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【二章/完結】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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23話 『円形闘技場《コロッセオ》』


石畳を揺らすような歓声と熱気が、地下から地上へ突き上げてくる。

まるで街全体が震えているようだった。


円形闘技場〈コロッセオ〉。

今日もまた「闘技祭」が始まろうとしていた。

群衆は酒に酔い、笑い、叫び、舞台に現れる血と快楽を心待ちにしている。


人波に紛れながら、フードを深く被ったセラが歩く。

その隣でリオンは眉をひそめ、落ち着かない様子で群衆を見渡していた。

イヴはどこか冷静に、人々の笑顔を観察する。



そんな中、リオンが疑問を投げる。

「ところで、カナン。作戦ってのは?」


カナンは人々の熱気に紛れるように声を落とす。

「……まぁ、ここじゃ詳しくは言えねぇ。」


セラが僅かに視線を向けた。

「――わざわざ連れて来たのだから、意図ぐらい説明してほしい……。」



カナンは片手で頭を掻き、笑みとも苦笑ともつかぬ表情を浮かべた。


「言った通りだ。

やつの本当の能力を暴く。」

カナンは群衆の先、陽光を反射するコロッセオの壁を睨みつける。


「……俺たちが狙うのは享楽者の

“霧”じゃなくて、“本体”だからな。」


リオンは、静かに口を開いた。

「でも――一体どうやって?」


カナンは唇を噛み、わずかに目を細めた。

「……まずは見極める。

享楽者は“勝者を膝元に呼ぶ”って話だったろ。

その時に、やつは現れるはずだ」


イヴが後付けで説明する。

「……つまり、闘技祭の勝者が決まった時、現れる享楽者に、何か仕掛けるって事だね。」


セラはフードの奥で瞳を光らせ、淡々と告げる。

「けれど……偽物なら、また“霧”を追うだけ…

確証はどうやって得る?」


カナンは僅かに口角を上げた。

「むしろ、偽物だと踏んでる。

今回の目的は奴であっても、奴では無い。」


「……」

セラはそれ以上追求してこなかった。



鳴り響くファンファーレが、石壁を震わせる。

次の瞬間、観客席から爆発のような歓声が沸き起こった。


「――さぁ!本日も始まりましたぁ!」

高らかな司会者の声が、拡声器を通じて場内に響き渡る。


円形闘技場〈コロッセオ〉。

剣と血が舞う「闘技祭」の幕が、今、切って落とされた。


鉄扉が開かれ、現れたのは全身を鎧に覆った兵士。

無骨な甲冑の隙間からは、肉の匂いすら感じられない。

だが観客はそれを気にもせず、酒と快楽の熱に酔いしれたまま、名も知らぬ戦士に熱狂していた。


「うおおおっ!」「やれぇっ!」

歓声は渦を巻き、血を求める獣のように観客を煽っていく。


リオンが眉をひそめ、小声で呟いた。

「……何だ、あの兵士……妙に動きが硬い。」


セラはフードの奥で、わずかに藍の瞳を光らせた。

「命を懸けて戦う……身も固まることだろう。」


カナンは群衆の喧騒に紛れながら、唇を噛む。

「……やっぱりな」


イヴの青い瞳が細められる。

「……この街は命よりも快楽が優先されるの……。」


戦いの開始を告げる鐘の音が響いた。

鎧の兵士は無機質な剣を掲げ、ゆっくりと歩みを進めていく。


その背後に――やがて現れるはずの“影”を暴くために。



鐘の音とともに、観客の歓声が一層高まる。

鎧の兵士はぎこちない動きながら、確実に相手を追い詰めていく。

硬い鎧に守られているのか、斬撃を浴びても血は流れず、ただ鈍い金属音が響くばかり。


相対する戦士も、全身に甲冑を纏い、顔すら見えない。

彼も必死に反撃を繰り出すが、その攻撃は重く沈黙した鎧の前に、ことごとく弾かれていく。

観客はそれを見てさらに熱狂し、酒を掲げ、笑い、叫ぶ。


リオンはその光景に眉をひそめ、小声で呟いた。

「……なんだこの試合、まるで勝敗が決められてるようだ。」


