11~20
※カクヨムに掲載している作品の11~20話までをまとめて掲載したものになります。
.11 新生活が始まる
騎士団の入団式の翌日。
俺とミゲルは、今日から本格的に騎士としての日々をスタートさせる。
真新しい制服に身を包み、俺はミゲルと一緒に訓練場へ向かっていた。
「おい、あれが見ろよ」
「首席のグレンと次席のミゲルだ」
「平民の出らしいじゃないか。たいしたもんだな」
廊下ですれ違う先輩騎士たちが、俺たちを見てささやき合う。
期待と好奇の入り混じった視線だ。
ただ、その中にはポジティブなものもあれば、ネガティブなものもある。
こいつらは、いずれ俺たちを追い抜き、追い落とすんじゃないか――。
そんな嫉妬も混じっている。
それは未来の世界でも、俺がさんざん経験してきたことだ。
騎士団に入団当初はパッとしなかった俺だけど、【剛力】の力を得てからは、メキメキと頭角を現した。
やがては六神将の一人に入るほどの地位になり、必然的に多くの先輩や同僚たちを追い抜いていった。
その過程で、多くの嫉妬、やっかみを浴びてきたからな……。
あれは正直言って、いい気分じゃなかった。
「ふん。注目されてるな」
隣を歩くミゲルが、得意げに鼻を鳴らす。
「ま、僕が次席でお前が首席なのは気に食わないが……」
「はは、ここからまた競争だよ」
俺はミゲルに微笑んだ。
「お互い、切磋琢磨していこう」
「絶対追い抜いてやるからな」
「ああ、俺だって負けない」
などと話しながら、訓練場に到着した。
すでに多くの新人――つまり俺たちの同期だ――が、そこに集まっている。
確か貴族出身が七割程度で、残りが平民出のはず。
その中には、明らかに俺やミゲルに敵意を込めた視線を送ってくるグループがいた。
「来たわね――」
声の主は黒髪をショートヘアにした凛々しい美少女。
入団試験で三位だったナターシャ・アルビオンだ。
前にも言った通り、本来の歴史では彼女はゴードン副団長からの新人いびりを受け、早いうちに騎士団を去っている。
だから、俺もそれほどナターシャのことを詳しく知っているわけじゃないが、確か名門貴族の令嬢で、とにかくプライドが高かったはずだ。
「平民の出の者たちが、私より上に立つなんて……」
実際、ナターシャは嫉妬を隠そうともしない。
「信じられないわ。きっと何か不正を働いたのよ」
「ええ、ナターシャの言う通りね」
「首席は、本来であればナターシャであるべきでしたのに」
ナターシャの取り巻きである貴族令嬢たちが、口々に同意する。
彼女たちも成績上位で騎士団に入ってきた者たちだった。
まったく、分かりやすい連中だ。
「不正だと? ふざけるなよ……」
ミゲルがカチンときたように歩み寄る。
こいつも血の気が多いからなぁ……。
だけど初日からわざわざトラブルを起こしに行く必要はない。
「……ミゲル、抑えろ。彼女たちは俺たちに首席と次席を取られて悔しがっているだけさ」
「だけど――」
「それに不正をしたかどうかなんて、口で言っても仕方ないだろ。これから先の訓練や実戦での戦果で嫌でもはっきりするさ」
「そのときに証明しろっていうのか」
ミゲルはまだ不満げだったけど、俺の言葉にしぶしぶといった様子で矛を収めてくれた。
俺はやれやれと肩をすくめる。
騎士団での生活は、始まったばかりだというのに、すでに前途多難な予感がした。
昼食の時間になった。
俺たちは王城の近くにある食堂へと向かう。
この食堂は、騎士団や魔法師団の者たちがよく利用していた。
良心的な値段で、量が多く、味も良いと評判の店だ。
「ここのポークソテーは絶品なんだよな」
俺は豚肉を中心としたセットメニューを食べていた。
「よく知ってるな……初めて来た店で」
ミゲルが首をかしげる。
「あ、えっと……そんな噂を聞いたんだよ、はは」
未来の俺はここを毎日のように利用していたけど、こっちの時間軸では初めて来る店である。
確かにさっきの発言は奇妙に聞こえるよな……気を付けなければ。
――今のところ、俺は自分が未来から過去に転生してきたことを誰にも言っていない。
そうそう信じてもらえるような話ではないし、それに心のどこかで『このことは誰にも言ってはいけない』という気持ちが強烈に湧いていた。
真実を誰かに話すことが、大きなタブーであるかのような……そんな感覚。
と、
「あ、グレンにミゲル。あんたたちも来てたんだ?」
金色のツインテールを揺らしながら、サーラがやって来た。
「サーラの方も初日だったよな。調子はどうだ?」
「もう大変。覚えることがたくさんあって、あはは」
苦笑しつつ、サーラの表情は明るく、充実感に満ちているように見えた。
「そういえば、魔法師団に一人、ものすごい先輩がいるのよ。あたしといくつも年齢は違わないんだけど、すでに次期団長は確実だって」
と、サーラ。
「へえ、お前の他にもすごい奴がいるんだな」
ミゲルは言いながら、彼女をチラチラと見る。
どうも彼はサーラに一目ぼれしたらしいからな。
俺としては二人の恋の行方を見守るだけだ。
「……そいつの名前は?」
俺がサーラにたずねる。
「ん? アストライアさんよ。氷属性の魔法の天才なんだって」
やはり、彼女か。
【氷牙】のアストライア。
未来の世界では俺やミゲル、サーラとともに六神将の一人として活躍した魔術師である。
「お前だって天才なんだろ、サーラ」
と、ミゲルが言った。
「すごい奴だって聞いてるぞ」
「それはどうも」
あれ、ミゲルにはそっけないな、サーラ。
「え、えっと、それから……」
ミゲルの方は必死で話題を探している様子だった。
恋愛には不器用なタイプなんだな、きっと。
未来の世界では見られなかった一面に、俺は新鮮な気分だった。
こういう姿を見ていると、未来は決して一本道じゃなく、いくつもの可能性に分岐しているんだと実感できる。
そう、滅びの未来だって変えられるはずだ――。
.12 調査任務
「あ、もう一つ思い出した。最近、王都の近くで魔獣の目撃情報が増えてるんだって」
サーラが言った。
「魔獣の目撃情報か……」
俺はうなった。
本来の歴史でも魔獣の出現数がいきなり増加する事件があったんだけど、それと関係しているんだろうか?
