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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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32話 『王子の懲罰牢』


ーー王子の懲罰牢


逆奪者の兵士たちから、密かにそう呼ばれる戦闘訓練は

その名の通り、肉体も精神も徹底的に叩き直す、過酷なものだった。


基礎体力の向上から、打ち合い試験、さらには対多戦闘、極限環境下での行動適性まで――

内容は戦場をそのまま切り取ったかのように苛烈。


その訓練の内の一つ戦場指揮の特訓にて

リオンは自身の実戦経験の無さを痛感していた。


戦場の状況変化は一瞬。

足場ひとつ、陣形ひとつで、戦況はまるで別物になる。


訓練所へと足を運んだ彼は、現在進行形で学びを叩き込まれていた。




ーーノード・クイーン

逆奪者の第二の司令塔であり、兵士育成施設。


戦闘訓練所の天井は高く、無機質なコンクリートではなく透明な理層ガラスで覆われ、

頭上には淡く揺れる光の筋が流れている。


それは照明ではなく、施設全体を循環する理層エネルギーの流れだった。


足元の床は、黒鉄の板が幾重にも組み合わされた磁気制御式プラットフォーム。

訓練内容に応じて地形を変形させ、模擬戦場を再現することができる。


表面は薄く砂が散らされ、踏みしめると“ザリ”と乾いた音を立てる。


壁面には、無数のセンサーとホログラム投影機が埋め込まれている。

訓練者の動き、反応速度、理層波の流れ――すべてが即座に解析され、能力パラメーターとしてデータ化される。


また、ノード・ナイトへの兵士派遣も管轄しており、ここ《ノード・クイーン》が実質的な戦力の中枢である。


その他、逆奪者兵士たちの就寝場所や食堂、第二司令室なども存在し、ノード・クイーンはサブ拠点とは思えないほどの設備を兼ね備えていた。


現在その施設内で、ウォーレンスの指揮するA部隊。

それに対して、リオンの指揮するB部隊が模擬戦を繰り広げていた。


訓練場の中では、衝撃波と砂煙が交錯している。


壁際には破損したドローンや模擬理障壁の残骸が転がり、戦闘の余熱が金属の床を焦がしていた。


カナンとイヴは、応援席のような場所の隅で座って観戦している。


腕を組みながら、模擬戦を眺めるカナンへ、イヴがふと問いかけた。


「カナンは、訓練に参加しなくて良かったの?」


「……片手持ちの銃なんて、訓練用のやつが無いんだとよ。」

肩をすくめながら答えるカナン。


「実弾で仲間を撃つわけにもいかねぇだろ。

それに……」


カナンは司令塔に立つウォーレンスを見ながら吐き捨てた。


「あいつに教えを乞うなんてごめんだね。」



愚痴る彼へ、イヴがぽつりと呟く。


「なんでカナン“だけ”嫌われてるんだろうね?」


「知らねぇよ。」

カナンは肩をすくめて答える。

「"過去を持たない"とか言って、向こうが勝手に突っかかってくるんだ。」


「うーん……顔がイヤなのかな?」


「……それはそれで傷つくんだが。」


イヴはくすっと笑い、

カナンはため息をつきながら頭をかいた。




「ウォー君は頼りになるけど、ちょっと変なこだわりがあるからね〜」


背後から急に気の抜けたような声音。


二人が振り返ると、そこには〈逆奪者〉のリーダー――ミネが立っていた。


その横顔はどこか楽しげで、それでいて場全体を支配するような、静かな威圧感があった。


「ミネ、どうしてここに……」

突然現れたその姿に、カナンは驚きを隠せなかった。


「君たちと同じく観戦かな。」

ミネは穏やかな声でそう言った。

「この体じゃ、みんなのように無理はできないからね〜。」


観戦――

彼女は確かにそう言った。

けれどその両目は、開いていなかった。


虚空すら見つめず、ただ、音と気配だけで戦場を“感じ取って”いるようだ。


その姿はどこか幻想的ですらある。

両足と片腕は擬似的な肉体。

初めて出会った時と同じように、彼女の身体は機械と生体の境界線に立っていた。


皮膚と金属の接合部は痛々しさを感じさせる。

それでも、その佇まいは静かで、まるで“欠け”さえ彼女の一部として受け入れられているようだった。



「ずっと、気になっていたんだが……」

カナンは少し迷いながらも口を開いた。


「その体、何があったんだ……。

もちろん、無理には聞かないけどよ……」


ミネは、しばらく答えなかった。

代わりに、吹き抜ける風が髪を揺らす。



「いいよ、別に過ぎた事だもの


五年前――まだ私が〈逆奪者〉の見習いだった頃の話。」


ミネは静かに口を開いた。


「私の両親が、“裏切り者”によって罠に嵌められた。

享楽者の快楽に落ちた人間が、組織に紛れていたんだ。」


(裏切り者……)

