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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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24話 『盤上の暗躍者』


勝利の決まったゲームほど、退屈なものはない。

――そう語る者もいるだろう。


だが、私はそう思わない。

勝者は盤上の絶対王者。

勝利が約束されているからこそ、真の“遊戯”ができるさ。


だってそうだろう?

予定調和の中で、どれだけ“誤算”が生まれるか。

それこそが劇の醍醐味であり――

私の最大の娯楽なのだから。



さぁ、『反逆者』たちよ。


素晴らしき“演目”を始めようじゃないか。




──花火の残り香が夜空に滲んでいた。

闘技場〈コロッセオ〉の熱狂は、まだ石畳の下でうねっている。

酔い潰れた群衆は笑い声を残し、歌いながら通りを埋めていた。


そんな喧騒を離れ、フードを被ったセラが先頭を歩いていた。

カナン、リオン、イヴの三人はその後ろに続き、誰も口を開かなかった。


群衆の叫びと歓喜が耳の奥に残り、逆に静寂が重くのしかかる。

誰もが理解してしまったのだ――

今日、目の当たりにしたものの意味を。


イヴがぽつりと漏らす。

「……死人を、英雄に仕立て上げるなんて。」


リオンは拳を握りしめた。

「……あんなものが、娯楽なわけがない。」


カナンはただ前を向いたまま、告げる。


「それだけじゃない……

スティーラーの技術を横流してるやつもいる。

まずはそいつを、突き止めないと、享楽者にすら辿り着けないだろうな……。」


セラの藍色の瞳が、闇の奥でわずかに光る。

彼女は何も言わず、ただ歩を止めなかった。



夜の街を抜け、メイン拠点〈ノード・キング〉に戻ったのは、深夜も近い時刻だった。

地下の空気は冷たく、外の熱狂が嘘のように静まり返っている。


三人の背後で重たい鉄扉が閉じられると、セラは振り返りもせず淡々と告げた。

「……ミネのところへ。」


「……待て。」

低い声で遮ったのはカナンだった。


セラがわずかに首を傾げる。

「……何を。」


「裏切り者のことは――ミネにも言うな。」


その言葉に、セラの足が止まった。

振り返り、フードの奥から藍色の瞳が鋭く光る。

「……実の姉を、信頼するなというの?」


カナンは真っ直ぐに睨み返し、低く吐き捨てる。

「そうじゃねぇ……

だが、この情報は……組織の未来を握る鍵だ。

安易にバラせば、死ぬのは俺たちだけじゃ済まされない。」


重苦しい沈黙が通路に落ちる。

イヴは一歩引いたまま二人を見やり、小さく息を吐いた。

「……つまり、今はまだ“敵”がどこにいるのか分からない。

だから情報を隠しておこうってことだね。」


セラはほんの僅かに唇を噛み――

やがて視線を伏せ、静かに頷いた。

「……理解した。」



「……なんか、イヴの言うことには素直なんだよな……」

カナンが肩をすくめて吐き捨てる。


セラは再び前を向き、冷たい声で告げる。

「……なら、話すのは“作戦の結果”だけ。

裏切り者については伏せる。

それでいい?」


三人の間に、静かな合意が落ちた。



ーー扉をノックし、くぐり抜けた瞬間、耳に届いたのは弾けるような声だった。

「おかえり〜!セラち〜!会いたかったよ〜!」


机の上に広げた資料を放り出し、ミネは勢いよく立ち上がる。

両腕を広げて抱きつこうとしたが、セラはさっと横に身を引いた。


ミネの両手は空を抱く。

「ヒドイ!」


「…………」


姉をあしらったセラの視線に、ウォーレンスが見えたが、構うなと言うように、腕を組み直したので、報告を進めた。


