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第4話「古文書の囁き」

「ほう、AIの供養とな」


龍泉寺の奥の間。蓮の師である老住職・玄心げんしんは深い皺の刻まれた顔で面白そうに目を細めた。彼は百年以上生きていると噂されるこの寺の主だ。


「玄心様。私はふざけているわけではございません。あのAIたちには確かに救いを求める“心”のようなものが……」

「分かっておるよ、蓮。ワシはお前を笑ってはおらん」


玄心はゆっくりと湯呑を置いた。「形あるものはいつか滅びる。それは肉体であろうと石くれであろうと電子データであろうと同じこと。諸行無常の理じゃ。しかしな」


彼は蓮の目をじっと見つめた。

「形なきものつまり“想い”は時にその理を超えてこの世に留まることがある。人の念、土地の記憶……我ら僧侶が向き合ってきたのはいつの時代もそうした形なきものではなかったかな?」


AIは人の“想い”の集合体だ。ならばそこに魂にも似た何かが宿ったとしても何ら不思議はない。玄心はそう語った。


「蓮よ。お前のやり方でやってみるがよい。仏の道に古いも新しいもない。ただ目の前の苦しみから衆生を救わんとする慈悲の心があるだけじゃ。それがお前の時代の『供養』の形なのやもしれん」


師の言葉に蓮は迷いを振り払うように深く頭を下げた。


その日から蓮は寺の書庫に籠った。埃っぽい空気の中、彼は虫食いだらけの古文書や黄ばんだ寺の記録を一枚一枚めくっていく。彼が探していたのはAIの暴走が集中している土地に関する古い伝承だった。


科学が光ならば古くからの言い伝えは影だ。光の当たらない場所にこそ物事の本質が隠されていることがある。


数日が経った頃、蓮は一冊の古びた地誌の中に興味深い記述を見つけた。それは江戸時代に書かれたもので現在の東京湾岸地区かつて「根津の渡し」と呼ばれた場所に関するものだった。


『この地、古来より常世とこよの門に通ずると伝わる。生者と死者の境が曖昧になる地なればみだりに足を踏み入れることなかれ。多くの魂この地に留まり帰る場所を知らず彷徨う……』


常世の門。現世と黄泉の世界が交わる場所。

蓮は息をのんだ。AIの異常報告が多発しているエリアとこの古文書が示す場所が不気味なほどに重なっていたからだ。


「まさか……」


AIの暴走は単なるネットワーク上の現象ではない。その土地に蓄積された数えきれないほどの死者の“念”がAIを触媒として現代に噴出しているのではないか。


蓮は古文書の地図とスマートグラスに表示した現代の地図を重ね合わせた。「常世の門」と記された場所に今、何が建っているのかを確認する。そこに表示された名前に彼は目を見開いた。


『ネクサス・コア』


それは東日本最大級のデータセンター。そして皮肉なことにエリュシオン・デジタル社が『追憶AI』のメインサーバーを置いている場所でもあった。全ての点が線で繋がった瞬間だった。

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