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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第一章 監視者《オブザーバー》編

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3話 『オクルス』


名も無い青年は街を見下ろす。


砂原を抜け、瓦礫を越えた先に現れた街並みは、どこか不自然なほど整然としていた。


均一な石畳の道、同じ高さに揃えられた建物。壁の色もくすんだ白で統一され、清潔感はあるが、彩りや温もりはどこにもない。


理想を描いた絵画を、そのまま現実に転写したような街だった。

奥には大樹の森が息づき、荒れた砂原との境を静かに隔てている。


少女の声は、街のさらに奥――森の方角から聞こえてきた。

具体的な位置は把握出来ないが、街の方面に声の主が居るのは間違いない。


「……行くか。」


短く呟き、青年は砂山を下り始めた。

足元の砂がざらりと崩れ、乾いた音を立てる。

視線の先には、街の門が見えた。


意を決して、踏み出したはずだ。

しかし、街の輪郭が鮮明になるにつれて、足取りは徐々に重くなっていった。


遠目には整然と美しく見えた街並み。

だが、距離を詰めるほどに――

その“均整”の裏に潜む異様さが露わになっていった。


塀や門柱には無数の円環の紋様が刻まれ、まるでこちらを監視する"目"のような光を放っている。

それらが放つ視線が、気味の悪い寒気を青年へと感じさせていた。


「気持ち悪ぃな……

何かに、ずっと見られてるみたいだ。」


門の上部には碑文がある。

『オクルスは全てを視る。

掟を守れぬ者は、監視者により裁かれる。 』


警告を含めた冷ややかな言葉が、街に入る前から青年の胸を締めつけた。


(オクルス…… 監視者……

この街のリーダーか何かか……?)


