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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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72話 『アダムとイヴ』


絶望はーーどうして「絶望」と呼ばれるのだろう……。


ーーそれはきっと、

光が届かない場所でしか

その“姿”を見せないからだ。


触れようとすれば、指先は虚空を掴み。

呼吸をすれば、胸の奥で重く沈む。


名前を与えられる前から存在し、

認知を諦めた瞬間にーーそれは“痛み”となって降り注ぐ。


いつだって唐突で、いつだって理不尽な終焉。


突き刺された暗闇に、脆い心は壊される。



ーーけれど……。


“絶望”ごときで、人は終わらない。


暗い深淵の底で、かすかに灯ったひとつの光。

闇へと届いた、最初で最後の……欠けた星。


ーー"希望"。


それは、享楽者ヘドニスターによる"死者への愚弄"。


そして、イヴが触れたことで揺らいだ、セラの"深層記憶ラムナミクス・レコード"。


二人の、人知を超えた"超越者"。


『アダムとイヴ。』


彼らが与えた、『冥笑めいしょう啓明けいめい』がーー


少女の奥底に眠る、"小さな約束"を


……希望へと昇華させた。



***




ーーぱち……ぱち……




炎の音だけが、命の残り火のように揺れ動く。



掲げられた刃の鏡面が、淡く照らされた少女の面影を反射した。



「今度は……私が守る。」


イヴとルシェの前に立つように歩を進めたセラ。


二人に命を救われた最高技術者クラフトマスター

彼女は、二人の命を守るためーー己を防壁として組み立てた。


腹部に固まった血を抱えながらも、その瞳にはもう、迷いは存在しない。


視界に映るは、血を分けた実の姉『ミネ』。


見た目も、立ち振る舞いも、昔と変わらない

私にとって唯一の、優しいお姉ちゃん。



けれどーー



それは、全てがまやかしだ。


ーーグッ……!


理現する生命構造メリオッドを握る手が震える。


構築された長刀を構え、セラは鋭く

ミネの側を被った怪物を睨みつけた。



終焉を告げる異形。


彼女の見据えた先に在する享楽者ヘドニスターは、上げた右腕をゆっくりと下ろし、ため息を吐くように言葉を落とす。


「いつになっても……


ーー逆奪者というのは、"厄介"だね……。」


ただ、一言。


返した言葉はそれだけだった。



けれどーー



その一言にはもう、"少女の温度"は無い。


先ほどまでの幼さも、軽薄な愉悦も、どこにも存在しなかった。


仄暗い影が、彼女の輪郭から静かに滲み出すように……


ーー空気が変わった。



風の流れが歪みだし、空間自体が沈むように

戦場、一つ一つが色を変える。


セラの心臓が波打ち……鼓動が体を覆い尽くす。


(わかりやすい殺気……。


気配だけでも、戦うべき相手ではないと身体が告げている。)


胸の奥を押しつぶすような圧迫感がまとわりつき、肺に入る空気の質が、急に重くなった。


まるで、世界が享楽者ヘドニスターに操られるように、盤面を裏返していくかのようだった。


苛立ちが擬装を上回ったのか。

それとももう、擬装する必要がなくなったのか。


彼女の真意は不明だ。


だが、どちらにせよ、ひとつだけ確実なことがある。


(ーー享楽者ヘドニスター

"明確な敵意"を、こちらへ向けた……。)



盤上の支配者としてーー

目の前の反逆因子を“棋盤きばんから排除する”という、冷酷な意志。


その殺意が、凍てついた闇として解き放たれた。


ーー戦いが変わる。


ここから先は、“遊び”ではない。


命そのものを削り合う、純然たる終焉だ。



勝とうが、負けようが、その先で


ーー絶望は滲む。



(それでも……)



歪んだ過去は変わらない。



「それでも……!」



彼岸へ行き着いた者は戻らない。



「"私たち"は……!」



それでも、"彼ら"は……



「ーー逆奪者スティーラーだ!!!」



進む。



ーー夜明け前の空に残った、最後の残光。


蒼白い月明かりが……藍の瞳を照らし


ーー"一筋の恒星"を輝かせた。





***


ーー冷たい空気が、流れ去る。



夜明け目前。


境界の時間を満たす薄青の月光が、崩壊した司令塔ノード・ナイトの瓦礫を、ひそやかに照らしていた。




その闇に佇む黒き影、異形の支配者はーー


積み上げてきた盤上を崩され、すべての“反逆因子”へ、殺意を湧き上げていた。


享楽者ヘドニスターにとって、己が焦燥に駆られるなどという盤面は、生まれてきてから一度も存在しない。


彼女は、この焦燥感に正解を見いだせなかった。


(やっぱり、これも……理解できない。)


