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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者《ヘドニスター》編

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82話 『本物の楽園』エピローグ後編


整備された石畳が終わり、靴底に伝わる感触がゆるやかに変わっていく。


柔らかい大地が、踏みしめるたびに、命の匂いを立ち上らせた。


昼下がりの光が、暖かくカナンたちを照らす。


彼らは、夕暮れより始まる"追灯式"に向け、ノード・ルークへの道のりを歩んでいた。



その道中で、反逆者たちは"ある場所"へ……

導かれるように心を奪われた。


風に揺れるのは、無数の花々。

名も知らぬ小さき命。


石標の合間で咲き誇るそれらは、まるで誰かの名前を呼ぶように、静かに揺れていた。


川のせせらぎを聴きながら、イヴがセラへと問いかける……。


「ここには……


ーー"彼ら"が居るの……?」



目の前を過ぎ去る蝶を横目に、声を向けられた少女はただ一言、肯定する。


「えぇ……彼らが、眠っている……。」


彼らが見つめた"花園"。


そこはーー


盤上で散った、逆奪者スティーラーたちの墓だった。



積み重ねられた石碑からは、少しの冷たさも感じない。


その地に芽吹くのは……死者が募らせた憎しみでも、彼らが残した怨念でもない。



生きた者たちが守り続けた……


ーー"色彩の温度"だけだった。



「ーー追灯式まではまだ、時間がある……。」


セラは足を止めたカナンたちの意図を汲み取り、提案する。


「少しぐらいなら、寄り道してもいい……。」


遠回しな彼女の言葉に微笑みながら、彼らは花園の墓標へと足を運んだ。




***



ーー彩りと、命が混ざる世界。


そこには花壇を挟むように、数百を超える墓石が並べられていた。


多くの逆奪者たちの生きた記憶であり、多くの命が眠る場所。


その傍らで……

今を生き、これから散りゆく運命を歩む華々が花弁を空へと舞い上がらせる。


カナンたちは、丁寧に舗装された地面を歩きながら、今は亡き"彼"の元へと向かっていた。



戦場の後処理が終わりきっていないのか、すれ違う人は少なく、鮮やかな景色とは似つかわしい静寂が漂っている。



やがて、とある墓石の前へと着いた時、カナンは一人の男の名を呼んだ……。



「ーーウォーレンス……。」




多くの華が添えられたその場所に……






ーー彼は"立っていた"。




享楽者ヘドニスターによって心臓を貫かれ、彼岸の寸前へと進んだ王子。



『ウォーレンス』



カナンの声に気づき、後方へ振り返った彼は、ただ一言……穏やかに呟いた。


「ーー久しぶりだな……お前たち。」







楽園エデンの最後の王族。


ウォーレンス・アストレイン 。


彼は確かに、彼岸の先を"見た"。


そこで笑う幸せそうな仲間たちも、彼らとともに歩む未来も……。


生と死の狭間で、己の瞳に焼き付けた。


けれどウォーレンスは……


ーーその先へは進まなかった。


背負うために……生きるために……

彼は踵を返し、"現世"へと足を運んだのだ。




一命を取り留めた彼の姿を目にし、カナンは喜びと驚きを混ぜながらぎこちなく返事をした。


「……あぁ……久しぶり……。」



ーー最終遊戯エンド・ゲーム終了後、ウォーレンスは、死亡寸前の状態であった。


だが、享楽者ヘドニスターの消失後、イヴや医療班による救命措置のおかげで、何とか命を繋ぎ止めることが出来た。


ここまでがカナンの知っている話だ。



目の前で息吹を取り戻したからこそ、反逆者は知っている。


彼の傷は、この短期間で歩けるようになるほど、"軽傷"ではなかったということを……。


けれど今、ウォーレンスは目の前に立っていた。



(こいつ……どんだけバケモンじみた身体してやがるんだ……。)



