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【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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22話 『クイーンの王子様』


ミネはソファに深く腰掛けたまま、軽く手を打った。

「さて、反逆者のお仲間さん。

ここに来たからには、私たちの拠点について知ってもらわないとね!」


セラは無言で机に一枚の紙を置く。

そこには碁盤目のように拠点の位置が書かれていた。


「……ノード。逆奪者の拠点は役割ごとに呼称されている。」


示し合わせたかのように、抑揚のない声でセラが説明を始める。


ミネは頷き、片手をひらひらさせて続けた。

「ノード・キングは、私たちが居るここ

頭脳であり心臓部だ。

そして、他にも拠点が点在してる。」


セラは淡々と補足を重ねていく。

「クイーンは、自由行動を兼ねた副司令塔。


ルークは防衛と資源の保管。


ナイトは戦闘用の拠点、即席で作られる、兵を集める場所。


ビショップは研究用……

旧拠点も含めると複数あるけど、今はほとんど使われていない。


ポーンは各地に点在する隠れ家。寝泊まりのみに使う簡易拠点みたいなものだ。」


カナンは腕を組んだまま、呟く。

「チェスの駒をもじってんのか……ずいぶん遊び心のある名前だな。」


ミネは楽しげに笑った。

「さすがカナン君!この名称は私が名付けたんだ!面白いだろ!!!」


皮肉で言ったつもりだったが、間に受けられてしまった。


それから少し会話は続き……


ーーミネは両手を叩き、軽く伸びをした。

「――っと、今日はもう遅いし、解散にしようか。

休む場所くらいは……セラち任せた!」


緊張が少し解け、カナンたちも深く息を吐く。


そのとき、ミネが思い出したように振り返った。

「そういえば――クイーンの“王子様”から武器の修繕依頼が来てたんだっけ。」


にやりと笑い、彼女は妹の肩を軽く叩く。

「"クラフトマスター"さん、明日までにお願いできる?」


セラは瞬きもせず、ただ短く頷いた。

「わかった。」


リオンがその言葉に反応し、思い出したように口を開く。

「そういえば……名乗ってくれた時に言ってたな。

最高技術者〈クラフトマスター〉だって。」


カナンは半眼で彼女を見やり、肩をすくめる。

「はん、冗談かと思ってたぜ。」


「冗談じゃない。」

セラはあっさり返し、淡々と席を立った。


その背を見送りながら、ミネがケラケラと笑う。

「ふふ、セラは昔から無口だけど――やることは一流だから安心していいよ。

明日、見せてもらえるはずさ。」


イヴは静かに目を細め、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「……なら、楽しみにしなきゃね。」


