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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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37話 『脆さと強さ』


ヴァルツ・アストレイン


旧エデン王国における最後の王家ーー

アストレイン家の第二王子であり、ウォーレンスの弟。


かつて彼らの父は、享楽者によって侵食される楽園エデンにて、王政の腐敗に抗い、理と権力に刃を向けた。

だが、その反逆は敗れ王権を失われた。


王の血は歴史から抹消され、王家は崩壊の淵に立たされた。


そんなアストレイン家を救ったのが、彼らの母である。


追放の瀬戸際で“逆奪者スティーラー”を再編し、

民と戦力をまとめ上げ、家の名を再び掲げた。


彼女の元で生まれた二人の兄弟、ヴァルツとウォーレンス。


物心ついた時から、彼らの親は"母だけ"だった。


荒れた環境の中で育ちながらも、彼らは王族としての誇りを胸に、偉大な母の後を追いかけた。


そんな彼らの資質を見抜いた王妃と逆奪者スティーラーは、その魂が正しく育つよう環境を整えていく。

戦術訓練、学問教育、王族の礼儀作法、最先端の研究ーー

多岐にわたる学びが彼らの日常となり、二人はそこで己の力を研ぎ澄ましていった。


しかし、人には得手不得手がある。


ウォーレンスは剣術や戦場把握に優れ、前線で活躍するリーダーの素質を持っていたが、研究分野においては、専門知識の吸収が苦手だった。


ヴァルツは解析、鑑定といった情報を読み解く事を得意とし、後方支援を行う研究者の素質があったが、前線での戦闘は苦手だった。


彼らは、追い続けた母親のように、完璧な人にはなれなかった。


それでも彼女は、二人を同じように抱きしめ、同じように育てた。


「私がいつでもそばに居るからね。」


そう愛を込めて。


その言葉が無ければきっとーー

ウォーレンスの強さも、ヴァルツの脆さも、生まれはしなかっただろう。




ーーノード・ナイト 司令室


静まり返った司令室


ミネはモニター越しに、かすかな光を見つめながらイヴへと語り始める。


「簡単に言えばーー言葉の綾だよ。」


「……あや?」

イヴが首を傾げる。


「そう。あるいは"母親からの暗示"かもしれないね。」

ミネは椅子に背を預け、少しだけ遠くを見た。


「人の性格と言うものは、幼少期の育ち方で決まるものだ。


彼らは同じ育て方をされたけど、同じようには育たなかった。


人の強さってのは、肉体だけでは定まらない。


精神の強さーーそれが彼らの運命を分けたんだよ」


イヴは静かに聞いていた。

ミネの声は淡々としていたが、その奥にある哀しみが伝わってくる。


「……母親が亡くなった時、二人は確かに彼女の言葉を継いだ。


けれど、その意味は違った……。


ウォーレンスは"精神論"として

ヴァルツは"言葉通りの意味"として


彼女からの言葉を受け継いだんだ。」


ミネは軽く目を伏せ、微笑のような溜息を漏らした。


「ヴァルツの中には、今も母親がそばにいる。


……彼の中で、ずっと生き続けているのさ。」




ーー逆位相空間 内部


色彩を取り戻したカーペットの上で、白衣の青年はこちらを見つめる。

照明が空気を照らし、血に濡れた足元を幻想的な風景に変えていた。


ウォーレンスの弟、ヴァルツ。

かつて“逆奪者”を支えた技術者。

そして今――

享楽者に魅入られた、裏切り者の人形師。



「久しぶりだね、兄さん。

こんな形で再開するとは思わなかったけど。」


ヴァルツは薄く笑い、指先で糸を弾いた。

その動作ひとつで、天井に吊るされた死体たちが微かに揺れる。


「母さんも、会えなくて寂しがってたよ……。」


ウォーレンスは答えなかった。

握る拳が、装甲の中で軋む。


「ヴァルツ。」

彼の低い声が、舞台を震わせる。


「……何度も言わせるな。

母さんは――死んだ。」


その言葉は、冷たく、鋭く突き刺さる。


ヴァルツはわずかに首を傾げ、微笑した。

「また、その冗談か……。

いい加減、新しいジョークでも考えてみたらどうだい? 兄さん。」


軽やかな声。

けれどその裏には、底なしの虚無があった。


ヴァルツは、まるで挑発するように、わざとゆっくりと言葉を続ける。


「母さんは死なない。


ずっと僕のそばに居てくれてるよ。」


カナンとリオンは息を呑む。

舞台の上で繰り広げられるこの会話が、現実だとは信じられなかった。


「……あいつが、ウォーレンスの弟……?」

カナンの呟きが、埃のように空気に溶ける。


「確かに髪色は似てるけど、雰囲気が違いすぎないか……」

リオンも信じ難いのか、疑いの目を向けている。


彼らの言葉を否定するように、ウォーレンスが低く告げた。