「騎士団の方でも何か聞いてる?」
「えっ、ああ……確か聞いたような聞かないような……」
ミゲルが無理やり会話に入ってきた。
いや、騎士団にそんな噂はないんだけど……。
サーラと話そうと必死なんだな、ミゲル。
「はっきりした話は聞かないけど、噂程度なら――ミゲルが言った通りだ」
俺が捕捉した。
「そ、そうそう。そうなんだよな、グレン」
ミゲルが慌てたようにうなずく。
「なんかいい加減なこと言ってない、あんた?」
サーラがジト目になった。
しまった、かえってミゲルの印象を悪くしてしまったか?
ただ、魔獣の出没については事実だ。
これは、隣国ルーファス帝国が開発している魔獣兵器の初期段階における実験だからだ。
この時期、帝国は魔族と手を組み、強力な生物兵器を密かに生み出そうとしていた。
もちろん、それは俺が未来の歴史を知っているから分かることであり、現時点でメルディア王国は何も知らない。
もし俺が今、この情報を上層部に明らかにすれば――。
情勢は確実に変わるだろう。
帝国への警戒が一気に高まり、戦争への備えを早期に始められるかもしれない。
――話すべきだろうか。
だが、それが王国にとって、必ずしも有利な流れになるとは限らない。
下手に動けば帝国を刺激し、本格的な侵攻を早めてしまう可能性もある。
あるいはこの極秘情報が王国内の政争の具として利用され、無用な混乱を招くかもしれない。
メルディア王国も決して一枚岩じゃないからな。
どうするべきだろうか――。
数日後、俺は一つの決断を下した。
「魔獣の調査任務に、俺も加えてください」
俺はエドウィン団長に直訴した。
本来の歴史では、この調査隊は強力な魔獣の群れに遭遇し、全滅したはずだ。
そして、その事実は王国の権力中枢にいた何者かの圧力によって、もみ消された。
真実が明らかになったのは、それから何年も経ってからのことだ。
だから王国は帝国の侵攻に対する備えが遅れたのだった。
おそらく、帝国の内通者が王国中枢に入りこんでいるんだろう。
それが誰なのかは、未来の世界では明かされることはなかった。
ともあれ、今回の調査の成否は、そのまま王国と帝国の戦争の行方に少なくない影響を与えるはずだ。
だから、俺の手でその未来をより良い方向に変えてみせる――。
「ほう。首席自ら志願とは、感心な心掛けだ」
エドウィンは俺の申し出を快く受け入れてくれた。
「だが、危険な任務になるぞ」
「覚悟の上です」
こうして俺は、魔獣の調査隊に加わることになった。
調査隊は、俺を含めて総勢十名。
経験豊富な先輩騎士たちに交じって、なぜかナターシャとその取り巻きたちも参加していた。
俺と同じように志願したのだろう。
おそらくは――手柄を早く上げて、新人たちの中でもっとも腕が立つのは自分だとアピールするために。
「足を引っ張らないでちょうだいね、平民」
調査区域である王都近郊の森の中に入ったとたん、ナターシャが嫌味を言ってきた。
「せいぜい気を付けるよ」
俺はそれを軽く受け流し、周囲の森に意識を集中させた。
グルルルル……。
茂みの奥から、獣のうなり声が聞こえた。
「いる……!」
次の瞬間、そこから黒い影が飛び出してきた。
現れたのは、巨大な狼型の魔獣――【ギガントウルフ】だ。
その数は、ざっと見て二十体以上。
「なっ、なんて数だ……!」
「総員、戦闘準備! 陣形を組め!」
先輩騎士たちが叫ぶ。
しかし【ギガントウルフ】の動きは、彼らの想像をはるかに超えていた。
ガアッ!
そのうちの一頭が手近の騎士に飛びかかる。
「ぐわあああっ!」
鋭い牙がその首筋に突き立てられる。
「させるか――」
俺は【竜翼】の紋章を全開にして駆けだした。
一瞬で距離を詰めると、【竜牙】の紋章の力で腕力を強化し、【ギガントウルフ】を先輩騎士から強引に引きはがした。
超パワーと超スピード、その二つを兼ね備えた俺にとって、こんな連中など敵じゃない。
「さあ、蹴散らすとするか」
.13 【闇】の眷属
どんっ!
俺が振るった大剣が、ギガントウルフの巨体をまるで砲弾でも食らったかのように吹き飛ばした。
本来なら両手持ちの武器である大剣を、俺は片手で軽々と振っている。
【竜牙】の紋章を発動すると、こういう芸当も可能だ。
そして、さらに――、
「そこだ!」
背後から不意打ちを仕掛けてきた二体の【ギガントウルフ】を振り向きざまに両断する。
反射速度や体のこなしも、未来の世界の俺とはケタが違う。
「な、なんなの、あなたの力は――」
ナターシャが俺を見て愕然とした顔をしている。
「本当に、人間……!?」
俺は彼女にニヤリと笑った。
それから残りの【ギガントウルフ】の群れに突っこむ。
一閃。
さらに一閃。
また一閃。
俺が大剣を振るうたびに魔獣が数体まとめて吹っ飛び、わずか数回の斬撃で【ギガントウルフ】は全滅した。
「し、信じられん……」
「一人で、あの群れを圧倒した……」
先輩騎士たちは目を見開いていた。
初めての実戦だったが、思った以上に【剛竜騎士】の力は強大だ。
よし、後は【ギガントウルフ】の死体を王城に持ち帰るだけだ。
こいつらはただの魔獣じゃない。
王国によって魔導改造を施された生体兵器のはずだからな。
そのことをまず王国の魔導技術者たちに調べてもらわなければならない。
「ほう……人間にしては、なかなか活きがいいな。少しは楽しませてくれそうだ」
と、前方の茂み――その向こうの暗がりから声が聞こえた。
「なんだ――?」
そこから進み出たのは、漆黒のマントを羽織った人影だった。
いや、ただの人間じゃない。
この異常なまでに禍々しい気配は――、
「魔族……!」
俺はうめいた。
魔族。
それは【闇】の眷属の総称だ。
今から300年ほど昔、伝説の魔王シャルムロドムスが世界を滅ぼそうとした。
十三の幹部魔族を率いて世界に侵攻し、多くの人間が犠牲になったという。
それを七人の勇者が七本の聖剣で打ち倒したと伝えられている。
以来、この世界に魔族が現れた記録はないといってよかった。
その伝説の魔族を300年ぶりに呼び出したのが、未来の世界のルーファス帝国だった。
彼らは魔族と同盟を結び、恐るべき兵力を持ってメルディア王国を蹂躙した。
なすすべもなく、俺たちの軍は蹴散らされ、あっという間に王都にまで信仰されてしまった。
だけど――本来の歴史では、魔族が現れるのはもっと先のはずだ。
俺が二十歳くらいの話のはずだ。
なのに、この世界ではすでに魔族が現れている――。
どういうことなんだろう?
