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【二章/完結】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第一章 監視者<オブザーバー>編

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14話 『君への贈り物』


生きてることは、罪ではない。

生きてた事も、罪ではない。


それでも世界は平等に、生命に死という贖罪を提示する。


それは……チュアリも例外では無かった。


だからこそ、せめて彼女に“生まれてきたことを後悔させない”と心に決めた。


――第十二月・寒冬 24日。

街の露店で、セリオスは小さな包みを買った。

それは高価なものではなかったが、チュアリのために選んだ「贈り物」だった。


そして施設に戻ると、部屋の隅に奇妙なツリーを作った。

帽子立てに古びた鎖を巻き付け、使われなくなったLEDを飾りつける。

傾いていて、不格好で、それでも彼にとっては精一杯の「クリスマスツリー」だった。


「……なにコレ?」

チュアリは首を傾げ、不思議そうに赤い瞳を瞬かせる。


セリオスは照れくさそうに笑った。

「ツリーだよ。今日は特別な日なんだ。」


少女はまだ意味を理解できていないようだった。

それでも、ぼんやりと灯るLEDを見上げ、次第に表情を緩めていった。

その笑みは、歪なツリーを何よりも輝かせた。


夜の街は冬の息吹に包まれていた。

人工管理部の窓からは、白い吐息のような冷気が入り込み、部屋の片隅に飾られた歪なツリーを静かに撫でていた。


セリオスは机の上に小箱を置き、しばしそれを見つめた。

中に収められているのは、安物の銀鎖に吊るされた赤いガラスのレンズ。

街の片隅で見つけた小さな宝石店で、一目見たときから決めていた。

ーー彼女の瞳と同じ色。


忌み子と呼ばれ、誰からも拒まれた、その赤い目を、

「美しい」と伝えたかった。

彼女が生きてきた証を、ただ醜いと否定されるだけの色にしたくはなかった。


振り返れば、ベッドの上に横たわるチュアリの寝顔があった。

痩せた頬、浅い呼吸、震える肩。

その全てが痛ましく、けれど愛おしかった。


そっと足音を殺して近づき、枕元に小箱を置く。

眠る彼女の手が僅かに動いたが、目を開けることはなかった。


「……君の瞳は、誰よりも綺麗だ。」

声に出すことはなく、心の奥で呟いた。


その瞬間、灯りの乏しい部屋で、レンズがわずかに月光を受けて煌めいた。

彼女の眠りを妨げぬように、セリオスはただその光景を胸に焼き付け、静かに席を外した。



翌朝。


「……おはよう、セリオス」

まだ少し眠たげな声で、チュアリがベッドから顔を出す。

胸元には昨夜もらったペンダントが揺れていた。

赤い石は光を受け、わずかにきらめいている。


「おはよう、チュアリ」


白い朝靄が窓の隙間から差し込み、淡い光が部屋を満たしていた。

机の上には温かな湯気を立てるスープと、昨夜の残りのパン。

粗末な食卓だったが、そこに座る二人の顔は穏やかだった。


チュアリは首元のペンダントを何度も指先でなぞり、赤い石に光を透かしていた。

「……これ、すごく綺麗。ありがとう、セリオス。」

その声は震えながらも確かな温度を持ち、彼女の瞳に宿る赤は、恐怖ではなく初めて知った幸福を映していた。


「……似合ってる。」

不器用な言葉しか出せなかったが、セリオスは微かに笑った。

その笑顔にチュアリは小さく頷き、椅子から足をぶらぶらと揺らした。


ほんのひととき、管理部の冷たい空気も、過去の記号も消え失せていた。

それは“生きている”と胸を張って言える、彼女にとって初めての朝だった。


唐突に、金属の扉が叩き割れるような音を立てて開いた。

冷気のような気配が流れ込み、白衣を着た二人の研究員が無遠慮に足を踏み入れる。


「被検体No.13を引き渡せ。」

淡々とした声。命を命とすら呼ばない無機質な響き。


命令は氷のように冷たく響いた。

セリオスは眉をひそめ、一歩前へ出る。

「……何を言っている。

彼女はまだ生きている!」


「生死は問題ではない。」

研究員の一人が淡々と答える。


「上層部からの通達だ。

研究のため生体に近い忌み子の“死亡データ”を要求している。

早急に処理せよとの指示だ。」


「処理……?」セリオスの声が震える。


「……お前たちにとって彼女は、データの一片かもしれない。

だが、俺にとっては――」


「黙れ。」もう一人が遮った。

「お前はただの管理員に過ぎん。

貴様に決定権はない。」


チュアリが怯えたようにセリオスの後ろへ隠れる。

小さな手が彼の白衣を掴み、震えている。


セリオスが叫んだ。


「彼女は生きている!

