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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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42話 『終焉劇』


再現個体クローンの量産。

それこそが、享楽者ヘドニスターが目指した“真の創造”


彼は神を気取った。

だが創造の果てに求めたのは、新たな命ではなく――己の理の複製。

快楽の理を宿す存在を無限に生み出し、世界そのものを“自分の快楽構造《楽園》”へ書き換えること。

それが彼の信仰であり、同時に人類にとっての終焉だった。


"楽園"の創造は、自身の観測実験を始めたヴァルツを一瞥してから始まった。

逆奪者スティーラー内に裏切り者を作り、彼らに自分の知識を与え、技術を発展させる。


まるで“育成”を楽しむかのように、享楽者は人間の知性を弄んだ。

その手法によって、新たな「理」は芽吹き、腐敗する。


彼らは、享楽者が撒いた理層の種を育てさせられていただけだったのだ。



やがて享楽者は、十分な成果を見た時点で、ヴァルツを媒介として計画を動かす。


自身の分身――

理応変換機構ヘドニスターを生み出すための"再現"が始まった。


けれど、計画は順調には進まなかった。

生み出された個体は不完全で、

享楽者自身の能力を――ほんの一部しか映し出せなかった。


母体に使われた“素材”が、既に死を迎えた人間の肉体だったからだ。


理を流すための回路は、生命の鼓動と共にしか存在しない。


つまり、完全な個体を作る為には、命が必要なのだ。

アルゴリズムの駒、支配者の一人である享楽者もまた、人間だったのだから……。


けれど、命を軽視する彼は、命の価値に気づかなかった。


むしろ、その欠陥すら“美”と見做した。


不完全であること――それは、理を写すに足る“余白”だと。


享楽者はそう、定義した。


その結果、彼が生み出した最初の再現個体クローンは、不完全体として顕現する。

享楽者の“一部”だけを模倣した、ただの器。


それは、逆位相空間という"実験場の核”として根を下ろした。

まるで舞台そのものが、享楽者の思想を映す肉体であるかのように。


***


命の価値――それが終焉を創造する、最後のピースだった。


しかし、この真相が明かされる前に、

逆奪者たちが歯止めをかける。


生体実験は、正しい確証を導き出すことなく、

研究者ヴァルツ・アストレインを失った。


享楽者の理は、再現されずに終わりを告げる。

だが、それでも研究は“完全な失敗”ではない。


彼の実験は、"再現"の領域には届きはしなかったが――

新たな分身……“模倣体ヘドニスター”という名の再現個体を、舞台上へと残したのだった。


灰と炎の中で、"それ《模倣された享楽者》"は立ち上がる。

重厚な圧を放ちながら……。



劇場内の熱は引ききらず、焦げた木の匂いが肺を焼く。

さっきまで命が吊られていた“実験場”は、

今やただの“戦場”へと変わっていた。


カナンは息を吐き、焼け焦げた床を見つめる。


「偽物の癖になんて強さだ……。」


黄金の装飾が、煤けた闇の中で脈動のように明滅した。


リオンが隣で息を整え、赫迅刀を構え直す。

刃先の赤熱は、もう消えかけている。


「やつの腕さえ切り落とせれば、俺の攻撃も届くのに……。」


模倣体の腕から放たれている理層波。

それは空間を操る力として作用する。


範囲自体は小さいが、安易に踏み込めば、攻撃全てを無効化され、大きな隙を晒す事となる。


唯一、理応変換機構であるカナンの武器レベリアンだけが、理へと対応し、攻撃を行えた。


けれど、抗う意志とは武器だけに宿るものではない。

反逆者は決して、一人ではないのだ。


前線の逆奪者たちによる、戦場の均衡管理。

セラ、ルドを初めとした司令塔室からの情報伝達。


そして、リオンの盾

理障壁リバース・フェイズの能力

理層反転により、空間操作の能力を無効化する補助。


彼らは抗う、抗い続ける。

逆奪者として、"反逆者"として……!


***


ーー霧が世界へ伸びていく。


命が朽ちたこの場所で

カナンは攻撃、リオンは補助に徹しながら、模倣体と死線を潜り抜けていた。


その周辺で、仲間の逆奪者たちも、デブリ《死体》と戦闘を繰り広げている。


残る逆奪者たちは七名。

致命傷は負っておらず、武器の破損も無さそうだ。

しかし、敵の強さも、数の差も、疑いようが無いほど絶望的な状況。


消耗戦となれば、こちらが不利となるのは目に見えていた。


けれど、逃げる訳には行かない。

模倣体をここで潰さなければ、いずれ現実世界へと侵食を開始する。


司令塔が告げるまでもなく、カナンたちも直感で、そう感じとっていた。




『ーー焦るな、カナン。もう少し時間を稼げ。

もう少しで……援護の準備が整う。』

ルドの声が無線から響く。

具体的な指示はない。

けれど、司令塔《彼ら》が居る。

それだけで、心に安心感が生まれた。


「……早めの支援だと、助かるんだがな。」

短く応答し、カナンは視線を上げる。



灰の中で、黄金の輪郭がゆらめく。

模倣体の両腕が、静かに持ち上がった。


空気が歪む。見えない波が、世界を削るように震える。


リオンが息を詰め、盾を構える。

「来るぞ……!」



ーーガガガガッ!!!!