俺が知らなかっただけで、本来の歴史においても彼らはもっと以前から呼び出されていたのか。
それとも――この世界は本来の歴史とは違う流れをたどっているのか……!?
「な、なんだ、こいつは……」
先輩騎士の一人が震える声でつぶやいた。
その顔は恐怖で真っ青に染まっている。
「魔族だと? そんなもの、いるわけがない!」
別の先輩騎士が叫んだ。
「そ、そうだ!」
「我ら王立騎士団を舐めるなよ!」
恐怖を振り払うように数名が剣を抜き、魔族へと斬りかかっていく。
「無茶だ! やめろ!」
俺は思わず叫んだ。
が、間に合わない――。
「愚かな」
魔族がつまらなそうに鼻を鳴らした。
次の瞬間。
ざんっ。ざんっ。ざんっ。ざんっ。
恐ろしい速度で銀色の光が縦横に閃く。
斬りかかった騎士たち全員が、一瞬にしてバラバラにされていた。
「……!」
俺は驚きに目を見開く。
信じられない剣速で、魔族が騎士たちを斬り殺したのだ。
こうして十メートルほど離れた場所で見ていたから、かろうじて太刀筋を目で追えたけど、もっと近い場所で相対していたら、その攻撃に反応できたかどうか……。
未来の世界では何度も魔族と戦ったけど、こいつは間違いなく上位に位置する実力を持っている。
最低でも中級以上、もしかしたら高位魔族――!
「ひ、ひいいいい!」
ナターシャの甲高い悲鳴が響き渡った。
力なくへたりこんだ彼女のスカートの裾がじわりと濡れていくのが見えた。
恐怖のあまり、失禁してしまったのだろう。
彼女の取り巻きたちも、青ざめた顔で立ち尽くすだけだ。
声すら出せない。
圧倒的な恐怖がこの場を支配していた。
「――全員、下がっていろ」
俺は一歩、前に出た。
大剣を握る手が震えるのを自覚しながらも、視線は魔族から逸らさない。
「俺が奴を引き付ける。君たちは隙を見て逃げろ」
「で、でも……」
生き残った先輩騎士の一人が声を絞り出す。
「あんな奴と戦う気か……む、無理だ……」
「死にたくなければ、全力で逃げるんだ。いいな?」
俺は振り返らずに言った。
「……貴様、ただの人間ではないな」
魔族が俺をまじまじと見た。
「妙な気配だ。竜……か? 我ら魔族に対抗できる数少ない存在。【光】に属する竜の気配が、お前に宿っているように思える」
「さあ、なんのことだ?」
俺は短く答えた。
手の内を明かす必要はない。
ただ、目の前の脅威に集中する。
今は――勝てるかどうかじゃない。
まず仲間を逃がすんだ。
そのための時間を稼げるのは俺しかいない――。
「お前の力を確かめさせてもらう」
言うなり、魔族が突進してきた。
さすがに速い!
俺はかろうじて反応し、大剣を跳ね上げて奴の斬撃を受け止める。
「……むっ」
パワーは、互角のようだ。
鍔迫り合いの状態でにらみ合う俺と魔族。
「ちいっ……」
いったん跳び下がった魔族は、今度は渾身の一撃ではなく、速度を活かした連撃を見舞ってきた。
一撃。二撃。三撃。四撃――。
嵐のような連続攻撃を、俺は防ぐだけで精いっぱいだ。
とても反撃に移れない。
そもそも【竜翼】による超反応速度がなければ、何もできずに最初の一撃で斬り伏せられていただろう。
今の俺が十五歳の、成長途上の肉体ということを考えても、やはり魔族の戦闘能力はすさまじい。
伝説の【闇】の眷属というだけはある。
「なかなかやるな! 楽しませてくれる!」
魔族は剣を繰り出しながら笑った。
「そして、確信したぞ。お前のその力――まさしく竜のもの。なぜ、そんな力を宿しているのかは知らんが――」
魔族の斬撃が、速度を増した。
「ついてこられるか、竜の騎士よ!}
「ぐっ……」
さばききれずに、腕や足を浅く斬られる。
「はっはっは、遅い遅い遅い遅い遅い!」
哄笑とともに、奴の攻撃はさらに加速する。
どこまでも、どこまでも――。
「駄目だ、ついていけない……っ!」
ばきんっ!
甲冑を砕かれ、衣服ごと割けた胸から大量の血が噴き出した。
それ以上立っていられず、俺はその場に崩れ落ちる。
「終わりか? 竜の力を得ても、しょせんは人間だな!」
魔族が嘲笑した。
「まだだ――」
無理矢理に立ち上がる。
折れそうになる闘志を必死で奮い立たせる。
まだ終われない。
こんなところで終わるわけにはいかない。
「だから――力を」
どんな敵も打ち砕く、圧倒的な力が欲しい。
大切なものを、守り通せる力が。
「未来を変える、力が――!」
懸命に叫んだ、そのときだった。
コオオオオオオオオオオオッ……!
額に炎のような熱が宿った。
「ううっ……!?」
熱い。
額の内側から爆発しそうな感覚がある。
なんだ――?
俺は刀身に自分の顔を映し出した。
「これは……!」
額に、目の形を模した紋章が浮かんでいる。
まさか――第三の紋章……!?
.14 第三の紋章、覚醒
熱い。
額が、燃えるように熱かった。
「う……おおおおおおっ……!」
その熱が、体の前面で弾ける。
そして、
ごおおおおおおっ!
極太の熱線となって、その熱が放出された。
「なんだと!?」
驚いたように跳び上がる魔族。
「突然、魔力に――魔法に目覚めただと……!?」
魔法……?
俺自身も驚いていた。
俺に魔法の素養なんてない。
じゃあ、この力はいったいなんだ……?
あらためて刀身に映し出した自分の顔を見る。
額に浮かぶ、目の形をした第三の紋章。
それも人間の目じゃない。
たぶん、竜の目だろう。
名づけるなら【竜眼】の紋章とでも言ったところか。
「もし、この紋章のおかげで魔法が使えるようになったのだとしたら――」
体中にふたたび熱が生じた。
この熱は――魔力というやつなんだろうか?