「事実から目を背け、過去から逃げたお前を――

俺は、弟とは認めない。」


短く、重く、音が落ちる。


「昔は尊敬してたんだけどなぁ……。」

ヴァルツは軽く息を吐き、舞台の上へ歩を進める。

糸が揺れ、死体が微かに踊る。


「人形遊びの邪魔をしないでくれよ、兄さん。」



苛立ちを含んだ言葉と同時に、劇場の照明が一斉に落ちる。


世界が一瞬、息を止めた。

音も光も奪われ、耳の奥に自分の鼓動だけが響く。


再び明かりが灯ったステージに、ヴァルツの姿はなく、笑い声だけが天井の糸を震わせていた。



ーー時間は止まったように思えた。


けれど、世界は進んでいる。



舞台の中央。



そこに、吊られていたはずの仲間は、胸を貫かれた無惨な姿で光を失っていた。



血が絨毯を這い、赤と赤が混じって広がっていく。

彼を刺していたのは――

糸で吊られた“トルヴァ”だった。


その身体は糸に引かれながら、ぎこちなく動いている。

笑っているようにも、泣いているようにも見えない表情。

まるで舞台の脚本通りに動かされる“役者”そのものだった。



「……ヴァルツ!!」

ウォーレンスが叫ぶ。


だがその声も、舞台の天井に吸い込まれて消えていった。


ノイズ混じりの声がスピーカーから流れる。

穏やかで、柔らかく、しかし底知れぬ悪意を帯びて。


「――ドン・キホーテは、剣を振るい“正義”を執行しました。」


一拍の間。

ステージの照明が角度を変え、トルヴァの死体を照らす。

その影が壁に、巨大な“十字架”のように映し出された。


「これでまた一つ、世界を正すことが出来ましたね。」


淡々とした声。

まるで子供の朗読劇のようなトーン。

だがその一語一語が、観客《逆奪者》たちの神経を蝕んでいく。



「トルヴァに、なんて事を……」

悔しさが滲みだし、カナンは拳を握る。


かつて肩を並べた青年は、誰よりも優しく、そして……誰よりも仲間思いだった。


カナンと同じように、仲間の逆奪者たちも、恐れと同じぐらいの怒りを秘めて、舞台を見つめている。


視認性の悪い糸が襲いかかる絶望的な状況。

不可視に近い糸は細く、周囲の粉塵に触れて振動を起こしている……

それでも彼らは諦めず、瞳に光を灯し続けていた。


***


拳が床を打ち据え、劇場全体に低い振動が走る。

音がしぼむ中、ウォーレンスはゆっくりと顔を上げた。

彼の眼差しには、もはや躊躇はない。


「ウォーレンス……何を──」

カナンが短く問いかける。

だが答えを促すように彼を見ると、言葉は要らないとでも言うように、ウォーレンスは静かに頷いた。


「……血族の罪は、俺が背負う。


ただいまより、対象の捕縛を諦め……


奴を──裏切り者《弟》を、処刑する……!」


その言葉は重く、舞台の暗闇にも似た空気を切り裂いた。

リオンは一瞬ためらったが、すぐに歯を食いしばり、柄に手を乗せる。


「俺は、俺たちは……何をすればいい?」

その声は冷たく引き締まっていた。

戦場を知った者の問いだ。


ウォーレンスは静かに戦略を語った。

「作戦はこうだ……。

まず、劇場内へ張り巡らされている見えない糸を消し去る。

リオン、お前のサーマル・エッジで炎を起こすんだ。」


糸は熱に脆い。

どれほど強靭に見えても、炎の前では簡単に形を失う。


これまでの戦闘で、赫迅刀の能力を把握したウォーレンスは、躊躇うことなく戦略を描いた。


だが、この作戦には大きな問題点がある。


それは、赫迅刀が"集熱する構造"の剣であること

つまり、熱の放射は行えないのだ。



「待ってくれ……赫迅刀サーマル・エッジじゃ、炎は出せない。

糸を燃やす前に切ってしまう!」


リオンはすぐに、その問題点に気づき意見を出す。



「あぁ、だからこそお前も必要だーー」


けれどウォーレンスは、その懸念についても分かっていたようで、即座に返答し視線を変える。


彼が見つめた先にいたのは……


「起爆係。」


逆奪者でも、ましてや一概の兵士でも無い。



盤上のイレギュラー



反逆者カナンだった。


「はぁ……頼りない王子様だな……!」

笑うような軽口と共に、電子音が起動する。


《Mode:Reactor》


黒い結晶が光を吸い込み、銀の縁が微かに明滅した。

その後、まるで呼吸するように、形状が変貌する。


銃口に展開していた黒刃が、光を喰いながら分解され、微粒が逆流するように、刀身を形作っていた理の線がひとつ、またひとつと“戻っていった"。


そして、理応変換機構レベリアンは片手持ちの銃となり、再び彼の手元で輝きを放つ。



その相棒を手に、カナンは作戦を理解したかのように、一呼吸おいてから宣告した。



「……見せてやるよーー


反逆者の“正しさ”ってやつを。」


短い言葉は瓦礫の風と一緒に振動する。


人形劇に新たな台詞が刻まれた。


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