圧倒的勝者は、勝ち続けるが故に、

ーー敗北する可能性すら知りえない。


この焦りと苛立ちが、"負けたくない"という

"闘争心"である事を、享楽者ヘドニスターは導き出せなかった。



けれどーー


それも、彼女にとっては些細な揺らぎ。


(理解できないのであれば、適応し、周りを自分に合わせれば良い。)


終焉の原罪として、神化を続けた享楽者ヘドニスターは、答えを知らずとも、正解を導く方法は理解していた。


世界を読み解き、形をねじ伏せ、自らの理に沿わせる。

それは、楽園エデンの支配者にとって

ーーただ駒を滑らせる、造作もない所作にすぎなかった。


(私は……頂点に立ち続ける……!


終焉は、私が決める。

生も死も、希望も絶望も、全てを私が規定する。



ーー私は、享楽者ヘドニスター


本物の楽園エデンで……原罪として、

そして神として

ーーただ一人降臨する……盤上の支配者だ)




ーーミシ……ミシ……ッ!


右腕に細かな裂け目が走り、形が崩れる。

内部から漏れ出す赤黒い血が、歪な外殻を伝った。


まるで旧い殻を脱ぎ捨てるかのように、構造が一片ずつ崩れ落ちていく。


砕けた欠片の間を、黒い“蔦の線条”が静かに這い巡りーー

絡み合い、編み込み、ひとつの“新たな形”へと再構築されていく。


そして、一本の蔦槍が完成した瞬間。


享楽者ヘドニスター手番ターンを開始した。


右腕を縮め、一気に伸ばす。


ーーシュンッ!!!


圧し潰した力を跳ね上げるように、右腕が伸びていく。


そしてーー


「……ッ!!!」



一直線に伸びた蔦は……



ーーザクッ!!!


鋭い音を突き立てて、肉を貫いた。


「ーーッ!!」


セラは、一瞬すら目を離していない。

気を引き締め、攻撃を予測し、油断しなかった。


出会い頭のような不意打ちはもう、彼女には当たらない。



そうーー"セラには"、当たらない……。



「ーーぐッあ……!!!」



鋭利な貫いたのは、セラでも

イレギュラーたちでもない。


「……ウォーレンス!!!」


叫ぶカナンの目の前で、孤高の王子は


ーー心臓を貫かれていた。


原型を無くさず、確実に命を絶つような刺突。


敵対しておらず、背後を向けていた彼を仕留めるのは、享楽者ヘドニスターにとって、赤子の手をひねるようなものだった。


「ーーごぁは……ッ!!」

ウォーレンスは、気道に血が逆流しているのか、苦しそうに血を吐いている。


「ウォーレンス……!」


混乱するカナンを静止させるように手を上げ、ウォーレンスは、体を震わせながらも、ゆっくりと振り返った。


「ミ、ネ……何故……?」


月光を反射した瞳が、無垢な幼子のように細まる。


「何故……?」


淡々とした享楽者ヘドニスターの回答ーー


「そんな理由、一つしかないでしょ……。」


それは、殺意の告白にして、ただの事実認識だった。


「ーーだって……ウォーくん“強い”んだもん。」


異形の支配者は、再び不気味に微笑んだ。


「だから、擬態がバレて敵となる前に……

先に、“処分”したんだ。」


怒りでも恐怖でもなく、

“盤上の駒を整理しただけ”という軽さ。


享楽者ヘドニスターは、人を殺す事に

疑念さえも抱かなかった。


「それにね……あんまり抵抗されたくないの……」


少女は、まるで壊れやすい玩具を案じるかのように、頬へ指を当てる。


「次の"依代"は……完全な個体にしたいからさ。」


ーーザシュッ……!!!