彼らはミネに別れを告げ、セラの後に続いて、寝床へと案内された。


粗末な木箱を並べただけの部屋。

湿った石壁には、ランタンの明かりがぼんやりと揺れている。

床に敷かれた毛布は薄く、決して快適とは言えない。

だが――外の狂気と笑い声に満ちた街を思えば、ここは確かに「安息」と呼べる場所だった。


「じゃあまた明日。」

セラはそう言い残すと、そそくさと出ていった。


しばしの沈黙。

その背中を見送っていたカナンが、毛布に身を投げ出しながら吐き捨てるように言った。


「……相変わらず無愛想なやつだな。」


リオンは苦笑し、鎧を外しながら応じる。

「無愛想というか……あれが素なんだろう。

なんというか、無駄がない。」


イヴはカップを手に、淡く微笑んだ。

「けれど……信用してもいいと思う。

少なくとも、彼女は嘘をつかない。」


「……そうかね。」

カナンは天井を見上げ、息を吐いた。


そのまま会話は途切れる。

だが、わずかな言葉のやり取りだけでも、確かに彼らの胸に「仲間としての手応え」が残っていた。


やがて三人はそれぞれに沈黙を抱えながら、与えられた寝床へと身を沈めていった。


湿った石壁に灯るランタンの火はまだ薄暗く、朝を告げる陽は届かない。

それでも拠点の内部は少しずつざわめきを取り戻していた。

誰かが工具を叩く音、鍋の蓋が鳴る音、低く交わされる会話。

「日常」と呼ぶにはあまりに粗末でぎこちない、けれど確かにここで人々は生きていた。


硬い寝床から身を起こしたカナンは頭をかきながら深い息を吐いた。

リオンは既に起き上がり、剣を抱えて磨いている。

イヴはまだ横になったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


「……石壁に囲まれて迎える朝ってのは、妙な感じだな。」

カナンが呟くと、リオンは苦く笑う。

「僕もあんまりいい思い出は無いな。」


空気が少し沈んだ、その時――コンコン、と扉を叩く音。

返事を待つ間もなく、無言でセラが入ってきた。


その手には木の盆があり、粗末ながら湯気を立てるスープと黒パンが並んでいた。


「……朝食。」

セラは淡々と告げ、盆をテーブルへと置いた。


その様子を見て、リオンが小さく手を挙げる。

「……手伝おうか?」


彼女はほんの一瞬だけ視線を向け――すぐに首を横に振った。

「不要。

貴方たちのお世話も、私の仕事。」

短く切り捨てるように答えると、湯気の立つスープを順番に並べていく。


「……俺たちはペットかなんかかよ。」


セラは振り返らず、静かに言葉だけを返す。

「食事は、生きるために必要。……違う?」


そのやりとりに割り込むように、いつの間にか起きていたイヴが、パンを頬張りながら笑う。

「……同感。

せっかくなら、セラちゃんも一緒に食べようよ。」


セラは一瞬だけ手を止め、彼女を見た。

だが、感情を浮かべることはなく――ただ無言で席に着いた。


イヴはいつの間にか、カナンのパンまで食べていた。



ーー短い朝の喧噪を残し、彼らはセラの案内で工房へと向かうことになる。



狭い地下空間には無数の机が並び、そこかしこで火花が散っている。

槌で金属を叩く音、歯車を回す音、そして紙に走るペンの擦過音。

戦場とは違う「ものを作る戦い」の熱気が充満していた。


「……ここが、技術者の領域。」

セラは感情を交えずに告げる。


だが、三人にはそれ以上のものが伝わっていた。

ここが――逆奪者の武器と策を生み出す場所であり、確かに戦いの中枢であることが。


工房を見渡す三人に、セラは淡々と指を差しながら名を告げていった。


「鍛冶担当――ベルトラン。

火薬と爆薬の調合は――オルフェ。

補修と装備管理は――フィオナ。

研究資料の整理と解析は――ヴァルツ。

設計補助――エミル。」


彼女は一呼吸おいて、最後に短く付け加える。

「そして、全体を統括するのが――私。」


カナンは眉をひそめた。

「……いっぺんに言われても、覚えられねぇよ。」


「…必要ない情報だと思うなら、忘れればいい。」

セラは淡々と返し、再び歩き出した。


火花と金属音に包まれた工房は、なおも研究者たちの集中で動き続けていた。

カナンは小さく舌打ちし、仕方なくその背を追った。


セラはそれ以上多くを語らず、奥へと歩みを進めた。

通路の突き当たり――一枚の分厚い鉄扉を無言で開ける。


「……ここが、私の工房。」


扉の先は他の区画と違い、整理整頓の行き届いた空間だった。

壁一面に工具が掛けられ、金属片や魔導式の部品が整然と並んでいる。

中央には大きな作業台が据えられ、そこには分解途中の銃と、青く光る不思議な装置が置かれていた。


「おぉ……」

カナンは思わず声を漏らす。

外の雑然とした拠点とは正反対に、この部屋には“精密”という言葉が似合っていた。


セラは椅子に腰を下ろすと、机の上の部品にそっと触れ、淡々と告げる。

「武器の修繕依頼は、ここで処理する。」


リオンが顔を上げる。

「昨日言ってた、クイーンの王子からの依頼かな?」


カナンは腕を組み、ぼそりと呟いた。

「クイーンで王子とか……ますます訳わかんねぇな。」


セラはそれには応えず、静かに奥の作業台へと視線を移した。

「……彼の使っているガントレットは、精密な部品を多く扱う。

――最高技術者〈クラフトマスター〉として、私が対応する必要がある。」


作業台の上に置かれていたのは、巨大な籠手だった。

鈍い光を放つ金属の装甲が幾重にも重なり、その隙間には細やかな歯車や符号めいた刻印がびっしりと刻まれている。

一見ただの武具に見えるが、近づけば近づくほど“武器”というより“兵器”に近い異様な気配が漂っていた。


リオンは思わず目を細める。

「……あれを、たった一人で?」


セラは小さく頷き、工具を手に取った。

「問題ない。……これが、私の仕事だから…」


作業台に置かれた巨大な籠手を前に、セラは椅子へ腰を下ろした。

工具箱を開き、手際よく器具を並べていく。


リオンは思わず感嘆の声を漏らす。

「……すごいな。

部品の数だけで、普通の剣よりもはるかに複雑だ。」


カナンは腕を組んだまま、不満げに鼻を鳴らした。

「ふん……こいつが壊れたら、誰も直せねぇってことか。

随分と面倒な玩具だな。」


セラは視線を上げず、冷たく返す。

「……玩具ではない。

“命を預ける武具”……だからこそ、寸分の狂いも許されない。」


金属の留め具を外す音、油を差す音、歯車を動かす微かな回転音が、工房にリズムのように響いていく。


イヴは作業を見守りながら、小さく首を傾げた。

「ねぇ、セラちゃん。

そのガントレット……ただの武器じゃないでしょ?