驚きと喜び。


そして、若干の恐怖を感じながらも、カナンは現実を受け入れた。


その横で、彼と同じく戸惑うリオン。


ウォーレンスの姿に驚きながらも、彼はすぐに心配を送った。


「お久しぶりです。

……体はもう、大丈夫なんですか?」


戦場で共に背中を預けあった騎士を一瞥し、

ウォーレンスは息を吐くように返答する。


「あぁ、問題無い。


ーーおかげさまで、自力で歩くことができるぐらいには回復した。」


彼は軽く、"肉体は癒えた"と言い切った。


ーーだがその体は、明らかに前より痩せ細っているように見える。


胴体部分は歪な形となっており、左側が多少曲がっていた。


いつもは手にしないはずの、"杖"まで使っている。


ウォーレンスはもう、以前のように拳を振るうどころか、剣すら持つことは出来ない。


それでも彼は、己の結末を受け入れた。


彼岸へ散った"逆奪"を背負い、生きていく。



クイーンの王子は生者として、"彼ら"と違う道を選んだのだ。


そしてウォーレンスは、自らの命を救い上げた、一人の少女へと向かい、優しく礼を告げた。


「イヴ、お前が居なければ俺は今、ここに立つことはできなかっただろう……。


ーー改めて、感謝する。」


彼女は髪を弄りながら、照れ隠しのように、ウォーレンスへと注意を添える。


「動けるようになったのはいいけど、まだ安静にしてないとダメだよ……?」


優しい釘刺しを受けた彼は、即座に返答する。


「ーー問題ない。


痛みなど、我慢出来るならば無いも同然ーー」


けれどその回答は、最後まで綴られることはなかった。


「ウォーレンス……安静……絶対……。」


王子の言葉を遮るように、単語を並べたセラの表情には、無表情ながらも確かな怒りが宿っていた。


流石のウォーレンスも気圧されたのか


「……すぐに戻る。

兵士たちへ、会いに来ただけだ……。」


ぶっきらぼうに言い放ち、"目の前の墓石"へと黙祷を捧げた。


彼が祈りを捧げる一人の逆奪者。


ノード・ルークの管理人ーー"ルド"。


享楽者との戦いにて、逆奪者スティーラーたちを導いた小さき軍師。


命を第一と考え、命を守るために、"生きろ"と命令し続けた彼だけが……


ーー最終遊戯エンド・ゲームで唯一



……"彼岸"へと旅立った。



盤上で散った、最後の華。



その小さき背中に向けて……


ーーカナンたちも静かに目を閉じた。



華の香り、陽の温かさ。


そして、彼が繋いでくれた……


"生きている"という感覚。



その現実を焼き付けながら、様々な想いが心を駆け抜ける。


長いようで、短い時の流れを得て、カナンは静かに息を吐いた。


心傷に浸りながらも、命の価値を噛み締め、

これからも……"生き続ける"。



そんな強き信念を抱き、カナンは瞳を開いた。


まぶた越しだった穏やかな日差しが、光を増す。


鮮明になった風景。


その先には、変わらず祈りを捧げる仲間たちが居る。



ーー居るはずだった。




「…………。」




だが、黙祷を終えたカナンの目の前に広がったのは、なんとも奇妙な光景だった。



ルドの石碑前……。



ーー何故かセラが、ウォーレンスを両手で持ち上げ捕縛していた。



「……なに……やってんだ?」



コントのような状況を前に、カナンは情緒を崩され、瞬きを繰り返しながら、二人を見つめた。



怪我人を抱え、意味もなく両手を高く上げたセラ。

その上で抵抗せず、ただただ捕まっているウォーレンス。



ルドの意思を胸に刻み、強い決意を心に宿したカナン。


だがその思いは、漁船で大物を釣り上げたような彼女たちの異様な姿によって、全てが吹き飛ばされた。


ウォーレンスを、まるで自慢でもするかのように持ち上げたまま、セラはドン引きしたカナンへと、短く"事の経緯"を説明する。


「黙祷の隙をついて逃げようとしたから……

ーー捕縛した。」


彼女の上で、静かに拘束されたままの脱走者。


彼は、逃げ出しはしたものの、自分が怪我人である事は分かっているらしく、捕まってからは一切抵抗していない。


ただその表情からは、"離せ"という静かな怒りだけが滲み出ていた。


「"ウォーレンス《これ》"を運ばなきゃ行けないから、先に行く。」


セラは問答無用でウォーレンスを抱え、カナンたちへと言葉を残す。


「ノード・ルークは、道を辿ればすぐに見えるから……


あなたたちも……夜までには、来て。」


返答を待たぬまま、彼女は"これ"を抱え

小走りに走り去った。




そんな二人を見送り、カナンは呟く。


「ーー相変わらず……めちゃくちゃだな。」



やがて彼の後ろで、イヴとリオンが耐えきれなくなったのか、笑い出す。



その笑みにつられて、カナンも笑い始める。



我ながら不憫だとは思う。


けれどこれが……



ーールドの目指した、"本物の楽園"。


誰もが自由に笑って生きられる世界。



小さき背中が作り上げた理想郷エデンなのだと……反逆者はそう願った。



「ーー今度は、手土産でも持ってくるよ。」

カナンは軽く頭を下げた後、彼の石碑を後にする。


反逆者たちは無事、軍師『ルド』から託された"最後の命令"。


「ーー決して死なないこと」を……達成した。





***




ーー夕暮れ時が迫り来る。


「……そろそろ行こうか。」


リオンの一言と共に、花園の墓標を巡っていた反逆者たちは歩き出す。


追灯式の開催場所であるノード・ルークへと、向かうため、死者へと別れを告げるのだった。


だが、その時ーー

出口へと進むカナンの瞳に、"ある逆奪者"の名前が映った。


彼はその石碑を見つけた瞬間、足を止める。


そして前を行く二人へと向けてーー


「ーー悪い……先に行っててくれ。」


ただ一言、そう告げた。


急に足を止めた彼を不思議がり、イヴは小さく首を傾げる。


「えー……?

