第5話「記録の裏側」
午前2時38分。
俺は、昨夜とまったく同じ時間に椅子に座っていた。
PCのモニターの明かりだけが、部屋の中を照らしている。
冷蔵庫のモーター音。カップの中の冷めたコーヒー。
すべてが、昨夜と同じ。
違うのは――俺が、自分の行動を“先に知っている”ということだけだった。
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メールを開く。
送信済みフォルダに、送った覚えのないメールが残っていた。
件名:【記録補正案・再同期用】
宛先:unknown@observer.jp
添付ファイルあり。
中身はPDF。開くと、こう書かれていた。
>【対象No.4:佐倉悠真】
>“記録対象としての安定度:減衰中”
>“本体と思われる行動パターンに矛盾あり”
>“観察記録を保持したまま、観察者側へ干渉しようとする挙動を確認”
俺は、“本体”じゃないのか?
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その瞬間、PCの画面がノイズで乱れた。
次に映ったのは――廊下の映像だった。
監視カメラのようなモノクロ画質。
画面の中央に、俺が立っていた。
だが、それは今の俺じゃない。
表情が違う。目が、虚ろだ。
まるで“記録された俺”が、再生されているように見えた。
映像の隅に、テロップが浮かぶ。
>【再生ログ:No.4-破棄予定】
>“記録者”による自己干渉を確認
>次回更新地点:“鏡の裏”
――“破棄予定”…?
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俺は立ち上がった。
リビングの姿見へと向かう。
いつも見慣れた全身鏡。
だが、よく見ると、壁との間にわずかな隙間があった。
指を入れると、鏡がスライドした。
そこには、**部屋の構造にありえない“空間”**があった。
狭い。1人がようやく通れるほどの幅。
中は真っ白な紙のような素材でできていて、壁にびっしりと“観察記録”が貼られている。
>203号室 → “転写:失敗。喪失”
>204号室 → “同期:不完全”
>202号室 → “記録者:自律行動化開始”
そして、最後の行。
>“次回記録対象:管理人”
>“観察反転を防ぐため、記録の中に封印処理を行うこと”
なぜ、“管理人”が記録される?
“管理人”って誰だ?
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そのとき、背後で“誰か”が、紙をめくる音を立てた。
振り返る。
誰もいない。
でも、壁に貼られた紙のうち、一枚が、裏返っていた。
そこに書かれていたのは――
>“ようこそ、観察の裏側へ。”
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次の日。
掲示板の紙は、5枚目になっていた。
>◯202号室 佐倉様
>昨日、鏡の裏側へ立ち入った記録を確認しました。
>本行為は、“観察者干渉”として分類されます。
>つきましては、次回以降の“記録対象”としての位置づけを再検討いたします。
管理人
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“俺は、観察されているのではない。”
“観察の内部に、“組み込まれ始めている”。”