何か……仕掛けがある。」


セラの手が一瞬だけ止まる。

だが、感情を表には出さず、再び淡々と作業を続けながら答えた。

「……“王子”は戦場に立つ。

その力を最大限に発揮させるための仕組み。

それ以上は……守秘義務。」


「守秘義務ねぇ……」

イヴに隠し事は通用しない事を、カナンは知っている。

けれど、あえて口は出さなかった。


リオンは真剣な眼差しで、黙々と作業を進めるセラの横顔を見つめていた。

「……クラフトマスター、か。

その肩書きに、嘘は無さそうだな。」


油の匂いと火花の音が工房を満たす中、セラの指先だけが淀みなく動き続けていた。


「……終わった。」

短く告げ、セラは工具を置いた。


数十分後――修繕作業は、あっけないほど滑らかに完了していた。

磨かれた金属は光を取り戻し、細かな歯車も滑らかに動いている。


「もう終わったのか?」

驚いたようにカナンが眉を上げる。


セラは油でわずかに汚れた指先を拭いながら、淡々と答えた。

「……慣れてる。

彼は、いつもすぐに壊すから。」


言葉の温度は冷たい。

けれど、その声音の奥に、ほんの僅かな“親しさ”が滲んでいた。


カナンが小さく鼻で笑い、腕を組む。

「……ずいぶんヤンチャな王子様なんだな。」


その一言に、作業場の空気が一瞬張りつめる。

低く響いた声が、背後から飛んできた。


「誰が――ヤンチャな王子様だって?」


鉄を擦るような重い足音と共に、奥の影から男が現れる。

精悍な顔立ちに深い傷跡。鋼鉄のガントレットを片腕に装着した巨躯の戦士。


その眼差しは、まっすぐにカナンを射抜いていた。


カナンは振り返りざま、思わず口を尖らせた。


「全然、王子様なんて見た目じゃねぇよ。

なんだよこいつ……ライオンとかの方がまだ似合うぜ。」


背後に立つ巨躯の男は眉ひとつ動かさず、ただ静かに睨み返してくる。

その圧だけで、まるで獣に睨まれたような緊張感が場を支配した。


セラは淡々と口を開く。

「……彼はノード・クイーンの代表

つまり逆奪者の副将。『ウォーレンス』。」


ガタイの良い男は鋭い眼光を緩めぬまま、ゆっくりと歩を進めた。

「……話しかけるな、紛い物。

ミネから話は聞いている。

俺は“過去を持たない人間”が一番嫌いだ。」


カナンが眉を吊り上げ、すぐさま言い返そうとしたその瞬間――

リオンが横から手を伸ばし、彼の口を押さえた。


「……やめろ、カナン。」

真剣な声。

「今は無駄に敵を作るべきじゃない。」


カナンは苛立ちを隠せず、振り払うようにリオンの手を押しのける。

だが、ウォーレンスの鋭い眼差しは微動だにせず、まるで「試す」ように二人を見据えていた。


ウォーレンスは腕を組み、険しい眼差しを緩めないまま、ゆっくりと口を開いた。

「……そちらの騎士、リオンと言ったか。」


低く響く声に、リオンは無意識に背筋を伸ばす。


「いい目をしている。

お前には――背負う“何か”があるのだろう。」


その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。

リオンは息を呑み、しかしすぐに力強く頷いた。


「はい…!僕には守るべき正しさがあります。」


カナンは横で小さく舌打ちし、そっぽを向く。

彼の胸中には「過去がない」という烙印を押された苛立ちが、確かに燻っていた。


ウォーレンスは、セラの手から修繕を終えたガントレットを受け取ると、

装着した腕を軽く握り、確かめるように動かし、リオンへ振り返った。


「……そうか。お前には見込みがある。

語り合いたいところだが――すまない、急を要する事態に直面していてな。」


低く響く声と共に、彼は背を向ける。