だが観客は誰も気にしない。

それどころか「強い!」「倒せ!」と声を揃え、鎧の戦士を英雄のように讃えていた。


セラは無言でその様子を見つめていた。

その藍色の瞳は僅かに光を宿しながらも、表情は読めない。


甲高い金属音が響き、二人の剣がぶつかり合う。

刹那、鎧の兵士の一撃が相手の胴を正確に貫いた。


観客席が歓声で沸き立つ。

「おおおおっ!」「やったぞ!」


突き刺された相手の戦士は、がくりと膝をついた。

水彩のような鮮血が溢れ出る。


相手は声ひとつ上げず、そのまま後ろに倒れ伏した。

観客は歓喜の渦に酔いしれ、酒を振りまき、笑い声を上げる。

誰ひとり、その異様さに、気づいてはいない。


セラの瞳がフードの奥で僅かに光った。

――彼女も、カナンが"ここへ来た"意味を理解し始めていた。


「――勝者ぁぁぁ! 本日の覇者は、彼だァッ!」


観客席からは爆発のような歓声が巻き起こる。

酒瓶が宙を舞い、足踏みが石畳を震わせる。


そして――闘技祭の終幕を告げるかのように、夜空がひらけた。

薄暮を破るように、ひとつ、またひとつと火花が打ち上がる。

ドォン……という腹に響く音と共に、色とりどりの光が夜を照らした。


「……花火……」

イヴが小さく呟く。


熱狂に染まった群衆は、血と勝利の余韻に酔いながら、その光景を歓声で迎えた。

笑い声と拍手と、破裂する光の渦。


けれど、群衆の誰も気づいていなかった。

花火の下――その舞台に立っている“勝者”が、すでに人ではないことに。


カナンが目を細め、低く呟いた。

「……来るぞ。」


次の瞬間――闘技場全体が、まるで舞台装置そのものになったかのように変貌した。

炎が噴き上がり、頭上からは無数の光が降り注ぐ。

夜空を彩っていた花火は、計算されたかのように時を合わせ、爆ぜるたびに鮮やかな閃光で会場を染めていく。


観客席の壁面には光の紋様が浮かび、闘技場の中央にだけスポットライトのような輝きが収束する。

豪奢な舞台演出――まるで神を降臨させるかのごとき儀式。


その中心に、影が現れた。

ゆらめく光と共に、黄金の装飾を纏った“人物”が形を取る。

衣装は滑らかに煌めき、背後には巨大なスクリーンのような光壁が展開し、その姿を会場の隅々にまで映し出す。


観衆が一斉に総立ちとなり、耳をつんざくほどの歓声を上げた。

「うおおおおおっ!!」「享楽者さまーーー!!!」


歓声と拍手が嵐のように押し寄せる中、舞台の“主役”はただ微笑んでいた。

その笑みは慈悲にも似て、同時に底知れぬ冷酷さを孕んでいる。


――まるで、この街全体がひとつの劇場であり、彼こそが絶対の主演俳優であるかのように。



「……享楽者。」

セラの唇から絞り出される声は低く、鋭さを帯びていた。

藍の瞳がわずかに細まり、その奥に抑えきれぬ憎悪の色が宿る。


彼女の指先が外套の内側――武器へと伸びかけた、その瞬間。

横からイヴが手を伸ばし、彼女の手首を軽く押さえた。


「落ち着いて。」

青い瞳が真っ直ぐにセラを見据える。

「……あなたも、気づいたはず。」


セラの睫毛がわずかに震える。


イヴは囁くように続けた。

「――あれは、本物じゃない。

ただの……偽物。」


中央に立つ享楽者は、なおも群衆に向かって両手を広げ、微笑んでいる。

だが、その足元には影がなく、光に照らされる姿は奇妙に浮いていた。


歓声に沸く群衆とは裏腹に、四人の間にはひどく冷たい沈黙が流れていた。



カナンの作戦――


それは、ウォーレンスに見抜けなかった答えを、セラに見つけさせること。


確証バイアスを避け、襲撃もない冷静な環境下で、事実だけを見させて分析させる。


戦闘という極限下では、視野は狭まり、判断を誤る。

「……目に映るものを、そのまま真実と勘違いする。」


かつて、監視者〈オブザーバー〉が放った言葉。

それは今も、カナンの胸に傷跡のように刻まれ、抜けずに疼いていた。


――ウォーレンスが見抜けなかったのも、無理はない。


(だから俺は、用意した……)


