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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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62話 『深淵』

音が遠くなる。

視覚が黒く染まっていく。


匂いも熱も、感覚も

ーー全てが水底へ沈んだようだった。


(ここは……どこだろう……。)


元いた戦場かも分からない。

上下も左右も存在しない暗闇で、セラは一人浮かんでいた。


(深淵……。)


イヴに触れたはずの、自分の手すら視認できない。


無重力のような空間で、流れのような感覚だけが皮膚に張り付いていた。


ーー記憶アーカイヴ管理者レコーダー

彼女が自分に、一体"何"をしたのかは分からない。


けれど、この波によってーー

セラは一つの確証を得た。


(イヴが、私を"何処か"へ導いている。)


透明な本流は一方向へ流動し、まるで背中を押すように、彼女を推し進めていた。




やがてーー


『ーーゴォォ……』


何も無かった空間に、"情報"が戻り始める。


セラの目の前に、一つの光の点が浮き上がった。


それは水面に石を落としたように波紋を描き

ゆっくり、円となって広がっていくーー


そして《渦》へと変わった。


光の螺旋が、音もなく迫る。

淡い輝きが闇を溶かし、彼女を包み込んでいった。


ーーザアアアア……ッ


「……ッ!!!!」


唐突な眩しさに、思わず目を塞ぐ。


暗黒の世界はーー白一色に塗りつぶされた。



***



深淵に広がった光の波紋。


それは、燃える音と共に瞼の裏から気配を消した。


「ーーうっ……」


乾いた焦げの匂いが鼻腔を刺し、額にざらつきが触れた。

頬を押しつける硬い感触と共に、

重力がだんだんと鮮明になっていく。


セラは、ゆっくりと片目を開ける。


(ーー地面……?)


ぼやけた視界に映ったのは、灰の積もった固い土。

太陽と火に照らされ、地の底から体の芯を焼くような熱さが伝わってきた。


(ーー伏せている。)


彼女は理解した。

自分が、地面に倒れ込んでいることを……。


そしてここがーー"過去の戦場"であることを。


「……っ」


立ち上がろうと力を入れる。

けれどーー腕どころか指先一つすら動かせなかった。

焼けた空気が舞い上がり、灰がぱらりと手の甲に落ちる。


セラが導かれた世界は、あくまで記憶の断片にすぎない。


『過去を変えること』が出来ないように、刻まれた記憶ねじ曲げることも出来なかった。


(これが……イヴの言っていた深淵ーー


私の知らない、"過去の記憶"……!)



視界の端で火柱が揺れる。

熱が頬を刺し、肌の表面がひりついた。


赤い液体が頭から垂れ落ち、彼女はその場所を思い出す。


導かれた過去の世界はーー

自分の両親が……裏切り者によって殺された日。

そしてーー姉と共に、永遠の傷を負わされた日だった。


体は動かない。

声すら出せない。


ここに辿り着くまで、イヴが言っていた“深淵”が何を意味するのか……

セラには、ずっと理解できなかった。


だが――今なら分かる。


これは私にとってーー

救いの欠片すらない“残酷な真実”へ至る道だと。


瞼を上げた先に広がる、過去の情景。


あの日ーー

私と共に、両親を救うために駆けた“姉”ミネ。


彼女の前に……


ーー“それ”は姿を現した……。




***




ーー終焉それは、人の形をしていた。


けれど……人である意味は、分からなかった。


花弁のように開いた頭部。

血管のように絡みついた蔦。


伸縮を繰り返す肉房が、己が生き物であることを証明しているようだった。


胴体には、深紅の林檎のような心臓が脈動している。

内部から透過された光沢が、こちらに向かって光を放った。


しなやかで柔らかそうな腕から、鋭利な棘がいくつも生え、スカートのように広がった葉や果肉が、甘く熟れた匂いと共に垂れ下がる。


異形は地に足をつけず、水底を漂う影のように漂い笑った。


「さすが、リーダー候補様……。

ーーこの爆発ですら"無傷"とはな。」


リーダー候補、そう呼ばれた少女……。

ミネは、藍の瞳を細めて呟く。


「大事な妹が……庇ってくれたからね。」


彼女はこちらを心配するように一瞥した。


その体は、かすり傷は負っているものの、腕も足も、輝く瞳も、何一つ失っていない……

ーー姉の体は無事だった。


対してセラは、右目が潰れ、後頭部を打ち付けたせいか、頭から血を流れている。


目の前で繰り広げられる会話と情景は、ミネが教えてくれた情報とーー違っていた。


(お姉ちゃんを庇った……?)


爆発に巻き込まれ、私を庇って体を欠損させた。

目を覚ました後に、姉からはそう聞いていたはずだった。

だが、この記憶が過去の真相であるならば

身を呈して、大切な人を守ったのはーー


(ーー私、が……?)


セラということになる。


ならば、何故ミネは

体を失っていたのか。


何故享楽者ミネである彼女が、自分自身ヘドニスターと相対しているのか。


その答え合わせはーー


ーーズゥン!!!


望まぬとも始まった……。


ーー重い音とともに地面が揺れ、周囲の蔦が一斉に持ち上がる。


「 まぁ……結果的にはこれで良かったか。

"依代の身体"は……無事そうだし。」


ぬめりついた甘さが混じる声。

享楽者からは、人の暖かさを感じなかった。


"その代わり"とでもいうように

腕からは、おぞましい殺意が放たれている。


ーーキン……。


その敵意へと応えるように、ミネは腰から剣を抜く。

白刃が陽に照らされ、刃先をなぞる様に光が震えた。

無機質な金属音が、静まり返った森へ響く。


「ーー依代……」


少女は息を飲み込みながら、憎悪で瞳を揺らした。


「お前は……そんな理由で


……私の両親を殺したのか。」



異形はゆらりと揺れながら、問いの意味すら理解していないように、言葉を返した。


「おやおや……。

どうしたんだい、リーダー候補さん。」


頬から耳へと裂けた口元から、愉悦に染まった声が響く。


「いつもの“笑顔”がーー崩れてるじゃないか。」


悪魔のような嗤い。

それは、人を玩具としか思っていない純粋な“快楽”の鳴き声だった。


ーーギッ……!!


噛みしめた奥歯が軋む音。

握力で柄が歪む音。


その物音を奏でた主は


ーー笑顔の影すら見せていなかった。


「ふざけるな……。


何が、"笑顔"だ……!」


絶えない笑みを振りまいた少女。

笑顔の象徴ともいえる彼女の顔は

ーー怒りに染まっていた。


「命は……お前の道具じゃない……!」


ミネの剣が静かに上がり、“標的”を差し示した。


逆奪者スティーラーの長として、宣告する……。


享楽者ヘドニスター……。


お前にーー"彼岸"をくれてやる!」


決意と殺意を灯した瞳。

夜空のような藍の中には、一筋の恒星が輝いていた。


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