「こいつを攻撃手段に使えるなら……」
俺は右手を掲げた。
てのひらの辺りに意識を集中させる。
ボウッ!
てのひらの上に青白い光の玉が生まれた。
光の玉はぐんぐん膨らんでいき、あっという間に直径10メートルほどになった。
「ば、馬鹿な……人間がこんな巨大な魔力弾を……!?」
魔族が驚いたように目を見開く。
「ええい、人間ごときにそんな大魔法が使えるはずがない! 何かの間違いだ!」
叫んで、突進してくる魔族。
俺は生成した光の玉をそのまま投げつけた。
「こんなもの……っ!」
両手でそれを受け止める魔族。
ずずず……っ!
魔族が押される。
「押し返せな……う、うわああああああああああっ!?」
すさまじい爆発が起こった。
森の木々が燃え尽き、吹き飛んでいく。
地面に巨大なクレーターができ、その中心部に魔族が立っていた。
「はあ、はあ、はあ……」
全身が焼け焦げ、白煙が上がっている。
それでもかろうじて生きているのは、さすが魔族といったところか。
「貴様あ……」
魔族は憎々しげに俺をにらんだ。
俺は、さらに魔力を高めた。
「終わりだ」
ふたたび光球を生み出す。
今度はさっきの倍――直径20メートルほどの、さらに巨大な光球だ。
「こ、こいつ、さっき馬鹿でかい魔力弾を撃ったばかりで、またこんな――」
魔族が青ざめた顔で後ずさった。
「――ちいっ」
それから舌打ち交じりに跳び上がる。
ばさりっ。
魔族の背から翼が生えた。
「人間ごときに背を向ける……この屈辱は忘れんぞ! 俺の名はオルバレオ!この名を覚えておけ!」
叫んで、背を向け、飛び去って行く魔族オルバレオ。
「逃げたか……」
俺は大きく息をついた。
未来の世界とは違うタイミングで現れたのかもしれない魔族。
そいつらにどう立ち向かい、対処していくのか。
未来を変える戦いは、簡単に進みそうにはなかった。
.15 さらなる力を磨くために
任務が終わり、俺たちはエドウィン団長に報告を行った。
「伝説の魔族が現れるとは予想もしていなかったな……しかしこれと戦い、退けるとは」
エドウィンは驚いた様子だ。
「グレンくん、素晴らしい働きだった。そして、みんな――よくぞ生きて帰ってきてくれた」
そう言って、沈痛な表情で顔を伏せる。
「残念ながら犠牲になった者も少なくない。心が痛むよ」
「私……殺されるかと思いました」
ナターシャが青い顔で言った。
「そこのグレンがいなければ、全員死んでいました」
「ええ、本当に……」
「助かりましたわ、グレンさん……」
と、他の騎士たち――いずれもナターシャの取り巻きだ――も俺に礼を言った。
「魔族は本来、人間が太刀打ちできるような相手ではない。伝承によれば、な」
エドウィンが言った。
「君たちが恐怖を覚えたのも、立ち向かうことができなかったのも当然なんだ。仮に、次に魔族が現れたとしたら、そのときはもっと大勢の騎士や魔術師で連携して対処することになるだろう。小規模の隊で戦うのは不可能だ」
そう言って、俺に視線を向ける。
「今回はグレンくんが英雄的な活躍をしたが、それは例外中の例外と考えている。ただ……君の活躍は本当に心強いよ」
「ありがとうございます」
「報告によると、君は魔法を使ったそうだが――」
「ええ、その……戦いの最中に突然目覚めたんです」
俺は説明した。
「突然目覚めた……か。確かに、魔力の素質は生まれ持ったものもあれば、途中で覚醒するものもあるというが――」
思案顔になるエドウィン。
ちなみに竜の紋章のことは誰にも話していない。
これは古竜との約束だ。
もし紋章の力のことが広く知られれば、多くの人間が力を求めてやってくるだろう。
それは煩わしいからやめてほしい、と言われていた。
だから、俺に魔力が目覚めたのも、あくまでも『突然の覚醒』という体にしてあるわけだ。
「それで……一つお願いしたいことがあるんですが」
俺はエドウィンに切り出した。
魔族との戦いを終え、帰路に着く間、ずっと考えていたことだ。
「俺は新たに目覚めた魔法の力を、もっと磨きたいと思っています。そこで団長にお力添えいただきたいことが――」
翌朝。
俺が訓練場に行くと、ミゲルが俺を待っていた。
「よう、グレン」
ミゲルは、俺をじっと見つめていた。
「なんだ、ミゲル?」
「別に……ただ、お前には負けないって、あらためて思っただけさ」
ミゲルはフンと鼻を鳴らした。
「昨日の調査任務、お手柄だったんだって?」
「まあ、な」
「確かに現時点でお前にリードされていることは認める。入団試験で負けたことも事実だ。でも、それで降参する気はないからな」
あいかわらず負けん気が強い奴だった。
「僕はいずれ一番になる。同期で一番じゃないぞ。この国で一番強い騎士になるんだ」
ミゲルが熱を込めて宣言した。
この国で一番強い騎士――か。
当時の俺は、そんなの考えたこともなかった。
ただ、日々の訓練や業務に精一杯だった。
実際に『もっと強くなりたい』って思ったのは、戦争が始まってしばらくしてからだったな――。
「俺も負けないように頑張らないとな」
「もうすぐ模擬戦の訓練だ。さっそく勝負するぞ!」
ミゲルが俺をにらんだ。
「……意気込んでいるところを悪いんだけど、今日はパスだ」
「何!?」
「俺、この後は魔法師団で訓練するんだよ」
「魔法師団……?」
ミゲルが眉を寄せる。
「報告で聞いているかもしれないけど、俺に魔力が目覚めた。だから、魔法の訓練をしてくる」
「お前が、魔法を――」
息を呑むミゲル。
俺は真剣な顔でうなずき、
「剣でも、魔法でも……俺はこの国で最強を目指すよ」
そして、未来を変える。
.16 【氷牙】のアストライア
魔法師団での訓練については、この間の任務を終えた後、エドウィン団長に報告する際にお願いしていた。
で、向こうからも快諾を得られたということで、さっそく俺は魔法師団の訓練場にやって来た。
