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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者《ヘドニスター》編

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69話 『チェックメイト』


誰も “私” を分かってはくれなかった。


言葉を尽くしても、表情を真似ても、

周囲の人間はーー私を“正常”の枠に押し込めようとするばかりだった。


理解を求めれば求めるほど、

私は“異物”として遠ざけられていく。


抱えた空虚は、どこにも届かない。

その事実だけが、静かに胸の底へ沈んでいった。


ーーだから。

享楽者わたしは、“理解”を諦めたのだ。




『アダム』


私はそう名付けられ、この世界に放り出された。


けれどーー

世界は、最初から私を拒んでいた。


ゴミだまりのような狭い部屋。

そこが私の“生まれた場所”であり、“すべて”だった。


周囲の人間は、常に何かに苛立ち、怯え、怒鳴り散らしていた。


どうして怒るのか?

なぜ泣くのか?

どうしてーー私を殴るのか?


その理由は分からない。

知ろうとする余裕すら、私にはなかった。


ーードゴッ……!!


当てつけのように蹴りが飛んでくる。

反射的に腕で庇うだけで精一杯だった。


痛み。苦しみ。

それが何という感情なのか、私は知らない。


ただひとつだけ、はっきりしていた。



ーー”嫌だ”。



空っぽの頭で、

命しか持たない体で、

それでも確かに、拒絶したいと思った。



だから……私は学んだ。


自分の空っぽを埋めていくように

己の正しさを求め続けた。



やがて、私は一つの法則に気づく。



ーー笑顔



人がその表情を見せる時

"拒絶"が、浮き上がらなかった。


理由は分からない。


人が笑う仕組みも、

人を笑わせる方法も……。


それでも私はーーこの嫌悪感を拭いたかった。


だから自分を操り、形を真似た。

笑い方を、声の調子を、動きを。


けれど、借り物の感情は、すぐに剥がれてボロを出す。


誰かを真似しても、その“奥”にあるはずの幸福は手に入らない。


中身が空っぽな器は、

どれだけ色を塗っても透けてしまう。


私は結局、何一つ“理解”できていなかった。


痛みも、喜びも、悲しみも。

触れようとするたび、胸の奥にある、冷たい穴は広がる。


結局「気味が悪い」と施設を追い出されるまで

私はーー世界に触れられなかった。



人の心も、痛みも、悲しみも

死ぬということすら知らない、一人の人間。


その心が知っているのは、"笑顔"という幸福だけ。


理解が欠ければ、痛みも欠ける。

痛みが欠ければ、優しさは生まれない。



図らずも自由となった身で

ーー私は"結末"にたどり着いた。


他者の感情が分からないのなら、

他者そのものを“操作”すればいい。


痛みの意味も、悲しみの理由も分からなくていい。

ただ、世界をーー

自分の“基準”で統一すればいいのだと……。



享楽者ヘドニスター


アダムとして産まれ、世界から拒まれた人間。


彼が唯一理解した思想、"笑顔"。


その偽りの歓喜は、アルゴリズムに魅入られ

盤上を操作する駒となる。

"人間"から逸脱した存在、支配者ヘドニスターとして、この街に君臨した。


彼が求めた幸福は、快楽という名の支配に昇華し、楽園エデンに……新たな享楽を、咲かせたのだった。



******



放出反射弾アルタナレイトによって飛散したと思われた弾丸。


それらは上空で反射を続けて、速度を合わせていた。


戦いすらも遊戯ゲームのように楽しむ

ーー享楽者ヘドニスターを貫くために……。



収束反射弾アルタナイズム……!」



カナンが投じた一言と同時にーー



いくつもの弾丸が、享楽者ヘドニスターへと"収束"する。



反射させ、弾丸の威力を上昇させ続けた。


硬質化では、耐えられない……。



ーーズドォォォンッ!!!



