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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者《ヘドニスター》編

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33話 『剣士の紛い者』


「――そう……分かった。」


暗い研究所。

青白いモニターの光に照らされたセラは、短くそう返答した。


画面の向こうには、誰かの影が映っている。

声だけが、電子ノイズを伴って聞こえていた。


『……恐らく、そこが“裏切り者”のアジト。』


「……了解。こちらでも解析を進める。」


セラは端末を閉じ、深く息を吐く。

モニターの反射光が瞳の奥に揺れた。


(ついに……姿を現した……。)


指先がかすかに震える。

静寂の研究所に、機械の駆動音だけが響いた。




午後――。


ノード・クイーンの訓練場には、再び鎧の音と掛け声が響いていた。

午前の模擬戦とは打って変わって、今度は個人戦形式の訓練。


その中にはーー


何故かカナンが立っていた。

右手には、訓練用の短い木刀を持っている。


「……おい、ここは訓練所だ。


"紛い物"が雑談をする場所ではない……。」


ウォーレンスの声は低く、訓練所全体を震わせるようだった。


空気が一瞬で重くなる。

彼の一歩ごとに、周囲の兵士たちが無意識に背筋を伸ばす。


「……紛い物ね。」

カナンは短く息を吐き、木刀を軽く持ち直す。


「知ってるさ……

だから、来たんだよーー訓練に」

カナンは初めて、ウォーレンスの煽りを受け流した。



ウォーレンスの眉がわずかに動いた。


「……少しは口の利き方を覚えたようだな。」

声は低く、しかしその奥にはわずかな興味が混じっている。


「だがお前の持っているそれは何だ……?

拳銃野郎が獲物なんか握って、剣士気取りか。」

ウォーレンスはカナンの持つ木刀を指さし、刺すような視線で告げた。


痛いところを突かれたように、カナンは苦笑を漏らし、手の中の木刀を軽く振る。


「なんとなくさ……

この長さの剣を使えるようになりたいって、そう思ったんだ。」


本当の理由は、言えない。

セラから――新武器に関する情報は極力控えるようにと釘を刺されているからだ。


だからカナンは、ただの思いつきのように言葉を濁すしかなかった。

けれど胸の奥では、はっきりとした目的があった。


〈レベリアン〉を自分の手で、使いこなすことーー

そのためには、近接戦闘の基礎を身につける必要がある。


だからこそ、ウォーレンスの特訓で経験を積む――

その覚悟が、カナンをここへ連れてきた。


「カナン……」

幾度も二人の争いを見てきたリオンは、今の彼の佇まいに戸惑いを覚える。

いつもの軽口は消え、表情だけが少しだけ硬くなっていた。



「“なんとなく”、ね……。」


ウォーレンスの声には、探るような棘が混じっていた。

周囲の空気が一瞬、鋭く引き締まる。


「ーーいいだろう。

命を預ける武器を片手間に選ぶとどうなるか

お前を教材に、兵士たちへ学ばせてやる。」


その言葉に、隊員の視線が一斉に向けられた。



訓練所の空気が、急に重くなった。

誰もが息を潜め、二人の動きを見守っている。


ウォーレンスは拳を握りしめているだけ……

ただ、立っているだけのように見えるが、その場の空気は軋んでいた。

足元の砂が、風もないのに細かく震える。


カナンは深く息を吸い、右手の木刀を握り直す。

指先が汗ばみ、掌の中で木がわずかに軋んだ。

遠くで誰かが唾を飲む音が聞こえた気がした。



ーー音が消える。

訓練場全体が、まるで世界ごと息を止めたように静まり返った。


(――来る)


