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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者《ヘドニスター》編

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36話 『凡人の空想譚』


人形劇ーー


それは古来より、教育や娯楽を目的として、民衆の間で楽しまれてきた演劇の一つである。


操り手が様々な手法で人形を動かし

人間らしく対話や動作を行わせ、物語を展開する。


代表的な動作形式として

・糸操り人形のマリオネット

・手袋人形のパペット

・棒人形のロッドパペットなどが存在する。


この中でも、糸を使った操作手法であるマリオネットは、人間らしさを精密に再現する事ができる形式である。

複数の糸を使って頭、手、足、胴体などを個別に制御した人形は、まるで人間のように動き観客を魅了する。


***


ーー廃墟中央 逆位相空間内


古びた劇場の観客席で、逆奪者たちは迫り来る糸を断ち切り続けていた。


焦燥と不安に駆られる隊列の中で


反逆者が再び立ち上がる。


《Mode:Dominion》


カナンは生きる覚悟を決めた。


黒き刃が、彼の憎悪を乗せるように展開する。


仄かに放たれる紫のオーラが、夜空を閉じ込めた煙のように、刀身へ纏わりついていた。


立ち上がるカナンを見て、ウォーレンスは理解した。

銃しか扱わなかった彼が、唐突に剣を学び始めた理由を……


(やっぱり隠し持っていたな……


新しい力

新しい武器《反逆の意思》を……!)



ーーカナンは隊列の前方へゆっくりと歩を進める。


唇の血を片手で拭い、もう片方の手で持っている理応変換機構レベリアンを静かに構える。




そして、一閃……




兵士たちへと襲いかかっていた糸は、舞い上がった羽のごとく断ち切れた。


一瞬にして攻撃の波が止み、場は静まり返る。


「カナン……!」

リオンが見つめたその剣には、先程の戦闘訓練で培われた技術が宿っていた。





ーーブツンッ……!