泣き、怯え、言葉を発する!

お前らの言う“データ”じゃない、人間だ!!」


セリオスの抗議など意に介さず、別の男が無理やりチュアリの腕を掴もうとする。

「放せッ!」

彼が振り払おうと前に出た瞬間、胸を強く突かれ、後方へと弾き飛ばされる。


床に背を打ちつけ、視界が揺れる。


「無駄な情を挟むな。

対象は被検体だ。」

研究者はチュアリの腕を強引に掴む。


「やめろ……彼女から手を離せッ!!」


必死に立ち上がろうとしたセリオスの耳に、チュアリの掠れた悲鳴が届いた。


「……っ、いや!セリオス!!」


「……ッ!!」


怒りが頭を真っ白に染める。

彼は反射的に実験器具台に置かれていた鉄製の治具を掴み、研究員へ殴りかかっていた。



「離れろッッ!!!!」


鈍い音。

研究員の頭部を直撃し、その体は崩れ落ちた。

白衣が赤く染まり、床に血が広がっていく。


床に倒れ伏した研究者の白衣が、じわりと赤に染まっていく。

セリオスの手は震えていた。

「……俺……は………」

自分が取り返しのつかないことをしたと理解した瞬間、頭の奥が真っ白に染まった。


「……お前……何を……!」

もう一人の研究者が、顔を青ざめさせながら、懐から通信端末を取り出す。

「警備――!」


その声を最後まで聞くことはなかった。

セリオスの体は、自分でも信じられないほど自然に動いていた。

震える手で掴んだ、鉄の治具を振り下ろす。

甲高い破砕音と共に、端末は砕け、もう一人の研究者も、床に崩れ落ちた。


呼吸が荒い。

胸の奥が焼け付くように熱い。

「――僕は…………人を……。」


けれど、その背中に縋る細い声があった。

「……セリオス……!」

掠れた声で自分を呼ぶ少女の存在が、彼を現実に引き戻す。


「……ッ!!!!」


自分を呼んだ少女、チュアリを抱きしめ囁く。

「大丈夫だ……チュアリ、僕が君を必ず守る……」

その言葉、は自分に言い聞かせるように、震えていた。


ーー血の匂いが濃く漂う部屋を、セリオスは振り返らなかった。

手を引かれるまま、チュアリは怯えたように震えている。

その小さな指先の力が、彼の背を押した。


「こっちだ……早く……!」

息を荒げながら、通い慣れた施設の裏通路を駆け抜ける。

何度も往復した回廊のはずなのに、今はひどく歪んで見えた。


頭の中で警鐘が鳴り響く。

-人を殺した。二人も。

もう戻れない。

もう「研究者」ではいられない。


だが、隣を必死に走る赤い瞳を見た瞬間、迷いは吹き飛んだ。

「必ず守る。……ずっと、君を見守るから」

それは誓いであり、自分を縛る鎖でもあった。


彼女の手を取り、薄暗い階段を駆け上がる。

裏道を抜け、外気を吸い込んだ瞬間、何かがきらりと閃く。


「――ッ!」

彼女を庇いながら、咄嗟に身を捻った。銃弾が壁を抉り、粉塵が舞う。

影が狙うのはチュアリだった。


彼女を庇うように腕を広げるが、すでに銃口は次弾を吐き出そうとしていた。


「逃げろ……チュアリ!」

彼女を射線から外し、セリオスは刺客の姿を追おうとする。


だがその一瞬――手を離した隙に、チュアリの姿は闇に呑み込まれ、耳を裂くような悲鳴が同時に響き、掻き消える。


「セリオス!」

細い叫び声。


「――チュアリ!!!」

喉を引き裂くほど叫んだ声は、冷たい闇に吸い込まれていった。

伸ばした手は空を掴み、掴み取るべき温もりはもうそこには無かった。

少女と共に雑音は闇に溶け、セリオスは、世界に一人取り残された。



胸を抉る恐怖と後悔。

その奥底から、今まで感じたことのない憤怒が込み上げる。

呼吸が荒くなり、視界が赤く染まる。


血の匂いが鼻を突き、耳にはまだチュアリの悲鳴が焼き付いている。

呼吸のたびに肺が灼けるように熱く、視界の端は赤黒く滲んでいた。


「……俺から奪うな……」

喉の奥から漏れる声は、人のものとは思えぬほど低く濁っていた。