ウォーレンスの足が、ほんのわずかに動いた。

その瞬間、張り詰めていた空気が音を立てて弾ける。


風圧と共に、衝撃。

乾いた木が床を跳ねて転がる音。


――カナンの身体は後方へ弾け飛んでいた。

背中が地面を滑り、砂が舞い上がる。


兵士たちは、唖然とする。


「今の動き見えたか……?」

「一瞬すぎて、何も分からなかった。」


訓練場の空気が、震える。



カナンは、身体の痛みと共に“思い出す”。

彼から放たれた"二撃"を……


――踏み込みの瞬間。

視界の端から、ウォーレンスの姿が掻き消え、気づけば、拳が目前にあった。


一撃目――


拳が閃き、木刀の柄をはじく。


甲高い衝突音が、訓練場に裂けた。


二撃目――


ガードの為に上げた腕へ、拳が飛ぶ。


受け止めた瞬間に肘が畳まれ、衝撃が身体へと抜けていった。


そのまま視界が裏返り、地面が遠ざかる。


……起こった出来事を整理する。

受け入れ難い現実だが、記憶は鮮明だ。


「いってぇ……

あいつ……なんてパワーしてやがる……!」


カナンは呻きながらも、地を蹴って立ち上がる。

砂を払うこともせず、転がった木刀を拾い上げた。


その姿を見たウォーレンスは、一瞬だけ眉をひそめる。


「……本気か?」


彼の声には、呆れとわずかな興味が混じっていた。


カナンは答えず、息を吐き、再び構えを取る。

汗に濡れた手が木刀を握るたび、震えが伝わってきた。


ウォーレンスは短く息を吐き、静かに足を引いた。


そしてーー


何を思ったのか踵を返して、後ろへ歩き始めた。



(……なんだ、かかって来ないのか……?


まさか、もう終わりじゃねぇよな……)


カナンは歯を食いしばった。

その背を睨みつけながら、悔しさを滲ませて声を荒げる。


「おい!お前から仕掛けたんだろうが!

逃げる気かよ!」


ウォーレンスは振り返らず、低く吐き捨てた。


「アホか……。


……貴様こそ、さっさとついてこい。」


「……は?」

思わず間の抜けた声が漏れる。


ウォーレンスは足を止め、軽く顎をしゃくった。

「剣術の基礎から教えてやる。」


カナンは一瞬、反応に困った。

怒鳴り返す言葉も、皮肉も出てこない。


(……教える? 今、こいつ……なんて言った?)


だが考える時間もなく、ウォーレンスの声が場を裂いた。

「時間を取らすな、紛い物!!

さっさと来ないとぶちのめすぞ!!」


カナンは(もう一回ぶちのめされてるだろ……)と思い、戸惑いつつもウォーレンスの背を追ったのだった。



兵士たちが列を作り、順番に一対一の模擬戦を繰り広げている。

木刀と木刀がぶつかる音、短い号令、土煙。


熱気のこもる訓練場の片隅で――カナンはウォーレンスの前に立っていた。


右手に握るのは、訓練用の木刀。

周囲では剣戟の音が絶えないが、その一角だけは異様な静けさを保っていた。


「お前にどんな思惑があるのかは知らん……。


だが、剣を覚えたい覚悟は伝わった。

ならば、死ぬ気で覚えろ。


こちらも殺す気で行く……。」


ウォーレンスの声は訓練場の熱気の向こう側まで届くように低く、冷たかった。

言葉の刃に、含みはなかった。教え――というよりは宣告だ。


カナンはその沈んだ響きを飲み込み、首を一つだけ振った。

「――わかった。死ぬ気でやる。」


周囲の兵士たちの視線が一斉に集中する。

紛い物と揶揄されていた男が、今、自分の覚悟を声にして示した瞬間だった。


だが、カナンの心では悲鳴が渦巻いていた。

(何こいつ!?

ガチで殺しにくる目してるんだが!?怖!)


