15話 『収束反射弾《アルタナイズム》』
ーー視界は赤黒く滲んでいた。
吹雪の音も雪の冷たさも感じない。
胸を裂かれたような痛みも、焼け付く怒りも、すべて燃え尽き、ただ灰のような虚しさが残っていた。
「……もう……何もない。」
声は震えていなかった。
その言葉を呟いた瞬間、自分自身すらも他人のように感じた。
耳の奥で、ざらつくノイズが揺らぐ。
意味を持たないはずの音が、ゆっくりと言葉の形を帯びる。
『――最適確認。
―欠損を修復。
――新たな器を選定。』
冷たい囁き。
祈りでも、希望でもない。
ただ“世界”そのものの圧が、彼の内側へ無遠慮に侵食していく。
抗う力はなかった。
拒む理由も、もうなかった。
少女だった物を抱えて、膝をつく
「私に、守るものは……ない。」
最後に残った意思すら、彼は自ら手放した。
光でも闇でもない、無色の奔流が彼の体を呑み込み、境界を曖昧に溶かしていく。
アルゴリズムに魅入られて、セリオスという人間は、静かに終わった。
だが、その背を見つめる小さな影があった。
逃げ場を失った忌み子。
彼の手によって救われ、自由となった存在たち。
彼らはわかっていた。
異端とされた自分たちに、居場所は無い、と。
だからこそ、自らを解放したセリオスを追い、彼らは拠り所として集まった。
「……置いて、いかないで……」
幼い声が零れ、影が一人、また一人と彼の後を追った。
セリオスのーー
監視者〈オブザーバー〉の後を……
ーー赤黒い残響は、煙のように掻き消えていった。
残ったのは、胸の奥を焼く痛みと、ひと欠片の祈りの残骸。
「……ッ……!」
イヴは思わず息を詰まらせ、掌で強く胸を押さえた。
瞼の裏に、赤い瞳の少女と、彼女を守ろうとした男の影が焼き付いて離れない。
動揺しながらも顔を上げる。
リオンは迫り来る攻撃を防ぎ、
Kは銃口を火花と硝煙で染め上げている。
彼らにとっては今も戦場――
一瞬の隙すら命を落とす刻。
記憶を扱わない彼らには知りえない情景。
だからイヴは声を上げなかった。
ただ震える唇で、小さく呟く。
「……彼も、守りたかっただけ、なのに……」
無機質なセンサーの赤が、再び彼女たちを射抜く。
そこに人の色はなく、監視者だけが冷徹に立ち尽くしていた。
「イヴ、まだか!?」
リオンの叫び声が飛ぶ。
その響きに胸を掴まれたように、イヴははっと息を呑んだ。
情に流されれば、ここで死ぬのは自分だけではない。
リオンも、Kも……
彼女は奥歯を噛みしめ、揺らぎかけた心を押し殺すと、目を細めて銃声の雨を切り裂くKの姿を見据えた。
戦場では、轟音が走る。
鋼鉄の斧が床を砕き、破片が火花を散らして弾けた。
その斧に向けて、Kが鋭く声を投げる。
「……守ると言いつつ、斧なんて、ずいぶん物騒な物を持ってんだな……!!」
「……黙れ……!」
金属音を軋ませるような声に、人間的な熱が混じる。
監視者は斧を振り下ろし、火花と轟音で戦場を覆う。
Kはそれを跳弾でいなしながら、低く吐き捨てる。
「アルゴリズムから与えられた武器が、そんなに気に入ったかよ。」
監視者は応じない。
ただ怒りと演算が交錯するまま、斧の刃はさらに加速していった。
監視者の瞳が再び赤く瞬き、空気が張り詰めた。
斧の軌道が次第に研ぎ澄まされ、演算によって最適化された攻撃は、人間の反射神経では到底追いつけない速さに至る。
「……チッ!」
Kの頬をかすめた風圧が、皮膚を裂いた。
跳弾で散布防御を張っても、監視者は一手先を読んで切り崩してくる。
