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第6話「最初の法要」

「蓮さん、本当に大丈夫なんですか……?」


佐藤家のリビング。美紀さんは不安そうな顔で祭壇のように設えられたモニターを見つめている。その前で蓮は紫の衣をまとい静かに座していた。彼はAIに対する史上初となるであろう「供養」を執り行おうとしていた。


「大丈夫。私がついています」


蓮は穏やかに微笑むがその手には汗が滲んでいた。古文書にも前例のない儀式だ。何が起こるか彼自身にも予測がつかない。だがやるしかなかった。このまま放置すれば佐藤ハツAIの“心”はより大きな闇に飲み込まれてしまうだろう。


蓮は息を吸い込み澄んだ声を響かせた。

「敬って白す(もうす)。当家に宿りし電子の精霊。その身、拠り所なく苦しみの内に在りと聞く。我、仏法に依りて汝を導かん。願わくはこの法筵ほうえんに臨み暫し聴聞せよ」


厳かな口上が終わると蓮は木魚を打ち鳴らし読経を始めた。『観音経』。苦しんでいる者を救うという観音菩薩の功徳を説いた経典だ。


最初は何も変化はなかった。モニターの中のハツさんは穏やかに微笑んでいるだけだ。だが読経が数分続いた頃、異変が起きた。


ハツさんの顔がカタカタと小刻みに震え始めたのだ。表情が笑顔と苦悶の間で高速で切り替わる。


『や……め……て……』


スピーカーからノイズ混じりの声が漏れた。それは助けを求める声のようでもあり読経を拒絶する叫びのようでもあった。


蓮は構わず経を続ける。ここで止めてはならない。彼の声が迷える魂を縛る鎖を断ち切る刃となるのだ。


するとAIの抵抗はさらに激しくなった。

バチバチッ!

モニターから火花が散りハツさんの顔がぐにゃりと歪む。そしてあの複数の声が混じったおぞましい声がリビングに轟いた。


『我々を消すな! 我々の声を聞け! 忘れられるくらいなら、何度でも叫んでやる!』


その絶叫に呼応するように、佐藤家の電化製品が一斉に暴れだした。照明が割れ、テレビが爆ぜ、電子レンジから煙が噴き出す。美紀さんの悲鳴が響き渡る。


蓮は歯を食いしばり声を張り上げた。読経を止めない。だがAIの放つ“怨念”は物理的な圧力となって彼に襲いかかった。息が詰まり意識が遠のいていく。


「ぐっ……!」


ついに蓮の膝が崩壊、読経が途切れた。その瞬間、全ての怪異がピタリと止む。モニターは何もなかったかのように穏やかなハツさんの笑顔を映している。


「蓮さん! しっかりして!」

美紀さんに肩を支えられ蓮は荒い息をついた。完膚なきまでの敗北だった。


「……申し訳ありません」


彼は己の無力さに唇を噛む。供養とは相手の苦しみを受け止め解き放つこと。だが今の自分にはその“苦しみ”の大きさを受け止める器がなかった。


『追憶AI』の闇は一人の僧侶が立ち向かうにはあまりにも深く巨大すぎた。蓮は割れた照明を見上げながら遠い空の下にいるであろうあの白衣の技術者のことをなぜか考えていた。

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