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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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60話 『紅の林檎』


ーー私の世界は、あなたで満ちていた。


「ルシェ、お前は……私が守る。」


あの言葉は、いつだって心の中心にあった。

暖かくて、勇敢で、どこまでも優しい兄の声。


生まれた時からずっとーー

彼、私の"希望"だった。




瓦解する街の一角で、ただ死を待つだけだったあの時も

王妃に救われ、逆奪者となったあの時も


ーー兄様ルドはずっと……私を守ってくれた。



兄は偉大な軍師だ。


けれど、それは血筋や才能ではなく、命を守るために積み上げた、無数の選択の果てにあった努力の証だ。


彼は戦場で育ったわけでも、先天的な天才だったわけでもない。

"生き延びる"ために信念を抱えた、普通の人間だった。

王妃の誘いに乗り、逆奪の道を歩んだのも、全てがその決意によるものだ。


けれど兄の身体は、他人と比べて小さかった。


短い手足。

軽い体重。

武器を振るうには、あまりに頼りない体格。


戦士としては、不適合。

彼自身も、それはすぐに理解した。


だから兄は、力ではなく“知”を選んだ。

戦略を紡ぎ、仲間を導く道を選び、自らを“ルーク”にしたのだ。


こうして彼は、戦略家として逆奪者の中核となった。

命を守るために、命を動かす存在として自身を磨き上げたのだ。


私はそんな兄様に守られて、生きてきた。

どんな困難に見舞われても挫けず、

どんなに死を見ても立ち上がる彼の背中を、すぐそばで見ていた。


だから私は知っている。


兄も一人の人間だということを。


ずっと隣に居たからこそ、彼の強さも

心に刻まれたーー深い傷跡も知っている。


だから私は決めた。

組織を守るあなたのことを

ーー私が守る砦となる。



***



その顔はーーとても安らかに思えた。


ルシェの五感が、絶望に支配される。


燃える炎が宙へと弾け、耳へと破滅を伝達させた。

熱と涙の区別がつかないまま、ただその音だけがまとわりつく。


心音が、速くなる。

胸の奥で鳴る鼓動が、炎の音と重なって混ざり合う。

まるで世界が、心臓の中にあるようだった。


呼吸が追いつかない。

視界の端が揺れる。

熱いのか、怖いのかも、もう分からない。


混乱が最高潮に上り詰めたその瞬間。


「ルシェちゃん……」


享楽者ミネが、微笑んだ。


「プレゼントだよ。」


彼女の掌から“それ”は転がり落ちる。


重力に引かれるように、地面へ落下した兄の顔

それは鮮血に染まっており、まるで楽園に実りゆく赤い林檎のようだった。



ーーゴトン。


地へと転がった頭は、

土の上を跳ねながら、ゆっくりと回転を止めていく。


血の線を描きながら、静かに転がり……

最後の最後で、ぴたりと動きを止めた。


顔は、ルシェの方を向いていた。


炎に照らされ、焼け焦げた頬の影が揺れる。

瞳に、光はなかった。


ルシェの鼓動が、止まる。


「…………ぁ……ぁぁ……」


かすれた声が、喉の奥で潰れた。

息を吸うたび、胸の奥が焼ける。

口から出そうとしたものが、呼吸なのか、嗚咽なのか、自分でも分からない。


「……ッ……!!!」


何かを叫ぼうとした。

けれど、声にならない。

喉が締めつけられ、酷い痛みが体を襲う。



炎の揺らぎが涙を照らし、その雫が血の溜まりへと混ざった。


動かない。

返ってこない。


守ると決めた存在はーー自分の目の前で壊された。



「ルシェ……。」

絶望する彼女を見つめ、イヴも涙を零す。


爆発に吹き飛ばされた彼女たちは、鉄の繭によって命は守られたものの、体を動かせないほどの痛みを負っていた。


そんな彼女たちを嗤うように、享楽者ミネは愚者を愚弄する。


「ただでは死なん!

なんて言っておいて、やるのが妹を巻き込んだ自爆なんて……ルドは芸術家だね〜!」


片手を変貌させながら、彼女は笑う。

爆発を回避した方法は、単純だ。


左腕の持つ空間操作能力。

空気中の粒子を変換させることで爆風と熱を防ぎ、彼女は無傷でその場に立った。


理応繊維で編まれたワイヤーアームには抑え込まれていたが、今回落とされたのはデブリ用の爆弾だった為、理に対応する力はなかった。


彼女が受けた攻撃は、最初の不意打ち紛いの槍だけだ。

ルドの足掻きなど、無意味だったとでも言うように、享楽者ミネはルシェを見下ろした。


「…………。」


ーー反応はない。

兄の"死"を目前に、彼女は絶望に染まっていた。


「んーもう壊れちゃったか〜。」


その事実に、彼女の表情がほんのわずかに沈む。


唇が、退屈そうにゆがんだ。

瞳の奥の光が、熱を失っていく。


まるでーー遊びが終わってしまった

"子ども”のように。


「……まぁ、もう飽きたし、いいや。」


彼女は笑みを崩さず、腕を掲げた。


蔦は意志を持ったように蠢き、

互いを絡め、編み、結びつける。

やがて形を成し、拳のような影を描いた。


「さようなら、ノード・ルーク。」


享楽者ミネは静かに告げ、

蔦で形作られた拳をゆっくりと振りかざした。


ーーズゥン……ッ!!