青年はしばらく門を見上げたまま、無言で立ち尽くした。


冷たい風が吹き抜け、砂が舞った。

街の静けさの中に、誰かの気配を感じた気がした――そのとき。


「……見ない顔だな、この街に何をしに来た」


不意に声がした。


門の影から現れたのは、一人の青年兵士だった。

短く刈られた髪、真っ直ぐな視線、そして左腕には街の紋章が刻まれた盾を抱えている。

腰に片手剣を携えた彼は、鋭くこちらを値踏みするように見据え、言葉を続けた。


「身分を告げてもらおう。

流通者ならば、売りに来た物品を確認させてくれ。」


淡々とした口調で青年は話す。

どうやら彼は、この街の門番のようだ。


入門のために何かを提示しなければならないみたいだが、生憎そのような物は手元にない。


「悪いが、初めて来た。

 そんな物は持ち合わせていない。


 俺はこの先で聞こえた――“声の主”を確かめに行きたいだけだ。」


怪しいことは重々承知している。

だが、それでも事実はひとつだ。


警備員としての責任を果たす彼へ、カナンは真っ直ぐに言葉を放った。


その言葉によって、門番の眉がわずかに動く。

沈黙。

ほんの一瞬、硬直したように目を伏せる。


「……聞こえた? お前が……?」

そして彼は、驚いたように呟き、わずかな動揺を滲ませた。


門番の兵士は、立ち塞がるかのように前へ出る。

だがその表情には、掟を守る者の冷徹さとーー

何かに揺さぶられる人間の"迷い"が交錯していた。


そんな彼の惑いを破るかのように、鎧の音が響く。


「ーーリオン! 何か問題か?」

低い老人の声と共に、柱の後ろから、大柄の男が現れた。


重厚な鉄の鎧を纏った、歴戦の猛者のような騎士。


「ガリウス団長!」


門番の青年"リオン"は、こちらへ歩いてきたその男へと敬礼し、名前を呼んだ。

肩書き通り、この街の騎士団長であることは明らかだった。


「彼は初めて訪れた入門希望者です。

情報の確認が取れないため、掟上は入門できませんが……」


リオンは言い淀む。先程と同様に迷いが見えた。


そんな彼の意志を代弁するように、ガリウスはこちらへ視線を向けた。

「放浪者よ。」

団長の低い声が空気を震わせる。


「掟に従えば、この街への入門は認められん。


だが――貴様が無害であると判断出来るなら、話は別だ……。


目的を答えろ。」



言葉は重い空気を走らせ突きつけられる。


放浪者ーー

そう呼ばれた彼は銃を腰に下げたまま、その視線を受け止める。


「そちらの若い門番にも伝えたが、俺はこの先から聞こえた、声の主を探しに行くだけだ。


別にこの街で何かしようなんて、微塵も思って無いさ。」


団長の眉が僅かに動いたが、すぐに冷徹な仮面に戻る。

「……声だと? お前も似たような戯言を」


その横で、リオンの瞳が大きく揺れている。


彼は分かっていた。

団長の冷徹な否定が、誰に向けられているかを。


ガリウスは軽くため息をつく。

そして、不意に話の矛先を若き門番へと向けた。

「リオン。

お前、数日前から“少女の声”が聞こえると言っていたな。」


突然の問いに、リオンの肩がびくりと跳ねた。

団長の鋭い視線に気圧されながら、言葉を探すように口を開く。


「あ、はい。

ここ数日、どこにいても……聞こえてきます。

……深夜の警備中でも聞こえるので、子供のいたずらではないみたいで……。」


リオン――どうやら彼もまた、自分と同じく“少女の声”を耳にしているらしい。

言葉はたどたどしくあったが、リオンの言葉には確信めいた響きがあった。


そんな彼へと、騎士団長はただ一言告げる。


「命令だーー

この者を同行させ、その"声"とやらの真相を解決してこい。」


ガリウスの唐突な命令。


「しかし掟は!?」


掟に背くことを案じたのか、リオンは咄嗟に口を挟んだ。


だが彼の返しに、ガリウスは冷静な説明を行う。


「街の外の者すべてが、入ることを禁じられているわけではない。


今回は――そうだな……リオン。

お前が付き添い人として、彼を……調査員を街に招き入れる事とする。


その形なら、掟には触れん。」



――青年を他所に、話は勝手に進んでいく。

どうやら俺を、悪霊祓いか何かと勘違いしているらしい。

……まあ、入門できるならそれで構わない。


「目的は“声”の解明だ。

 肩書きなんてのは、この際どうでもいい。」


話はまとまったようで、リオンが静かに敬礼を行った。


「……分かりました、団長。

 ご命令、確かに承りました。」


その姿に納得したのか、ガリウスは振り返ることなく、重い鎧を鳴らして去っていった。



静寂が戻る。

砂の舞う音だけが、場の緊張を引きずっている。


「なぁ、そこの騎士さんよ。」

残されたリオンへと声をかける。


「リオンでいい。

……どうした、放浪者。」

まだ警戒を解かない様子で、こちらを値踏みするように返す。


「さっきから言っていた“掟”ってやつ、結局なんなんだ?」


リオンは小さく息を吐き、わずかに表情を緩めた。

「……まぁ、知らないのも無理はないか。」


こちらへ寄りながら、彼は語り始めた。


「この街――オクルスは、“監視者〈オブザーバー〉”と呼ばれる方が治めている。


その方が定めた規則、それが“掟”だ。


外部者の扱い、建造物の設計、衛生、不可侵領域……全部、細かく決まってる。


場合によっては、監視者オブザーバー様から直接アナウンスが下ることもあるんだ。」


この街についてリオンから聞くこと数分後、別の騎士が門番の交代として入れ替わる。


青年はリオン監視の元、辺境の街 <オルクス> へと足を踏み入れる事となった。


***


門を越え、無機質に整った街並みを歩く二人。

彼らの間には気まずさが流れている。

そんな無言の空気に嫌気がさしたのか、リオンが質問を投げかける。


「……そういえば、まだ名を聞いていなかったな。

俺はリオン、この街の兵士だ。


ーーお前は何という名前なんだ?」

痺れた空気を断ち切るように彼は話を始めた。


「……名前は、ない。」


だが、名も無き青年は、彼の優しさをあしらうように答えた。


リオンは歩みを止め、鋭い目を向ける。


「……はぐらかすな。