でも、ルシェちゃんが待ってるよ?」


彼女は、多くの逆奪者スティーラーたちへと墓参りをしたはずのカナンが、未だにこの場所に残る理由が分からなかった。


「イヴ。 カナンならすぐに追いつくから大丈夫だよ。」


そんな少女の手を握り、リオンは"彼ら"の意図を汲んだ。


「迷ってる時間は長いけど、足だけは速いからさ……。」


「…………?」


イタズラ気味な彼の言葉へと、イヴはきょとんと首を傾げた後ーー


「……確かに……!」


何故か納得した。



ーー二人は手を取り、カナンへ背を向けて歩き出す。


楽しそうに笑うイヴの横で、リオンは一瞬振り返り、反逆者へと少しだけ微笑んだ。




カナンは軽く手を振り、出口へ消えていく彼らを見送りながら呟いた。



「……ありがとな、リオン。」


反逆者は一呼吸置いた後、目の前の墓石へとしゃがみ込む。


昼と夜の境目。

陽はまだ地平に残り、風だけが花々を揺らしている。


静寂と黄昏が溶け合うその場所で、

カナンは一人、墓標を見つめていた。


慈しみと、拭いきれない寂しさを滲ませた瞳で。


その墓標の下に、遺体はない。

青年の亡骸は、塵ひとつ残さずーー

あの戦場で、世界から消え去ってしまった。


それでも。


ここに立つ石は、

彼が確かに“生きていた”証だった。


だからこそカナンは、

彼がここに「居る」ことに、胸を締めつけられるような想いを覚え、

そしてーー涙した。



「ーー忘れてたわけじゃないんだ……。


ただお前が、此処に居るとは……思ってなかったんだ……。」


許しを乞うような独り言を呟き、カナンは沈黙する。


花が揺れ、川がせせらぐ。


短い静寂が過ぎ去った後、彼は小さく息を吐き、少し照れたように、視線を落とした。



「……悪いな、あんまりこういう経験は無くてよ。」



言葉は、風に溶けていく。



「自分の感情ってのは、上手く言葉に出来ないもんだな……。」



花弁が一枚、墓石の縁に舞い降りる。



「…………。」



溢れるような想いがあるはずなのに、聞かせたい話が沢山あるはずなのに、どうしても言葉としてまとめあげる事が出来なかった。


「ーーまぁ、考えすぎても答えは出ないよな……。」


それでも……

ーー伝えずにはいられなかった。


カナンは、不器用なまま、想いを紡ぐ。


「ーーこの声が、お前に届いてるかは分からないけどよ……


これだけは、伝えたかったんだ……。」


一拍。


花園を渡る風が、

まるで背中を押すように吹き抜ける。



反逆者は顔を上げ、一人の逆奪者へ言葉を落とす。



「ーー勝ったぞ……トルヴァ……。」



誇りでもあり、報告でもあり、やっと出来た


"弔い"。


花々は静かに揺れ、夜気を混ぜた寒風が花園を吹き抜ける。


目の前の墓標は何も語らない。


それでも確かに、この想いを受け取ってくれた。


カナンはそう確信し、"生きている世界"へと歩き出す。



その背後に咲く散りゆく花々。


花園に残された運命を背負いし命は、確かに"今"を生きていた。





******




-〈ノード・ルーク〉正門前-



陽が完全に沈みきり、宙が反転する直前。


「まだ始まってないといいんだがな……。」


カナンは、逆奪者の城へと辿り着いた。


ノード・ルークの外観は以前変わりない。


だが、補給拠点として常に人の出入りがあった要塞は今、奇妙なほど静かな空間となっていた。


荷を運ぶ者の足音も、運搬装置ノード・ラインが行き交う姿も見えない。


その代わりにーー