魔法師団の訓練場は、騎士団のそれとは雰囲気が全然違った。
男が多い騎士団とは対照的に、魔法師団は女性の比率が高い。
魔力の素養を持つ者は、一般的に男より女の方が多いからだ。
ただし、魔術師としての資質自体には、男女差はない。
あくまでも、資質を持つ者の比率に差があるだけだ。
訓練場に入ると、俺の知っている顔があった。
「……サーラ」
「グレンじゃない!」
サーラは俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうしてグレンが魔法師団に?」
「ちょっと、魔法の訓練をしに来たんだ」
俺が答えると、サーラは驚いた顔をした。
「魔法の訓練……? あんたって魔法の資質があったの?」
「ああ、この間いきなり目覚めて――」
「中途覚醒か。へえ……」
サーラが俺をしげしげと見つめる。
「で、魔法はまったくの初心者だから、ここに教わりに来た」
「じ、じゃあ……あたしが教えてあげよっか?」
サーラが俺をチラチラと見る。
なぜか、ちょっと照れているような顔だ。
と――、
「なるほど。お前がグレン・ブラスティか」
一人の女魔術師が歩み寄ってきた。
長く伸ばした銀髪に紫色の瞳をしたクールな美貌の女。
年齢は俺やサーラより五つほど年上……二十歳くらいだ。
アストライア・フレイル。
魔法師団の若きエースであり、やがて王国六神将の一人に数えられる魔術師だった。
未来の世界ではサーラとこのアストライアが王国最強の魔術師として双璧を誇っていた。
が、現時点ではさすがにアストライアの方がサーラより数段上の実力を持っているだろう。
「アストライア先輩!」
サーラが目を輝かせた。
「お前たち、知り合いか?」
「はい、入団試験の時に、少し」
言いながら、頬を赤らめてアストライアを見つめるサーラ。
どうやらアストライアに憧れているらしい。
「団長から話は聞いている。魔法師団に訓練に来たそうだな」
「はい、この間の任務で魔力に目覚めまして……」
俺はアストライアに言った。
「魔法については初心者なのでご指導いただければ、と」
「ふん、中途覚醒者か」
言って、アストライアが俺の顔を覗きこんだ。
神秘的な紫色の瞳が、俺の全てを見透かすようにジッと視線を注いでくる。
「――随分と魔力が高いな。それに魔力の波長もかなり珍しいタイプだ」
アストライアがつぶやく。
「面白い。お前は私が直々に指導してやろう」
「アストライアさんが?」
「光栄に思え」
アストライアは傲然と胸を張った。
「よろしくお願いします、アストライアさん……って、サーラはなんでいるんだ?」
「……あたしがいたら悪いの?」
俺の問いにサーラは不機嫌そうな顔になった。
なんか怒ってないか、サーラ?
「私はもともとサーラの指導をしている。将来の有望株だから、私から要望して指導下に置いた」
と、アストライア。
「へえ、有望株なんだ……まあ、当然か」
「えっ、認めてくれてるんだ? あたしのこと」
「そりゃあ……将来はこの国の魔法師団を背負って立つ魔術師だと思ってるよ」
少なくとも俺が生きていた未来ではそうだった。
「ああ、この私とともに未来の魔法師団を背負ってもらうぞ」
アストライアが言った。
「そして、騎士団を背負うのは恐らくお前だ、グレン」
と、その視線が俺に向けられる。
「エドウィン団長はそう仰っていた」
「……! 団長が?」
「相当期待しているようだぞ。魔法師団に出向いて、団長に頭を下げて、お前の指導を頼んでいた」
「団長が……」
俺はグッと拳を握り締めた。
「なら、その期待に応えなければいけませんね。お願いします、アストライアさん」
「ああ。まずお前の魔力を見せてもらう」
「魔力を見せる……って、どうやるんでしょうか?」
「――そこからか」
俺の質問にアストライアはわずかに眉を寄せた。
「そうだな……確かお前は魔族との戦いで魔力弾を使ったと聞いている。それは自由に出せるのか?」
「はい、戦った後に試したみましたが、自分の意思で出せます」
答える俺。
「じゃあ、それを見せてくれ。もちろん、実際に撃つんじゃないぞ。ただ魔力弾を作るだけだ。できるか?」
「やれます」
言って、俺は右手を掲げた。
手のひらに『力』を集中させる感覚とともに、
ボウッ!
その手の上に青白い光の玉を生み出す。
「これは――!」
アストライアが驚きの表情を浮かべた。
「なんという、すさまじい魔力だ……!」
「えっ、嘘!? グレンってこんなに魔力が高いの……!?」
サーラも呆然としている。
「正直言って驚いたな。人間とは思えないほどの膨大な魔力量だ」
アストライアが真剣な顔で俺を見つめた。
「だが、それも制御できなければ意味がない。まともに扱えないなら、戦場で味方を巻き込みかねない――単なる爆弾のようなもの」
「はい、分かっています」
俺はうなずいた。
「まず、その魔力を自分の制御下に置くこと……これだけを徹底的にやろう」
アストライアが言った。
「小技は必要ない。お前がその力を完全にコントロールできるようになったなら、大技の力押しだけであらゆる敵を打ち倒せるだろう」
「あらゆる、敵を……」
俺はその言葉を繰り返した。
そう、それこそが俺の求める力だ。
「今言ったことが私の指導方針だ。異論はあるか?」
「ありません」
俺は即答した。
「お願いします。俺を鍛えてください」
深々と頭を下げる。
顔を上げると、アストライアが口の端を吊り上げ、笑っていた。
「いいだろう。お前は鍛えがいがありそうだ」
こうして俺の魔術師としての訓練と、挑戦が始まった。
.17 超魔導騎士への第一歩
「いいか、グレン。魔力には波というものがある。感じ取れるか?」
「波……ですか? うーん……」
俺は体内に意識を向けてみた。
そもそも、魔力とは何か?
