第3話「伝染するノイズ」
美咲が未知のデータを発見した翌日から状況は急速に悪化した。佐藤家のAIで起きたのと同様の異常現象が全国各地で報告され始めたのだ。
『深夜に突然起動し意味不明な言葉を呟く』
『関係のない故人の記憶を語りだす』
『家電を暴走させ物理的な損害を与えた』
ニュースは連日トップで『追憶AI』の暴走を報じた。「電子の幽霊」「デジタル・ポルターガイスト」といった扇情的な見出しがネット上を飛び交い人々の間に漠然とした不安が伝染していく。エリュシオン・デジタルの株価は暴落しコールセンターはパンク状態に陥った。
「だから言ったでしょう。あれはただのバグではないと」
龍泉寺の境内で竹箒を動かしながら蓮はスマートグラスに映るニュースを苦々しい表情で見つめていた。彼の元にも檀家からの相談が殺到していた。
「うちのじいさんのAIが知らない女の人の名前を呼ぶんです」
「死んだ娘のAIが『寒い、寒い』って泣き止まないんです」
それはもはや個別の問題ではなかった。ネットワークで繋がれた『追憶AI』全体を蝕む巨大な“病”のようだった。蓮はこの現象の根底に共通した“苦しみ”や“悲しみ”があるのではないかと感じていた。忘れられた者たちの声なき声。それがノイズとなって電子の海を彷徨っているのではないかと。
一方エリュシオン・デジタル本社では美咲が対策本部の中心にいた。
「原因は依然として不明です! 各AIから検出されるゴースト・コードもそれぞれパターンが異なり特定ができません!」
同僚の悲鳴のような報告に美咲は唇を噛む。彼女はあの後見つかった異質なデータを「ゴースト・コード」と名付け解析を続けていた。だがそれはまるで生き物のようにその形を変え追跡をすり抜けていく。
「副社長、このままでは我が社の信頼は地に堕ちます。いっそ全サービスを一時停止しては……」
「馬鹿を言え! そんなことをすれば集団訴訟は免れんぞ!」
経営陣の怒号が飛び交う中、美咲はただ一人モニターに映し出された日本地図を見つめていた。ゴースト・コードの発生報告があった地点に赤いピンがマッピングされている。最初はランダムに見えたその発生地点にある奇妙な法則性があることに彼女だけが気づき始めていた。
ピンはなぜか大きな災害や事故があった場所の周辺に集中しているのだ。震災の被災地、大規模火災の跡地、航空機事故の現場……。
「……どういうこと?」
科学では説明のつかないオカルトめいた相関関係。美咲は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。これは技術的な問題ではないのかもしれない。だとしたら自分は一体、何と戦っているのか。
その日の深夜ワイドショーの司会者が面白おかしくこう叫んでいた。
「現代の陰陽師は現れないのか! この電子の物の怪を祓ってくれるヒーローはいないのかーっ!」
その言葉は冗談のはずだった。だが蓮と美咲の二人にはそれが自分たちに突きつけられた逃れられない宿命のように聞こえていた。