「避けるのが……追いつかねぇ……!」
銃口を振り抜くたび、反射弾はタレットを減らし、火花と爆炎を生んでいく。
だが、その弾幕すら監視者は織り込んで迫る。
斧が弾丸を叩き落とし、軌道をずらし、彼の逃げ道を潰していく。
「これが……演算の速さかよ……!」
口元に血を滲ませながらも、Kは引かない。
しかし、確実に身体は削られ、動きが鈍くなっていった。
ーーその時だった。
背後から、微かな声が届く。
「……K!」
振り返れば、イヴが両手を前に突き出し、光の糸を編むように空間へ干渉していた。
彼女の瞳は決意に燃え、仲間だけを見据えている。
事前の計画会議での、リオンの言葉を思い出す。
「合図は出す……その時、必ず……!」
冷気にも似た緊張が走る。
Kは歯を食いしばり、銃を構え直す。
銃口は監視者へと向く。
真っ直ぐに伸びる弾丸の軌跡。
それはあまりに直線的で、あまりに単純だった。
発砲音と共に発射される弾丸
「浅い。」
監視者のセンサーがわずかに輝き、巨躯がわずかに身を逸らす。
反射した背後からの攻撃も、視認すらされず最低限の行動で回避される。
弾丸は虚しく空を裂き――
「狙いは最初から、こっちだ!」
監視者が反撃を仕掛ける瞬間
Kは叫び、彼の足先が光を弾いた。
防弾加工の靴底に弾丸が命中し、その瞬間、反逆者は跳ね上がるように跳躍する。
これは、ただの跳弾ではない。
反射壁をあえて柔らかく変質させ、弾丸の速度を緩めて“拾える”速度を作り出したのだ。
反射された弾丸は、K自身の身体を押し上げる推進力を生む。
金属音と共に彼の身体は後方へと飛び、監視者の間合いから一気に距離を取った。
「……はぁっ……!」
重い息を吐きながらも、Kは仲間の傍らへと着地した。
「イヴ!」
リオンの声に応じて、彼女が立ち上がる。
「――顕現、アクティベート!」
瞬間、淡い光の粒子が彼女を中心に放射状に広がる。
それはただの光ではない。無数の記録が織り重なった情報の奔流。
古い映像フィルムを巻き戻すように、ドームの壁が波打つ
その異常を即座に察知した監視者は、光学センサーを赤く光らせる。
「記録因子――警戒度急上昇。」
振り下ろされた斧は、衝撃波を生み、床ごとイヴを叩き潰そうと迫る。
「させるかぁッ!!!」
リオンが盾を掲げて立ちはだかる。
刹那、金属と金属がぶつかる轟音。盾は大きく軋み、衝撃が骨を砕かんばかりに伝わる。
それでも彼は一歩も退かず、イヴを守り通す。
「やれ、イヴ!!」
Kが叫ぶと同時にイヴの足元に光の陣が広がる。
瞬間、砕け散るように壁面のタレット群が歪み始める。
監視者のセンサーが閃光を浴びて一瞬だけ鈍った。
――ガシャリ。
壁に無数に並んでいた銃座は、まるで記録を巻き戻すかのように解体され、石壁へと戻っていく。
監視者の斧が再び振り上げられる。
だが、その時にはもう遅かった。
淡い光の波が空間を走り、銃座の痕跡すら塗りつぶして消し去ったのだ。
戦場は一変した。
タレットは消え去り、ただ滑らかな壁だけが残る。
監視者はセンサーを点滅させ、わずかに動きを止める。
「……干渉……? 記録の改竄……?」
その静止を、Kは逃さなかった。
キンッ!!!!!
盾の死角から放たれた跳弾は、鋭い軌道を描く。
壁を蹴って角度を変えた銃弾は、監視者の右側の肩部装甲を抉り、そのサブコアに火花を散らした。
「……!」
機械音声とも呻きともつかぬ音が響き、赤い光が一瞬乱れる。
「やった……!
右肩のコアを破壊した!
イヴ!
