2話 『記憶の産声』
ーー世界は記録によって形を保つ。
それは誰かの願いであり、誰かの罪でありーーそして誰かの"正しさ"でもあった。
だが、記録はただ静かに積み重ねられるのではない。
産声のように震え、時に悲鳴を上げ、やがてーーひとりの人間を世界に降ろす。
砂原の地。
名も無き青年は目を覚ました。
彼には過去も、名前も、存在の意味すらなかった。
ただひとつ――胸の奥に、抗うべき正しさを残して。
「……反逆者。」
どこからともなく、懐かしい声が響く。
少女のような優しく暖かい声。
それは、静かに胸の奥を疼かせたが、何も思い出せはしない。
辺りを見渡しても、声の主の姿はない。
砂に囲まれた一面の荒野。
落ちてきたはずの塔は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
「ここは……何処なんだ……。」
彼の呟きは風に飛ばされ、再び静寂が訪れた。
青年は唯一の持ち物ーー
腰に掛けられた一丁の銃を見つめる。
なぜ、"銃"なのか。
様々な思考に追われる中、彼の頭に一つの疑問が過ぎる。
使い方も知らぬはずなのに、構えれば自然と手が動く。
あのおぞましい影すらも、躊躇なく撃ち抜くことが出来た。
ただの拳銃にしてはやけに軽く、弾丸の威力も凄まじいものだった。
黒いメタリックの銃身。
控えめな銀の装飾が刻まれ、リロードを要するが、弾速と威力は申し分ない。
ただの拳銃ではない。
そして――なぜか、それを“使い慣れている”感覚があった。
彼は思う。
記憶を失う前の自分は、なぜ"これだけ"を持たせたのだろうか。
「……反逆者、か。
いきなりそんなこと言われても、わけわかんねぇな……。」
独りごちた刹那、地面が微かに震えた。
「……!!」
足元の砂が揺らぎ、ざらりと音を立てて崩れ落ちる。
砂の底から、影を纏った獣たちが這い出し、牙を剥いた。
反射的に空中を駆けて、攻撃を交わす。
視界に入った"そいつら"は、見覚えのある気配をしていた。
先程撃ち抜いた影と同じ揺らぐ幻影ーー
青年は悟った。
考えるまでもない。
ーーこいつらは、敵だ。
「……さっそく歓迎か。せっかちな奴らだな。」
青年は短く息を吐き、銃口を構えた。
乾いた砂風が頬を撫で、照りつける陽光が黒い銃身に反射する。
次の瞬間、引き金が鳴った。
放たれた弾丸が、影の獣を正確に貫く。
動きは鈍く、狙うのは容易だった。
だがーー数が多い。
一体倒しても、次の影が砂の底から這い出してくる。
「なんだよこいつら……ずっとついてくるじゃねぇか……!」
青年は砂を蹴り上げながら走り、撃ち、また走る。
乾いた銃声が連続し、熱を帯びた空気が肌を焦がした。
だが影の群れは距離を詰め、容易には引き離せない。
進むべき道も定まっていない。
足場の悪い砂地、長くはもたないだろう。
逃げ場もなく戦い続ければ、いずれ追い詰められるのはこちら側だ。
「キリがねぇ……。」
どこへ向かうべきか、思考が巡らせていたその時ーー
乾いた風の音に混じって、声が届いた。
少女の声。
遠くからだったが、確かに聞こえた。
懐かしさと、どこか痛みを感じさせる声色が。
「進みなさい。
抗うなら――私のもとへ。」
ーー胸の奥が熱くなる。
まるでその言葉が、自分という存在の核に触れたように……。
「……」
足元を流れる砂が、低く鳴いた。
灰色の空はどこまでも遠く、太陽は熱を失ってただ白く滲んでいる。
吹き荒れる風は、命の匂いを運ばない。
世界そのものが、記録の残滓だけでできているようだった。
「分かった。
ーーそこまで俺に固執するなら、会いに行ってやるよ……。」
乾いた風が頬を伝う。
その感触が、"世界に生きている"という実感をくれる。
目的地はーー決まった。
青年は迷いを焼き払い、一方向をしっかりと見つめ直した。
だが、進路を阻む影の群れはそれを許しはしない。
引き金を引くたび、砂煙が上がり、焦げた空気が肺を焼く。
それでも群れは止まらない。
終わりのない戦いに、冷たい焦燥が背を這った。
この数を、片手の銃ひとつで相手取るのは――さすがに無謀だ。
走る青年を追うように、新たな獣が砂から這い出る。
だが今度は彼の後ろではないーー
奴らは彼の行く手を阻むように、先回りをしていたのだ。
後方に注意を割きすぎた青年は、その気配に気づくのが一瞬遅れる。
三方向から同時に迫る黒い影。
「……っ!」
反射的に銃口を向け、引き金を引く。
だが三体同時に撃ち抜くことなど不可能。
「避け切れない……!」
痛みを覚悟した瞬間ーー
目の前の影は、音もなく霧散した。
青年は理解した。
この銃の特性を
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
撃ったはずの弾丸が、空間の途中で跳ね返ったのだ。
光の壁――それは確かにそこにあった。
体は反射的に、だが確実に意志を持って“弾丸を操っていた”。
「……この銃は、ただ撃つだけじゃねぇ。」
青年は息を整えながら、手にした銃を見つめる。
弾丸は軌道の先に光の壁を生み出し、反射を繰り返すごとに威力を増していく。
まるで理そのものをねじ曲げるような――
これは、人知を超えた“特別な銃”だった。
何も、思い出せはしない。
なぜ自分がこの銃を持っているのか。
なぜ、こんなものを扱えるのか。
けれどもーー
ーーザンッッッ!!!!!
数十匹の群れが雄叫びを上げながら、青年へ襲いかかる。
その瞬間――世界は、軋むように“遅れた”。
砂粒が宙に舞い、空気の流れが重たく歪む。
獣たちの咆哮さえ、水の底から響くように遠く感じた。
呼吸だけが、はっきりと聞こえる。
心臓の鼓動が一回鳴るたびに、時間が一拍ずつ伸びていく。
ゆっくりと銃口を向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は光を帯び、空間に軌跡を刻んだ。
一、二、三――。
心の中で数を刻むたび、世界がゆっくりと流れを取り戻していく。
重く淀んでいた空気が動き、砂が再び地に落ちた。
そして、次の瞬間。
影の群れは――音もなく、霧となって消えた。
青年は、ゆっくりと息を吐き出した。
張り詰めていた空気が解け、砂の上に静寂が戻る。
彼の足跡の上には、宝石のように淡く光る核が三つ、砕けて転がっていた。
青年は、"それら"を撃ち抜いた武器。
人知を超えた片手銃を握りしめ、覚悟を言葉にした。
「異質だろうが関係ねぇ。
生き残るために使うなら、これは"正しい"使い方だ。」
荒い息を吐きながら彼は空を仰ぐ。
砂に残る足跡は、風に流されて溶けていった。
***
「……ようやく、辿り着けたか。」
崩れかけた鉄骨の隙間から、わずかに光が差し込む。
それはまるで――この世界のどこかに、まだ“希望”が残っていると告げるようだった。
青年は銃を握りしめ、確かな足取りで街へと歩みを進める。
『世界は新たなーー"反逆"を、また一つ受け入れた。』
最後まで読んでくださってありがとうございます!
敵の正体は?青年の持つ銃の力は?など、まだまだ謎が多い物語となりますが、少しずつ執筆して行きますのでよろしくお願いします!
2025/10/29改稿
情景描写の書き直し。
一部セリフの追加。
片手銃の名称追加。
を行いました。