胸の鼓動は早鐘のように鳴り、呼吸は浅くなる。

だが外面は動かさない——

それがカナンの掴んだ生存術だった。




ウォーレンスは短く頷くと、傍にあった木刀を取り、構えを直す指示を出す。


「足幅、腰、肩の向きを真似しろ


右腕の稼働域を狭め、力を抜け


余計な筋肉を使うな……。」


カナンは言われた通りに体を直し、息を整える。


稽古は、ウォーレンスとの打ち合いを交えた基本の反復――

打たれ、立つ。打たれ、立つ。


彼は一撃一撃を容赦なく入れ、カナンのガードの甘さと重心の偏りを容赦なく潰していった。


叱咤が飛ぶたびに、木刀は弾かれ、身体が宙を描いた。

汗が額を伝い、肺が焼けるように痛む。

それでもカナンは立ち上がり、同じ動作を繰り返した。


時間は刃のように短く、しかし残酷に過ぎていく。

何度も倒され、何度も立ち上がるうちに、わずかずつだが変化が現れ始めた。

踏み込みが僅かに速くなり、腕の震えが減っていく。

木刀を振ったときに生まれる“線”がふっと整いだすのを、彼自身が感じ取った。


兵士たちの囁きも、次第に嘲笑から驚嘆へと色を変えていく。

ウォーレンスはその様子を、一切動じずに観察し続けた。

ただ時折、口元がきゅっと引き締まるだけだった。


夕陽が窓から差し込み、鉄と汗の匂いが混ざる頃には、カナンの額には泥と打ち身の痕が並んでいた。

筋肉は悲鳴を上げ、膝には泥が張り付いている。

それでも、彼の目は少しだけ澄んで見えた。


その姿を心配そうにイヴは眺めていた。


「カナン……」

小さな声で名を呼ぶ。

届くはずのない距離なのに、思わず声が漏れた。


「いやー、やってるね〜。」

背後から、気の抜けたような声音。


イヴが振り返ると、そこにはミネがいた。

杖を片手に、穏やかな笑みを浮かべながら、訓練場の様子を眺めている。


「ミネ……!」

イヴは驚きの声を上げる。


「毎回驚かせる気は無いんだけどな〜

私ってそんなに存在感薄い〜?」


ミネは、いつもの調子でマヌケ顔をしてみせた。



少し悲しそうな表情を見て、イヴは困ったように笑う。

「そんな事無いよ!

ただ、気づいたら“居る”というか……」


「ふむ……?」

ミネは少し首を傾げて、訓練所へ目をやった。


「それにしても……ウォー君、容赦ないねぇ。

……だから、懲罰牢とか言われるんだよ。」


冗談めかした口調。

けれど、その表情の奥には、どこか“試すような”光が宿っていた。


「それでも立ち上がるなんて――

面白い子だね、カナンは……

見ていてとっても面白い。」


ミネの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

優しさと興味、そして何か別の感情が、奇妙に混ざり合っていた。


「ウォーレンスは、拳で戦うのに、どうして剣を教えられるの?」

静かに訓練所を眺め始めたミネに、イヴが首をかしげながら尋ねる。


彼女はくすりと笑い、軽く杖をトントンと地面に打ちつけた。

「――あぁ、知らなかったっけ?」


「彼ね、王家の血筋なの。」

ミネは一拍置いて、わざとらしく肩をすくめた。


「正確には《ウォーレンス・アストレイン》――

旧エデン王国の王子様だよ。」


「お、王子様……!?」

イヴの目がまん丸に見開かれる。


「うん。まぁ本人はその呼び名を嫌ってるけどね〜。」


ミネはいたずらっぽく唇を吊り上げた。


「だから私は――《クイーンの王子様》って呼んでやってるんだ〜。」


イヴは思い出したように納得する。

「そういえば初めてウォーレンスのことを聞いた時にも、クイーンの王子様って言ってたね。」


「そうそう

実はあれ、比喩でも何でも無いのだよ。


プライドといい、実力といい

昔の“王族”の面影を、今もどこかで引きずってるからさ。」


ミネの声は、冗談めいていながらも、どこか懐かしさを滲ませていた。


「その一つ《面影》が質問の答え。


昔から剣術を叩き込まれてたみたいでね。

戦い方は荒いけど、技の基礎はちゃんとしてる。

――だから、ああ見えて“教える側”としては一流なんだよ。」


「へぇ……どうりで太刀筋が綺麗……!」

イヴは目を瞬かせ、訓練場で構えるウォーレンスを見つめた。


「ちなみに――」

ミネは少し声を潜めて、唇の端を上げた。


「セラの剣術も、ウォー君の指南なんだよ。」


「えっ、そうなの?」

イヴが驚きの声を上げる。


「うん。でもね、あの子、

最近はもう彼の特訓を受けたがらないの。」

ミネは小さく笑った。


「“効率が悪い”とか、“古い戦法”とか、色々言い訳してるけど――」

一拍、間を置く。


「たぶん、昔の訓練が相当きつかったんだと思う。」


イヴは思わず苦笑する。

「なんか、想像できるかも……。」


「でしょ?

あの二人が本気でぶつかるとね、周囲の床が抜けるんだよ。」

ミネは肩をすくめ、笑い混じりにそう言った。

「……まぁ、私は見えないから音でしか分からないんだけどさ〜。」



「ーーっと、見てるだけじゃダメだね。」

ミネは小さくため息をつき、杖の先を軽く地面に当てた。


「早く止めなきゃ。」


「止める? ……何を?」

イヴが不思議そうに首を傾げる。


「カナン君をボコすのを。」


ミネは笑いながら言う――

けれど、その笑顔にいつもの柔らかさは無かった。


「ーーセラちゃんと一緒に居たなら……


もう知ってるよね?」



イヴの瞳が一瞬、揺れる。


ミネの声が、ゆっくりと低くなる。




「――裏切り者が、見つかった。」




その瞬間、イヴの耳から喧騒が遠のく。

笑い声も、金属音も、まるで世界から消えたかのように……。


微笑を湛えたまま告げられたその宣告は

彼女に声にしては、あまりにも低かった。

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