城の上層……屋上の展望広場から、微かな光と、人の気配が密やかに滲んでいた。


「追灯式は屋外で行われるのか……。」


無意識にカナンは視線を上げた。


そんな彼の来訪へと答えるように、重厚な鉄扉がきしみを上げる。



立ち尽くす時間もなく、城門がゆっくりと開き、中から案内人が出てきた。


「お待ちしておりました、カナン様。」


彼女はいつものように、無駄の無い所作で丁寧にお辞儀をした。



ノード・ルークの管理人であり、現逆奪者の王


『ルシェ』


自らの立場が変わろうとも、彼女は変わらず、澄んだ声でこちらを迎え入れてくれた。


カナンは、案内人が現当主ルシェであることに驚きと安堵を感じながらも、遅れたことを謝罪する。


「悪いな、ちと野暮用で遅れた。

……式典の時間は、大丈夫か?」


申し訳なさそうに頭を下げる彼へ、彼女は微笑を添えて答える。


「問題ございませんよ。

"追灯式"は、日没を過ぎてからの開催となりますので。」


一拍、言葉を置いてから。


「それにーー」


柔らかい声で、ルシェは呟く。


「あなたが不在では、"正式な追悼"となりませんのでーー

元より、お待ちする予定でございました。」


夜の気配が、緩やかに場を満たす。


冷たい夜風が扉の向こうへ流れ込むのを感じ、彼女は案内へと戻った。


「冷えてきましたね。

どうぞ中へ……」


ルシェは軽く頭を下げながら、一歩下がって道を開いた。


「ーー会場まで、ご案内致します。」


変わらぬ案内人に迎えられ、カナンは逆奪者の城へ、再び来場した。




背丈の低い少女の後に続きながら、反逆者は胸の奥へと、小さな引っかかりを覚えていた。


王として、今の彼女がどれほど多忙であるかを知っているからこそーー


ルシェが自ら、足を運んで迎えに来る必要など、なかったはずだ。


「……わざわざ王様が、こんなところまで出てくることは無かっただろ。」


半ば照れ隠しのように、半ば気遣うように。

カナンはそう呟いた。


そんな反逆者の反応を受け、ルシェはほんのわずかに、肩越しの気配を和らげた。


そして少しだけ微笑み、言葉を零す。


「ふふ……どうかお気になさらず。」


穏やかな声色。

それは命令でも、形式ばった返答でもない。


「確かに、王としての責務はございます。


ーーですが……これは“私の我儘”です。」


一人の少女の意思であり、ただの"エゴ"だった。


「我儘……?」


カナンが問い返すと、ルシェは歩みを緩め、

月明かりの差す回廊の中で、少しだけ顔を上げた。


「はい。

私自身が、あなたをお迎えしたいと思った……


ーーただそれだけの、我儘でございます。」


衣を揺らし、彼女は華麗な動作で振り返る。


月光に照らされた横顔で、こちらを見つめ、憂うような微笑みを向けた。


「ですから今は、一人の案内人として……


ーーあなたの側を、歩ませてください。」



月光を受け、少女の影が絨毯へと落ちる。


舞い上がる布の輪郭は、いつもより長く、いつもより揺らぎ帯びていた。


その姿は、夜の闇を奪うように煌めき

逆光を味方にするように、艶やかな羽衣を纏っているかのように見えた。


真正面に向かい合い、目を奪われた事で、カナンはようやく気づく。


「……制服、変えたんだな。」


彼女の違和感に……


ーーいつもと違う"服装"に。


彼は、ルシェの着飾った姿を、式典用の"正装"かと思っていた。


だが、光に当てられ細部まで認識したことにより、その気づきは確信に変わる。


今の彼女は、兄と同じような硬派な軍服を身に纏ってはいない。