訪れた静寂に合わせるように、照明が全て落ちる。

劇場は一瞬で闇に溶け込み

ステージへとスポットライトが当たった。


カナンを含めた逆奪者たちが警戒を強める中、

劇場の奥から――かすかな機械音が響いた。


「……カタ、カタカタ……ジジ……ジ――」


まるで、古い映画が始まる前に鳴るフィルムの回転音。

埃を被った映写機が、沈黙を破るように息を吹き返す。


暗闇の奥で光が瞬き、白いノイズが走る。

それはやがて声となり、劇場全体に響き渡った。


『第一幕――ドン・キホーテ 開演。』


ヴァルツの音声は消え、舞台に再び静寂が戻る。


兵士たちは周囲の警戒を緩めず、攻撃の再開を見据える。

だが、それを嘲るように、糸の動きは唐突に止まっていた。


沈黙ーー

光も音も凍りついたかのように、ただ重苦しい静寂だけが劇場を満たす。


まもなくして、スピーカーから“語り”が流れ始めた。



『ーー皆さまは、ドン・キホーテという叙事詩を知っているだろうか。


これは、騎士道の物語に惹かれ、狂気に染まった郷士が、自らを遍歴の騎士だと思い込み、力を過信したが故の空想物語。』


無名の観客席からは、声も拍手の音もしない。

劇場には、ナレーションを行うヴァルツの声と、逆奪者たちの息遣いだけが響いた。



『己の力を過信した凡人……


そうだな……


今回の人形は彼にしよう。』


ヴァルツの一言と共に、ステージへ向けられたスポットライトがより一層強くなる。


眩しさに目を細めた逆奪者たち


彼らの前に現れたのはーー


「紹介しよう……!」


見慣れた顔だった。



「前衛部隊Aのリーダー……」



突然ステージ上に現れた“それ”を見て、

カナンが息を詰める。


「トルヴァ……」


照明が明滅し、舞台中央にゆっくりと“人形”が降りてくる。

天井から垂れる糸が、まだ湿ったような音を立てて軋む。


吊るされたその身体は、

すでに命という熱を失って久しい。

だが四肢は糸に操られ、

まるで舞台稽古を覚えているかのように、滑らかに動いた。


首を傾げ、片膝をつき、手を胸に当てる。

――それはまさしく、劇中の“遍歴の騎士”。


衣服はかつての軍服ではなく、

粗末な布と革を縫い合わせた即席の騎士装束。

肩には錆びた金属片が装飾のように打ち付けられ、

胸には白布の十字が無理やり縫い込まれている。


目は見開かれ、瞳孔は光を映さない。

それでも、

笑っているように見えた。


照明がトルヴァの顔を照らす。

その頬には、涙の跡のような黒い筋――

まるで“幕間”を繋ぐフィルムの焦げ跡のようだった。


糸が引かれるたびに、

死者の身体が優雅に動く。

脚が一歩踏み出され、

木製の床に靴底が触れるたび、

“コトン”と虚ろな音が鳴った。


そして、カナンの呟きを待っていたかのように、ヴァルツの声が響く。


『あぁ、トルヴァ君だ。

失礼、すっかり"忘れて"いたよ。』


わざとらしく笑いながら告げる。


「なんせ道具に名称はあっても、それぞれに名前なんて付けないからさ」


嘲笑うかのように発せられる言葉は、まるで死者を冒涜する脚本のようだった。



カナンは激しい音を立てて歯ぎしりを行い、

レベリアンを握りしめた。

手のひらに食い込むほどの力。

見開かれた瞳には、溢れ出しそうなほどの怒りが滲んでいる。


吊られたトルヴァの身体が、糸に引かれて微かに動いた。

その動きは滑らかで、まるで演目を演じる役者のようだ。

片膝をつき、虚ろな目で観客席――カナンたちを見下げる。


「……やめろ……」

カナンの喉から、低い声が漏れた。


今にも飛び出しそうな彼へ、ウォーレンスが短く言葉を落とす。


「カナン……落ち着け……」


静かな命令。

だがその声も、震えていた。


握り締めた拳の甲には、血管が浮き出している。

篭手が軋むほどの力。


誰よりも冷静であろうとするその男の瞳には――

誰よりも強い怒りが宿っていた。


舞台の奥では、糸がきしむ。

観客も観劇も存在しないこの“演劇”の中で、

ただ、死者が笑い、

生者が震えていた。


主役の登場とは思えない静けさが、会場を支配する。

空気が張り詰め、糸の揺れる微かな音さえ、誰かの呼吸を奪っていく。


そんな静寂を断ち切るように、リオンが低く言葉を投げかけた。

「死人を弄んで、何が楽しい……!」


声が反響し、広い劇場に怒りが響く。

それは糸の切れかけた操り人形のように、感情の限界で震えていた。


しかし、返答はない。


ただ――

その言葉に答えるように、ヴァルツの声が落ちる。


「お客様、

上映中はお静かに。

 ……じゃないと――」


刹那、舞台全体が震えた。


――「キィィィィィィッ!!」


金切り声のような高音が響き、無数の糸が一斉に巻き上がる。

空気を裂く音と共に、ステージ上で悲鳴が上がった。


「ぁ……あああああああああッ!!!」


それは、死してなお操られ続けるトルヴァの――

魂こもらぬ“叫び”だった。


身体が糸に引かれ、無理やり踊らされる。

関節が不自然な方向に軋み、指先が痙攣するたびに、鈍い音が響いた。

それでも“役者”として、彼は動かされ続ける。


「そうじゃないと……役者が困っちゃうじゃないか。」


舞台上のスピーカーから、ヴァルツの声が響く。

嫌味の欠片もなく、まるで舞台の進行を説明するように。


その声色は、糸のように細く――

それでいて、鋼の刃のように鋭かった。




「副リーダー!!」

逆奪者の一人がウォーレンスを呼ぶ。


「やつの攻撃が止まっています!

今がチャンスではないでしょうか!?」

彼は周囲を見渡しながら、攻撃へと転換するべきだと判断した。


「冷静になれ!」

だが、ウォーレンスの怒号がそれを制する。


「目の前に居るのは死人だ。操っている本人じゃない!


周囲を警戒しつつ、本体を探せ!」


逆奪者たちは指示に従い、剣を構え直した。


ウォーレンスは、彼らに不安を悟らせぬように明確な指示を示す。

だが、その裏で思考は回り続けていた。


(糸を操るということは、その糸に触れてなければいけないはずだ……


どこだ?

奴は、どこにいる……!?)



空気が、極端に静かだった。


逆奪者たちは警戒を緩めずに、周囲を観察している。

冷静に劇場を見渡していた。


隙は無い。

首元に来る糸を正確に見極め、確実に斬るために、全神経を研ぎ澄ませていた。



だからこそ……


「ウッ!!!」


ドタンッ!!!


上空からの攻撃を警戒しすぎた彼らは、

足元を這う糸に気づけなかった。


一人の兵士が崩れ落ち、ステージへと引きずられていく。


リオンが即座に斬りかかる。

だが、そこに糸は“存在しない”。

首元を狙った斬撃は虚空を切り刻み、仲間は連れ去られて行った。


「くそっ!!」


引きずられた兵士は、壊れたステージに身体を打ち付けられながら無理やり登らされ――

トルヴァだった“物”の前で逆さに吊るされた。


兵士の顔は恐怖で歪み、震えが止まらない。


『吊るされたハングドマン

タロットの十一番、“正義”を意味する札。』


彼の状況を語るが如く、ヴァルツは呟いた。


『トルヴァ君……じゃなかった。


“ドン・キホーテ”は不正を正すために、剣を取って冒険に出たと言われている。


ならば――この演劇を邪魔する正義《君たち》は果たして、彼にとって正しいのだろうか?』


ステージ上で、トルヴァがゆっくりと剣を抜く。


「……!!」


その瞬間、囚われた仲間の結末を察し、逆奪者たちが走り出した。


「よせ!!!止まれ!!!」


だが、ウォーレンスの命令によって、彼らの足は止まる。



一人を除いて……


仲間思いの逆奪者が、ステージへ目掛けて走り続けていた。


その足が階段にかかった瞬間――


彼の動きが止まった。


そしてーー



グシャリ……。



細い糸が赤い線を描き、肉を裂いて、骨を断つ。


兵士の身体が、まるで人形を解体するようにバラバラへと崩れ落ちた。


『…………!!!!?』


逆奪者たちの間に再び恐怖が走る。



肉塊となったものの隣で光が点灯し、ヴァルツが再び姿を表した。


『あーあ……

人形にしたいから、細切れにはしたくないんだけどなぁ……


まぁ、仕方ない。


僕は演劇を止められるのが大嫌いなんだ。』

こちらを向かって微笑んだその瞳には、何の感情もなかった。



「……ヴァルツ!!!」

彼へと、憎悪を向けた声でウォーレンスが叫ぶ。



彼はその怒号へ向けて振り返り、まるで喧嘩を鎮めるかのように返答した。


「おやおや、怖いな〜


喧嘩は辞めて仲良くしようよ……


ウォーレンス"兄さん"。」


彼の声は、どこまでも穏やかで

どこまでも冷たかった。


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