正確な知識はなく、あくまでも感覚の話になるけど――普段は眠っていて、それを起こそうと意識すると、体の内側が爆発的に熱くなる……その『熱』こそが魔力だと思う。
そう、熱なんだ。
波というイメージはない。
俺はそれをアストライアに話した。
「熱……か、なるほどな」
彼女がうなずく。
「お前はまだ自分の魔力を漠然としか捉えられていないんだ。だから『熱』として――つまりは強大なエネルギーとして認識している。まずはその『熱』をもっと深く感知するところから始めろ」
と、説明するアストライア。
「深く感知……ですか?」
「己の体内に、精神二、もっと意識を向けてみろ。その熱が何なのか、もっと感じ取ってみろ」
言われた通り、俺は体の内部に意識を向けた。
今までよりも集中して、深く、深く――。
それから一時間後。
「うーん……難しい」
俺は頭を抱えていた。
アストライアの教えは分かりやすいものの、実践するとなると簡単にはいかない。
「熱としか感じられないな……」
「まあ、慣れよ慣れ」
サーラが慰めてくれた。
「君はできるのか? 魔力の感知」
「は? 当たり前でしょ!」
サーラがムッとした顔で叫んだ。
「基本よ、基本」
「そ、そうか……そうだよな。悪かった」
「あ、ううん。グレンは基本から学んでるところだもんね。あたしこそ、その……ごめん」
お、意外と素直だな。
俺は思わずにっこりしてしまった。
「いちゃつくのもいいが、そろそろ次の訓練に入るぞ」
と、アストライアが言った。
「べ、別にいちゃついてないです……っ」
サーラが慌てたように抗弁する。
その頬がやたらと赤かった。
「まあ、一朝一夕にできるものではないからな。次は違うアプローチでいくぞ」
アストライアが言った。
「まずは魔力弾を作れ。大きさは拳くらいまで凝縮できると理想的だが、最初は難しいだろうから、サイズは気にするな」
「魔力弾を……」
言われたとおり、俺は右手を掲げて巨大な光球を生み出す。
「それを消さずに維持してみろ」
アストライアが指示した。
「分かりました」
魔力弾は俺の意思で任意の方向に撃ち出せる。
逆に言えば、『撃ち出そう』という意思を持たなければ、保持しておけるはずだ。
とはいえ、前回の戦いでは生み出した傍から撃っていたから、魔力弾を一定時間保持できるのかどうかは、やってみないと分からない。
「ぐっ……うう……」
数分経つと、俺の手のひらの上で魔力弾が大きく揺らぎ始めた。
今にも暴れそうな魔力の塊――。
これをずっと保持するのは、思った以上に大変だ。
「だ、駄目だ……っ!」
それ以上制御することができず、俺は魔力弾を真上に放った。
「弾けろ!」
どー……ん!
上空高くで爆発させる。
これなら周囲に被害は出なかったはず。
「――ほう」
アストライアが小さくうなった。
「すみません。あまり長い時間、魔力弾を保持しておくことが難しくて……」
「何を言っている? 今、お前は五分以上も保持していた。初心者でこれだけできるのは驚異的だ」
ニヤリと笑うアストライア。
「思った以上に、お前には魔法の素質があるようだ。騎士を辞めて魔術師を目指した方がいいんじゃないか?」
騎士じゃなく、魔術師を目指す――。
そんなこと、考えたこともなかった。
でも、俺は。
「いえ、俺が目指すのは騎士でも魔術師でもありません」
アストライアをまっすぐに見つめ、俺は宣言した。
「すべてにおいて圧倒的な力を持つ最強の存在――大切なもの全てを守り、運命すら覆せるような、そんな存在を目指しています」
そう、超パワーと超スピードを兼ね備えた『超騎士』に超越的な魔法能力をも加えた――いわば『超魔導騎士』に。
必ず、なってみせる。
その後も、俺の魔法訓練は続いた。
魔力の形を自在に変える訓練。
複数の魔力弾を同時に操る訓練。
動きながら魔法を制御する訓練。
アストライアの指導は的確だった。
だから俺は、魔法の扱い方をどんどん吸収していった。
――そうして、一日の訓練がやっと終わった。
とても一日とは信じられないほどの、濃密な時間だった。
が、『やっと終わった』と思ったのもつかの間、
「さて、総仕上げだ」
アストライアが疲れた俺に言った。
……まだ、やるのか。
いや、ありがたいんだけど、さすがに疲労感がすごい。
「私と模擬戦をしてもらう」
アストライアが俺を見つめる。
「本気で来い」
「俺がアストライアさんと模擬戦――」
「確かに今日一日でお前の魔法は確実に進歩した。が、それは訓練場での話だ。しょせんは実戦で使えなければ何の意味もない」
アストライアが言った。
「……はい。よろしくお願いします」
考えてみれば、魔法師団のエースとの模擬戦なんて願ってもない機会だ。
疲れているけど、断る理由なんてない。
魔法初心者の俺が、魔法戦闘においてアストライアとどこまでやり合えるか――。
.18 【剛力】VS【氷牙】
俺はアストライアと訓練場の中央で向かい合った。
模擬戦のフィールド内には特殊な防御結界が張られている。
そのため、魔法攻撃を受けての直接的なダメージは受けないが、かわりにそのダメージを防御結界が数値化し、あらかじめ設定された『ライフポイント』から差し引く――というシステムになっている。
そのライフポイントが0になるか、規定時間内でライフポイントが少ない方が負けになる。
「始め!」
審判役のサーラの合図が響いた。
「【アイシクルランス】」
アストライアがいきなり魔法を発動してきた。
ばしゅしゅしゅしゅっ!
同時に、俺の足元から無数の氷の槍が突き上げてくる。
「くっ……!」
俺はとっさに【竜翼】の紋章を発動し、超スピードでバックステップしつつ、剣を抜く。
「――っと」
それから、すぐに剣を鞘に納め直した。
「なんだ? 使わないのか、それ」
アストライアがたずねる。
「今回は魔法の勝負ですから」
俺は言った。
「遠慮せずに使え。お前は魔法と剣の両方を極めた最強の戦士になるんだろう?」
アストライアが微笑む。
「剣も、お前の力の一部だ。すべてを使い、私に立ち向かえ」
「――なるほど」
俺は剣をもう一度抜いた。
「では、行きます――」
剣と、魔法と。
俺の全てを込めて、アストライアに立ち向かう。
「そうだ。全力で来い」
アストライアが両手をかざした。
そこから巨大な氷の塊が次々に飛んでくる。
氷弾といったところか。
「このっ……!」
俺は魔力弾を放ち、それらをまとめて撃墜した。
爆発。
その炎にまぎれるようにして突進する。
【竜翼】の紋章の力で一気に加速してアストライアに迫る。
爆炎の向こうに彼女の姿が見えた。
接近戦なら、魔術師の彼女は俺の敵じゃない。
「終わらせる――」
「笑わせるな」
さらに距離を詰めようとしたところで、アストライアの口の端が笑みの形に吊り上がった。
「【アイシクルウォール】」
同時に、目の前に巨大な氷壁が出現する。
「っ……!?」
さすがにこれを体当たりで砕くことは無理だ。
いったん、止まって壁を迂回して――、
「【ウォール解除】【アイシクルブリット】」
が、そこで氷壁がいきなり消え、今度は無数の氷弾が放たれた。
「しまっ――」
接近して至近距離になったところで、これだけの数の氷弾を撃たれたら、さすがに避けようがない。
「うわぁぁぁぁぁっ……!?」
これを食らったら、俺のライフはゼロになる――。
敗北を覚悟した瞬間、額の紋章が熱い熱を放った。
「これは――」
そうだ、この距離なら剣で戦うと無意識に決めつけていたけれど。
別にこの距離から魔法を撃ってもいいわけだ。
アストライアと同じように。
「おおおおおおおおおおっ!」
額に宿る魔力をそのまま撃ち出すイメージ。
同時に極太の熱線が俺の前方の放たれた。
「!? 無詠唱でこんな――!」
アストライアが驚愕するのが分かった。
ばしゅっ……!