聞き慣れた言葉がミネの口から淡々と零れる。

その奥には今も焼け残るような熱があった。


「だから私とセラは、救助部隊に志願して現場へ急行した。

実の両親を――見殺しになんて、出来なかったからね。」


ミネはふっと笑い、首を横に振る。


「でも、だから焦ってしまったんだ。


享楽者にとって“快楽に落ちた人間”とは何だと思う?」


一拍の間。

彼女は答えを待つこともなく、静かに続けた。


「正解はデブリ――つまり、“使い捨ての駒”さ。」


「だからあいつは、救助に来た私たちごと、

その場で裏切り者を爆散させたんだよ。


まるで命を、“使い捨てるように”ね。」


カナンもイヴも、言葉を失っていた。


「セラを守るために爆風を直に受けた私は、この通り。」

彼女は淡く笑いながら、自身の義手を軽く持ち上げた。


「両目は焼け焦げ、左腕は千切れた。

両足はどちらもさようなら

皮膚に至っては、全身が大火傷だったよ。」


言葉は、まるで他人事のように淡々と。

けれど、誰よりも重く響いた。


「今は外傷がないように見えるけど――


これ、人工皮膚なんだ。

感覚は“ナッシング”。」


ミネは片手で自分の頬を軽く叩く。

「ね? ワハハハ。」


笑い声は明るいのに、

その中に滲む“空洞の響き”が、何よりも痛々しかった。



ミネは、静かに義手を下ろした。

その仕草は、どこか優しく――そして、確かだった。


「けれど、私はそれで良いと思ってるよ。」

微笑みながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「片目は失わせてしまったけど……」

「妹を――セラを、守れたから。」


その声音は穏やかだった。

悲しみでも後悔でもない、ただ“誇り”のような静けさ。


人工の肌をなぞる指先が、

ほんの一瞬だけ、確かな温もりを帯びたように見えた。


「……悪かったな、軽はずみに聞いてしまって……。」

カナンが視線を落としながら呟く。


ミネは、ふっと肩をすくめて笑った。


「おや、お姉さんを気遣ってくれるなんて――優しいねぇ。」


軽い冗談めかした口調。

けれどその笑みは、どこか安心したようにも見えた。


「揶揄うな

誰だって多分、そんな話聞いたら居心地が悪くなるんだよ」

カナンは、視線を逸らしながらため息をつく。


「でもね、カナン。

聞かれたのが君で良かったと思ってるよ。」


「……え?」

ミネの予想外の言葉でカナンは固まった。


「だって、君は“聞いた”あとに、黙るだろ?」

彼女はゆっくりと顔を上げ、まっすぐこちらに向ける。


「そういう沈黙の優しさって、案外、貴重なんだ。」


彼女はそう言って、柔らかく笑う。

光を知らない瞳が、こちらを見つめた気がした。


ミネは小さく笑い、視線を遠くに向けた。

模擬戦の金属音が、遠くでかすかに響いている。


「セラと――妹と仲良くしてやってあげて。」


その声はどこか優しく、どこか切なかった。


「口ベタだけど、根はいい子だから。


自分の気持ちを伝えるのが、ちょっと下手なだけなんだ。」


カナンとイヴは何も言わず、ただ頷いた。


ミネはそれを感じ取ったのか、

少しだけ安堵したように笑みを深めた。


「ウォーレンスもきっと、君のことを嫌ってはないと思うよ〜。」


「いや、それは無い。

少なくとも、俺はあいつが嫌いだ。」

カナンは真顔で返答した。


「…………」

ミネは口を逆三角にしたまま一瞬固まった。


「おや〜、この感じの流れで即否定とは、やるねぇ〜。」

彼女は口元に手を添え、いたずらっぽく笑う。


「でもね……


あの日、ボロボロになった私たちを、助けてくれたのはウォーレンスだったんだよ……。」


カナンは、少し驚いて口をつまんだ。


「追加派遣した部隊が爆発されたら、

普通なら“まだ何かある”って疑うだろ?」


ミネは微かに笑った。

けれど、その声の奥に滲むものは、静かな痛みだった。


「でもウォーレンスは――そんな危険地帯に、真っ先に突っ込んで……私たちを助けてくれたんだ。

おかげで、命を拾われた。

だからこうして今、私はここにいる。」


カナンは黙って耳を傾けていた。

ミネの言葉は淡々としているのに、不思議と重みがある。


「……あいつが変な信念を持ってるのは否定しないけどね〜。」

ミネは軽く息を吐き、どこかおかしそうに笑う。


「でも――彼は真っ直ぐで、強い人間だよ。

