そして森の虹の根元に
「でもね……」
そうレオが呟く。
「会える前に死んじゃったの?」
思わず聞いてしまったアリスのストレートな言い方に、レオは気分を悪くしなかったようだ。
「そう。休暇に入るほんの少し前、旦那さんから手紙が来たんだ。だから、せめて虹の出る日までにはお姉ちゃんが住んでいた街まで行きたくてね」
大切な人が亡くなってから最初の虹の日、その街の森に出る虹の根元に行けば、亡くなった人に会えるから。
だから、ここに来たんだよ、とレオは言った。
そっか……とアリスは呟いた。
少しだけ二人とも無言になった。
馬が歩く音だけが耳に入ってくる。
と、レオがふいに明るい声を出した。
「アリスに話を聞いてもらったら気持ちが少し軽くなったみたいだ。ありがとう。僕の話を聞いてもらったから、アリスのお母さんの話も、僕に聞かせてもらえないかな?」
私のお母さんのこと? とアリス。
もしアリスが嫌じゃなかったらね、とレオ。
「……嫌じゃないわ。ぜひ聞いて欲しいの。私のお母さん、すごいんだから」
そう言ってアリスは話し始めた。
「まず、お料理よ。お母さんの作ってくれる料理はとってもおいしいの。私が一番おいしいと思ったのはオムレツ! ふわっふわで食べると幸せになれるの」
それはおいしそうだ、とレオは言う。
それから、本を読んでくれるのがとても上手で、寝る前に読んでもらうとおもしろくなってなかなか寝られなかったこと。
歌を歌うのが上手で、いつも家の仕事をしながら歌っていたこと。
いつもはしっかりしているのにうっかり者の一面もあって、卵をたくさん入れた容器を落としてしまってほとんどが割れてしまい、その日は卵料理ばかり並んだこと。
アリスがたくさん話しているのをレオが聞いているうちに、いつの間にか森の近くに着いていた。
そこにはまるでガラスでできているかのような繊細で透き通った虹があった。
しっかり色は見えるのに、後ろの森が透けて見える。
あまりに不思議な光景に二人は目を奪われた。
「……初めて虹の根元を見たわ」
「僕もだ」
二人は馬から降りてゆっくりと虹に近づいていく。
「本当にきれい」
アリスはゆっくりと手を伸ばして虹に触れようとする。
「待ってアリス」
レオに強く腕を引かれる。
アリスは、はっと我に返った。
「だめだった。さわっちゃ、だめだったわ」
虹の根元は虹の扉に転じる。
虹の根元に生きている人間が触れば虹は枯れる。
虹が枯れれば扉は現れず、死者は扉に入れない。
入れない死者が増えたら森が荒れる。
死者の住む森にしてしまえば、森は数百年もとに戻らない。
森の恵みがなければ街を捨てなくてはならなくなる。
だから、虹には絶対に触っちゃいけないよ。
ずっと小さいころからアリスがお母さんから聞いていた話。
大事なことだから、と毎日聞かされていたのはきっとアリスの家だけではない。
この国の常識。
小さい子でも諳んじて言える子が多いほどだ。
でも、実際に間近で虹を見て触らずにいられる子は多くないかもしれない。
アリスはレオを見た。
「ごめんね。レオ。ありがとう」
レオは首を横に振る。
アリスとよく似た栗色のふわふわの髪の毛が頭の動きに合わせてぽふぽふと動く。
ーーと、突然レオが目をまん丸くした。
どうしたの?と問いながらアリスはレオの目線の先を追って振り返る。
「……お母さん」