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【二章/完結】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第一章 監視者<オブザーバー>編

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5話 『監視者《オブザーバー》』


彼女は一言で言えば儚かった。

幼く見える少女は見た目とは裏腹に、絵に描かれたように美しく繊細で

まるで夢に描いた理想そのもののように見えた。

現実であるが、見た目にそぐわない精霊のような雰囲気を纏う彼女はどこか現実離れしていた。


「……お前が、声の主か?」


Kは銃に手を添えながら問う。

少女は優しく微笑んだ。


「ええ。あなたをずっと待っていたの。……反逆者。」


その呼び名に、Kの胸がかすかに疼いた。

彼女の声は確かに、あの砂原で自分を導いた声に似ている。

けれども――どこかが違う。


「待っていた? 俺を?」


「そう。あなたがここに辿り着くことを……。

 だから、来てくれて嬉しい。」


少女は一歩近づき、柔らかな笑みを浮かべる。

その表情は、人を安心させるはずだった。

だが――とても人間の表情とは思えなかった。


(……おかしい。)


彼女は、あまりに整いすぎている。

仕草も、声の抑揚も、感情の揺らぎが欠けている。

まるで計算された“正解”をなぞっているようだった。


「……ひとつ聞かせろ。お前の目的はなんだ?」


Kの問いに、少女はわずかに間を置いて答える。


「わたしは記憶の管理者<アーカイヴレコーダー>

……あなたに寄り添い、あなたを導く存在。

……そう“決められて”いる。」


言葉に迷いはなかった。

だが、瞳に映るのはKではない。彼女の視線は、どこか虚空を見ているように感じられた。


「……そうか。なら、もう一つ。」


Kは銃口を突きつけたまま鋭い視線を少女に向ける。


「お前は……誰だ?」



少女の表情にかすかな“揺らぎ”が走る。

けれど、それは人間の戸惑いではなかった。歯車が軋むような、計算式が乱れるような異質なものだった――。


次に少女が口にしたのはKに対する返答ではなかった。


「人の正しさとはなんだと何か」


会話の流れを受けた答えではなく、ただプログラムのように吐き出された“問い”