自分の正しさを疑わない。


それが、ウォーレンスという人間なんだ。」


言葉は優しかった。

だが、その“強さ”を語る声の奥に、わずかに震える熱があった。


「そういう人を、私は――綺麗だと思う。」


淡い微笑。

その表情には、尊敬にも似た何かが滲んでいた。

けれど同時にそれは、宝石を見つめるまなざしのようでもあった。


カナンは少し考え込むように黙り、

再び視線を模擬戦の方へ向けた。




戦場では――

ウォーレンスが、リオンを片手で押さえつけていた。

砂煙の中、容赦のない蹴りが飛ぶ。

訓練とは思えない、重い音。


「……あいつが優しいとは思えないがな。」


皮肉めいた独り言。

けれどその声の奥に、ほんのわずかに呆れと戸惑いが混ざっていた。


ミネはその言葉を聞いて、ふっと笑う。

「優しさの形は、人それぞれだよ。」


カナンは答えず、

ただ無言で模擬戦を見つめ続けた。


焦げた砂と、金属の軋む音。

どちらも、戦いの匂いしかしない。


――午前中の戦闘訓練は、こうして幕を閉じた。



***


昼休憩。

ノード・クイーン内の休憩所にて。


「いやー……戦いながら部隊の状況を確認するのって、難しいねー。」

リオンがため息混じりに笑う。


ミネと別れたカナンとイヴは、ボロボロにされたリオンと共に昼食を取っていた。


「敵の動きだけでも追うのに精一杯なのに、味方の位置まで意識するなんてさ……

あれ、頭おかしくなるよ。」


リオンがため息を吐く。

その顔には、疲労と軽いトラウマが混ざっていた。


「……あれは訓練って呼べるもんじゃなかったな。」

カナンが短く言う。

口調こそ淡々としているが、眉の奥にはわずかな引きつりが見えた。


「だね……。」

イヴも小さく頷く。

「なんというか……リオン、可哀想だった。」


三人の間に一瞬、沈黙が落ちる。

遠くではまだ誰かの怒号と衝突音が響いていた。



リオンはスープの匙を動かしながら、

「……でも、あの人の指揮、すごかったよ。」と呟く。

「こっちの動きを完全に読まれてた。

まるで……次の一手を知ってるみたいに。


自分が勝つ前提で動いてる……そんな戦い方だった。」


イヴがパンをスープへ浸けながら呟く

「……カナンみたいな戦い方。」


「……俺はあんなに脳筋じゃねぇよ。」

苦言混じりの否定に、

少しだけ張りつめた空気が緩んだ。



「まぁでも、いい勉強にはなるよ。」

リオンは匙を置き、少しだけ笑った。


「カナンも、前衛部隊Aの人たちと行動するだろ?

そういう時に、複数人での戦闘方法を知ってるとためになると思うぞ。」


カナンはしばらく黙ってスープを啜る。

湯気の向こうで、リオンの真剣な表情が揺れて見えた。


「……まぁ、考えとく。」

ようやく小さく答える。

その視線にはどこか遠い記憶の影が宿っていた。



「……そういえば、トルヴァたちは何処にいるんだよ。

訓練中は見かけなかったぞ。」

カナンは思い出したように問いかけた。


「あー、トルヴァたちなら前衛部隊Aとして、緊急招集の任務に行ってるよ。」


どうやらリオンは、入れ替わりでトルヴァたちと会っていたらしい。


「本人は“訓練サボれてラッキー”って呟いてたけどね。」


「……あいつらしいな。」

リオンとカナンは微笑した。


「その“緊急招集”って、どんな任務なの?」

イヴが首を傾げる。


「詳しくは知らないけど、この周辺での調査らしいよ。

ミネさんからの指示みたい。」

リオンは思い出すように上を向きながら答えた。


「ミネからか……」

どうりで、ノード・クイーンに彼女が居るわけだ。


「上が出てくるって事は、裏切り者関連か……?」


「さぁ、そこまでは聞いてないけど……


ウォーレンスさんは“今回は本部直轄の案件だ”って言ってたな。」

リオンは声を細めながら答える。


イヴは手を止め、少し不安そうな顔をした。

「……危なくないといいけど。」


「大丈夫だよ。」

リオンは明るく返す。

「トルヴァたちなら、多少の危険は笑って乗り切るさ。」


「笑って……ね。」

カナンは小さく呟き、スープを飲み干した。


その声には、どこか引っかかるような静けさがあった。

――まるで、この平穏の裏に、何かが潜んでいると察しているように……。


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