次の瞬間、天井の残骸が浮かび上がった。

木片が逆巻き、鉄骨がねじれ、理層波の“手”が空間を掴む。

理そのものが、模倣体の意思に従って形を変えていく。


それはただの力ではない。

空気を、光を、世界そのものを“道具”として操っているように見えた。


地面が揺れる中、多くの蔦がこちらへ殺意を向けて伸びる。


リオンが攻撃をいなしながら、カナンが蔦を切り落とす。


二人は歯を食いしばり、必死に攻撃を捌き続けた。


「くそ……!

けが人に無理させるんじゃねぇよ……!」

カナンが叫ぶ。


「頑張れカナン……!押さえ込むんだ!

蔦はだんだんと減ってきてる!」

彼を守りながらリオンは鼓舞する。


鋭い蔦が、容赦なく盾を叩き、一撃ごとに彼の装甲が軋む。

E.A.F.フレームがエネルギーの限界を訴えているのだ。

既に赫迅刀は、冷たい刃へと変わっていた。


装備の心許ない中、それでもリオンは諦めずに戦況を伝える。


「向こうも確実に、消耗してきている。

享楽のエクスタシアによる、再生能力は"模倣"されていないんだ!」


リオンが息を吐く。

理障壁が甲高い音を立て始める。

それでも彼は、カナンの前に立つ足を止めようとはしなかった。


攻撃は止まない。

天井から蔦が降り注ぐ。

それらが交錯するたび、空気が弾け、空間が歪んだ。


「リオン、もう一歩下がれ!!」

カナンの指示と共に、彼は盾を構えたまま後退する。

迫り来る理層の壁を反転させ、蔦の動きを一瞬止めた。


反動で腕が痺れる。

「……ッ!!!」


だがその隙を逃さず、カナンは一太刀で蔦の群れを切り裂く。


戦闘訓練で学んだ剣技は、確実に上達していた。


防御と反撃を繰り返し、模倣体へ確実にダメージを与えていく。


しかし、疲労と摩耗は蓄積し、彼らに終幕が訪れようとしていた。


カナンは、作戦開始時からボロボロの身体で参加しており、トルヴァの死によって、精神的にも追い詰められている。


リオンも、アーマーエネルギーの減少による、装甲硬度の低下。

理障壁の、連続使用によるオーバーヒート等により、ギリギリの戦いを余儀なくされていた。


けれど、彼らが相手取った模倣体も、消耗しすぎたのか攻撃を辞める。


黄金の光が、かすかに瞬いた。

焼け焦げた劇場に、風が通う。

その風が止まり、音が消える。



ーー何かがおかしい



劇場は、上映前のように静まり返る。

模倣体だけでなく、デブリすらも動かない。


静寂ーー


ーー心音がだんだんと鮮明に聞こえてきた時


死んだ空間に、ひとつの声が落ちた。



めだーー」


誰の声でもなかった。

それは、模倣体の口から零れた。


暗い面影の奥で、無数の声が重なっていた。

男も、女も、子供も――かつて“人間だったもの”たちの声が、嘲笑のように混じり合う。


「同じ"演出"は飽きた。」


声が響いた瞬間、劇場の残骸が軋んだ。

床が蠢き、デブリが――再び、糸に引かれたように立ち上がる。



『こちらノード・ルー#。

逆位相#間、内部から

異常な##波を確認……!


模#体の口から、記録にない波#が発生しています!』


通信の向こうで珍しく、ルシェの焦った声が響く。

同時にカナンの耳の奥へノイズが走った。


『カナン!中継が断#した! 

そちらで# なにが起こっ#いる!? 


…# ナン!返事#しろ!』

ルドの声がかすれる。


カナンは、無言で前を見据えていた。


紫の闇に包まれた世界を見つめたまま……


唇がわずかに動く。




「ーー死体が、混ざっていく……」




「…………?」

状況の分からない司令塔のメンバーを置き去りに、劇場内の観客スティーラーは"それ"を目にした。



視線の先ーー


模倣体はゆっくりと頭を上げた。

その顔は一人では無く、幾つもの面影を重ね合わせたように歪んでいる。


カナンたちは知った――


今ここにいる“それ”が、一人の怪物などではないと。


……人の死を使って組み上げられた“群れ”なのだ、と。



天井の暗がりで、糸に絡まった「塊」がひとつ、またひとつと寄り集まり始めた。


焦げや煤に混じって、剥がれかけた皮膚の酸っぱい匂いが立ち上り、皮と皮が摺れ合う音が耳に届く。

目の前で、何人もの断片が一つの胸郭へ、一本の首へと集められていく。

集められた“死”の集合体。


それが模倣体の正体であり、作り方だった。



「嘘……だろ……。」

リオンが震えた足で後ずさる。


かつては別々の“誰か”だったものは

低い唸りのような音を立てて、形を取り戻していく。


それは人間の“形”をしていた。

けれど、“人”と呼ぶには、あまりにおぞましい存在だった。

理が生んだ、最も醜い"継ぎ接ぎの命"


塊となった人形たちの皮膚が脈動し、継ぎ目から紫の粒子が滲む。

乾いた血の下で筋肉が蠢いた。

やがて“塊”は、人の輪郭をなぞるようにして立ち上がる。

頭部が、軋む音を立ててこちらを向いた。



赤い眼が、ひとつ――



ーーふたつ。



その光がカナンを捉えた瞬間、



人形劇は、“再開”される。




「ーー二体目の……模倣体ヘドニスター




〈神は終わりを定義する。


終焉を告げる脚本は、"死"を集め


ーー"最後の演目"を開始した。〉

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