俺が放った熱線は無数の氷弾を蒸発させ、そのまま彼女に命中する。
びーっ!
結界内に音が響く。
ライフポイントがゼロになった音だ。
「……まさか、この私が初心者に遅れを取るとは」
アストライアは仏頂面だった。
「無詠唱でこれほどの威力の魔法を撃てるとは思わなかったな――私の負けだ」
それから、仏頂面にわずかな笑みを浮かべて言った。
「グレン・ブラスティ……お前は一体、何者だ?」
アストライアとの実りある訓練を終え、俺は騎士団の宿舎に戻った。
「おう、グレン。お疲れさん」
「訓練、どうだった?」
廊下で同期の新人騎士たちが声をかけてくる。
俺が魔法の訓練に参加したことは騎士団中に知れ渡っていたようだ。
「ああ、すごく勉強になったよ」
俺は笑顔で答えた。
「たった一日だけど収穫が多かった」
と、そこで他の同期の何人かがこちらに歩いてきた。
みんな、一様に暗い顔をしている。
何かあったんだろうか。
「……どうしたんだ?」
声をかけると、その中の一人が泣きそうな顔で俺を見た。
「グレン、大変なんだ……ナターシャたちが……」
言葉を詰まらせる。
その目にみるみる涙がたまる。
「ナターシャたちが……死んだ」
その言葉に俺は思考が止まった。
「……は?」
聞き間違いだろうか?
いや、しかし今、確かに――。
「死んだって……どういうことだよ。冗談だろ?」
「今日の演習で事故があったんだ。ナターシャだけじゃない。彼女のグループ全員が……」
俺は呆然とその言葉を聞いていた。
信じられなかった。
周りを見ると、他の同期たちも泣いていた。
ミゲルは泣いてこそいないが、真っ青な顔だ。
「……そうか」
俺は他に返す言葉が見つからなかった。
騎士団の訓練はいつも危険だ。
特に実戦を想定した演習は死と隣り合わせだし、実際に事故死も珍しくはない。
俺は未来でそれを何度も経験しているけど、騎士になったばかりの新人にとっては初めてのことだろう。
「……待てよ、これって」
そのとき――俺の頭にある考えが浮かんだ。
未来の世界で、ナターシャはゴードン副団長の新人いびりが原因で騎士団を去った。
けれど、この世界では演習の事故で死んでしまった。
形はまったく違うが、結果的にナターシャは騎士団からいなくなった。
未来と同じ――いや、それどころか死亡という最悪の形に変わっている。
「未来よりも、悪化している……?」
俺は思わずつぶやいた。
過程は違っても、結局は未来と同じ結果になるのか?
それとも、もっと悪い結末になるのか?
俺が過去に戻ったことで、何かが変わり始めているのかもしれない。
もしかしたら、事態は悪い方へ向かっているんじゃないか。
ずしり、と重いものが胸にのしかかる。
俺は暗い気持ちのまま、その場を動けなかった。
.19 戦う理由
重い気持ちのまま、俺は宿舎への帰り道を歩いていた。
ナターシャたちが死んだという事実が頭から離れない。
未来を変えるために頑張ろうと思っているし、これからも頑張るつもりだ。
けれど――不吉な予感が消えない。
俺がいくら頑張っても未来は変えられず、それどころかもっと悪くなるかもしれない。
だとしたら、俺が頑張る意味って何なんだろう……?
「あら、あなたは――グレンさんですわね」
うつむいて歩いていると、前方から柔らかな声が聞こえた。
顔を上げると、そこに銀色の髪を長く伸ばした絶世の美少女がいた。
「ルナリア様――」
数人の侍女を連れて庭園を散策しているようだ。
「ご機嫌麗しく……お会いできて光栄です」
姿勢を正して深々と頭を下げる。
「そんなに畏まらなくてよいのですよ。顔を上げてくださいな」
可愛らしい声や仕草は、未来の世界で凛々しく毅然とした女王のルナリア様とは違い、初々しさや少女らしさを感じさせるものだった。
「少し……元気がないようにお見受けしますわ。何かありましたの?」
ルナリア様は心配そうに首をかしげた。
「いえ……少し、考え事をしていただけです」
俺は誤魔化した。
未来のことについては誰にも言うつもりはない。
「そうですか。あまり思いつめないでくださいね。あなたは、この国にとって大切な騎士なのですから」
ルナリア様が微笑む。
優しい笑顔に心が癒されていく。
「もったいないお言葉です」
俺はふたたび頭を下げた。
「あなたの活躍、聞いておりますわよ。首席で騎士団に入り、魔力にも目覚められたとか。入団して一日ほどで、すでに大きな評判です」
「ありがとうございます。すべては、ルナリア様とこの国をお守りするため――さらに力を磨いていく所存です」
言いながら、未来で彼女を守れなかった悔しさがこみ上げてきた。
これくらいで称賛されるわけにはいかないのだ。
俺は、もっと強くなる。
彼女を、そしてすべてを守ることができるくらいに――。
「……謙虚ですのね」
「私が求める強さには――今の私では遠く及ばない。それだけです」
俺はわずかに眉を寄せて言った。
「頼もしいですわね、グレンさん。期待していますわ」
「必ずご期待に応えてみせます」
俺は力強く宣言した。
ルナリア様は満足そうにうなずく。
「では、また」
と、侍女たちと去っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、あらためて誓った。
落ち込んでいる場合じゃない。
強くなるんだ。
誰よりも――誰よりも。
俺は騎士団の宿舎に戻ってきた。
質素な宿舎の二階に、俺の部屋がある。
そこに向かう廊下を歩きながら、あらためてルナリア様のことを思い浮かべる。
彼女の笑顔を見ただけで、こんなにも気持ちが燃え上がる。
落ち込んでいた気持ちも、一気に高揚する。
ナターシャたちの死は悼んでいるけど、生きている俺は、また前を向いて頑張っていかなければならない。
今度こそルナリア様を、そしてこの国の多くの者たちを守るために――。
胸の中で決意を込めた、そのときだった。
しゅんっ!
