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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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55話 『終焉の来訪』


命を懸けて命を絶った存在。

その名が落ちた瞬間、世界の空気は凍りついた。

底冷えする沈黙がテント内を支配する。

吹き抜ける風が氷柱のように肌を突き刺した。


信じたくはなかった。

だが確かに、シエルの父親は奴の名前を口にした。


……ヴァルツ。


舞台監督を気取った、殺人犯ディレクター


逆奪者たちを苦しめた脚本が、再びカナンの記憶に呼び起こされた。


「ヴァルツの……後継者……?」

告げられた言葉を復唱する。


裏切り者の後継者"シエル"


彼女は現状、ノード・キングから救出された、唯一の生き残りである。


積み上げられた"疑念"の断片。


それらが刃となって、年端もいかない少女に、不審の矛先を向けていた。


「…………。」


ーーその場に立ちこめた“不穏”を察し、シエルの父親は必死に声を震わせ訴える。


「……違います!!


娘は……逆奪者の未来を想い、研究者を目指した優しい子です!


今回の襲撃とは何も関係ありません!


どうか……


どうか、お願いします……。


シエルから、これ以上……何も、奪わないでください……!」



泣き崩れる寸前の懇願。

胸にしがみついてくるような叫びが、説得力を宿していた。


彼女はノード・クイーンの戦いで、逆奪の道を共にしたヴァルツを失った。

その彼が裏切り者であったことで、自分の正しさすら見失いかけている。


そんな心情の中、襲撃に巻き込まれて瀕死。

生き残ったが故に、疑いまでかけられ、研究者としての椅子すら無くなりかけていた。


下された処遇によって、彼女の人生が決まる。

安易な疑いが、幼き少女の心を奪うことは、二人も理解していた。


しかしーーヴァルツは裏切り者だ。

その事実も、彼が殺した命も返りはしない。


「……。」


ヴァルツの"劇場"で、今際の際を体験したカナンは、どれほど言葉を尽くされようと、心に残る“疑いの影”が、消えてはくれなかった。



ーーけれど。



「……わかった。」


最高技術者クラフトマスターは、違った。


同じ技術者として、ヴァルツと幾度も“正しさ”を積み重ねてきたセラはーー


彼が裏切り者であると同時に、逆奪者として、正義を掲げた研究者であった事も知っている。


ヴァルツは快楽に呑まれて罪を犯した。

それでもなお、未来へ何かを託そうと

"逆奪した者”でもあったのだ。


……彼の正しさを継いだ者なら、

その後継者シエルもまた――“正義の逆奪者”だろう。


「……一つだけ、約束する。」


セラは父親を見据え、静かに告げた。


「シエルが誰の後継者か——その事実は、

必要以上に広めないと……。


ーー少なくとも、彼女が不利益を被るような形では、扱わない……。」


胸に手を添え、深く頷いた。


それはただの約束ではなく、

逆奪者セラとしての“誓い”だった。


「………!」

父親は泣きながら頭を下げる。


「ただし、このブレスレットは一時的に預からせてもらう。

戦いが終わったら、返しに行くから


ーー"また会いましょう"


彼女にそう、伝えておいて……。」


セラは言葉を切ると共に、返答を待たずして背中を向ける。


そんな彼女へ焦るように、父親が何度もお礼を告げた。

「ありがとうございます!!

このご恩は、必ず……!


ーーありがとう……ございます!」


遠くなる彼の言葉を聞きながら、セラとカナンは解析班のテントから離れた。




ーーテントから少し離れ

セラは報告のために、無線へ手を当てる。


ため息のような呼吸と夜風が、青白い光を揺らした。


そんな彼女の背中に、少し不満げな声が飛ぶ。


「なぁ……セラ。」


カナンの影が近づき、低く問う。


「良かったのかよ……


あの子を、見逃して……。」


わずかに苛立ちと、

それを飲み込んだ理性が混ざった声。


彼の言う通り――

不安材料は多すぎる。

"怪しむな"という方が無理な状況だ。


セラは手下ろして、静かに息をついた。


「問題ない。」


カナンが眉をひそめる。


その視線を受けながら、彼女は淡々と続けた。


「既に出揃った情報で、推論は組み立てられる。


シエルが本当に、ヴァルツの後継者なら……

私の仮説は証明できる。」


その視線は、彼女が持っていた腕輪へと向けられた。


青白い光が揺れ、整った横顔に影を落とす。


夜風が、テントの布を揺らした。


「…………。」

カナンは不思議そうに赤い光を見つめて、問いを投げる。


「そいつ《ブレスレット》の謎は……"解けた"ってことでいいのか?」


セラは目線を下げたまま微笑み、返答する。

「ーーえぇ、だから“解析しない”

