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第2話「科学のメス」

佐藤家の怪異から三日後。龍泉寺の客殿に蓮の声とそれに応じる涼やかな女性の声が響いていた。


「つまりあなたは霊的な現象だと? 2045年にもなって本気で言っているのですか」


声の主は乾美咲いぬい みさき。『追憶AI』を開発した巨大IT企業『エリュシオン・デジタル』の技術者だ。白衣にも似た清潔感のあるスーツに身を包み鋭い理性の光を宿した瞳で蓮を真っ直ぐに見据えている。彼女は佐藤家からの正式なクレームを受け原因調査のために派遣されてきたのだ。


「私は視えたものを感じたままを申し上げているだけです。あのAIにはデータ以上の“何か”が介在しているように思える」

「その“何か”を特定するのが私の仕事です。三日月さん、あなたの出る幕ではありません」


美咲はタブレットを操作し佐藤ハツAIのシステムログを映し出す。複雑なコードの羅列が滝のように流れていく。

「見てください。昨晩の異常現象の直前メモリの特定領域に過負荷がかかっています。典型的なメモリーリークの兆候です。原因はバグ。それ以上でも以下でもない」


彼女の言葉は一切の情緒を排した刃物のように鋭い。蓮は黙って差し出された緑茶を一口すすった。


「乾さん。あなたは自分が作ったAIを愛していますか?」

「……は? 質問の意味が分かりません。あれは製品です。愛玩の対象ではない」

「そうですか。私にはあなたが我が子を語る親のように見えましたが」


美咲の眉がわずかにピクリと動いた。彼女は咳払いをして視線をタブレットに戻す。

「とにかく原因はまもなく特定し修正パッチを配布します。佐藤様にはご迷惑をおかけしましたがこれで一件落着です。供養などという非科学的な行為は問題を複雑にするだけですのでお控えいただきたい」


一方的にそう告げると美咲は荷物をまとめて立ち上がった。その背中に蓮は静かに問いかける。


「もしそのメスで切り裂いた先に、ただのバグではなく誰かの“痛み”があったとしたら……あなたはどうするおつもりですか?」


美咲は答えず、客殿を後にして行った。


その夜、美咲はエリュシオン・デジタルの自室で佐藤ハツAIのログと再び向き合っていた。メモリーリーク。それは間違いない。だが蓮の言葉が魚の小骨のように喉の奥に引っかかっていた。


(非科学的? そうに決まってる。でも……)


彼女はログのさらに深層を解析する。通常ではアクセスしないデバッグ用の領域だ。すると奇妙なデータフラグメントが見つかった。ほんの数キロバイトの意味不明な文字列。それは既存のどのコードにも属さない異質なものだった。


その文字列をバイナリエディタで開いてみる。0と1が延々と続く無機質な羅列。だがそれを音声データとして無理やり再生してみると――


『たす……て……』


ノイズの向こうから微かに聞こえたその声に美咲は全身の血が凍るのを感じた。それはあの老婆の声ではなかった。もっと幼い子供のような声だった。


「……何なの、これ」


タブレットを持つ手が微かに震える。科学という名のメスでは決して切り裂けない未知の領域。彼女は自分がとてつもなく厄介な問題の入り口に立っていることをこの時初めて実感したのだった。

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