73話 『理現する生命構造』
黎明に弾けるーー衝撃と斬撃。
ーーガギンッ!!
沈みゆく炎の海にーー
ギンッ! ギンッ!
軋むような衝突音が、旋律を奏でていた。
(粒子変化による硬度と重量の変貌……。)
享楽者の、命を刈り取る
触腕を捌きながら、セラは攻撃を続けていた。
受け流すだけでも、両腕に凄まじい衝撃を感じる。
(理不尽な破壊力……。
カナンが、一方的に押されていたのも当然…。)
彼女は片目を細めながら、長刀を握る手に力を込めた。
理現する生命構造に備わっている理層能力。
肉体や、気圧、武器本体の表層に
"膜"のような理層波を張ることで、筋力補助、及び、切れ味を増す"薄衣"を創り出す力。
その理現を持ってしても、セラは防戦一方であった。
(……"攻勢"に転じれない。
倒すどころか、守りきるだけで精一杯……。)
終焉の原罪、享楽者。
彼女の力は、残酷な摂理のように圧倒的だった。
ーーガギッ……!!!
蔦が混じり合う。
ーーチィンッ……!!!
火花が弾ける。
その度に体が押され、その度に鈍痛が走った。
「……ッ!!」
セラの戦闘能力は突出している。
だが、その肉体構造はーー年相応の少女が持つ
"ささやかな器"に過ぎない。
人間を超えた支配者に、敵う道理などなかった。
けれどーー
「ーー負ける訳には、いかない……!」
彼女は、抗い続ける。
逆奪者として
ーーミネの、"妹"として……。
「お姉ちゃんが、命を懸けて繋いだ希望……。
"逆奪の意思"をーー無駄にはしない……!」
ーーーー息を呑む。
刀を構え直し、鞘に軽く回す。
そしてーー
セラは一度だけ、地を軽く蹴った。
ーーカッ。
彼女の足裏が瓦礫を弾いた瞬間、空気がひときわ震える。
青白い粒子が、長刀の表層へ “灯る” ように浮かんだ。
ーーシュウウ……ッ。
刃に沿って理層波が流れ込み、螺旋を描く光が
“生まれたばかりの生命”のように脈動を刻む。
ーーヒィィィン……ッ!!!
息吹を吹き返す“生命構造体”を震わせ、セラは青白い残光が尾を引きながら、一気に駆け抜けた。
そしてーー
"死を欺く"ための……"命の収束"は
ーー空間へと、軌跡の残像を刻む。
「ーーッ!!」
瞬く一閃が、享楽者へと吸い寄せられるように走る。
彼女の斬撃は……確かに速い。
渾身の一撃のような、飛び込みの瞬撃。
目で追うことは不可能だった。
だがーー
ーーヒュ……ッ!
茨の鎖は……もっと速かった。
硬質化された強固な“蔦”が、刃の軌道へ割り込む。
攻撃をいなし、セラの命を奪う為に……。
確実に命を刈り取ろうとしていた。
淡く輝く斬撃と、無慈悲に振るわれる蔦の鞭。
二つの“生命構造”が交わりーー
衝突が重なる刹那……。
「ーーッ……!!!」
しなやかに、けれど異質な速さで。
享楽者は、
ーースッ。
セラの殺線を“躱した”。
受け流しも、跳ね返しもせず、影を滑らせるような動きで
ーー盤上の支配者は、"回避"を選択した。
「"空間操作"の応用……。」
そして、享楽者は
ーーその能力を、一瞬で理解する。
裏切り者、『ヴァルツ』の死後現れた、模倣体。
仮想空間で、己の分身個体が未成熟にコピーした粒子操作能力の断片。
セラの握る理現する生命構造に、その理層が展開されていた。
ーーザザッ……!!
砂塵を撒きあげながら着地し、少女は振り返る。
その表情には、想定を逸脱した乱れが宿っていた。
(ーー避けられた……!
完全に、認知外の能力だったはずなのに……!)
彼女が振るった刃の軌跡。
その斬撃の路線に吹き抜けた風が、異質に歪んでいた。
ーー享楽者は、その状況を観察、整理し、思考する。
「そうか……また、"彼"か。」
そしてーー
新たに、答えを"学んだ"。
「死してもなお、刃を向けてくるなんて……
ーー流石は『ルド』だね……。」
死者を敬うような、静かな畏敬。
だが、その言葉と対を成すように
ーー少女は……笑っていた。
「この短期間で、解析だけじゃなく、構築まで済ませてるなんて……
ーーやっぱり、知識を与えた人間は想像以上だ。」
理解の快楽によって、再び"享楽"へ浸った支配者。
彼女が危険視した"理層能力"はーー
"二人の逆奪者"によって作られていた。
ルドとセラ。
彼らによって作成されたーー
"細胞組織を壊滅させる理層構造"。
それは、模倣体の空間操作を応用し、発明された
ーー理現する生命構造の"拡張機能"だった。
細胞ひとつひとつの結合をほどき、
存在を“分岐”させたまま戻さない、理層破壊能力。
その分断機構を、刃の表層に螺旋状の光として理現させる。
これが、セラがルドと共同開発した
死を欺く(逆奪者を守る)ための"生きた構造体"。
『ーー"分断生命"』
彼女が継いだのは、姉の意思だけではない。
全ての……逆奪者
彼らが残した、"反逆の遺志"。
その力をーーセラは継承していたのだ。
ーーギュゥゥン……ッ!
青白い螺旋が、刃の起点から先端までを走り抜けーー刀身が、生命を持つかのように脈動する。
無機物であるはずの武器が、“生命”として、呼吸するように波打っていた。
「ーー次は、当てる……!」
凍て刺すようなセラの言葉に、享楽者の瞳が揺れる。
彼女は“本能的に”理解した。
この刃は、触れてはいけない。
硬度でも、質量でも、防げない。
ーー“存在の接点”を断つ攻撃だと。
ーーパリ……パラ……。
夜の空気が砕かれたように、
黒い破片が静かに地面へ落ちた。
防御の出来ない、不条理な分断。
セラの持つ力は、確かに危険だった。
だが、命を逆奪される感覚を前にして
ーー享楽者は心が踊る。
強敵との久しい戦闘に、彼女は高揚していた。
「ーーやっぱり……“厄介”だね。」
愉悦に満ちた声色で、少女は嗤う。
楽しげに、嬉しげに。
「"反逆の意思"と言うものは……!」
その一言が、歯車を回すように響いた瞬間。
ーーガキンッ……!!!
逆奪者へと信念を与えた元凶が
ーー刃を叩きつけた。
「ーー享楽者ッ……!!!」
彼女が受け止めた蔦腕の先ーー
夜空を展開させた反逆者が、牙を剥いていた。
逆奪者たちを共鳴させ
ーー異端へと昇華させた反逆の徒。
彼と、そしてーー彼女によって
盤上は、"結末"へ向けて組み替わる。
「ーー行くよ、お姉ちゃん……。」
"終焉"を切り裂くようにーー
"一人の少女"は、駆け出した。