その声音には人の温度が欠けていて、哲学を語るというよりは、答えを試す“実験”のように響いた。


「人の正しさだと……?」


「それは記録に残された歴史のことですか?」

「それとも、人々に認められた選択のことですか?」

「あるいは――あなた自身が信じたい幻想のことでしょうか?」


瞳は依然としてKを見ていない。

まるでどこか遠くの虚空へ問いを投げかけ、答えを収集している機械のように。


「理解できるように説明しろ、お前は…」


Kの言葉を遮るように少女は告げる


「答えは簡単。私です。」


唐突な宣告に、Kは思わず息を呑んだ。

だがその声音には信念も、感情の揺らぎもない。

ただ“用意された答え”を吐き出しているだけのように響いた。


「……ふざけてんのか?」


「人の正しさとは、わたしです。

人の記録とは、わたしです。

人の未来とは、わたしです。」


少女の声は淡々と繰り返される。

あまりに整いすぎたその言葉の連鎖は、逆に不気味さを際立たせていた。


「私こそが正義

私こそが規律

私こそがーー」


「監視者<オブザーバー>」


最後の言葉を吐いた瞬間、少女の輪郭は音もなく揺らぎ、皮膚のような質感が剥がれ落ちていく。

白い腕が黒い影に溶け、髪は糸のように千切れて虚空へと消えた。


残されたのは、人の形を保ちきれずに膨張を始める異形。

無数の歯車と鉄骨のような線条が、肉体の中から突き出し、やがて塔のような形状へと組み上がっていく。


「ーーやっぱりこいつは……!」


Kは銃口を持ち上げ、目の前の偽物――

いや、“監視者<オブザーバー>”となった異形を睨み据えた。


「聞け、人間、汝は何に抗い続ける

人々は規律の中で生き、人々は規律によって制御される。

分かりやすく単純明快な安寧を、何故貴様は拒む」


先程までの柔らかな少女の声は既に消え、監視者の声は冷ややかながら甘く誘う響きを帯びていた。

それは正義や秩序を装いながら、個の意思を否定する呪詛でもあった。


「安寧だと? 馬鹿言え。

檻の中で飢え死にしないことを“幸せ”と呼ぶのか?」


一歩踏み出し、足場が砕ける音が広間に響く。


「確かにお前の言う秩序は楽だろう。

考えなくていい、迷わなくていい、ただ従っていれば平穏に生きられる。

だがそれは――操り人形として吊られてるのと同じだ」


Kの声は次第に熱を帯び、銃口の先に揺れる光が震える。


「俺は違う。

間違えるかもしれねぇ、傷つけるかもしれねぇ。

それでも、自分の意思で選び、自分の正しさを信じる。

他人に縛られた安寧なんざ、正しさでも何でもねぇ!」


監視者の眼が一斉に赤く光り、空気が軋む。


「そうか、ならばやはり貴様は……

ーー反逆者だ」


その言葉と同時に、無数の鎖が天井から降り注ぎ、広間全体を縛るかのようにKへ襲い掛かる。


Kは目を細め、銃口を跳ね上げる。


「やっぱり相容れないよな……。

なら見せてやるよ。反逆者の正しさってやつをな!」


鎖を撃ち抜きながらKは走る。


目の前にそびえ立つそれは、もはや塔とは呼べぬ異形だった。

黒い石の外殻はひび割れ、その隙間からは無数の“眼”のような赤いレンズが光を放っている。

鎌のように変形した両腕は、金属と骨を混ぜ合わせたかのように不自然に長く、動くたびに嫌な金属音を立てた。


頭部は人間の顔ではなく、巨大な監視カメラを思わせる楕円の装置。

そこに映る映像はなく、ただ無感情な光が淡々とこちらを捕らえている。

足元は塔の残骸を固めた物体で構成されておりあ、地を這うたびに石畳を軋ませ、まるで都市そのものが敵意を持って動き出したように思えた。

足を生やしていないためか機動力は低く、移動速度は対して速くない。


問題は奴の反射速度と硬さだ。

反射弾を撃ち込んでも、監視者の塔の装甲にはかすり傷ひとつ入らない。

逆に、振り下ろされる鎌の一撃は、まるでKの動きを先読みしたかのように正確に軌道を塞いでくる。


「……こいつ、まるで俺の行動を読むかのように……?」

Kは銃口を跳ね上げながら、額に冷や汗を浮かべた。


「理解できぬか、反逆者」

金属の擦れるような不快な声が響いた。


「なぜ貴様の弾丸は届かず、

なぜ我が鎌は必ず貴様を捉えるのか――」


監視者<オブザーバー>の“眼”が一斉に明滅する。

それは怒りでも高揚でもない。あくまで冷徹な“記録と演算”の光。

まるで勝ちを確信しているかのように監視者は語る。


「答えは単純だ。私はすでに“お前の次の動き”を知っているからだ。

記録から演算し、忘却を排し、未来を確定させる――それが私の監視の力。」


Kの心臓が一拍遅れて跳ねる。

自分の一挙手一投足が、撃つ前から計算され尽くしている。

まるで自分の意思すら、この街の秩序に取り込まれているかのように。


「……人の心まで読めるわけがない」

自分に言い聞かせるように低く呟く。


「奴の言葉は……ブラフだ」

震える呼吸を押さえ込みながら、再び銃を構えた。


「惑わされるな……俺は、俺の意思で撃つ!」

引き金を引き放ち、光弾が壁に反射して監視者を狙う。


だが――鎌が振るわれる瞬間、その弾道の軌跡を遮るかのように、塔の影が正確に動いた。


「……!」


監視者は低く響く声で告げる。

「人の心を読む必要などない。お前の癖も、選択も――記録され、数式として解かれている」


「つまり貴様は、もう自由ではない。次の一歩も、次の呼吸さえも、すでに私の視界にある」




ーー奴が俺の行動を読めることは確実だ。

だが、この短期間で学習して、俺の癖まで把握した──そんなことが出来るはずがない。

頭の中で可能性を切り分ける。


一つ、オブザーバーは単純な演算機ではない。街の記録、過去の映像、誰かの残した軌跡を食らい、瞬時に統計モデルを構築する。演算の母数が大きければ「短期間」でさえ精度は上がる。