これでやつの演算能力が……!」
リオンが振り向いた先で、彼女膝をつき、荒い呼吸で苦しがっていた。
イヴの額には汗が滲んでいた。
その中には幾千幾万の時代を記した「記憶の図書館」が瞬いているように見えた。
Kが駆け寄る。
「イヴ……お前……!」
彼女は両手を地に突き、苦しげに肩を上下させながら、それでも瞳を逸らさなかった。
「……記録の顕現は……世界の過去を……引き出す行為……
流れこむ力が大きいほど、体は記憶に蝕まれる。」
声が掠れ、かすかな血が唇を濡らす。
額に浮かぶ光は、まるで幾重にも積み重なった書物が開閉するように点滅している。
「それでも……!」
「器が壊れても、それでも……!!」
彼女は振り絞るように叫ぶ
ーーそんな彼女を抱きしめる。
「イヴ……大丈夫だ。」
低く落ち着いた声。
Kは彼女の視線を正面から受け止め、静かに告げた。
イヴは言葉を枯らし、かすかに唇を震わせる。
その瞳に映るのは、信じてくれる仲間の強さ。
「……あいつを止めれても、"イヴ"を守れなかったら意味は無い。」
Kの言葉が戦場の喧騒を切り裂いた。
リオンもまた、剣を握る手に力を込めながら声を上げる。
「無理はしても、命は賭けないでくれ。
後は、僕が……僕たちが奴を止めるから!」
イヴの瞳が揺れる。
決意と仲間への信頼、その二つが交わり、彼女の呼吸は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「じゃあ少し、休もう……かな……」
かすれた声でそう笑うと、イヴは膝を折り、その場に静かに腰を下ろした。
彼女の指先はまだ震えていたが、その表情にはかすかな安堵が浮かんでいた。
「任せろ。」
Kとリオンは鋭く監視者を睨み、戦場の中央へと向かう。
「…話は済んだかな……」
二人の敵である鋼鉄の異形は、損傷を受けてもなお、勢いが収まる気配は無い。
「数の有利を失っても、待ってくれるなんて、ずいぶん余裕があるんだな」
Kがお得意の軽口で煽る。
本体は一体、こちらは二人。
――戦況は逆転した。
そう思えた瞬間。
「……違うな」
監視者のセンサーが青く瞬き、冷ややかな音声が響く。
次の瞬間、回廊の奥から轟音が湧き上がった。
床を割って姿を現すのは、新たな機械兵群。
金属の軋みが重なり、地下空間そのものが震える。
「……増援を待っていたのか!」
リオンが呟くと同時に、三体の警備機が雪崩れ込む。
金属の脚を響かせる四脚の獣型
腕部を剣に変えた近接特化の人型
圧力装置を備えた硬い重装甲の虫型
鋼鉄の軍団は、地を這い、壁を駆ける。
数こそは少ないが、それぞれが異彩を放つ外見をしていた。
「生体型の警備兵……!」
リオンは即座に盾を構え直す。
「なるほどな、質も混ぜてきたか。」
Kは乾いた笑みを零しながら銃口を跳ね上げ、弾丸を乱反射させて牽制する。
右肩に火花が散り、鋼が軋む音が広間を震わせる。
サブコアを一つ破壊された監視者は、わずかに挙動を乱してはいた。
だが、それでもなお――
その一撃は、人を易々と両断できる速さと重さを兼ね備えている。
イヴは壁際に膝をつき、荒い呼吸で二人の背を見つめる。
「……どうか……K……リオン……」
ーー監視者の周囲に歩み出る、無骨な装甲に覆われた警備機三体。
それぞれが生体に合わせた武器を持ち、関節部から赤い光を漏らしている。
「数は減ったが、質は桁違いだ……!」
リオンは剣を構え直し、盾を強く握り込む。
Kは監視者から視線を逸らさず、短く息を吐く。
(相手が人間だろうが関係ねぇ
むこうは殺す気なんだ……
俺も……覚悟を決めろ……!)
監視者はただ冷徹に告げる。
「最適解――数と質の融合。完了
排除をーー開始する。」
3機の警備兵を皮切りに、鋼鉄の巨躯が床を揺らし、火花を散らす。
リオンは真正面からその衝撃を受け止め、盾を打ち合わせて火花を上げる。
Kは銃口を滑らかに振り、迫る殺意の中心――監視者を狙い撃った。
リオンから距離を取らせは出来たが、命中はしない。
「チッ、演算能力が低下しても、性能は変わらない。
少し捻った程度の技じゃやつには有効打にならないか。」
次の行動を考える間もなく、敵は攻め立てる。
獣型が金属の爪を閃かせ、稲妻のような軌跡でKへと跳びかかる。
「ッ……!」
銃口を向けるより早く、銀閃が迫る。
だが彼は即座に床へと銃弾を撃ち込み、跳弾を爪に当てて進路を逸らす。
しかし攻撃を捌いたと思った途端に、金属の獣は壁に刃を突き立て、あり得ぬ反転で再び彼に迫った。
同時に、人型はリオンへと迫る。
剣と盾がぶつかり合い、鋼鉄の響きが空間を満たす。
「くっ……! 読んでやがるのか!」
リオンが斬り込む隙を見せれば、人型は必ずその軌跡を先に踏み潰す。
まるで心を覗かれているかのような反応速度だった。
そして虫型は、ゆっくりとした歩みで中央を陣取る。
分厚い装甲を叩きつけるように床を蹴り、全身から衝撃波めいた振動を放つ。
圧倒的な質量――一歩ごとに逃げ場を奪っていく。
その背後で、監視者が斧を構えて歩を進める。
「補助機群ー役割最適化ー連携確認。」
冷徹な演算音声が響く。
三体の動きは、揃えらたかのごとく正確だった。
Kが横目で叫ぶ。
「おいリオン! あのデカブツ(虫型)はお前に任せる!」
「分かってる! ここで止める!」
リオンは盾を叩きつけ、人型の剣を受け流しながら衝撃波の軌道を塞ぐ。
「こいつ、厄介な動きをしやがる……!」
Kは獣型の爪を跳弾で弾き、かわし続ける。
その横から迫る監視者の斧
――重さと鋭さが桁違いの一撃が、弾丸を砕きながら彼を追い詰める。
「……ッ!!!!」
ーーー鋼鉄の嵐は止まらない。
獣型が閃光の爪で襲いかかり、人型は剣筋を読み、虫型は巨体で逃げ場を潰す。
そこへ監視者の斧が重なり、火花と破壊音が絶えず広間を震わせた。
Kは息を荒げながら、跳弾を壁へ散らす。
だが反射弾を放つたび、監視者は必ずその先を読んで軌道を潰してくる。
「……ッ、全部潰される……!」
額を汗が流れ落ち、喉が焼ける。
幾度も死を掠める中で、Kは歯を食いしばった。
(このままじゃいずれ押し潰される……
こいつを仕留めるには、奴の演算を超えた攻撃をぶち当てるしかねぇ!)