解析するまでもなく──全て、"予測"できたから。」


カナンは納得できない様子を見せたが、彼女の言葉を受け入れた。


「聞かせてくれよ。

お前の"予測"ってやつを……。」


セラは手の中のブレスレットを指先でなぞった後、頷くように話を始めた。


「……彼女が生き残れた理由。

それは、“偶然”なんかじゃない。」


一拍の沈黙。

夜風すら止まったように感じられた。


静かに言葉は綴られる。


「このブレスレットはーー」


***


『装置型の逆位相転移装置オルタ・テレポーターか。』


ルドの声が、機械音の混じる薄闇を震わせる。



セラとカナンは無線を繋げ、司令室に居るルドへと報告を行っていた。



ヴァルツの研究記録、シエルの状況——

すべてを重ね合わせ、セラはひとつの結論へ辿り着いた。


彼女が付けていた赤いブレスレット。

それが、仮想空間への転送装置であることを。


「引き継ぎ時の研究確認か、不用意な事故かは分からないけどーー享楽者による襲撃時、彼女は逆位相空間に居た。」


淡々とした声だが、迷いはない。

セラは、刻まれた時系列を組み立てながら、仮説を続ける。


「ただ……

ヴァルツの実験は完了していなかったことを考えると、これは試作品と予想される。


だから——制御が不完全だった。」


手のひらで輝く腕輪を見つめながら、彼女は呟いた。


・空間反転の時間制限

・転送座標の同調不具合

・外部からの位相介入


候補はいくつも上がるが、詳しく調べている時間などない。


「理由は不明だけど、"何かしらの要因"で現実世界に戻された彼女は、瓦礫の間に埋まってしまった。


ーー幸か不幸か……そのおかげで、デブリには襲われなかったみたいだけれど……。」


彼女は苦しげに息を吐き、報告を締めくくった。


「……これが、私の導き出した結論。」


空気が沈むーー

無線の向こうも、この場所も、

世界そのものが止まったかのように静まり返った。


ノイズと心音が耳へと響く。

数秒の沈黙。


やがて――ルドの低い声が、静寂を切り裂いた。


「……なるほどな。


信じ難い話だが……筋は通っている。」


言葉を区切り、続ける。


「だが、セラよーー

“事実”と“予測”は違う。」


淡々とした声の中に、軍師としての重みが宿る。


「お前の推論は……何を根拠に“正当”を述べる?」


不可解な謎を前に、確証を求める声。


その問いは責めでも非難でもなく――

戦況を読む者としての、“確認”だった。



セラはすぐに答えなかった。

静まり返った空気の中、月光に照らされた横顔がわずかに揺れる。


やがて――揺らぎのない声で、口を開いた。


「……根拠はない。」


断言。

ためらいのなさが、逆に重みを持って響いた。


「確定された情報は、今の段階では一つも存在しない。


解析には時間がかかる。

……それは、あなたも分かっているでしょう。」


淡く揺れる光が、彼女の瞳の奥に決意の影を落とす。


セラはブレスレットを見下ろし、ゆっくりと息を吐いた。


「だからこそ――これ以上、推論を重ねる意味はない。」


一拍置いて、視線をルドへと向ける。


「その"時間"で、私が享楽者あいつの首をる。」


静寂が、わずかに震えた。


「その方が、手っ取り早い……。」


その場に落ちた言葉は、

論理ではなく“覚悟”そのものだった。


最高技術者クラフトマスターの台詞とは思えない迫真さに、ルドはけっけと笑う。


「……初めから疑ってなどおらぬわ。」


ルドはゆっくりと椅子にもたれ、腕を組んだ。

モニターに視線を向けたまま、呼吸一つ乱さず言葉を続ける。


「お前にここまで言わせたのだ。

九割がたは信じておるぞ。」


少し間を置いて。


『……もっと高くてもいい。』

セラが苦情に近い息を漏らした。

どうやら、技術者としては不満らしい。


そんな彼女の声を割り、カナンは回答を求める。


『じゃあ、シエルは……』


"チャンネル通信"による報告は、ルドの言葉で結論を告げた。

『安心せい。

ーーこの事実は、我々だけの秘密としよう。』


静かな約束。

戦場の混乱とは無関係に、"命を守る戦い"は終幕した。


