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【二章/完結】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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68話 『囚われた翼』


かごの中に閉じ込められた小さな生命。


彼らは空を奪われた。


飛ぶことを赦されない牢獄で

その心はーーやがて従順となる。


空の記憶を抱いた旅人は、広い世界を自ら捨て

狭い檻をーー"居場所"と認識するのだ。


どうして、彼らは反逆を辞めただろうか?

どうして自由をーー諦めたのか?



その答えは単純だった。


飛ぶために作られた"翼"には


ーー檻を壊す力が……無かったからだ。



***



ーーガキンッ!!!



ーーガキンッ……!



隔絶された格子世界に、甲高い音が響き続ける。


飛翔を奪われた反逆者は、自由を取り戻すため、蔦縄に連撃を仕掛けていた。



「ーークソ……ッ!!

硬たい……! 断ち切れねぇ!!!」


鳥かごの檻を成した蔦。

それは、細く、長く伸びており、攻撃に利用された幹のような蔦よりも硬度は落ちていた。


ーーギンッ……!!


それでも、カナンの振り下ろした刃では

切れ込みや、ヒビを入れる程度が限界だった。


展開された捕食機構は、彼に焦燥感を募らせる。


その檻の主、享楽者ヘドニスター


彼女は勝利を確信し、不敵に笑う。


「外界からの変数、"反逆者"。

どうして、君をーー泳がせていたと思う?」


理応変換機構レベリアンを打ち付けながら、反逆者カナンは吐き捨てる。


「知るか。

どうせ……お前の下らねぇ"享楽"の一つだろ。」


軽口を叩きながらも焦る彼をみて、

享楽者ヘドニスターは、喉を鳴らす。


「半分正解。

けれど残念、半分不正解〜。」


眉間に皺を寄せるカナンを他所に、彼女は言葉を続けた。


「答えはーー楽園エデンに安寧をもたらすためだよ。」


「…………ッ……!」


アルゴリズムの四柱。

彼らの目的であるーー最適な世界の循環。


聞き馴染みのある言葉が唐突に告げられ

カナンは身を引いた。


「これが……お前の、安寧だと……?」


仮初の幸福。

その裏に蔓延る、死体の山。


享楽者ヘドニスターが語ったその言葉は

荒れ狂う街の現状と比べ、あまりに対照的だった。


「うん!

これが私の目指した理想郷。


皆が笑顔で生涯を終えるーー本物の楽園だよ。」


屈託ない笑みと共に、少女は己の理想を語った。


本能から来る拒絶によって、反射的に言葉を返す。


「……何が楽園だ……。


こんな街でーー

誰も……笑えるわけがないだろうがッ!!!」


怒号を飛ばしながら、カナンは檻に傷を与え続ける。


そんな彼に、享楽者ヘドニスター

'待っていた”とでも言うように微笑んだ。


「笑ってるよ。

ミネも、死体デブリも……。」


彼女の放った言葉の意味。

それを理解した瞬間、体の芯が冷え落ちた。


裏路地のデブリ。

研究施設のデブリ。

逆位相空間で再開したトルヴァも

依代として殺されたミネも


死体デブリとなった全ての愚者は

ーー笑っていた。


享楽者ヘドニスターに……笑わされていた。



カナンはーー彼女の神経を疑った。


記憶でも、現実でも見た惨劇から、享楽者ヘドニスターがーー

人の心を持たぬ怪物だという事実は知っている。


それでもーー

彼女が"意図して"残虐を振り撒いているとは思っていなかった。


この異形は"快楽に溺れた狂人"などではない。


享楽者ヘドニスター


それはーー


神化しんかを求める"終焉の原罪"だった。



「私にとっての安寧は、"不変"じゃない。」


形容し難い恐ろしさを纏い、彼女は己の"平和"を綴る。


「移り変わる新世界で

常にーーアダムとして居続けることさ。」


その声音は、もはや少女のものではなかった。



「外界からの変数、反逆者。


ありがとうカナン。

君のおかげで、新たな"愉悦"を….学習できた。」


永別を告げる侮蔑ぶべつ謝意しゃい


その一言を境に、蔦縄のかごから

ーー瞳のような花弁がいくつも咲き乱れた。


「ーーッ……!!!!」


カナンを囲むように開花した紫色の華。


その花芯から、"黒紅の液体"が流れ落ちた。


ーーポタ……。


静かな一瞬の静寂を合図に

ーーかごの内側は地獄と化す。


華核から姿を現した骨槍。


圧縮された“弾丸”が破裂するように、

"死の密度"が、全方位から射出された。




ーーガガガガガガガガッ……!!!!