反射壁を操る指先に力がこもる。
いままでの軌道はすべて「読まれてきた」。
なら、次は――初見、奴に一度も当てていない技で一撃を作る。
「……上等だ。お前の演算に……穴を穿ってやる……!」
Kの瞳に決意の光が宿り、銃口が再び火を噴いた。
床を蹴るたび、銃弾が射出される。
撃ち放たれた弾丸は壁へ、天井へ、次々に叩きつけられ、柔らかく歪んだ反射壁に触れるたびに速度と角度を変えて跳ね返った。
乾いた破裂音が、次第に怒涛の連打へと変わる。
一度の射撃が二度、三度と生まれ変わり、弾丸の群れは蛇のように軌跡を絡ませ、結界のように広間を埋め尽くしていく。
「もっと……もっと、埋めつくせ…!この戦場を!」
「……対象飛来物、多数存在」
監視者のセンサーが高速で明滅する。
数百もの軌道が同時に演算に流し込まれ、処理音が空気を震わせる。
しかし、その全てを「追い切る」のは容易ではなかった。
それはKにも同義であった。
複数の弾丸の反射先を指定し、速度を調節、尚且つ、弾丸を切られないように監視者からは距離を取らせる。
回避から集中を逸らしたKは、軽い攻撃を何度も受けて、血に濡れる。
それでもなお走り続けながら引き金を引き続けた。
跳弾は壁や天井を経由して軌道を変え、まるで意思を持つかのように監視者を包囲していく。
撃ち放たれた弾丸は、監視者へと直撃することはない。
それらはドーム全体を駆け巡り、乱反射を繰り返す。
だが、その無秩序な乱舞こそが狙いだった。
監視者は「撃たれる可能性」を前提に最適解を弾き出す。
けれど、どこへ飛ぶとも分からぬ弾丸の奔流は、その演算すら追いつけぬ迷路を作り上げていた。
弾丸の包囲網は加速する。
弾幕の結界から押し出され、監視者とKの間に割り込めなくなった獣型は、リオンへと標的を変えた。
「……ッ!」
疾風のような脚が踏み込む。
リオンは咄嗟に盾を構えたが、その刹那――人型が同時に迫る。
鋼鉄の拳が盾を叩きつけ、獣型の爪が側面を抉る。
「ぐッ……!」
二体の連携に押し込まれ、剣を振るう間もなく後退を強いられる。
盾で弾いたはずの衝撃にも、体ごと押し流され、攻撃に転じる隙はない。
「まだだ……俺は……退けない!」
けれども騎士の精神は、気高く抗い続けていた。
ーー図らずも、敵が減った今、Kは更に弾丸を撃ち込む
しかし、段々と弾丸も制御が雑になっていく
「これ以上は、増やせない……
ならば……!」
Kは弾丸の軌道を少しずつ寄せていき、領域をを小さくしていく。
反射し続けられた銃弾は、やがて戦場そのものを包囲する混沌へと変わった。
軌道が読めない。
予測ができない。
監視者のセンサーが一瞬、空を泳ぐ。
その一瞬を、Kは見逃さなかった。
速度、角度、軌道、その全てを極限まで調整し、彼はこのチャンスを待ったのだ。
「収束反射弾<アルタナイズム>」
それはーー反射した、銃弾の速度を一定に調整させ、相手の周囲を結界のように駆け巡らせる。
そして、溜められた数百発の弾丸を、360°全方位から敵へと一点集中させ、同時に叩き込む技
Kが死と隣り合わせに、編み出した
演算を凌駕する、一度きりの反逆。
その奔流が――監視者を貫いた。