「……コロッセオについて調査を行った。

新情報がある。」


感情を交えずに告げる妹に、ミネはにやりと笑みを浮かべる。


「へぇ〜、聞かせて聞かせて!」


セラはわずかに間を置き、背後に続く三人へ視線を投げる。

そして短くまとめるように言った。


「……享楽者の姿は、変わらず霧のようだった。

けれど、やつの新しい能力――

死人を操る力を確認した。」


「…………!!!!」


部屋の空気がわずかに張り詰める。

その時、壁際にいたウォーレンスがゆっくりと歩み出てきた。

鋭い眼差しでセラを、そしてカナンたちを順に見渡す。


「……ただならぬ話だな。」

低く落ちる声は、金属を擦るような重さを帯びていた。

その一言で、部屋の温度がひとつ下がったかのように静まり返る。


だが、そんな緊張を嘲笑うかのように、ミネが両手を打ち鳴らす。


「うわ〜!死人を操るだなんて、ゾッとするけど面白い! 舞台映えするねぇ〜!」


「……遊びじゃない。」

セラがミネを小突く。

「アイテ!」


リオンは怒りを込めて告げる。

「コロッセオの闘技祭は、死人を出場者として弄んでいた。

そんなこと……許されてはならない……」



「同意だな……」


ウォーレンスはわずかに目を細める。

「だがもしそれが事実ならば……

この街全体がいずれ、死人のデブリが溢れる“墓場”に変わるということだ。」


カナンは奥歯を噛みしめ、静かに吐き捨てた。

「笑いながら死んでいく街……胸糞悪ぃな。」



ウォーレンスは低く名を呼ぶ。

「……ミネ。」


やはり――さっきの作戦は、決行すべきだ。」


その言葉にセラもわずかに目を見開いた。

カナンとリオンは互いに視線を交わし、言葉の続きを待つ。


ミネはしばし顎に指を当て、次いでぱっと笑顔を浮かべる。

「ん〜……やっぱりそうなるかぁ……。

大量の死人がデブリになる前に、元を断っときたいもんね。」


カナンは驚く

「元?……享楽者の場所がわかったのか!?」


「ぜーんぜん!」

全く分かってなかった。


「今回見つけたのは、享楽者じゃないんだ。

おそらく、やつの研究所だと思う。」


ミネが小瓶を取り出し、机の上に置く。

その瓶の中には紫色の霧が入っていた。


一瞬で場の空気が張り詰める。

セラの藍の瞳がわずかに光り、イヴは目を細めて瓶を見た。


カナンが低く呟く。

「……ただの霧じゃないな。」


ミネは肩をすくめて、にやりと笑う。


「そうそう、これがやば〜い代物なんだよ。

人を笑わせて、快楽に堕とす毒ガスみたいなもんだね。」


ウォーレンスが鋭い眼差しを向ける。

「……つまり、享楽者の力を現実に形にしたものだ。」


ミネは楽しげに続ける


「享楽の霧<エクスタシア>」


「これの詳細は、研究所のヴァルツに解析してもらったんだ〜。

あの子、こういうの得意だからね!」


セラが僅かに目を細める。

「……結果は?」


ミネは机に肘をつき、楽しげに指を折って数えてみせる。


「解析された効能は二つ


まず一つ目

この霧は人間の神経を刺激して、強制的に“快楽”を感じさせる効果があること。


そしてもう一つ……快楽に堕ちた人間の細胞を侵食し、享楽者の波長に同調させる効果。


君たちの情報通りなら、死んだ人間すらも対象に出来るだろうね。」


リオンは怒りを込めて呟く。

「……生死関係なく、人をを道具にする力……」


「そういうこと。まったく、酷い話だー」


ミネは小瓶を、指先で軽く弾いた。

紫の霧が揺れ、中からほのかに薬品じみた匂いが立ち上る。


「詳細はわからないけどね……この霧を街に放つことで、住民を快楽へ堕とし、デブリに変貌させていく。」


カナンは奥歯を噛みしめ、低く吐き捨てる。