面影を残しつつも、少女に似合うような可愛らしいデザインとなっていた。


仕立ての線は変わらず凛としているが、その裾はーー柔らかく、軽やかに揺れている。


詰襟の上衣は、かつての制服を思わせる端正な意匠を残しつつ、胸元に紋章が留められていた。


そしてーー


膝下まで伸びたスカート。


「…………」


月光を受けながら、波立つ布はーー


"彼女が選んだ"生地だった。


「ーーどこか、変でございましょうか……?」


気慣れていないのか、カナンの視線と言葉を気にし、ルシェは照れるように焦る。


反逆者は、先程までの、格式ある仕草とは対象的な彼女の行動に軽く吹き出し微笑む。


「いや、どこも変じゃない……。


むしろーーよく、似合ってる……。」



カナンは小さき少女の、新たな装いを見つめ

"彼"が繋いだ"命"と、彼女に芽吹いた"自由"を

記憶へと刻みつけた。




***


ノード・ルーク/展望広場


追灯式の会場となる"屋外広間"を隔てる一つの扉。


その直前まで、カナンはたどり着いた。


「それではカナン様……


ーーどうぞ、"追悼の場"へ。」


案内人として、導いてくれたルシェ。


彼女の声と共に扉が開き、瞳へと柔らかな景色が描写されていく。



揺らめく炎。

暖かな光。


そこに、人工の灯りは無かった。


すっかりと暗くなった夜の露台。


その空間を照らしているのは、洋燈に灯る"小さな火の光"だけだった。



それでも不思議と、薄暗い闇は冷たくない。


むしろーー


炎が生む熱と、多くの人々の笑顔が重なり合い、穏やかな温もりを感じられた。


カナンは、人の数とは相反しながらも、生き生きとしている"追悼の場"を目に焼き付け、扉の前で立ち尽くした。


「カナーン!!」


そんな彼を呼び戻すように、一人の少女が名前を呼ぶ。


声の主は大きく手を振り、木製の席から己の存在を示していた。


記憶アーカイヴ管理者レコーダー


『イヴ』


彼女は死者を送る儀式の場であろうと、変わらず明るい声を上げていた。


そんな彼女から名指しで呼ばれたカナンは、共犯者のような感覚になり、言葉を零す。


「ーーったく……あいつは……」


やれやれとでも言うようなカナンの横で、ルシェは口に手を当て、小さく笑う。


「ふふ、どうやら……

これ以上のご案内は、不要のようですね。」


彼女は一度呼吸を整えた後ーー


「ーー私も実務がございますので、こちらで一度、失礼致します。」


カナンへ向けて深々とお辞儀を行い、再び"王"へと姿を戻した。


そんなルシェへときちんと体を向け、反逆者は心からの感謝を告げる。


「あぁ、助かった……。


"色々"とありがとうな……ルシェ。」



名残惜しそうな表情を残しつつ、少女はスカートを翻し、歩き始める。


その背中は……小さくも、とても大きく見えた。




***



「よっ、ちゃんと間に合ったぞ。」


イヴの居る席へと近づき、カナンは彼女の横に座る。


彼が呼ばれた座席には、テーブルを囲うように見知った顔が並んでいた。


ウォーレンス。

「お前が最後だと言うのに、遅れた自覚がないとは驚きだ……」


セラ。

「無事にたどり着けたようで安心……。

迷子にでもなったと心配した……。」


リオン。

「おかえり、カナン。

あれは仕方なかっただろうけど……ルシェさんには、後でちゃんと謝っておこうね。」


イヴ

「カナンが遅いから、お腹空いたし、喉も乾いた……。

なので、カナンのデザートは貰います……!」