その言葉が、冷えた夜気に溶けきる瞬間ーー


「ーーッぁぐ……!!!」


鋭利な蔦槍が、肉を裂きながら

ーー無造作に引き抜かれた。


「……ッ!!!」


ーードッ……。



地面に重い音が落ちる。

血の滴る音とともに、ウォーレンスの体が

ーー仰向けに崩れた。


「……ウォーレンスー!!!!!」


カナンは反射的に駆け寄る。


足元の瓦礫が転がり、白い砂塵が舞い上がった。


(ーー何も、出来なかった……!)


思考が追いつかない。


(手を伸ばせば届いたはずなのにーー)


胸が急激に冷えていく。


(今度は、目の前に居たはずなのに……!!!)


混乱が頭を埋め尽くす最中、倒れた王子がーー

微かに、かすれる吐息を漏らした。


「……いい……。」

掠れるようなか細い声。


最後の温度を喉に通すような彼の手を握り、カナンは呼びかける。

「ウォーレンス!」


瞳を揺らす反逆者へ、ウォーレンスは薄く目を開きーー戦士特有の静けさで言葉を紡いだ。


「俺の……事は……いい……。」


彼の声色は、覚悟と諦念が同居した

ーー “王族の篝火” のようだった。


その"結末"を拒絶するようにーー


「いいわけ……あるかよ……」


カナンは、震えた叫びを上げる。


「ーーいいわけッ!!!」


だがーー


「ーーカナン……今まで……悪かったな……。」


彼の嘆声は、ウォーレンスの

ーー穏やかな一言によって遮られた。


それは、いつか彼が伝えそびれていた、反逆者への……心からの謝罪。


彼岸を前にしても、王子の背中は……

最後までーー"誰かの願い"を背負っていた。


「セラを、頼む……。


それが……俺の、"最後の重荷"だ」


ついの祈りを皮切りに、彼は口を閉ざし

た。


その身体にはまだ、命が存する。


ウォーレンスは、死んでいない。



けれどーー生きているとも呼べなかった。


下がる体温。


白く霞む血色。


命の音が、静かに抜け落ちていく。


彼は、生と死の狭間に導かれた存在。


最果ての彼岸へと向かう……


ーー死にきれていないだけの"死人"であった。




「ーーウォーレンス……。」


彼はもう、カナンの呼び掛けに……答えない。


残されたのは……喪失と、"継承"だけだった。


ウォーレンスに託させれた最後の重荷。


セラ。


彼女は、鈍い金属音を響かせながら、享楽者ヘドニスターに斬りかかっている。


絶望を超え、意志を継ぎ

ーー逆奪の反旗を掲げている。


「ーー俺も……行かなきゃならねぇな……。」


カナンは、震えながらもゆっくりと立ち上がり

理応変換機構レベリアンを握りしめた。



誇り高き"戦友"を背に

ーー反逆者は、夜空のつるぎに誓いを刻む。


「……任された。」


カナンは低く、揺るぎなく

ーー言葉を紡ぐ。


「ウォーレンス……お前の"重荷"は……


俺が全部ーー背負ってやる。」


剣、命、信念、全てを継いだ反逆者

彼はーー終焉の原罪へ、抗い続ける。



深層記憶ラムナミクス・レコードは人間の深層心理に沈む“記憶の欠片”です。


実は第一章 8話にて、既に登場してました。



以下設定↓



意識の深海に沈むーー

意図的に封じられた記憶。

人間が、自らの心を守るために"忘却"へと追いやった暗い過去。


あるいは、時間の流れに埋もれた微睡まどろみの思い出。


これら、深層記憶ラムナミクス・レコードはーー基本的に表層へ浮かぶことはない。


だが、その深層を存在ーー

記憶アーカイヴ管理者レコーダー


ーーイヴが対象者へと接触した時、閉ざされた記憶は、"無意識"に刺激される。


その揺らぎは決して、無理やり真実を暴くような、強引な振動ではない。


あくまで、本人の心が気づくための“きっかけ”を与えるだけの、理層波による軽度の干渉。


けれど、その微細な脈動に感化され、眠っていたラムナミクス・レコードは、揺らぎを受けて水面へと滲み出す。


そしてーー表層へと露呈し、対象者の行動・感情の道標として、繋がっていく。


深層記憶ラムナミクス・レコードの篝火。


それは、記憶が本来向かうべき場所へ還るための、"小さな再生”である。


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