***


淡い光がホログラムに滲み、ルドの横顔を照らした。

ため息と憂いが、司令室にそのまま落ちる。


「……しかし。

逆位相空間を利用した“仮想世界”への転送か。」


その可能性を口にした瞬間、彼の瞳に月明かりが寄り添う。


「ヴァルツ・アストレイン。」


ルドはその名を噛みしめるように呟き、視線を落とした。


「やつの罪は消えぬ。」

低い声が、空気に重く沈んだ。


「……だがーー


一人の命を救ったこともまた……消えない事実だな。」


続く一言……それは、敵でも味方でもない。


裏切り者となった技術者へのーー

静かな弔いだった。




セラの報告が終わった直後。

わずかな静寂がテント内に漂った。



ーーその刹那。



端末が鋭く鳴り、ルシェの焦った声が割り込む。


『ーー報告……!

ノード・キング内部で観測された、"巨大な生体反応"がーー移動を開始しました!!』


空気が張り裂けた。

ルドの瞳から、さきほどまでの静けさが一瞬で消え、軍師の顔へと戻る。


「ウォーレンス、戦況の報告を!」


すぐさま前線のノイズ混じりの無線が返った。


『……こちら前線部隊……!


強化デブリ三体と交戦中に、ノード・キングから大量のデブリが出てきた……!


数はーー数百なんてものじゃない!』


爆音、叫び声、砲撃音が背後で混じる。


『この数、そして"本体"も出てくるとなればーー


後衛の戦力を含めても、対処は困難だ……!』


通信が揺れ、血の匂いすら感じるような緊迫が流れ込む。


ルドは眉を寄せ、戦術盤を睨みつけた。


享楽者ヘドニスターは……まだ姿を現していない。

だが、この数のデブリに足を取られていては

ーー奴が出た瞬間、兵隊は壊滅する……。)


喉奥で熱が蠢き、判断を迫る鼓動が胸を何度も揺らす。


遂にーー終焉が動き始めた。


逆奪者たちの不安が、じわりじわりと立ち上る。


「ーーウォーレンス、前線を一時的に下げろ。


運搬装置ノード・ラインからの爆撃にて、軍勢の殲滅を狙う。」


ルドは迷いを飲み込み、前線に指示を送る。


行動も、狙いも、的確な命令。

軍師が放った司令は、盤面を覆す策略としては一流だった。


けれどーー

電流を流しただけでは、明かりは灯らない。


その先に繋がった回路が焼けていた場合、どれほど正しい信号を送ろうとも、光としては出力されない。


どれだけ正しい戦術であっても、盤上の兵士たちが動かなければ、"その作戦"は成立しないのだ。



「……ッ!」


ーー享楽者ヘドニスターが、来る。


逆奪者たちへ、押し寄せる悪夢の旋律。


快楽の虚影は形を持たぬまま、戦場に“恐怖”をなびかせる。


その感覚は、何百と死線を越えた彼らですら、覚えのない"暗闇"を彷彿とさせた。


ルドの司令は届いている。

内容も理解している。


頭では動けるはずなのにーー体が、言うことを聞かない……!


これは戦況の問題でも、作戦の良し悪しでもない。


ただ、戦士たちの心がーーすでに絶望によって、崩落してしまっていたのだ……。



***





『ーーみんな、大丈夫……』





その時。

無線に、一本の通信が落ちた。




『ーールドを信じて……!』




……全員の動きが、止まった。


あまりに突然、あまりに自然な口調だった。

誰もが耳を疑う。


「……!?」


「……今の声。」


「…………!」


しかしーーその声を忘れられる者など、一人としていない。



『ーーここから全部、ひっくり返すからさ。』



そしてーーー。


司令塔ノード・ナイトの扉が、静かに開いた。


吹き込む風が、焼けた匂いを押し流す。

司令室の視線が、一斉にそちらへ向けられる。


誰もが息を飲む。


そこに立っていたのはーー


「いや〜、待たせたね〜。」


くしゃりと笑う一人の少女。


消息不明だった逆奪者スティーラーのリーダーが、当然とでもいうように司令室へ舞い戻った。


「ーーそれじゃ。」


彼女は肩に掛けた外套を払って宣告する。


「"逆奪開始"といこうか。」


ーー“ミネ”が、帰還した。


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