四人の仲間は口々に"小言と欲望"を飛ばしつつも、反逆者を歓迎してくれた。


「あー分かった分かった。

とりあえず、同時に喋んな。


あと、デザートはやらねぇ。」


彼らによる怒涛のお迎えを前に、カナンは身体を下げつつ、己の甘味を守る。


テーブルに置かれた豪華な晩餐を、微かな炎の灯りが照らす。


彼は改めて、仲間たちを見つめ直し……

感謝を綴った。


「ありがとうな……。


ーー待っててくれて。」



そんなカナンの言葉を合図に、会場にルシェの声が響く。



『皆様……これより、"追灯式"を開催致します。』


澄んだ声が、展望広場の夜気を静かに震わせる。

ざわめいていた人々は自然と口を閉ざし、炎だけが、微かな音を立てて揺れていた。


『この式典はーー

散り去った数多の命を……

彼岸へと送り届けるための追悼です。』


会場の全ての人々が、壇上に上がった新たな王を見上げ、それぞれの瞳に"失われた誰か"を映し出す。


『そして同時にーー』


彼女は一拍、言葉を置く。

その沈黙が、追悼の重さを抱えたまま、次の意味へと人々を導いていく。


逆奪者の長としてーー


『私たちが創り出す……

"本物の楽園"へと向けた、門出でもあります。』


新たな楽園の、担い手として。


『我々は……

死者を想い

死者を慈しみ。

やがてーー死者と成る存在です。』


ルシェの言葉は己を語り、誰もの心を引き寄せる。

彼女は悲しみを否定しない。

だが、悲しみに沈むことも許さなかった。


『終わりがあるからこそ、初めて始まりが存在する。

私はそう、考えています。』


炎の揺らぎが、静かな熱を帯びて前進を促す。


小さき少女はもう、誰かに守られ続けるだけの存在ではない。


誰かを守るための選択をできる存在へと、昇華していた。


『そして、二つの点と点が繋がり合うことで……

私たちはようやくーー"生きている"と、実感するでしょう。』


死と生。

別れと出会い。

過去と未来。

それらは断絶ではなく、繋がりの中にあるのだと、ルシェは静かに示す。


そんな彼女は、"彼"の言葉を借り……


ーー"己の言葉"で自由を謳った。


『命は、最も愚かで、最も尊い。


ーーだからこそ、私たちは"死"に従うための存在ではありません。


人は自由に……笑って生きるために、生まれたのですから。』


優しい風が会場を吹き抜け、灯りが一斉に揺れた。


少女の髪を靡かせた暖かな夜風。


それは、新たな記憶を運ぶように一方向へと流れゆく。


『手向けましょう……彼らへと。

祈りましょう……未来へと。』


ルシェは、和紙で作られた籠を受け取り、手のひらを掲げて、宙を見上げる。


そして、癒えることない痛みと愛を乗せ……


『どうかその先に、"暖かな灯り"が届きますようにーー』


"灯籠"に、火を灯した。


『ーー"追灯"。』



その言葉を合図に、ひとつ、またひとつと灯りが昇る。


夜空へと浮かびゆく無数の光は、失われた命を導き、これから生きるものたちの希望として


ーー道を照らすことだろう。


ある者は唯一の家族を想い。


ある者は今は亡き友を想い。


ある者は約束を交わした少女を想う。



そしてある者はーー偽りの享楽者を想った。



彼らは願う……。


いつか、自分が赴くであろう彼岸で……



ーー"枯れた花々"が、どうか幸せに笑っていますようにと……。

アーカイヴ・レコーダー

-第二章 享楽者編 終幕-

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