鈍い衝撃が空気を震わせ、土煙が噴き上がる。

打撃によって吹き上がった血の粒が、まるで“雨”のように降り注いだ。



そこには大きなへこみが出来ており、少女の跡形は無かった。


振りかざした拳をゆっくり解き、彼女は次の対象へ目を向ける。


「ーー何をしてるの……!!」


処刑を邪魔したーー


「……お姉ちゃん!!!!」


自らの妹、セラへと……。



***


イヴの隣に寝かせられたルシェ。

爆発による怪我は癒えないが、享楽者による攻撃によって傷を負うことはなかった。


彼女を救ったセラは焦げた地面を踏みしめながら、短刀を構えていた。


彼女の瞳には、親愛なる姉の姿と、変質した化け物が捉えられていた。


頭では理解しても、心が理解しない。

息をするたびに胸が締めつけられた。


そんな妹を見るように"姉"は微笑んだ。


「……セラち〜!

会いたかったよ〜!!」


頬の血を拭い、まるで懐かしい再会を喜ぶように、明るく笑う。


「ノード・キングに居るかと思ってたけど

……案外気づくの早かっーー」


「答えて!!!」


その言葉を切り裂くように、セラの声が響いた。


怒りでも、悲しみでもない。

それは“理解を拒む心の叫び”だった。


「どうして、司令塔ノード・ナイトが爆発したの……?

どうして、ルシェを狙ったの……?」


返答を待つ沈黙。

燃え残る瓦礫の音だけが、世界を埋め尽くす。


……そして、次の瞬間。


「――どうして、ルドを殺したのッ!!!」


声が裂けた。

喉の奥から絞り出されたその叫びは、炎よりも熱く、空気を震わせながら享楽者ミネの胸へと突き刺さった。


静寂が戦場を包み込む。

事実に理由を問う彼女は疑いの目を向けていた。


けれどそれはまだ、全てがこちらに向いてはいない。


「セラ、落ち着いて……。」


享楽者ヘドニスターは、まるで穏やかな相談でもするように微笑みながら告げた。


「ーーノード・ルークが、享楽者を“隠してた”の。」


滑らかな、"嘘"を……。


「……え?」


セラは困惑した。

耳に届いた言葉は、あまりにも自然で強烈だった。


信じられない妄言。

信じてはいけない虚言。

けれど、長年のリーダーから放たれた言葉は、その思考を鈍らせた。


彼女は一瞬、それを“真実”と誤解した。


(……ルドが……? そんなはずーー)


炎の音が止まり、世界が一泊、息を飲む。


ーーザンッ!!!


その瞬間、鋭い斬撃音が沈黙を裂いた。


一瞬の思考停止。


享楽者ヘドニスターはその隙をついて、奇襲を行った。


それは、ルドには通用しなかった一撃。

けれどーー警戒されていない状況ならば、この行動は致命の刃となる。


セラの腹部から血が流れた。

熱い感覚が体を駆け巡り、遅れて血の匂いが鼻を突く。


「……ッ、ゴハッ……。」


セラは喉の奥で息を詰まらせ、

腹を押さえたまま、両膝をつく。


「ーーお姉……ちゃん……」


声は掠れ、空気に溶けて消えた。

鮮血が滲み、白い肌を穢していく。


神経の一本一本が焼けるたび、

“斬られた”という残酷な実感が、心を締めつけた。


享楽者ミネは、そんな妹を見下ろしながら、

飽きたように肩をすくめた。


「いやぁ〜……やっぱり油断してるところを“サクッ”とやるのが一番楽だね。」


瓦礫の影で火が弾ける。

その赤に照らされ、彼女は緩やかに笑った。


「ルドには良いことを学ばせてもらったな〜。

"油断"は命取り、ってね?」


楽しげな声が、焼け焦げた空間に響く。

その明るさが、何よりも不気味だった。


セラの指先が、震えながら土を削る。

崩れそうな意識を繋ぎ止めるように、彼女はただ、呼吸を続けた。


「……セラ……。」

後ろで倒れたまま動けないイヴは、目の前で血を流す彼女を前に、名前を呼ぶことしか出来ない。


絶望的な盤面を作り上げ、享楽者ミネは狂気に満ちた顔をする。

セラの姉、そして逆奪者のリーダーという仮面を使った狡い罠。

彼女の策略に、三人は地獄を待つだけの状態に陥った。

享楽者が蔦を震わせ、形を変える。


ーー殺される……。


誰もがそう思った。



だがーー


「ーー"君"も、少しは油断してくれると嬉しいのだけどね……。」



ーーガキンッ!!!!


享楽者の言葉と共に、激しい火花と甲高い音が響いた。


「ーー反逆者……。」


彼女の振るう、蔦の先。


夜空レベリオンを展開させたカナンが、歯を軋ませながらーー刃を震わせる。


「……享楽者ヘドニスターッ……!!!!!」



喪失と激昂を乗せた声を上げ……


ーー反逆の徒は、盤上へと辿り着いた。

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