頭を搔く。


「いつもこんな時間から準備し始めてたのか。」


目線を逸らし、申し訳なさそうにする反逆者。


ころころと心境が変化する彼の前で、セラは変わらず、落ち着いた声で返答する。


「気にしなくていい……


昔から、何かを作るのは好きだったから。」


脳内に巡る記憶を思い出すような数秒の空白を置いた後、彼女は淡々と言葉を続けた。


「それに、今日はルシェとウォーレンスの"見送り"があったから……特別早い時間に起きただけ。」




「……見送り?」


セラの説明。

その文字の羅列にあるひとつの単語が、カナンの中で妙に引っかかった。


「あいつら、何処かに行ったのか?」



セラは一瞬だけ視線を前にやり返答する。


「ええ。

ノード・キング跡地の、情報解析に向かった。」


「……今朝?」


「うん。もう出てる」


それを聞いて、カナンは一度だけ頷いた。


だが、その言葉を“今朝”という時間に当てはめようとして、わずかに思考が鈍る。


「……随分と早いな」


ぽつりと零れた疑問に、セラは視線を外したまま答える。


「後処理が前倒しで終わったから、予定よりも早めに取り掛かると言ってた。


解析と言っても、観測によって得られた情報の精査が主にはなるだろうけど……。」


その声音は、あくまで事務的で落ち着いていた。


そんな彼女に向け、カナンは壁にもたれかかって問いかける。


「……で、最高技術者クラフトマスターさんは行かなくてよかったのかよ?」


セラは一瞬だけこちらに目を向け、すぐに視線を戻した。


「私の仕事は観測装置開発。」


「イヴの協力もあって、数日前にはもう設置まで終わってる。

今はもう、私が現地に行く必要は無い。」


「要するに……」


カナンは小さく肩を竦める。


「全部終わらせたから、やることが無くなったってわけか。

天才ってのは大変だな。」


皮肉めいた言い方だったが、そこに敵意はない。


セラは否定も肯定もせず、ただ静かに佇んでいた。



***



「さて、そろそろ部屋に戻るとするか」


扉の前で、セラと数分ほど話し込んだカナン。


その体には、足りない睡眠を補おうと眠気が昇ってきていた。


「寝すぎて朝食に遅れないように。」


母親のような小言を言うセラ。


「はいはい、飯だけは何がなんでも食いに行くよ。」


そんな彼女に別れの代わりにがめつい言葉を置いていく。


「カナン……。」


だが、セラはまだ用事があったようで、扉に手をかけた瞬間、唐突に呼び止められた。


「ん? まだなんかあるのか?」


伝え忘れか何かかと思っていた。


けれど、彼女の口から放たれたのは……

予想外の言葉だった。



「ーーそこは、"食堂"……。


あなたの部屋はあっちだけど、客室に戻るんじゃなかったの……?」



「……………………」



ドアノブに手を掛けたまま、カナンは静止した。


先程までの眠気が一瞬で消え失せる。


異常。

不安。

混沌。


信じられない何かが、首筋を撫でるように這い上がった。




「何……言ってんだ……。


ーー俺は、ここから出て……。」


カナンはゆっくりと視線を上げ、ドアの室内札を見る。




けれどそこに、彼が求めた答えはない。




薄い板に描かれていたのは【食堂】という二文字の単語だけだった。



「…………ッ!?」



反射的に、瞳孔が開き、神経細胞が震える。


「何が……起きている。」


兆候のない違和感。

まるで、世界を書き換えられたかのような異変が反逆者に降り掛かっていた。


突然取り乱し始め、呼吸を荒らげるカナン。



そんな彼を不思議がりながらも、セラは変わらず落ち着いた声色をしていた。


「カナン……? どうしたの?」


だからこそ、この異変がーー

彼女の仕業ではないことだけは、はっきりしていた。



「セラ……。


一つ、確認させてくれ」


カナンは、ドアノブに掛けた手を離さぬまま、背後を振り返った。


「お前は、ルシェとウォーレンスを見送った後……

そのまま食堂に向かった。

ここまでは、間違いないな?」


「ええ。間違いない」


即答だった。

迷いも、曖昧さもない。


「俺は起きてすぐ、客室を出た。

伸びをして……その時、お前が目の前にいた」


自分の言葉を、改めて口にする。


「食堂に向かったはずのお前が、

“俺の部屋の前”にいたんだ」


「そう……」


否定はされない。

だが、肯定でもない。


「セラ。

お前は……何か感じないか」


カナンは静かに問いかけた。


「時間でも、場所でもいい。

“何かおかしい”って感覚だ」


「…………」


セラは数秒、沈黙した。


考えているというより、

**周囲を“測っている”**ような間だった。


やがて彼女は、短く言葉を落とす。


「……月光」


「ーー月光……月明かりのことか?」


セラは答えず、廊下の奥へと視線を向けた。

細長い窓から差し込む淡い光。


「追灯式の夜と、同じ月なら……」


彼女は静かに言葉を選ぶ。


「この時間帯、

光はもっと低い角度から差し込むはず。」


床に落ちる影を見下ろす。


伸びた影の輪郭。

それはあまりにも短すぎた。


夜明け前にしては、はっきりしすぎている。


「……なのに、今は違う。


認識時間と世界の時間が……合わない。」


その一言で、

カナンの背筋を冷たいものが走った。


「俺が部屋を出た時刻と……」


反逆者の言葉の後に、セラは続ける。


「私が食堂に着いた時刻。

どちらも、記憶としては正しい。」



彼女は、ゆっくりと首を振った。


「でも、その二つが同時に成立する場所は……


ーー"存在しない"」



沈黙が落ちた。



それは混乱ではない。

理解してしまった者の沈黙だった。




「カナン」


セラは、初めて真正面から彼を見た。


「これは……

あなた一人の錯覚じゃない」


「私たちは今……」


一拍、間を置く。


「現実とは違う……


ーー"現実のような世界"に居る。」


世界は壊れてなどいない。


だがーー置き場所だけが、狂っていた。


自分たちは確かに、今ここに立っている。

ただしその事実は、必ずしも真実とは限らない。


常夜灯と月光に照らされた廊下の奥で、闇夜は二人を導いていく。


新たな記憶を辿るべく……。


新たな反逆を……


ーー記録する為に……。


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