名前のない人間など、存在するはずがないだろ。」


「…………。」


その言葉はもっともだと思った。

だが、現に俺には――名前も、記憶もない。


だからその問いに対する答えは、そもそも持ち合わせていないのだ。


「思い出せないのさ。

名前どころか、ここに居る意味さえもな……。」

悲しそうな表情で青年は呟く。


「ーーそれでも、俺はここにいる。

呼びたきゃ好きに呼べばいい。」


自分で告げたはずの言葉なのに、やけに寂しさを感じた。


そんな彼へ、リオンは小さく息をついた。

「じゃあ君のことは“放浪者”って呼ぶしかないな。

でも正直……俺はその呼び方、あまり好きじゃないな。」


再びお互いの間に痺れた空気が流れる。


その沈黙を断ち切ったのは、今度は名も無き青年であった。


「なら……俺のことは、“K”と呼べ。」

名も無き青年は、短くそう告げた。


「K……?」

リオンが眉を寄せる。

「それは……何かのイニシャルかい?」


「さあな。ただ、なんとなくだ。」


記憶の欠けた青年の脳裏に、ふとその文字が浮かんだ。

彼にとって、その名前に理由も意味もない――それでもその名は、ひとつの“芽”として息づき、世界を回し始めた。



ーー二人は住宅街を抜け、街の奥へと向かっていた。

白い石畳が終わり、木々が風に揺れる。

砂原とはまるで違う、湿った土の匂いが漂っていた。


声の大まかな位置は、リオンも解っているようで、方向に相違は無かった。


「お前はその声について、何を知っている?」

歩きながら、Kは声の主に関して疑問を投げた。


自分自身に目覚めを促し、この地へと導いた存在――だが、いまだ輪郭は掴めない。


「何を、って言われてもなぁ……」

リオンは視線を逸らし、肩をすくめた。


「ただ、懐かしい。

そんな声が……ずっと聞こえるだけなんだ。」


Kは目を細める。

懐かしさ……。

どうやらリオンもこの声に不思議な気配を感じているようだった。


「そういえば、数日前から聞こえてるって言ってたな……。」

Kがぼそりと呟く。


リオンはその言葉に頷いた。

「あぁ……けど、この声は――もっとずっと前から知っている気がする。


子供のころから、耳の奥に残っていたんだ。

はっきり聞こえるようになったのは、最近だけどな。」


Kは沈黙して話を聞く。

(……嘘はついてないみたいだな。)


「街の皆にも聞いてみたけど、誰もそんな声は聞こえないって言うんだ。

“疲れてるんだろ”とか、“もっと飯を食え”って励まされたけど……

誰も、本気では信じてくれなかった。」


どうやら“少女の声”は、街全体に響いているわけではなくーー

リオンただ一人にしか、届いていないらしい。


もしかするとこいつは俺の過去と何か関係があるのか?

Kの中で様々な思考が入り交じったが、答えは出ないままだった。


「でも……」


リオンは、拳を少し握りしめた。

「お前が現れてくれたおかげか、少し孤独では無くなったと感じるよ。」


Kは淡々と応じる。

「……じゃあ、俺とお前は似てるな」


「似てる?」


「俺も記録も名前も何も持ってない。ただ、声に導かれてここに来た。……孤独を抱えて。


"同調出来る仲間を見つけた"って意味じゃ、俺とお前は同じだ。」


リオンは初めて笑みを見せる。

「変な奴だな。

……だが、その仲間って言葉はーー

嫌いじゃない。」


***


街の中央を抜け、少し進んだ先。

リオンは「ここらで一度休もう」と言って、近くの店に足を向けた。


そこは、古くから続くパン屋だった。

手入れの行き届いた木の看板が陽に照らされ、

扉を押し開けると、香ばしい匂いが二人を包み込む。


「ここのパンは、この街で一番うまいんだ。」

リオンは慣れた様子で店主に挨拶し、

籠に焼きたての小麦色のパンを二つ放り込む。


どうやら常連らしい。

「見繕ってくるから、そこで待っててくれ。」

そう言って、ベランダの席を指さした。


Kは椅子に腰を下ろし、自然に囲まれた中で風に吹かれ和みを感じる。


ーーやがてリオンが、焼きたてのパンと共に戻ってきた。


丸く膨らんだパンからは、まだ湯気が立ち上っている。

指で触れれば柔らかく沈むほどの弾力がある。


焼き上がる時に立ち上った香ばしい匂いが、食べ始める前から絶えず漂っていた。


リオンが籠から一つ取り上げ、軽くかじる。

生地がパリッと音を立てて弾けた。


Kも籠の中から一つ取り、恐る恐る口に運ぶ。

小麦の甘さがふわりと広がる。

外は香ばしく、中はしっとりと柔らかい。


空腹を満たすというより――

身体の芯まで温めてくれるような、素朴な旨さだった。


バターの香りがほのかに漂うそのパンは、

街の冷たい雰囲気とは対照的に、どこまでも優しく、心を潤わせた。


「街は冷たい顔をしてるくせに……こういう場所は妙に落ち着くもんだな」


リオンは笑う。

「掟ばかりが街じゃない。

人が暮らすんだ、こういう温もりも残ってるさ」


一瞬だけ、二人の間にはささやかな平穏が流れた。


だが、一瞬だけだったーー



「!!!!!!!!!!!」


街全体に警報が響き渡る。


景観に似合わないサイレンの音が、平穏を打ち砕くように空気を揺らす。


……「!?

この音は緊急警報!?」


リオンは椅子から立ち上がり、戸惑いを露わにする。


先程までの和やかな雰囲気は消え去り、街は喧騒に包まれた。


そしてーー無機質な機械音声は通達する。


「告示! 掟を破りし侵入者あり!

掟を破りし侵入者あり!


名は『反逆者-K』!


繰り返す! 掟を破りし侵入者あり! 

掟を破りし侵入者あり! 

名は『反逆者-K』!」


「…………は?」


Kの手からパンが転げ落ちる。


時間が止まったかのような感覚に襲われる。


だがそれは、Kだけでは無い……。


傍に居た同行者も、目を見開き、反逆者と呼ばれた青年を振り返った。


「……反逆者……K?」



2025/11/1 改稿を行いました。

情景描写の書き直し。

一部セリフの追記。

重複描写の削除。

余韻描写の追記。

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