「……笑ってる群衆の影で、街はゆっくり“死体の山”に変わってるってわけか。」


「そう。そして――」

ミネは瓶を指先で転がしながら、愉快そうに唇を歪める。

「享楽者自身は姿を隠して、ひたすらこの霧を撒き続けてる。

どうりで姿を現さないわけだよねぇ。」


ミネの吐き捨てる声が沈黙を落としたその時――

低く響く声が部屋を切り裂いた。



「……だが、それも終わりだ。」


全員の視線が一斉に動く。

ウォーレンスが、腕を組んだまま一歩前へ出る。

鋼のような眼差しは揺るぎなく、机の上の瓶を見据えていた。


「ミネ、サンプルが必要と言っていたな。」


ミネがわずかに首を傾げ、口角を上げる。


「さすが王子様、判断が早いね。

そう、享楽者の霧に対抗するために、サンプルが欲しいんだ。」


イヴは理解出来なかったのか疑問を返す。

「というと……?」


「……」


ミネは、ゆっくりセラへと顔を向け、「解説頼む!」というように視線を送った。


何も知らされていないセラは、机上の瓶を見つめ、少し考えた後、冷たい声で言葉を紡ぐ。


「……この紫の霧は、人間にとって毒。

けれど、解析が進めば“抗体”を作り出すことができる。

つまり、操られた者たちを解放する――

“浄化”の薬が開発可能になる。」


彼女の藍色の瞳が僅かに光を帯びる。

「研究には、濃度の濃いサンプルが必要。

そのために……ウォーレンスの見つけた研究所で、より純度の高い霧を確保しなければならない。」


リオンが驚いたように顔を上げる。

「……抗体を……!?

じゃあ、操られた人たちを……救えるのか……!」


セラは視線を逸らさず、淡々と告げる。

「保証はない。そして、死人は戻らない。

だが……可能性はある。」


一瞬、重苦しい空気が漂う――その沈黙を破るように、ミネが勢いよく立ち上がる。

「せいっかーい!

さすが我が妹、天才だーー!!!」


両手をぱちぱち叩いて、誇張された笑顔を浮かべるミネ。

「やっぱりセラちに説明させて正解だったねぇ!わかりやすい〜!舞台も映える〜!!」


セラは呆れたように小さくため息を吐く。

「……茶化さないで。」



ウォーレンスは瓶をじっと睨んだまま、鋼のような声で言った。

「……明日、ノード・ルークと合流し、兵が集まり次第……やつの“思案”を潰す。」


静かな宣告が、部屋に重たく響いた。


「ミネ、それでいいか?」


ミネはくるりと踵を返し、足を組んで大袈裟な挙動で膝に手を添える。


「――もちろん異論は無いよ。」


そう言って彼女は、改めて皆を見渡す。


「というわけなので――君たちにも、この作戦に参加してもらいたい。


名付けて!

享楽の霧<エクスタシア>回収作戦!」

そのまんまだった。


セラがわずかに首を傾げる。

「……霧の分析は、私じゃなくていいの?」


「もちろん必要だよ。」ミネは笑みを浮かべ、妹の肩を軽く叩く。

「でもね、今回の一戦は重要な分岐点だ。セラも、前線でウォーレンスたちを支えてほしい。」


セラは一瞬だけ沈黙し、やがて静かに頷いた。

「……わかった。お姉ちゃん。」


ウォーレンスが一歩前へ出る。

「そういうわけだ、紛い物。……俺に逆らったら殺すぞ。」


カナンはすぐさま鼻で笑い、挑発を返す。

「上等だ、脳筋王子!

やれるもんならやってみろ!」


緊張が走る。

だがミネは手を叩いて笑った。

「仲が良さそうで何よりだねぇ〜!」


その瞬間、セラが小さくぼそりと呟く。

「……お姉ちゃん、ついに耳まで悪くなっちゃった……?」


ウォーレンスとカナンが睨みあい、イヴとリオンが止めようと焦る。

――奇妙な静けさと喧騒が同居する空気の中、作戦は決定された。


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