鋼鉄の壁に弾丸が打ち付けられ、風穴を開けて貫いていく。


肉を削り取る痛みを抱えながら……



ーー"カナン"は、後方の瓦礫に背中を打ち付けられていた。



「ーーッあぐ……!!!!!」



彼が飛ばした弾丸は、享楽者ヘドニスターを囲むように調節された

ーー逃げ場のない収束弾だった。


だがーー


その銃弾のほとんどは……届いていなかった。



ーーチリン、チリン……。


地面に弾丸が落ちていく。



その中心でーー自身を、左腕の蔦で囲った異形が、笑っていた。


「君の行動は、学習済みなんだよね〜。」


享楽者ヘドニスター


彼女の最後チェック一手メイト

ーーここまでを予測して、"配置"されていた。


「敵の数手先を読み、逆転の一撃を刻む。

カナン君の戦い方は……実に整った“合理的な戦法”だよ。」


彼女は、指先で空をなぞりながら愉悦を滲ませた。

まるで目の前の戦局すべてが、自分の掌にあるかのように。


「でもね――」


その声音は、一段低く落ちる。


「それが理解できているなら、答えは簡単。

“さらに数手先”まで、読めばいいだけ。」


ーーシュル。


彼女の蔦が地を打ち、左腕が元に戻る。


「蔦縄の檻で囲った時点で、君が反射弾を撃つことくらいーー当然、計算済みだったさ。」


盤上の支配者は、人差し指を口に当てる。


享楽者ヘドニスターは、硬質化をしなかった。

今まで見せつけるように変貌していた蔦。

それを自身の周りに展開し、空気を"粒子操作"したのだ。


理応変換機構レベリアンには、彼女の粒子操作に対応する"理応能力"が備わっている。


だが、反射された弾丸は

ーーこの力は備えていない。


肉体の直前で、銃弾の雨を空間ごと停止させることにより、彼女はーーカナンの反逆を防いだ。


そしてーー


「細胞変化が、"硬質化"だけだと思ったのが

ーー君の敗因だよ。」


享楽者ヘドニスターの真正面。


そこに放たれた弾丸だけは停止させず

ーー彼女は……"反射"させた。


軟質化。

放射された弾丸を、弾くのではなく、吸い込み

跳ね返す。


カナンが放った反射弾の威力を利用し、享楽者ヘドニスター反撃カウンターしたのだった。


「普通の勝利は見飽きててね……。

だから今回は、自滅オンゴールを狙ってみたんだ。


ーー楽しんでくれたかな?」


勝者の微笑み。

眩いほど不気味な笑顔で、彼女はカナンを見下していた。


ーーボロ……。


打ち付けられた背中の瓦礫から、破片が地面に落ちていく。


反撃カウンターによって右肩を射抜かれたカナンは、そのまま後方に飛ばされ、体全身を叩きつけられた。


「ーーうッ……ぐ……。」


頭から血が滴り、視界がぼやける。


右腕に力が入らない。


呼吸のたびに肺が焼け、心臓の鼓動が妙に遠く感じた。


ーーそれでも。


かすれた意識の奥で、炎のように焦げついた“不屈”だけが揺れていた。


(ここで……諦めるわけにはいかない……!)


ーーザッ……!!


視界の端々が暗く濁っても、カナンは立ち上がった。


享楽者ヘドニスターの反射は、威力の上昇までは模倣されていなかった。


(軽傷……とは言えないがーー


まだ、戦える……!)


左手を上げ、銃口を向ける。


ーーしかし。


その銃口の先に、“影”はなかった。


まるで世界から切り取られたように、敵の気配が消えていた。


「……っ!」


空気がひとつ震え、静寂が不気味な膜となって張り付く。


耳鳴りだけが、生きている証のようにじわりと滲む。


(……どこへ……?)


ーーーカチ……。


乾いた小さな音が、背骨の奥を指で押されたように響いた。


瓦礫の影でも、上空でもない。


もっと近い。


ーーありえないほど、近い場所。


理解するより先に、皮膚だけが事実を察知した。


ーー息が、触れた。


首筋すれすれの距離で、微かな気配が揺れた。


「……ねぇ、カナン。」


耳朶を濡らすほど至近で、少女の声が落ちる。


「君も……痛みを、感じないのかい?」


その声音には感情がなかった。

喜びでも、怒りでも、愉悦ですらない。


ただ答えを求める、"神の囁き”だった。


ゆっくりと、冷たい息が首筋をなぞる。

視界の端が細く震え、体温が血管から奪われていく。




ーーぞわり。




気づけば、終焉がーー



……眼前に迫っていた。

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