「セラ……どう思う?」


横に佇む少女に目をやる。


(この状況を分析出来る状況を……)


呼吸を整えたセラは、真剣な眼差しで、観察している。


(彼女に……

最高技術者〈クラフトマスター〉に……。)



「……ホログラム」

セラは短くそう告げた。


セラの言葉に、イヴとリオンが一瞬息を呑む。


カナンは、期待していた答えを得たように口角をわずかに上げた。


セラは視線を外さず、淡々と続ける。

「舞台に降り注ぐ光……あれは目を眩ませるための照明演出。

観衆が見上げる角度と重ねれば、多少の“揺らぎ”は気づかれない。」


彼女はフードの影に藍色の瞳を光らせながら、言葉を切り分けていく。


「声は……拡声器と反響で“そこにいる”ように錯覚させる。

そして何より……観客自身が、歓声と快楽で酔い潰れている。

誰も疑おうとしない。見たいものだけを“真実”と信じるから。」


リオンが息を呑み、思わず小さく呟く。

「……だから、ウォーレンスさんも……気づけなかったのか……」


セラは頷きもせず、ただ断言した。

「享楽者の姿は――虚像。

それを支えているのは、高度な投影技術

……“盗まれた逆奪者の技術”。」


カナンは細くするように言葉を促す。

「つまり……」


セラは信じ難いとでも言うように、沈黙を挟んで言葉を続ける

「……スティーラーに、裏切り者が居る。」


「――ッ!」

リオンの瞳が大きく見開かれる。

イヴもまた息を呑み、青の瞳が揺らいだ。


その反応を嘲笑うかのように、次の瞬間、観客席から轟音のような歓声が押し寄せた。

喝采と笑い声の奔流が、まるでその言葉を掻き消すかのようにコロッセオ全体を震わせていた。



「――上出来だ。

俺にも、偽物ってことくらいは分かっても……その“原理”までは分からなかっただろうからな。」


彼の声には、その歓声と対象的な安堵と誇らしさが混じっていた。


セラは観客の歓声に掻き消されそうなほどの低い声で呟いた。

「……あなたの作戦とは、私を利用すること?」


カナンはわずかに目を細め、肩をすくめる。

「まぁ、それも一つだな。」

苦笑めいた言葉を吐きながらも、声色には確かな意志が宿っていた。


彼は視線を闘技場に戻し、静かに続ける。

「だが――お前も気づいただろ。」


一瞬の間。

カナンの眼差しは鋭さを増す。


「もう一つの確認をしたかった。

やつの“本当の能力”……“死人を操る力”を。」


四人は享楽者へと目を向けた。


「――見ろ、この勝者を!」

その声は拡声器を通じて、闘技場全体に響き渡る。


「死を超え、血を超え、己を超え――快楽を示した者こそ、真の英雄だ!」


群衆は歓喜の咆哮を上げる。

「うおおおっ!」「英雄!」「快楽万歳!」


リオンはその熱狂に言葉を失い、イヴは青い瞳を伏せた。

セラの藍色の瞳は、冷徹に虚像を射抜いている。


カナンはただ、唇を噛みしめながら目を細めた。

(……笑わせる。

死人を英雄に仕立て上げて、快楽を唄う。

これが、あいつのやり口か。)


享楽者は両腕を大きく広げ、まるで天から光を授ける神のように群衆を見下ろした。

声は甘く、陶酔を誘うように響き渡る。


「――見よ!快楽に身を委ねた者は、死をも超え、永遠に笑い続ける。

彼らは英雄であり、幸福に包まれて生きることでしょう!!!」


観客席は割れるような歓声に包まれた。

「幸福だ!」「万歳!」「享楽者様!」

まるで熱狂の渦が、街そのものを飲み込んでいくかのようだった。



ーー舞台に上がるは、冥の騎士。

瞳に映るは影法師。


糸もなく、意思もなく――

ただ快楽のために踊らされる操り人形。


陽だまりで影はただ笑う。

それを“戦い”と呼ぶ群衆の歓声こそが、享楽者の描いた劇台本の一節にすぎなかった。


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