震える拳が爪を食い込み、掌から血が滴る。


守ると誓った存在を、無慈悲に踏みにじられた。

自分がどれだけ非力でも、絶対に渡さないと誓ったはずなのに――。


「許さない……絶対に、絶対に……!」


怒りは理性を侵食し、思考を焼き切っていく。

彼の中で、怒りはすでに“生存本能”のように膨れ上がり、ただ破壊へと向かって燃え盛っていた。


ーーその日、南棟の研究施設で轟音が響いた。

鈍い爆発と共に、壁が内側から吹き飛び、硝煙と粉塵が廊下に流れ込む。

警報が一斉に鳴り響き、赤い警告灯が狂ったように点滅した。


「……な、なんだ……ッ!?」

「侵入者!? いや違う、内部から……!」


逃げ惑う研究員たちの悲鳴をかき消すように、鉄靴の足音が規則正しく迫る。

その中心にいたのは、一人の男――セリオス。


彼の瞳は狂気に爛々と燃え、腕には血の滴る布切れと、木こり用の奪った斧が握られている。

扉が立ち塞がれば、破砕。

人が立ち塞がれば、殲滅。

ただ一歩ごとに、破壊だけが道を拓いていく。


爆風に巻き上げられた書類や割れたガラスが宙を舞い、施設全体が震動に包まれる。

セリオスの口から洩れる声は、もはや言葉ではなく、低く濁った咆哮だった。


「……チュアリを……

返せぇええええええッッ!!!!」


セリオスはただ一直線に突き進んだ。

床を揺らす重い足音。壁を切り裂く鉄の斧。

研究員たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、通路は血で濡れた滑走路と化していく。


「止めろ! だれか、奴を止めろ!!」

「無理だッ! 目が……人の目じゃない……!」


叫びは無意味だった。

振り上げられた斧が叩きつけられるたび、金属の扉が紙細工のように砕け散る。

進むたびに、爆音と硝煙が背後を飲み込み、施設そのものが崩壊していった。


赤い警報灯が明滅する通路を駆け抜ける。

ただ一つの目的地――解剖室へ。


「止めろ……止めろォォォ!!!」

叫びは咆哮に変わり、彼の存在そのものが破壊の衝撃波のように施設を揺さぶった。


赤い光が明滅する廊下を抜け――

ついに、最奥の解剖室へと辿り着く。


扉を蹴り破った瞬間、セリオスの目に飛び込んできたのは。


拷問部屋のように血の香る部屋で

無影灯の下、鉄の台に震える小さな影。


赤い瞳を涙に濡らしたチュアリが、必死に視線で助けを求めていた。



ーーだが彼女の頭上には、すでに無慈悲な機械仕掛けの刃が吊るされていた。

金属製のフレームが重く唸り、処刑装置のギアが回転を始める。


「…………!!!!!!!!!


やめろォォォォォォ!!!!!」


セリオスの絶叫と同時に、ギロチンは冷酷な音を立てて落下した。


――ゴン。


一瞬の静寂ののち、白い床に赤が散った。

小さな首が転がり、その首元から鎖の千切られた、赤いペンダントが外れて落ちる。


「……っ……」


石は鈍い音を立てて床を転がり、セリオスの靴へと当たる

無惨にヒビ割れた赤い石と、光を失った赤い瞳だけが、セリオスの前に転がった。



ーーその夜、南方の研究施設は血に沈んだ。

警報が鳴り響いた記録も、駆け付けた警備兵の報告も、残された映像も一様に途切れている。

人間が惨殺され、人工生命は逃げ出し、施設は破壊された。

何人殺された?

何人逃げ出した?

全てが曖昧なままだった。


ただ一つ、生き残った誰もが、証言する。


血に濡れた男が、斧を片手に歩いていた。

その腕には、首と胴が離れた少女が抱えられていた……と。


最後まで読んでくださりありがとうございます。


監視者、セリオスの過去回想。

研究者であった彼と忌み子、チュアリとの関係。

反逆者達の想いと彼の記憶はどのような終着を迎えるのか。


次回更新まで楽しみにお待ちください。

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