生物が奏でられるはずのない轟音。

もはや兵器のような音を立てて、鳥かごに砂埃が舞った。



牢獄の中央ーー

ただ一人狙われた青年の姿は、見えなかった。


「……カナン……様……。」


目の前で仲間が絶たれる、その決定的な瞬間を

ーールシェは"また"見てしまった。


視界が血の色に染まり、鼓動が一拍だけ止まる。

心臓が自分の体から逃げ出したかのように冷たくなり、喉奥から声にならない悲鳴が漏れた。



自分の無力さは知っていた。

知っていたはずだ。


だからルシェは、自分を殺して知識を重ねたのに……それでもーー世界は残酷だった。





ーーヒュン……。



そんな彼女の元に、鞭が払われるような鋭い響きが届いた。


(蔦の薙ぎ払われる音……?)


ルシェはカナンの命を奪った残響が聞こえ

さらに呼吸が乱れた。



ーーだが……




ーーヒュン、ヒュンヒュン……。


音が段々と輪郭を鮮明とする。



ーーヒュンヒュンヒュンヒュン……!!!



「……ッ!!!」


鋭い裂音。

それはーー享楽者ヘドニスターの音ではなかった。


ーー薄れゆく煙が、押し返されるように左右へ散った。


舞い上がった砂塵の中心で、"跳弾"が音を鳴らす。


ーーヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……。


散布防御リフレイン


反射させた弾丸を、自身の周りに飛び散らせ

敵からの攻撃を弾く、即席の防壁結界。


その領域の中央でーー


低く身を沈めたカナンが"立っていた。


周囲には、無数の骨槍が地面に突き刺さっていた。

白い破片と焦げた土が混じり、檻の内側はまるで墓標のように散乱している。


「ーーカナン、様……!」


ルシェの驚きと喜びの混じった掠れ声が響く。

彼女は意味合いが逆となった涙を落としながら

ーー反逆者を見つめた。




鳥かごの中を、短い間隔で行き交う弾丸。


光の射線が、線を描き、反射する壁が面となる。


カナンの視界では、反射弾が“星図”のように展開していた。


彼の周囲を取り巻く無数の弾丸は、光脈を描きながら軌道を交わす。

その軌跡は、理層波の揺らぎすら歪めるほど精密で、そしてーー


恐ろしいほど"速かった"。



「アルタナレイト《放出反射弾》……!」



ーー瞬間、空気がめくれた。



反逆者の言葉と共に反射弾の全てが一斉に跳ね上がった。


それらは、爆ぜるような音を放ちながら、四方八方へ分散する。


ーービュッ!!ビュッ!ビュッ!

ビュッビュッビュッビュッビュッ!!!!


刃で切り裂けなかった蔦の檻が、砕けるように崩されていく。


ーーズドドドドド……ッ!!


光の網が走り、衝撃が幾重にも重なった。

蔦の檻に巨大な亀裂が奔っていく。


弾丸は軌跡を尾に残しながら

夜空へ向かう“無数の流星”と化した。


蔦縄は、悲鳴のようなきしみを上げて崩れ始める。


ーービキビキビキ……ッ!


天井から、外壁から、床から、

全ての方向で“終わりの音”が響いた。


そして。


ーー破断。


一際大きな衝撃音と共に、蔦の檻は

中心から弾け、外側へ千切れ飛んだ。


薄汚れた赤黒い血が、辺りへ散乱し

光脈の残滓が砂塵を押し広げる。


その光が消えた時


ーーカナンは自由を取り戻した。



***


ーー逆境が、"反逆の起点"へと反転する。


閉ざされた檻は、天井を押しつけるための”舞台装置”だったはずだ。

だがその中心で、反逆者は翼を昇華させた。


痛みも、圧も、逃げ場の無さも。

すべてが、彼の思考と技術を研ぎ上げる砥石となったのだ。


絶望を、押し返した逆転の一撃。


その技を成功させたカナンへ、ぱちぱちと軽やかな拍手が届く。


開かない目でこちらを見つめる享楽者ヘドニスター


打ち壊したはずの左腕は

ーー細胞変化によって復活していた。


「おぉ〜!!

反射弾ってそんな使い方もできるんだー!!

すごいすごーい!!!」


飛び跳ねてはしゃぐ彼女は、こちらが状況を覆す度に、悪意なき皮肉を送ってきた。


だからーーカナンも用意した。


「ーー確かに、"学習"は大事だな……。」



「……?」


カナンの言葉に、享楽者ヘドニスターは首を傾げる。



そんな疑問へ答えるようにーー



収束反射弾アルタナイズム



四方へ分散した弾丸が


ーー収束した。

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