鋭い眼光だけを一瞬残し、重たい足音が遠ざかっていく。


「機会があれば――また会おう。リオン。」


その言葉は、去り際の背中に刻みつけるように残された。


重い足音が遠ざかり、工房に静けさが戻る。


カナンは頭をかきむしり、ぼそりと呟いた。

「……なんで、俺は会う人に尽く嫌われるんだ。」


すると隣で、パンをかじっていたイヴが何気なく口を開く。

「私は、嫌ってないよ……?」


不意を突かれたカナンは、気恥ずかしそうに目を逸らし、

「……そりゃ、どうも。」とだけ返した。


リオンは二人を見て、苦笑を洩らすのだった。



ーーイヴが首をかしげながら口を開いた。

「そういえば……彼が言ってた“急を要する事態”って、何なんだろう?」


セラは工具を片付けながら、わずかに首を振った。

「私にも分からない。……彼は、ミネから直々に任務を下されることが多いから。」


カナンが鼻で笑う。

「副リーダーって肩書きがあるからな。

つまり便利屋ってわけだ。」


セラは手を止めずに続ける。

「……そういう軽口を叩くのは勝手。

でも事実、彼は幾度も任務を成功させてきた。

過去には、“享楽者を襲撃する作戦”を担ったこともある。」


リオンが目を見開く。

「享楽者に……挑んだのか!?」


セラは淡々と頷く。

「成功には至らなかった。

けれど、あの舞台に立った者は彼だけ。」


カナンは腕を組み、不満げに顔を背けた。

「……ますます気に食わねぇな。」


セラはわずかに視線を落とし、淡々と続けた。

「襲撃場所はコロッセオ。

私の知る限り……作戦に抜かりはなかった。


ただ一つ――すべての攻撃が、享楽者に当たらず、すり抜けたこと以外は。」


リオンが息を呑む。

「……すり抜けた?」


「そう。」セラは瞬きもせずに頷く。

「刃も、銃弾も、罠も――全て虚空を裂いただけ。

まるで形を持たない“霧”のように。」


カナンは苛立ち混じりに吐き捨てる。

「……つまり、やり合ったが“勝ち筋”が見えなかったってわけか。」


セラは一瞬の沈黙を置き、淡々と告げた。

「――享楽者は何かを隠してる。

私たちの知らない“何か”を。」


セラの言葉が落ちてから、場にはしばしの静寂が流れた。

誰もが思考に沈み込み、油の匂いと鉄の響きだけが工房を満たす。


やがて、その空気を断ち切るようにカナンが口を開いた。

「……コロッセオで襲撃したと言ったよな。

享楽者は……何もやり返してこなかったのか?」


セラはほんの一瞬だけ視線を伏せ、すぐに無機質な声音で答えた。

「……享楽者自体は、完全に無反応だった。

ただ、操られた“デブリ”が群れとなって襲いかかってきただけ。」


リオンが眉をひそめる。

「……気味が悪いな、まるで、わざと観戦するみたいだ。」


「そう。まるで“見物”していたかのように。」

セラの淡々とした返答は、かえって不気味さを際立たせた。


その時、横に座っていたイヴが、静かに口を開いた。

「……カナン。」


不意に名を呼ばれ、カナンはそちらを見る。

青色の瞳と視線が絡んだ一瞬――言葉にせずとも、互いの思考が一致しているのを悟った。


カナンは立ち上がる。

椅子の脚が石床を擦り、工房に硬い音が響いた。


「……作戦がある。」

短く告げた声に、全員の視線が集まる。


カナンは一呼吸置き、唇を固く結んで続けた。


「享楽者――

やつの“本当の能力”が、分かるかもしれない。」


最後まで読んでくださりありがとうございます。

逆奪者の拠点は、チェスをモチーフとしており、それぞれ役割があるという設定です。


毎日更新頑張ってます。

楽しみにお待ちください。

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