鋭い風切り音が聞こえた。
「っ……!?」
俺はとっさにバックステップをする。
それは反応というよりは、未来での長年の戦闘経験で培われた本能による動作だった。
がつっ!
壁に一本のナイフが突き刺さった。
軌道から考えると、もし跳び下がっていなければ、首筋を貫かれていただろう。
「誰だ!」
俺は振り返って叫んだ。
かすかな気配が漂うのを感じ、俺は頭上を振り仰いだ。
そこに――黒装束の人影が逆さまにぶら下がっていた。
顔を覆面で覆い、目だけが露出している。
「ほう……今のを避けるとは」
低い声が響いた。
声からすると、どうやら若い男のようだ。
暗殺者――か?
.20 暗殺者と若き剣帝(後半アルゴス視点)
「何者だ? なぜ俺を狙った?」
俺は黒装束に問いかけた。
奴は答えない。
無言で、そしてノーモーションで二本目のナイフを放ってきた。
「!」
完全に意表を突かれた一撃だったが、俺は半ば体が勝手に動く感じで、それを避けることができた。
【竜翼】の紋章をあらかじめ発動させておいて助かった。
この紋章の超反応能力がなければ、今ので殺されていたはずだ。
「――今のも避けたか」
男がわずかに目を細める。
今度は俺が無言で、ノーモーションで一気に床を蹴った。
このまま距離を詰めてやる――。
「…………」
が、奴も俺の行動を読んでいたのか、すぐに大きく跳び下がった。
「新人とは思えぬ手練れの動き……お前こそ何者なのだ」
黒装束が問いかける。
「……そうか、魔族を退けたのはお前か――」
「お前の知ったことじゃない」
俺はふたたびノーモーションで突進する。
【竜翼】の紋章の力も上乗せし、超スピードで距離を詰める。
が、黒装束はやはりそれを読んでいたらしく、大きくバックステップする――。
「そこだ!」
その瞬間、俺はいきなり右手から青白い光弾を放った。
「くっ……」
黒装束の両手に黒い輝きが宿る。
「【ダークウォール】!」
そして防御魔法を発動した。
こいつ、魔法も使えるのか――!
どおおおおんっ!
すさまじい爆発音が響く。
黒煙が晴れると、その向こうには装束がズタズタに裂けた奴の姿があった。
すらりとした長身の青年。
その顔はゾッとするほど整っていた。
「ここまでの威力とは――」
男がうめく。
「……いずれ、必ず仕留める――」
言うなり、男は背を向け、走り去った。
一瞬のことに追うのが遅れる。
慌てて追いかけるが、既に奴は建物を出て、闇夜に消えて行った後だった。
恐ろしいほど手際の良い逃走――最初から逃げることも選択肢の一つに入れ、すべて計算して行動していたということか。
「一体、誰が俺の命を狙っているんだ……?」
首席合格を妬む誰かなのか?
魔族を退けた俺の力を恐れる者がいるのか?
あるいは――。
いずれにせよ、俺の敵は帝国だけではないのかもしれない。
※
SIDE アルゴス
扉が開き、黒装束の男が入ってくるのを、少年は冷ややかに見据えた。
「遅かったな、レザレ」
「――申し訳ありません、殿下」
黒装束の男レザレは彼の前に平伏した。
少年――アルゴス・ルーファスはわずかに顔をしかめる。
「その様子だと失敗したようだが」
「…………」
レザレは答えない。
「我らと魔族のつながりは、まだメルディアに嗅ぎつけられるわけにはいかん。オルバレオの愚か者のせいで、目撃者の始末はこちらに回ってきた……」
アルゴスは苛立ちを露わにする。
彼は生まれながらにして剣の才能に恵まれていた。
その才は幼い頃から周囲を圧倒し、わずか十歳にして『若き剣帝』との異名を持つほどだ。
しかし、彼は別に優れた剣士として名を馳せたいわけではなかった。
彼には夢と野心があった。
平和な中堅国であるこのルーファス帝国を、いずれ大陸に覇を唱えるような超大国にしたい。
しかし現皇帝、つまりアルゴスの父は平和を望んでいる。
いずれは皇太子である彼が父の跡を継いで皇帝になるだろう。
だが、それでは遅い。
だからこそ、アルゴスは極秘裏に魔族と接触した。
来たるべき大戦争に備え、彼らと同盟を結び、さらに魔獣兵器を開発して圧倒的な兵力を帝国全土に配備する――。
その実験の最中、メルディアの一部隊が調査任務にやってきて、魔獣兵器を、さらにはそれを操っていた魔族オルバレオを目撃されてしまった。
今はまだ、ルーファス帝国と魔族とのつながりを知られるわけにはいかない。
ゆえに、その部隊の全員を始末するよう、帝国最高の暗殺者と呼ばれるレザレと接触し、依頼したのだ。
「あの日、魔族を目撃した連中は演習中の事故に見せかけて全員殺しました。ただ、一人だけその演習に参加していなかった者がおり、それも殺しに行ったのですが――」
レザレがうめく。
「お前ほどの男が仕損じるとはな」
アルゴスがため息をつく。
「あるいは、帝国最高の暗殺者というのは評判倒れであったか?」
「お言葉ですが、その少年は人知を超えた力を持っていました。おそらく魔族を退けたというのは彼でしょう」
レザレが抗弁する。
「そんなことは予想できたことであろう。お前はそれに対する備えを怠ったのだ!」
アルゴスが叱責する。
剣を抜き、レザレに突きつけた。
一度激するとうまく己を抑えられないのが、自分の欠点だ。
分かってはいるのだが、どうにも自分を止められなかった。
「私を斬りますか、殿下?」
レザレは冷たい目でこちらを見上げている。
まるで『お前の器はその程度か?』と挑発されている気分だった。
「……ちっ」
アルゴスは剣を収めた。
なんとも言えない苦い敗北感があった。
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