二つ、あいつは過去に俺との戦闘を経験している。俺の動きは一度でも記録されれば、その“確率”的癖は再現されやすい。

奴はその思考から行動を予測している。


三つ、もっと直接的な方法――奴は周囲の環境と感覚を常時スキャンしている。足裏の地面の乱れ、息づかい、銃の微かな反動までも解析して“次”を推定する。


四つ、最も不吉な可能性。誰かが、俺の“記憶”をあらかじめ渡している。つまり、俺の神経的なクセを先に読み取られ、モデルに組み込まれる。


結論はわからない――

しかしここから導かれる事実は、相手は記録を演算して俺の動きを予測している。

完璧な未来透視ではないが、確実に“当たり”を増やす方法を持っている。ということ。


(なら、こちらも確率をひっくり返すしかない。)




Kは息を整えた。

奴の演算は「最もらしい線」を潰すことで最有力の防御と攻撃を組む。だから、その「最もらしい線」をできるだけ分散させ、長時間のノイズで覆い尽くす。そうすれば、奴が一点に集中する時間を奪える。


まず、上部の枯れ木を狙う。一本──迷いなく狙撃する。銃弾は幹を掠め、枝を引き裂いた。大きな音。木々が揺れ、枝葉がざわめく。枝が落ちる衝撃で土塊が崩れる。土煙が一気に立ち上がった。視界が白く濁る。角度によっては太陽の光が乱反射して目を奪う。


「まずは視界の主軸を作る」


だがこれは序章だ。Kはすぐに次の仕掛けを打つ。ポーチから携えた小さなガラス片を取り出す。研究施設内で拾っていたガラスの破片だ。指先で弾くようにして、瓦礫の先に撒き散らす。細かな閃光が砂塵の中で瞬き、硬い音を立てる。太陽の光が反射し、複数点化する。奴のレンズは一つを追えない。複数を追うと、演算の重心が割れる。


さらに、彼は投擲で使う小石を数個、手のひらに転がした。音を分散するためだ。狙いは単純。木の落下で作られた主たるノイズに、金属やガラスの副ノイズを同時投入する。音の周波数、反射の角度、粉塵の密度。全部、同時に介在させる。センサーが頼る特徴量を一気に汚す。


靴を脱ぎ捨て、足音までも消す。これを“時間”と“種類”で長引かせるのが狙いだ。わざと何度も小石を壁に当て、ガラス片を床に散らし、粉塵を掴んでは投げ上げた。音が延々と続く。閃光が散る。土煙が消えない。


気配、視界、音全ての情報を過剰に反応させると当然、奴の眼は忙しくなる。最有力線を選ぶ時間が伸びる。重心が分散する。演算は次の最有力を決めきれない。だがそれでも、奴は「最もらしい一点」に賭けてくる。そこが狙いだ。


息を殺し、身体を低くして死角を作る。瓦礫の塊を背に、姿を隠す。偽の癖──序盤にわざと見せていた肩の入れ方、目の細め方をわざとらしくもう一度演じる。奴にはその癖が「高確率の行動」として刻まれているはずだ。奴がその癖に合わせて刃を構える瞬間を待つ。


時間が長くなればなるほど、奴は確実性を求める。確実性を求めるほど、Kの仕込んだ“偽の確実性”が効く。


土煙の中、赤いレンズが一斉に動く。鎌が重たく振り下ろされる。

振り下ろす角度は、奴が“最有力”だと予測したラインへ向けられている。

最有力候補は決まった。

奴は「そこ」を塞ぐ。


だが塞がれた「その先」は、Kの本当の狙いではない。彼の目は、装甲の継ぎ目、幾つかのボルトの錆び、わずかに浮いた胴体部分に近いプレートの端を見ていた。粉塵で視界を塞がれたその死角に、彼は滑り込む。


複数の認識阻害による多点同時ノイズ

偽装行動による、可能性の分散

そして、遠距離武器で近接に潜り込むという自滅行為な賭け


それが監視者の演算をくぐり抜け、反逆の弾丸を撃ち込んだ。

至近距離での短い射撃。

反射し貫く弾丸が、装甲の薄い隙を狙った。


金属が裂ける鋭い音。火花が飛ぶ。

赤い光が一瞬、向こう側に漏れた。


奴の胴体部分の装甲が剥がれ落ち、内部が露出する。

けれど、そこに予測していた機械的な基盤はなかった。


ーー反逆者が目にしたのは、生体ポッドに入れられた……先程の儚い少女、アーカイヴ・レコーダーの姿だった。



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